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第一章

67 婚約者は勘違いで妹です

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「・・・婚約者」
「お前っ!何言ってんだ」

いきなりの爆弾発言をした目の前の美少女に冬華は珍しく怒鳴り散らした。エントランス中には響いたが今は誰も周りにはいないので良かったが、普通なら迷惑もいいところだ。
だが今はそれどころではない。

「えっ?だって肩書き上はそうだし、女の人が寄って来たらこうしろって」
「相手を考えろ。何も聞いてないのか!」
「えっ・・・あっ!この人か」
「やっと理解したか。・・・・悪いな、こいつは実は・・」
「星川さん」
「えっ?・・・はい、なんでしょう」

冬華は思わず馬鹿正直に敬語で答えてしまった。何故かは分からないがエリカの声色がいつもよりワントーン低く起こっているように聞こえたからだ。振り返ってエリカを見ると、初めて会った頃の拒み隔てる壁を作っている時のエリカになっているのを肌で感じた。

「まさか星川さんに婚約者さんがいらしたとは、知りませんでした。ちゃんと言ってくれなきゃ困るじゃないですか。・・・ダメですよ、婚約者が居る人が他の女の人と懇意にしては」
「おい、待て。話を聞け」
「では星川さん、後はお二人で仲良くしてください」
「だからちょっと待てって」
「・・・・今後はもう星川さんのお宅にはお邪魔しませんので。・・・それでは」
「は?・・・おい待て!」

しくじった。否、最低だと思った。こちらにも事情があったとはいえこの美少女の存在だけでも伝えておけばよかったと後悔する。エリカならこうなった場合、話も聞かずに颯爽と逃げるような態度を取ることは分かり切っていたのにだ。
エレベータの方向に向かっているエリカに追いつき肩を掴む。

「エリ!」
「・・・えっ?」
「・・・やっと止まってくれたな。良いから話を聞け。俺の家に行こう」
「・・・・はい」

説得の元三人は冬華の家へと集まる。ソファに座ったエリカは少し怒ったような顔はしていたものの、少しばかり拍子抜けしたかのような顔をしており、錫色の髪の美少女は床に座って失敗した、もしくは申し訳ないという顔をしていた。それは当然だろう。

「・・・さて、エリカ。先ずはお前の勘違いを払拭させてもらう」
「?勘違い?」
「うん・・・剣、居るんだろう?出てこい」
「はい。僕はここに」

すると急に天井から声がしてブルーブラウンというのだろうか?青がかった茶髪の黒いスーツに錫色のネクタイを付けた男が降りてきた。どうやって天井にいたのかという問いがエリカの中では生まれていた。

「天井にへばりつき布を被っていたんですよ。エリカさん」
「えっ?・・・そうなんですか」

心を読まれたのかエリカ目の前の黒服の男にびくりとしたが、答えられた内容に更に疑問が出て来てしまう。一体この男は何者なのだろうか。

「冬華さん。お久しぶりです」
「帰ってたなら連絡しろ。こいつが連絡もなしに突入して来たじゃねぇか。お陰で大変だ」
「すみません。一緒に行くとは言っていたのですが」
「お前も。誰彼構わずああいう事を言うのはやめろ。せめて相手が誰なのかくらいは把握しろ」
「・・・ごめんなさい」
「まぁまぁ。彼女も反省していますし」
「・・・剣は甘いぞ、相変わらず」

話の腰を折るのは申し訳ないと思っていたのかエリカはずっと黙ったまま三人の会話を聴いている。溜息を吐きつつ冬華はエリカの方に向き直り話を続ける。

「エリカ。見た事はあるんじゃないか?こいつの事」
「えっ?」

そう言われてエリカは錫色の長髪の美少女をよく見る。すると思い出したかのように「あっ」と口を押さえる。

「思い出したみたいだな。ほれ、自己紹介」
「は、はい!えー・・・こほん。みんな~!元気してスターライト!世界に轟き抜錨するアイドル!星々流ほしぼしながれです!」
「はぁ。・・・どうも」

急すぎる嵐に家を吹き飛ばされて途方に暮れたようなテンションでエリカは不思議な自己紹介を流した。

「・・・誰がアイドルの自己紹介しろって言ったよ!自分のをしろ自分のを!」
「ご、ごめんなさい!では、改めて。初めまして紅野エリカさん。私の名前は星川優空るる。今巷で人気絶賛No. 1のアイドルをやっております!」

エリカはアイドル名を聞いて思い出した。彼女はテレビでは見ない日はないという美少女アイドル星々流。本名は誰も知らず、またプライベートも秘密となっている絶賛人気のアイドル。しかし何故彼女と冬華が知り合いなのかは分からなかったが、本名である名前を聞いて一つの可能性が出て来た。

