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第一章

50 合鍵の使い道

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「それ、俺の家の合鍵だな?」
「は、はい。そ、その・・・あのまま結局返す事ができなくて、冬華くんの家の前にさっきいた時、鍵がある事を思い出して。それで入ったんです。鍵を無断で使ってしまって申し訳ありませんでした!」
「気にするな。元々逃げてもらう為に貸したわけだし。それより座れよ、コーヒーでも入れるから」
「はい・・・」

エリカを招き入れ、ソファに座ってもらう。すれ違った際、「手伝いますか?」と言われたが、その言葉の真意をすぐに汲み取った冬華は「気にするな」と肩を叩いて遠慮した。
恐らくは、鍵を勝手に持って帰った上に、使った事を申し訳ないと思っているのだろう。
あまり気にする事ではない(普通は気にする)が、エリカが気に病んでいるのは少し歯痒い。
前に冬華が熱を出した時にも一度鍵を持って帰っていた事もあったが、二度目ともなるとかなり気にするのだろう。
なんとか元気になってもらいたいがどうしたものか。
コーヒーを淹れながら考えているとふと思いついた。

「なぁエリカ、その鍵なんだが」
「えっ?あ、はい。お返ししますね」
「なんならそのまま持っていてくれ」
「えっ!?」

エリカは心底驚いているが、翌々考えてみればエリカは毎日のように冬華の家に訪れ3食全て作っている。時には冬華が作る事もあるにはあるが、それでも無理を強いている。それに家に訪れる際には必ずエリカは玄関前で待たなければならない。
冬華だってすぐに出れるとは限らない。勿論早く出るようには心がけているが、それでも家に居なかったりすると待ちぼうけをさせてしまう。

まだ夏とは言えど、外で女の子を待たせるのはどうかと思う。体を冷やしてしまうやもしれぬし、今の時期は冷やす事はないにしろ熱中症の恐れはある。ずっと立たせておくのは申し訳ない。
ほぼ毎日来ているのだから、エリカが鍵を持っていても全く問題はない。

鍵を受け取らず持っていても良いと言った冬華を不服そうにエリカは見ている。当然と言えば当然なのだが。

「し、しかし・・・」
「正直玄関まで出向くのがめちゃめちゃ面倒臭い」
「潔すぎます・・・」
「でも一つの理由として、お前を玄関前で待たせるのは俺としては不服というか・・・・嫌だからだ」
「・・・う、上手いこと言って誤魔化そうとしてませんか?そういうところがダメですよ」
「してないしてない。何怒ってんだよ」
「怒ってません」
「え~・・・まぁそれに、鍵を持っててもお前は言いふらしたりしないし、なんなら悪用だってしないだろ?俺はその辺を踏まえてお前に鍵を持っていてもらおうと思ってるんだ」
「そ、それはそうかもしれませんが、貴女には警戒心というかもう少し疑う事をした方が・・」
「俺は普段から疑り深いが、お前を信用してるからってのはあるぞ。自分で言うのもなんだが、人付き合いは選ぶ方だ」

エリカの言葉を遮って強めに言うと、エリカは意外だったのか目を見開いて驚いた。冬華が信用という言葉を使うのは珍しいと言う事はエリカも薄々感じているようだった。

冬華はかなり疑り深いというか、人を早々信用しないタイプではある。何をされるかたまったもんではないからだ。
しかし、それなりに交流したり、人間性が分かってくると信用も信頼も尊敬もする。ただし人にはよる。

エリカの顔を横目でコーヒーを飲みながら見るが、訝しんでいると言うよりは戸惑いと、本当にいいのか、と言いたそうな顔をしている。

手間省きの為に鍵を渡したつもりだったのだが、エリカが鍵は不要だと言うのなら致し方ない。素直に鍵を受け取ろう。
一方エリカは、暫く悶々と鍵と睨めっこしていて黙ったままだったが、やがて深く息をついて鍵を握り締める。

