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第一章

70 藤寺家での食卓

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女神神社で倒れてしまった冬華を看病してくれたのは巫女をしているクラスメイトの藤寺愛由美だった。彼女の提案で食事を御相伴に預かる事になった冬華は何か手伝うべく厨房に入るが、もう殆ど終わっていたようだ。

「藤寺」
「あっ。星川くん」
「何か手伝おうかと思ったんだけど・・・もう終わってる?」
「うん。もう後はお皿に盛るだけだよ」
「じゃあ皿盛るわ。場所はどうする?」
「ありがとう。じゃあ前の部屋の机に置いてくれる?あそこの方が広いから」
「了解」

出来ている料理から皿に盛り付け言われた場所に運ぶ。襖を開けると、皿を置く予定の机を拭いている少女がいた。
耳の両サイドを三つ編み、更に後頭部も三つ編みにしている落ち着いた雰囲気があり愛由美と同じ黒紫髪に紫の瞳だ。冬華の妹、優空と同い年くらいに見える。何処となく愛由美に似ている。恐らくさっき冬華が倒れた時に一緒に運んでくれた子だろう。

「こんにちわ。さっきはありがとう。お姉ちゃんと一緒に俺を運んでくれて」
「・・・いえ。もう、大丈夫・・・なんですか?」
「うん、もう大丈夫だ。・・・・君はお姉ちゃんとは違って巫女ではないのか?」
「はい。私は・・・藤寺あまねです」
「俺は星川冬華だ。よろしく」
「はい。宜しくお願いします・・・お兄さんは魔術士ですよね?」
「うん、そうだよ」
「・・・・じゃあいいかな。今から見る事は他言無用でお願いします」
「え?・・・うん、分かった」

謎の約束をすると、天の体が光り出す。懐中電灯が消えそうなくらいの光で数秒輝く。光が収まると、少しばかり天の雰囲気が変わっている気がする。更に髪型は耳の両サイドの三つ編みが解けているし、髪の色も黒紫色から少しだけ銀色混じりになっている。瞳の色も変わっていて冬華と同じ黒の瞳だ。

「天ちゃん?」
「・・・貴方はとても特殊な人ですね。この子が私の存在を家族や信頼できる者以外に簡単に教えるなんて思いませんでした」
「・・・・誰だ?」
「初めまして。星川家の末裔、星川冬華さん。私の名はディアナ。女神です」
「・・・・・・はい?」

いきなりなんなのだ。確かに先程までは物静かな雰囲気の天だった筈なのに、急に口調の固く、おまけに頭の中までカチカチそうな人間が出てきた。
まるで憑依でもされたかのように。

突然の事で驚きはしたが、冬華には何故だか懐かしく思えた。彼女の事は前から知っていると、血が、魂が訴えている。
恐らくは先祖関係の者なのかもしれない。

「貴方の先祖のことはローズさんと同じくらい良く知っています。我々の女神の先祖も貴方の先祖に仕えていました」
「ちょっと待て、女神?そんなの信じ・・・られるな。その状態の天ちゃんは説明しようがないし、第一ディアナなんて名を名乗る愚か者は居ないしな」
「・・・ご存知でしたか。あんたが言ったように伊達に星川家の人間してる訳じゃない。その名前は知ってる・・・けどあんたの名前はディアナじゃないだろ。その人は遠の昔に居なくなって名前は殆ど知られてないはずだ」
「はい。便宜上はディアナと名乗っていますが、本当の名はディアナから派生した名、ダイアナと名乗っています。今後はディアナでも、ダイアナでもどちらで呼んでもらって構いません」
「そう・・か。じゃあディアナ」
「はい」
「宜しくな」
「こちらこそ、宜しくお願いします。冬華さん」

