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第一章

66 噂の彼

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合宿予告からはや一週間。合宿本番まで一週間を切ったころ、子猫の名前もシアと決まり色々と落ち着いていた。

合宿前の最後の土日が終わって次の日の朝7時前。家の電気が復旧していることが確認が取るためエリカは一度家に帰り、ついでに朝風呂に入ってくるとの事で朝食の準備をして家に帰っているその間、シアの世話をしながらベランダで休憩をしていた。

「もうすぐ合宿か・・・お前を祈の姐さんとこに預けなきゃな。日向や仁美達ならお前の面倒も凄く良く見てくれると思うから」
「ニャ~(※特別意訳:私はご主人様が一番です)」
「そりゃどうも」

シアと会話をしながら待っていると扉が開く音がして振り返るとエリカが制服姿でやって来た。

「お待たせしました」
「おう、出たか。じゃあオムレツとソーセージ焼くからちょっと待っててくれ」
「はい。分かりました」

ものの数分で仕上げをして二人でテーブルを囲って朝食を食べる。時間にはまだ余裕があるが二人で登校することにした。と言っても途中までは一緒だが二人でいるところを見られれば面倒くさい事になるので一緒にいるのは一瞬でしかない。もう少し自分のルックスが良ければエリカの隣に居てもおかしくはないのにと冬華は思う。

学校へ登校しまだ生徒が数人しか居ない教室へと入り席に座る。少し離れて歩いていても席は隣同士なのですぐ会うことになる。席に座って必要な物を机にしまい読書を始める。
少し離れたところでエリカはクラスの女子達と話している。
学校での彼女は妖精様の笑顔と対応で正直家での素顔を見慣れている分違和感が拭えない。
そう感じるのは彼女との付き合いが長くなってきている証拠なのだろうか。

クラス中が騒がしくなってくる中、春正と美紀も登校してきたので挨拶を交わす。

「おはよう!」
「はよ~す」
「ん。おはよう」
「早いね~。とー君って早起きだったっけ?」
「たまさかだ。深い意味はない」
「じゃあ珍しさでご飯奢って~!」
「嫌だ」
「そう言ってやなんなや冬華。今日くらいは奢ってやってやれよ。美紀のやつ今日は朝飯食べてないんだと」
「・・・・・わかった。何がいい?」
「ハンバーガー!」
「グじゃないのか」
「ガーが食べたい気分なの!」

いつもと変わらなぬくだらない会話をしていたが、ここで冬華の集中力は別のものに向ける事になる。
エリカと女子が固まっている場所に学校一のイケメンと謳われ、神様という二つ名の付く神谷雷神かみやいづきがエリカに声をかけた。
その様子に冬華はどきりとし、クラスの女子達はイケメンが美女に声をかけている様子に並々ならない思いと黄色い悲鳴が飛び交う。
声をかけられたエリカは目をぱちくりとさせた後、いつもの妖精様の顔で対応した。

「はい、なんでしょう?」
「紅野さん。昨日ショッピングモールに居なかった?」
「!」

あまりにも予想外の発言に冬華は思わず本を落とすところだった。ローズにはいつも、いつだって想定外など想定内にしておけと口を酸っぱく言われているのにこればかりは想定外の斜め上を行き過ぎていてどうしようもなかった。
エリカも顔に出そうなのを抑えて笑顔で答えていた。

「・・・はい。居ましたよ」
「男の人と一緒に居たからてっきりデートなのかなって思ったんだ。もしかして・・・彼氏さんかな?」
「いえ・・・」
「紅野さんに恋人がいたって知らなかったな」

雷神の発言はクラス中、延いては外に居た他クラスの人間の耳に入り、一瞬にして数多の声が飛び交った。怒り、驚き、落胆、黄色い女子の声、上げたら霧がなかった。

「やっぱりあれ見間違いじゃなかったんだ」
「どゆこと?」
「私も昨日ショッピングモールで紅野さんらしき人を見て、男の人が隣にいた気がするんだよね」
「ほんと?紅野さん」

クラス中がエリカに注目する。特に聞き耳を立てているのは男連中だ。かく言う冬華もその一人であるが、あくまでエリカがどのように切り抜けるか気になるからである。

「彼氏ではありませんし・・・そういう感情はありません」

分からないくらいの戸惑いを見せつつもきっぱりと否定したエリカに少しばかり思うところというか胸の痛みは覚えたものの、冬華がエリカの立場であっても同じことを言っただろう。