「・・・冬華くんの親族ですか?」
「まぁ親族っていうかこいつは俺の・・・妹だ」
「えっ・・・・・妹、さん?」

エリカの言いたいことは分かる。妹というには少々、というよりかなり血のつながりを感じにくいだろう。普通兄妹ならば少しばかりは似ている部分があっても良いものであるし、顔は全く同じではなくとも一致する部分はあってもおかしくはないが、冬華と優空には兄妹と呼べる繋がりが全くないように感じる。

「・・・本当に?」
「本当だ。なんならそこの剣に聞いてみろ」
「はい。畏まりました・・・此方をどうぞ」

差し出されたのは血縁関係を立証する書類だった。色々な数字や単語があって何が何だか分からないが、剣と呼ばれた男が指差すところを見ると、冬華と優空が血縁関係である事を証明する確かなものがそこにはあった。
しかし、仮に血縁関係が本当だとしても兄妹にしては似てなさすぎると誰もが思うだろう。髪の色も違うし瞳の色も冬華の母親である雪弓とは違う。

「優空さんと冬華さんの血縁関係は僕が保証しますよ。顔が似ていない事はどうする事もできませんが、確かにお二人は星川雪弓さんから生を受けています」
「それは間違いない時事だ。だからコイツは婚約者・・・っていうのをまんざら嘘にするには深い理由があるんだ」
「理由?」
「それは僕の方から説明をしましょう」

もう何年以上もも前の事だ。まだ冬華がローズなところで修行をする前優空が3歳の頃、彼女は子役として活躍していた。しかも3歳でだ。当時は天才子役とまで言われ、それは今でも劣る事はない。しかし、彼女は幼児の頃から人を虜にする美貌の持ち主であり、他の事務所が優空を自分の所へ引き入れようと躍起になった程だ。
当時から断り続けていたのだが、ある時事件は起きる。なんと優空が誘拐されたのだ。
星川家総出で優空を探して1週間後に発見された。誘拐した犯人は星川家を目の敵にしている敵魔術士のチンピラであり、そいつらは星川家の人間達が処分したと聞いた。

この事もあって優空の処遇を決めかねていたが、顔が似ていないという所が幸いしたのか冬華と優空は兄妹ではなく婚約者同士にしようという結論となったのだ。この事を知るのは星川家と一部の者だけだ。

優空に婚約者がいると発表してから他事務所からの連絡や無闇矢鱈と優空に手を出す輩は居なくなった。
事務所に関してはよく知らないが、敵魔術士からすれば星川家の婚約者に手を出す愚か者は居ないという事なのだろう。


「長々と話してしまいましたが、真実はこういう訳なのです。実際、婚約者のいるという事はかなり効果覿面でして、それからは特に大きな動きもありませんので、冬華さんには長らく婚約者という肩書きを背負っていただいているんです」
「そんな理由が・・・」

実際に誘拐されるという事はここ何年かにもありはしたが、全て未然に防がれている。優空は昔から人を寄せ付ける美貌のようなものが確かにあった。何処へ行っても美人だ可愛いなどと言われていたため本人も調子に乗る・・・なんて事はなかった。
誘拐されたという確かな事実が彼女の自信過剰な部分を抑制していたのもあったが、優空は自分の容姿が優れている事を自覚はしていたが決してそれを自慢にはしなかった。

冬華も自分の妹なので特別扱いはして来たが、ただ決してそれだけに溺れるなとも注意はして来ていた。
それにエリカを見ても美人こそすれそれ以外の感情が浮かばなかったのも妹の存在があったからだ。
これ程の美女を常に見ていたらそんじょそこらの女性では話にはならない。
これは少し言い過ぎな気もするが、それくらいの気持ちはある。

「分かってくれたか?婚約者というのに間違いはないが、あくまで肩書きだし、兄妹同士で結婚はできないからな」
「私もお兄ちゃんとなら結婚しても良いよ。けど、血縁関係がある以上は無理かな・・・私が違う家に生まれてたなら間違いなくどんなアプローチをかけてでも墜してたかなぁ」
「・・・サラッと凄い事を言ってんじゃあないよ」
「・・・・・」
「どした?」
「ごめんなさい!」