「それではお借りします。何があっても文句は受け付けませんよ。それは冬華くんの責任です」
「はいよ。好きにしてくれ」
「・・・・・冬華くんは常々思ってましたが、あっけらかんとして無頓着のお馬鹿さんですよね」
「い、言い過ぎでは?いやそこまで言い過ぎでもないのか。当たってるしな」

前のようにツンとした声と態度で注意されると言える事はないが、こういう事も慣れてきたので自然と笑みが溢れた。
エリカの方も慣れて来てるようで以前に比べてプライベートな方の顔も出して来ているが、辛口毒舌の方面も出して来ていて正直おっかない。
「可愛げねぇ」とこぼすと、「今回ばかりは貴方のせいでは?」と言って視線を送ってきたので冷たいと思ったが、同時に本気で心配しているんだなとも思った。

「遠慮なくこの鍵使わせてもらいますけど、家がとんでもない事になっていても知りませんよ?」
「とんでもねぇ事?」
「帰ってきたら家はピカピカ料理も出来ててお風呂の準備もできてる、なんて事に」
「すんげぇ至れり尽くせりで俺すごい助かるんだが・・・」
「あっ・・・」
「お前、悪戯向いてねぇよ。俺に得する事しかないじゃん」
「そ、そんなつもりじゃ!・・・もう!冬華くんのお馬鹿さん!」
「悪い悪い。悪かったら叩くな、痛い痛い」

珍しく感情を爆発させて冬華の胸をぽすぽす叩いてくるエリカを軽くいなす。本人もあまり力を入れてはいないようだが、何十回もされると流石に痛くなってくる。
エリカの攻撃を軽くいなしている時も、余りにもエリカの悪戯のスケールの小ささではなく、平和でほのぼのしい悪戯を思い出して小さく笑う。

「ま、また笑った・・・・怒りますよ。因みに明日の夕ご飯は鮭にしようかと思ったのですが、この分だと無しですね」
「大変申し訳ありません、すみませんでした」

からかっていた側から一変して垂直にお辞儀をして謝罪する。突然の学校での仮面、妖精様を見せつけられた挙句、明日の夕ご飯まで人質、いや飯質に取られては打つ手がない。

「それは狡い」
「狡くて結構です。私は貴方の弱みを握れますからマウントを取ろうなんてそうはいきません」
「・・・・・すみませんでした」

再度深く謝罪してエリカの機嫌が損ねる事なく終わらせる方へ舵を取る。
ではないと本気で明日の夕ご飯が危ない。

「分かれば宜しい。・・・ではこの後どうしましょうか?」
「え?もういい時間だし、帰ってもいいぞ?」
「今日は少し精神的に疲れたのでもう少しここでゆっくりしたいんです・・・だめですか?」
「・・・・・別にいいぞ。前に、息抜きできる場所があったら良い的な事を言ったもんな。気が済むまでここに居てくれてかまわねぇから」
「はい。ありがとうございます」

最近はエリカも少しだが、素直というか甘えられるようになっていると思う。自分からのんびりしたいなどと言ってくる事は殆どない子だから息抜きできているのか不安だったがそこまで心配することはないようだ。

「明日明後日も休みだしゆっくりしようぜ」
「そう、ですね。明日私、買い物に行ってきますので夕飯ごろに帰ります」
「そっか。じゃあ俺も出かけるかな」
「朝ごはんは用意しますね」
「ん。頼むわ」
「起きてなくても起こしませんからね」
「はいよ」

お互いに明日の予定を確認したところで、自由な時間を設けたのだが、10分程するとエリカがまた寝てしまった為、またしても冬華はエリカを自分のベッドに横にして自分はソファで寝るという事態に陥ってしまった。
この日から冬華は、次に寝るような事があれば必ず叱ろうと強く誓った。
そして、いつの間にかソファでも爆睡ができるようになっている自分がいて少し驚いた。

















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