「そうなの?」
「はい。確かに昨日ショッピングモールには居ましたが、彼は仲のいい友人、日頃からお世話になっている私にとっては大切な人です」
「・・・そうなんだ。ごめんね、変な事聞いて。ただ、紅野さんは男の人の事嫌いっていうか苦手なのかなって思ってたから意外だったんだ」
「・・・そうなんですね。私の方こそ少し冷たく言ってしまいすみません、神谷さん」
「ううん。俺の方こそ。・・・それと先生がさっき呼んでたよ。俺と一緒に手伝って欲しいことがあるんだって」
「分かりました。行きましょうか」

波乱が起きかけた会話から一変、嵐の後のような静けさとなった教室を二人は後にする。その直後教室は二人の話題で持ちきりとなった。

「紅野さん、彼氏じゃないけど男の人の事大切な人って言ったよ!」
「彼氏じゃないって本人が言ってるだけじゃないのかな?」
「それに大切な人も言い換えれば好きな人ってことにならない?」
「ねぇ、男の人見てないの?」
「うん。顔は見えなかったけどすっごくかっこよくてイケメンな人だったのは確かよ」
「へぇ~!じゃあ他校の人かな?」

クラス中と居室の周りは紅野エリカと一緒に居た男の話で盛り上がる。よく耳を澄まして聞いていると、離れたところでファンクラブの人間までもがその例の男について話しているのが耳の良い冬華には丸聞こえだ。
その噂の男になっているのは普段から根暗で地味な何処にでも居る高校生だとは思うまい。

「紅野さん、彼氏居たんだね」
「・・・本人が否定してたろ」
「冬華は興味なさそうだな」
「妖精様のあいつがどうなろうと俺には関係ない」
「でも昨日とー君、紅野さんと一緒にいたじゃん。見てないの?」
「俺は昨日偶然会ったんだぞ。見てるわけねぇだろ」
「なに?お前昨日紅野さんに会ったのか?」
「銭湯でな」
「へぇ~。紅野さんも銭湯行くんだな」
「そりゃ偏見だな」

上手く誤魔化してこの話題は終わらせる。その日は一日中、紅野エリカと謎の男、熱愛発覚!などという話が持ち出され学校新聞にも載るくらいの大騒動に発展した。
エリカの相手はアイドル事務所のイケメンや他校のイケメンなどと実しやかに囁かれた。
何故こうも皆、美女の隣にはイケメンというのが相場が決まっているのだ。確かに美男美女は絵になるからそう思ってしまうのは無理もないことではあるが凝り固まった先入観は猫をも殺すというし早計ではある。
噂の彼氏が自分であるとバレてないというのはせめてもの安心する事であろう。

けれどエリカは色んな人から質問攻めにあっていて疲れているように見える。
帰ったらエリカの好きな物でも作ってあげようと思い、学校が終わってすぐにスーパーに向かい必要な材料を買って家へと急ぐ。
エリカに連絡するともうすぐ家に着くというので少しばかり駆け足で急ぐ。

マンションが見えてきたのでエントランスに入ると、休憩スペースの近くにエリカを発見した。
それともう一人、エリカと同じくらいの身長の女の子がいた。
誰だろうと覗くが冬華は一瞬にして誰なのか分かった。
錫色の長髪に翠緑の瞳、頭のてっぺんには可愛らしいアホ毛が一本あり、エリカと同じく日本人離れした雰囲気を感じる。綺麗な顔立ちをしていて金持ちの令嬢と言われても信じてしまいそうなほどだ。

「おい・・・何してんだ。お前」
「冬華くん?・・・お帰りなさい。今、そこでこの女の子と会ったのですが、貴方に用があるみたいでして」
「・・・分かってる。何しに来た」
「勿論!先輩に・・・いえ、愛しの婚約者に会いにきたんだよ!」
「ちょっ!?お前っ!?何言ってんだ!」
「えっ・・・」

突如としてやって来た謎の美少女は冬華とエリカに爆弾発言を言い放ち、冬華は驚いてその場に崩れ落ち、エリカは信じられないと言いたい顔で立ち尽くした。













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