そう言ってエリカは綺麗な勢いのある謝罪をした。その一言で冬華はあっけらかんとなったが、どういう意図の謝罪なのかはすぐに分かったので頭を撫でる。

「気にするな。正直あそこまで怒られるとは思わなかったから、こんな事なら最初から言っておけばよかったんだ。こっちこそごめんな」
「でも・・・」
「・・・じゃあ今日は昨日言ってたラーメンにしないか?材料はあるんだろ?」
「・・・はい。とびっきり美味しいの作りますね」
「ああ・・・俺も一緒に手伝うが、楽しみにしてるよ」

誤解は解け、お互いに和解できたところで「すみません、良い雰囲気なのですがお伝えしたい事があるんですが」と、剣に言われて我に帰る。

「優空さん、そろそろ時間です。次の仕事に向かわねばなりません」
「え~!もう~!?」
「牛みたいなこと言わないでください。元々少しの時間しか取れないと言っていたでしょう?」
「もうちょっとだけ!」
「・・・・分かりました。5分だけですよ?」
「やた~!」
「剣・・・」
「あはは・・・これくらいは多めに見ないと、ストレスが溜まりますからね」
「あの。剣さんって・・・」
「申し遅れました。僕は星々流のマネージャーをしております、風川剣かぜかわつるぎと申します。年齢は25歳です。エリカさん、今後とも冬華さんと仲良くしてあげてください」
「はい。それは勿論そのつもりです」
「ありがとうございます」

何故かこの二人は意気投合している。何か気の合う部分でもあったのだろうか。
残り5分の間にエリカと優空もすっかり打ち解けたようで短い間だったが仲良く話をしていた。
時間となり夕飯を食べられないことに泣き喚いていたが、不承不承ながら了承した。

家を出る前に剣と優空は仕事スケジュールの再確認をしていた。その姿を後ろから見ていたエリカはある疑問を口にした。

「本当に優空ちゃんは冬華くんのこと大好きなんですね」
「まぁ確かに昔からお兄ちゃん子ではあったな。何かとくっついてきたし我儘をよく言う奴だったよ。婚約者の相手を誰にするかを後押ししたのは優空だしな」
「そうなのですか?」
「ああ。俺も困ったもんだったぜ。他に好きな人が居るんだから少しばかり遠慮もしてやれって思ったんだがな」
「へ?それはどう・・」

エリカが言い終える前に冬華は目の前の二人を指差す。二人は仕事の話をしているが、内容が気に食わないのか優空が剣に腕を絡ませて文句を言っているものの、その顔は嬉しそうで、剣の方も困った顔をしていたが、まるで彼女をあやす彼氏のような態度なので特別扱いしているのが丸わかりだ。
優空は冬華の事が大好きなのは誰が見ても明らかだ。彼女は好きな物はとことん好きだと言う反面、別の側面もある。

それは、大事にしたい好きな物は口には出さず胸の内に秘める事だ。剣も優空の気持ちには少なからず気付いてはいるようで気づいていない感が否めない。自分はあくまでマネージャー。それ以上でも以下でもないと割り切っている節がある。
まぁ中学の頃から護衛の対象である優空と一緒に居れば色々と思うところも出てくるだろう。
すぐに割り切れるのは彼の良いところではあるが、優空の思いに気づいているのかいないのかはっきりさせてほしいが、恐らくは気づいていないだろう。

長年二人を見守る冬華の身からすれば早いところどうにかしたい事ではあるが、優空の立場的には下手をすると大問題になりかねない。婚約者の存在は公にはしていないし誰なのかも公表はしていないが結婚したとなっては世間が黙っていないだろうが、優空も一人の女の子だ。
そこは許してやってほしい。

「もしかして、そういう事ですか?」
「ああ・・・兄からすれば、剣はいい奴だし優秀なんだが、如何せん仕事優先で尚且つ鈍感だから妹も大変だぜ。まぁ、二人の問題だから幸せになってほしいけどな」
「・・・きっと上手くいきますよ」
「どうしても痺れを切らしてくるなら俺が背中を押してやるかね」
「私も微力ですが、優空ちゃんにはアドバイス出来ますよ」
「もしもの時は頼むわ」
「・・・ではすみません。冬華さん、エリカさん。僕達はこれで失礼します」
「お兄ちゃん!エリカお姉ちゃん!また来るね~!」
「仕事頑張れよ~」
「はーい!」

玄関まで見送って一息つく。嵐が過ぎ去ったのでゆっくりしたいが、そうも言ってられない。
もういい時間なのでラーメン作りに取り掛からなければならない。材料を取り出して二人でラーメンを作りに入る。
此方の二人もどうにかこうにかして幸せになってほしいと願うのは、先程、冬華とエリカが自分達を見ていた時のような感情を車の中で抱いていたお兄ちゃん大好き妹の優空だった。









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