奇妙な縁により、愛由美の妹である天、そしてその天の中に存在しているもう一人の魂、正真正銘本物の女神であるディアナ、若しくはダイアナと知り合いになった。
彼女とは今後しっかり話をしなければならないだろう。けれど今はその時ではない。それにディアナには何かしら目的があるように思える。
彼女の目的や、どうして彼女が天の中にいるのかもいつか話さなければならない事になるが、それはまた別のお話である。



「ごめんね、星川くん。お待たせ」
「いや、全然。天ちゃんと話してたから暇はしなかったぜ。それに・・・」
「?・・・あっ!ディアナ様。出てきてたんですか?」
「ええ。天がこの人は信用できると仰ったので、私も挨拶をしておこうと思いまして」
「そうなんですね。凄いね星川くん。ディアナ様が他の人の前で姿を現すことなんて無いのに」

それはそうであろう。彼女は女神だ。それがただの人間の中に魂だけの状態で居るなんて他の、ましてや協会の連中に知られれば何をされるか分かったもんじゃない。隠蔽するのは得策だ。もしもの時はローズに後ろ盾になってもらうよう働き掛けておかなければならないだろう。

「ディアナ様も食べますか?」
「いえ、もう天に体を返します。食事は天が食べなければ私にも栄養が届きません。逆に私が食べれば天が太る事になります」
「不憫な体だな」
「天には迷惑をかけています。・・・・・それでは冬華さん、またいずれ」
「おう。じゃあな」

ディアナは目を閉じると再び天が光り出す。すると、サイドの三つ編みは戻り雰囲気も天に戻った。

「冬華さん、ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ秘密を共有してもらってありがとね。おかげで少しは先祖のことを知れたよ」
「それは・・・良かったです」
「二人とも・・・話の途中だけどご飯、出来てるよ?」
「「あっ・・・はい」」

まるで母親に怒られる子供のような反応をしてしまったので我ながら反省と恥ずかしさに居た堪れなくなる。

「二人ともすっかり打ち解けたね。天なんて人見知りであまり喋る方じゃないのに星川くんとはすぐ仲良くなってる。それに・・・名前で呼んでる」
「冬華さんはとても優しい人だよ、お姉ちゃん」
「そ、そんなの知ってるよ!目の悪い私に毎日ノート見せてくれたんだもん!」
「そうなんですか?」
「ああ。と言ってもノートの取り方上手いわけじゃねぇから本音いやもっと違う人に見せてもらった方がいいとは思ったかな」
「ううん!そんな事ない!本当に感謝してるんだよ。・・・ありがとう」
「・・・・どういたしまして。また何か困ったら言ってくれ。微力だが力になる」
「うん!」

愛由美は笑顔で笑う。冬華が彼女の事を気に入っている理由はこの笑顔だ。最近では忘れ去られたこの純粋な笑顔を見る事が好きだし、女の子には笑顔でいてもらいたい。冬華の子供の頃からの願望のようなものだ。
そんな事を考えながら夕食を食べ進める。今日の献立はハンバーグに味噌汁、白米、そして・・・キッシュだ。

特にこのキッシュが絶品だ。さっきチラリと厨房を見た時、レシピの紙が沢山貼られていたのを見た。キッシュだけではなく恐らく他のメニューもあるのだろう。

「このキッシュ・・・美味いな」
「本当?」
「嘘言わねぇよ。本当に美味しい」
「・・・お姉ちゃんのキッシュは絶品、どれも絶品」
「二人とも、そんなに絶賛しないで。恥ずかしい」
「藤寺は天ちゃんと仲良いな。姉妹って感じだ」
「冬華さんは弟か妹がいるんですか?」
「俺は・・・妹だ」
「そうだったんだ・・・お兄ちゃんだったんだね?星川くんは」
「揶揄うなよ」

照れながらキッシュを口に運ぶ。冬華の口には合う。とても美味しいし文句もない。昔から食べた事のある逸品だと思う。けれど、いつも一緒に食べている人間がいないからか、どうしても物足りなくなってしまう。
悪態を吐きながら毒舌を吐く見た目は美少女で時として可愛らしい笑顔を見せる彼女が食卓にいない。
相当に毒されているなと我ながらにして思ってしまった。

