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第一章

49 師匠と弟子・2

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夕食を終えた後、エリカはお風呂を済ませてくると言って、一度自宅へ帰宅した。そのまま帰ってもいいんだぞと言ってみたものの、「冬華くん、最近またドライヤーで髪を乾かしていないようなので、私が乾かします」と強く言われてしまったので、先にお風呂を済ませようと思ったが、いつ戻ってくるか分からないので取り敢えずエリカが帰ってくるまでは待つことにした。


「・・・疲れた。まあ当然か」

今日は急なローズの訪問で手を焼いた。雪弓以上の問題児である彼女の相手は竜を相手にするかの如く疲れるししんどい。まぁ竜と対峙した事はないが。

「・・・このまま何事もなく終わって」
「おっす!冬華!また来てやったぞ!」
「くれる訳ないわな、うん。知ってた」
「なんだつれないぞ我が弟子よ」
「うるせぇ。ちょっと前に帰った奴がしれっと現れたら誰だって呆れるわ」
「普通は驚くところだぞ」
「・・・・・慣れ?」

ソファに腰掛ける冬華の前に突如として人一人分が入れそうな異空間が現れ、中からローズが飛び出した。ゲームなら即捕縛ゲーだが、この女に通用する筈はない。

「慣れか・・・それは仕方ないな、うん」
「納得してくれたようでよかったよ。・・・で?なんか用か?」
「そうそう。まだお前と話足りわなくてな。毎年やってるアレなんだがな?今年は危険な年だから来なくていいからな」
「え?あーそうか、今年か。・・・・分かった。じゃあ来年だな」
「おー頼むぞ~」
「って、何でいきなり床に寝そべって寛いでんだ!」
「良いじゃないか、固いこと言うな」
「・・・場所変わってやるからソファで寝そべって寛げよ」
「何とも気が利くようになってきたな~。師匠は嬉しいぞ」
「はいはい」
「・・・・なぁ、お前が床に降りてこい。膝枕してくれ」
「え~何でだよ」
「師匠の頼みくらい聞いてくれてもいいんだぞ?」
「ここは断る所なんだろうが・・・」
「いや断るなよ。ギャグの上手い奴・・・何してるんだ?」
「え?」

冬華はソファから降り正座する。その行為に珍しくローズが目を点にしている。

「何って、師匠を労ってやろうと思って・・・日頃世話にもなってるしな」

そう言って冬華は自分の膝をぽんぽんと叩いて頭を乗せろと意思表示する。
流石に驚いたのかローズは焦って顔を赤らめている。ローズとて女。いい歳こいて年下の男に膝枕をやられるのは恥ずかしいのだろう。
そういう顔をしている。こんな師匠を見るのは珍しいく思い、少し不思議な顔をしてしまう。

「ほら、エリカが帰ってくるまではいいからされてろって」
「やけに素直すぎて少し怖いが・・・遠慮なく弟子の膝を使わせてもらうとするかな」

そう言ってローズは冬華の膝に頭を乗せる。ふんわりと香る薔薇のような香りは苦手ではあるが、ローズの香水は嗅ぎ慣れてるので気にするほどではないものの、辛いが耐える。
こうしてローズに膝枕をするのは子供の頃以来、レイナと一緒にいた頃以来だった。

「お前が今何を考えているか分かる。・・・・私に膝枕をしたのはレイナがいた時以来だ・・・だろ?」
「・・・・・人の心を読むなよ」
「因みにだが、魔術は使ってない。私はお前と付き合いが、それこそ雪弓やお前の父親よりは長い。師匠を舐めるな」
「へいへい、流石は師匠ですこと」
「そうだろうそうだろう」

こんなやりとりを昔も今もできている事に驚き反面嬉しい反面もある。だがそれでも頭の中にチラつくレイナの姿を思い出さずにはいられなかった。

「あの子は・・・レイナはいつもお前の事を話していた。飽きるくらいに」
「え?」
「お前が風呂に入っている時も寝ている時も魔術の勉強をしている時も、ずっとお前の話をしていたし聞いてきたよ」
「・・・・・」

