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第一章

17 妖精様のお目覚め

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深い眠りから目覚めて目を開ける。
よく眠れたからか、あまり眠気はなく頭はしっかりと覚醒していた。
深い眠りだったのでいつものように夢を見るかと思ったが、一切見る事なく寝る事ができていた。
体を起こし毛布をソファにかけて洗面所に向かう。
洗顔、歯磨きを行い部屋へと入る。

案の定というか、エリカはまだ寝ていた。

なのでまだ起こさずにキッチンへと足を運び冷蔵庫の中を見る。朝食にはパン派の冬華ではあるが、折角お裾分けに魚、しかも鮭があるので和食風にする事にした。

和食はそこまで得意ではない冬華ではあるものの、気合を入れて準備を始める。
朝食の献立は鮭にサラダに味噌汁に卵焼き、という和食の定番のような献立である。

鮭と卵を焼くのは問題ないのだが、問題は味噌汁だった。
味の付け方は心得ているつもりでも、問題はエリカの口に合うかどうかだ。

取り敢えずは自分好みの味付けをしていく。
ある程度準備が整った所でエリカを起こしに再び部屋を覗く。

矢張りというか、エリカはぐっすり寝ていた。
ベッドに近寄り膝をついて寝顔を覗く。
昨日も思ったが、よく寝ているなと関心する。冬華も長いこと寝る方ではあるが、エリカも負けず劣らずよく寝ている。

しかも昨日貸してあげたクッションはしっかりと握ったままだった。

何にしがみつく夢でも見ているのか引っ張ってもクッションを離そうとせず、むしろ握る力に一層力が入ったように見える。

(ダメだ、全然起きねぇ)

余程眠りが深いのか、起きる気配が一切ない。
こうなれば起きるまで待つ事にした。

(・・・・これが見た目と中身が完璧だったら嬉しいんだろうけど、中身が可愛げないしな~・・・まぁでも寝顔は、可愛いか)

覗き込んだ寝顔はそこいらの女の子とは訳が違った。
冬華は幼馴染である美紀の寝顔を何度も見た事はあるが、それとはまた違った魅力がある。

本当に御伽噺に出てくる妖精が眠っていると言われても信じて疑わない程だ。

「・・・・世話になった身としてはそっとしておくのが吉だけど・・・これくらいは許してくれ。ほんの、出来心だ」

冬華は誰に聞かせるまでもなく呟いてエリカのほっぺを突く。ぷにぷにとしていてとても柔らかく、触り心地がとても良かった。

だが同時にやっておいてなんだが、悪い事をしている気分にもなった。
やましい事は一切無いと自分に言い聞かせてほっぺを突き続ける。が、やっている事は完全に犯罪に近い可能性があるので罪悪感がある。

(寝てる時ってめっちゃ可愛いな、こいつ)

まぁでも起きていても見た目だけなら美少女に間違いないが、中身が毒舌なのでどうしても可愛さは半減する。

考えながらソフトタッチに頬を触るが、触り心地がいいので、猫を可愛がるように触り突いてしまう。
こうまで無防備でいられると色々と精神が折れる。

触る事1分が過ぎようとしていた時、「んぅ~・・・」と掠れた猫のような声が漏れた。
いきなり声がした事に驚き手を離す前にエリカの閉じられた瞳がゆっくりと開かれた。

だが青いサファイア色の瞳は焦点がずれており、冬華を見ていない。
冬華を、と言うよりは目の前にいる冬華の方向を見ているだけだ。

油断しきってふやけた表情はとても幼さく、悪戯心が芽生えてくる。
更にエリカは冬華の指にすりすりと猫の頬擦りのように自らの頬を当ててくる。

オマケに「んぅ~、んんぅ~」と甘えるような声でそれをしてくるので精神の壁がベリベリと一枚ずつ剥がされていく。

確実に寝ぼけているのは分かる。美少女と謳われ、数多の男どもからアプローチされ続け、毒舌で可愛げがない警戒心剥き出しの彼女がここまで無防備に甘えるなどありえない。

しかしそれでも、甘え上手な子猫のような仕草をされては精神が持たないし、理性が崩壊しそうだ。

手を引っ込めるのが正解か、はたまた気が済むまで頬を撫で続けるか。

頭の中で天秤が何度も傾いている。冬華の心情としては、後者寄りになっているが、後のことを考えるとここは自重するべきなのだろう。

もしこのまま自重せずに行動に移してバレた場合、確実に嫌われる自信があった。
しかし、そんな事は何の園、可愛いから取り敢えず触り続ける事にした。
もう内心は投げやりのやけくそだ。

一方エリカの方は随分と意識はあるようだが、まだ目はぼんやりとしていて頭も覚醒していないようだ。
起きていないだけマシではあるが、ちょっと様子を見にきただけでここまで自分が欲求に駆られるなど思ってもみなかった。

罪悪感と気恥ずかしさと、自愛のような感情を抱いたまま頬を触り続けていればーーーー

「・・・ん、んん~・・・」

ようやく意識がしっかりとしたのか、ぼやけて半ば閉じていた瞼を開けてればーーー

「・・・・え、ほし、かわ、さん・・・?」

顔一個分しか顔の距離が離れていないので、バチりとすぐに目と目があい、それから視線が逸れて自分の頬に触れた冬華の指に移る。

そして二人は硬直し、エリカは飛び起き、冬華は何もできず固まるしかできなかった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