「星川くん?」
「・・・いや。なんでもねぇ」

夕飯を終え、後片付けを手伝った後、冬華はお暇する事にした。流石にこれ以上世話になる訳にはいかない。

「じゃあ世話になったな。ありがとう」
「ううん。帰り気をつけてね」
「ああ。・・・天ちゃんとディアナもおやすみ」
「はい・・・お休みなさい」

その瞬間、瞳の色がディアナのものに変わる。アイコンタクトで何を言っているのかは理解できた。

「じゃあ藤寺。また明日学校でな」
「うん。また明日」

冬華は二人と別れた後、早く帰るために屋根の上を登って走る。久々にこの帰宅方法をするので認識阻害をかけて人目に付かないように走る。
しかし帰った後、冬華は何故かエリカに謎のお説教をされて、挙げ句の果てにはクッキーを作ってくれとせがまれたので不承不承ながらエリカの我儘を実現させる事となった。

愛由美と天は冬華と別れた後、居間でお茶を飲んでいた。暫くの間無言ではあったが、天が思いだったように姉である愛由美に聞いた。

「良かったね、お姉ちゃん」
「え?・・・な、何が?」
「冬華さんと一緒にご飯食べれて。思い切って誘って良かったじゃん」
「な!?何を言ってるのかな!?」
「違うの?」
「~~~/////!?!?」

愛由美は手に持っていたコップを落としそうなのを必死に堪え机の上に置く。しかし顔は真っ赤で手までも赤く染まっていた。

「お姉ちゃんが冬華さんの事、好きなのはもうバレバレだったよ。そんな冬華さんになら私の秘密を教えてもいいってディアナさんが言ってくれたんだよ」
「ディ、ディアナ様も気づいてたの?」
「うん。【すぐ分かりました】って」
「は、恥ずかしい~!」

愛由美は益々真っ赤になり顔を両手で隠して見えない。

「お姉ちゃんは冬華さんを名前で呼ばないの?」
「えっ!?・・・いきなり呼んで迷惑じゃないかな」
「大丈夫だと、思うよ。ディアナさんはあの人はご先祖様と一緒で名前ですぐ呼んでくれるだろうって言ってる」
「で、でも・・・」
「私の事もすぐ名前で呼んでくれたよ?しかもちゃん付けで。聞いたら知り合いの女の子もちゃん付けで呼んでるって言ってたよ」
「・・・でも、私そこまで仲良くないし。星川くんだって私の事、なんとも思ってないよ」
「でも好きなんでしょ?」
「す・・・っ!・・・好きだよ・・・」

遂には地面に蹲り天からは愛由美の姿が見えなくなってしまった。そんなにしてまで恥ずかしさを隠したいとは我姉ながら奥手すぎやしないだろうか。
ここまで照れるなら、今度は定番のあの質問をしてやろうと妹である天は一つ質問をする。

「お姉ちゃんは冬華さんの何処が好きなの?」
「それは・・・・」
「それは?」
「・・・秘密」
「えっ・・・秘密、なの?」
「うん。こればっかりは教えてあげない」
「さっきあんなに恥ずかしがってたのに?」
「そ、それは言わないで」

愛由美が断る中、天は「何でだろう」と呟き首を傾げる。
そんな天を見ながらお茶を飲んで落ち着き、ある情景を思い出しながら手帳型のスマホケースを開いて、そこに入れてある一枚の写真を取り出す。
そこに写っているのは今より少しだけ幼い冬華と愛由美の二人だった。何処かのパーティー会場なのか二人ともドレスを着ている。
更には二人とも手を繋いで写真に写っている。

冬華と手を繋いでいた自分の右手を見つめながら天には聞こえないように「ありがとう、星川くん」と心を込めて愛由美はそう呟くのだった。



















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