何となく想像できる。レイナは所構わず話をしたり聞いたりしてきて少しうざったく感じていたが、それでも楽しかったのは事実だ。

「ある時な。レイナが私に頼んできたんだよ。料理を教えてくれって」
「え?あいつ、そんな事を?」
「私は何でって答えたらあの子は・・・・」


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「ローズせんせ!私に料理教えてください!」
「何?私がお前さんに?別に教えてもいいが、急にどうした?」
「・・・・トウカに料理作れるって知ってくれたら驚くかなって思って・・・ダメかな?」
「・・・・・いいぞ。私も冬華には劣るがそれなりに美味い料理はできるしな」
「!お願いします!せんせ!」
「はいはい。冬華は今山で修行させてる。帰ってくるには1日は掛かるはず。私達はその間、こことは違う時間軸の場所で料理の特訓をすれば、冬華に自慢できるくらいにはなると思うぞ」
「やったー!」


こうしてレイナはローズの手によって料理の腕を上達させる事に成功し、地獄の修行を終えた冬華に見事な料理を振る舞う事ができたらしい。死んだ目が一層際立っていた冬華もその時ばかりはレイナに感謝し全部食べきった。
・・・・しかし、冬華は全ての料理を食べて思った。甘い、苦い、酸っぱい、辛い、ありとあらゆる味覚が味蕾を襲い涙目になりながら食べ、それをレイナに悟らせなかった冬華は姿の見えないローズに会いに行くと、ローズもまた、自室でぐったりしていた。

世界最強と謳われる魔術士のローズが瀕死に追い込まれるほどの事があったことに驚き事情を聞くと「・・・・・あの子にはもう2度と料理をさせてはダメだ」と言ったきりこと切れた。


・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。


「あっただろ?そんな事が」
「あったな・・・そんな事」

5年も前の事を思い出して懐かしい気持ちになる。今もしレイナが生きていたら3人でまだいた未来もあったかもしれない。
もしもの話などしても詮無い事ではあるのだが。

「・・・レイナを助けられなくてどん底にいた俺を、あんたも春も美紀も、見捨てなかったよな。見捨てれば良かったのにさ」
「流石に、自分の弟子をあのままにする程酷い教育は受けてないよ。私の先代も先先代も・・・そして初代もな」
「あんたの人生不思議だよな。もしローズが早くに死んで、俺が老けた後に転生しても分かるんだろ?昔の記憶があるから。俺は分かる気しねぇよ」
「・・・・大丈夫さ。例え別の私になったとしてもお前は私を分かるし、私はお前の事をすぐに見つけるよ」
「ローズ・・・」

ローズは少し静かなテンションでまだ先になるだろう話をしている。それを聞いて、冬華もいつかこの人とは離れる運命なのだろうと悟った。ローズを撫でる手に少しばかし力が入る。

「・・・・・・そういやお前、エリカちゃんには言ったのか、魔術士だって事は」
「言うわけねぇだろ。あいつは普通の子だぞ。魔術士なんか言ったら困惑どころじゃないし」
「・・・・まっ、それもそうか。・・・・・そろそろ帰ってくるな」
「エリカが?」
「ああ。今扉の開いた気配がして・・・おっ、玄関前で止まったな。じゃあ私は帰る。また会おう、我が弟子。・・・・・偶には墓参りに行ってやれよ」
「あー・・・・うん、そうだな。気持ちに整理ついたら行くよ。最近はよく夢に見るし」
「・・・そりゃ良い事だ」
「何でだ?過去を蒸し返すようなトラウマばかり見るのは良いとは思えん」
「人間の感情ってのは表に出ているものより隠しているものが、隠れた所で現れる。お前には教えたと思ったがな」
「うっ・・・あーはいはい。言いたい事は分かったから早よ帰れ」
「相変わらず冷たいやつだ。・・・・またな、冬華」
「おう」

別れの挨拶、否、再会の挨拶を交わしてローズは再び異空間を開いてその中へと消えていった。

「・・・冬華くん?」
「エリカ?あれ、何でお前家の中に」
「じ、実は・・・・・・これを」
「これって・・・」

申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうに差し出されたものを見ると、エリカの手の中には今日偽装工作をする際にエリカに貸した冬華の家の合鍵だった。












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