数秒の沈黙が場を支配していた。
だが我に帰った冬華が、沈黙を打ち消した。


「おはよう、紅野」
「・・・・お、おはよう、ございます・・・星川さん」
「動揺はごもっともだと思うし言いたい事があるのは分かるが先に謝っておく。お前が昨日寝落ちしたから俺のベッドで寝かせた。他意は全くない。言っておくが、俺は何もしてないからな」

エリカに何か言われる前に先手を打つように冬華は早口で真実を述べた数カ所辺り嘘が混じってしまっていたようにも感じたが気にしないようにした。

説明を受けたエリカはポカンとしていた。普通の女の子ならば、慌てふためく所ではあるが、そこは優等生なりに静かに落ち着いて・・・・・いなかった。

顔は見る見るうちに薄い桃色までに染まっており、そばにあった布団をつまむように引っ張り上げて、口許を隠す。
恐らく、男のベッドで寝たという事実と、寝てしまったという恥ずかしさに耐え切れないのだろう。

桃のような顔色をして、布団で口許を隠し、上辺使いに更には涙目でこちらを見ている。
その仕草はあまりも妖精というよりは、人間らしいので普段抱いていた感情が一瞬だけ無くなり、思わず目を逸らしてしまった。

(なんだこの可愛い生き物・・・)

思わず抱きしめて撫で回したいほどの欲求が心の奥底に芽生え、喉から大声を出したいくらいに湧き上がったが、何とか抑え込んだ。

今回の件に関してはどっちもどっちのような気もするが、何故か自分が悪いように思えてくる。
何もしてないと言っても厳密に言えば無断で頬を触ったという事はあるにはあるが、正直に言えばエリカは許してくれるだろうし、先程一瞬だけとは言え見られている。

エリカ自信が頬を触っていた事を掘り返さなければ何もないと変わりない。だから心の底でそっと祈る。


「・・・星川さんって、ほっぺ触るのが好きなんですか?」

すぐに祈りは消え去った。まさかこうも簡単に言って欲しくない事を言ってくるなど思いもしていなかった。

「・・・お前、起きてたのかよ。嫌味なやつだな」
「いえ、起きてたというよりはさっき星川さんの手が私の顔にあったのでそうなのかなと思っただけです」
「・・・・別に、ほんの出来心だ」
「・・・・ベッドに降ろされた時にも触ってたでしょう?」
「やっぱ起きてんじゃねぇか」
「でも半分寝てるようなものだったのでよく覚えてませんし、その後また寝てしまったので・・・」
「だったらその時起きろよ。俺が何かするとか思わなかったのか?」
「・・・まだ話してそんなに経ってませんけど、星川さんの事は信用してますから・・・・起きなかったのは、星川さんがどういう行動をするのか確かめるためでもあって・・・」
「・・・・・」

どうやら本当に信用していいかどうか見分けられていたようだった。
だがしかし、だからと言って男の家で寝ていいという話ではない。もう少し警戒して欲しいものだ。
それにどういう行動を取るか確かめると言っているのに、一向に布団で顔を隠したままなので説得力がない。

「まぁお眼鏡にかなったのなら良かったのですがね、次からは絶対やるなよ、分かったな。昨日のような怪我をした時も誰でもいいから頼れ。寝たふりもするな、俺は男だ。いつ襲われても文句言えねぇぞ?」

半ば説教する形でベッドで顔を隠しているエリカに指摘する。先程まで顔を隠していたエリカも目だけを見せてくれた。

だが顔はまだ赤く、全く落ち着いていない様子ではあったものの、ゆっくり話し出した。

「そ、それは、分かってます。け、けど」
「本当に何かされてからじゃ遅いんだぞ。それとも期待したのか?何処ぞの馬の骨ともわからん奴に」
「そ、そんなわけないでしょっ!ちょ、調子に、乗らないでくださいね!」

先程よりも顔を真っ赤にして否定して、一緒に掴んでいた布団を投げてきたので軽く受け止める。
ちょっとからかいすぎたような気もするので、「ごめんて」と謝れば、「次はないですよ」と最初に会った時のように冷たく言ってきた。布団を畳んで先に部屋を出る。
エリカもちゃんと起きた所で、出来立ての朝食を食べる為にリビングに出る。
エリカはテーブルに並べられた朝食を見て何も言わなくなった。

顔を覗き込めば、意外、と書いてそうな顔をしていた。
まぁそれもそうだ。料理は一通りできる冬華だが、それには和食も含まれている。
だが出来なくはないがそこまで得意という訳ではないと言った腕前なので味の方はまぁ好みによる。

日本人なら和食食え。と、云われがちなのは重々承知しているつもりだが、中々作る機会がなかったのでトントンレベルなのだ。

「・・・あんまし和食は作った事ないから味の保証はしかねるが、美味かったら作った甲斐がある。・・・さっ、早く食おうぜ、冷める」
「・・・・はい。今日は準備してくれたんですね。ありがとうございます。・・・・いただきます」
「・・・いただきます」

二人は常日頃食事を取れる事に感謝しながら両手を合わせ、恒例の挨拶をして朝食を食べ始める。
冬華はまず初めに自信のなかった味噌汁を啜る。

思いのほか美味かった。エリカの方はだし巻き卵から手をつけるようでお箸で取って丁寧に口へと運んだ。

すると、目を開き口元を押さえる。どうやらお口にあったようで、何よりだと軽く笑みをこぼして、だし巻き卵を口に運んだ。
我ながら絶品だと自画自賛するが、エリカの方が味は好みだったので食べるならやはり好みの味だと思った。


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