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番外編
閑話.
しおりを挟む会遇編のところにあった閑話をこっちに移動しました。
【ミルネスの頃の年明け】
足先がジンジンと痛む。
そう言えばこの時期はいつもこんな痛みに襲われていた。なのに今年は幾分マシな気がする。
まぁ地下室と比べてどちらが暖かいかなんて考えるまでもないので当たり前なんだろう。これは寒さによるものだと老人が教えてくれていたのを覚えている。
『今は何日かのぉ…そろそろ新年じゃと思うんじゃが』
新年。
また聞きなれない言葉を老人が口にした、と特に気にすることもなかったと思う。
『シルヴィア。今日をわしらの新しい年の始まりにしよう。……あけましておめでとう』
『………ぅ……あ……?』
『…まだ難しいか。そのうちきっとわかるぞ。覚えておけ。お前はちゃんと年明けを祝うことが出来ていたんじゃぞ』
強く言い聞かせるような老人の言葉があの時はもちろん理解なんて出来なかった。
けれど見世にきて色んな人から多くのことを学んだ。その中に宗教に関することを学んだ。
この世界の大部分の人が信仰するという宗教には「新年とは神が人間に世界を分け与えた日。その日を祝福しない者は不敬罪の他になし。」というものがあるらしい。
老人は将来外に出れた時、一度も新年を祝ったことがないとして俺が差別されることを恐れていた。
「ミーネ」
「フォルネウス伯爵…」
振り返ると先程自分を抱いた人物が立っていた。
「寝ますか?」
「いや、今日はいいものを見せてやろうと思ってね」
「良い物?」
伯爵は俺のことをぎゅっと抱きしめ俺の後ろにいた禿に何かを伝えた。
「それは私では判断出来ません…」
「は?別に外に出るわけじゃないんだぞ?」
「ですが……」
揉めるような口調にさらに不思議になる。普段ならなんでもイエスと答える禿が渋っていることに驚いた。
こいつ拒否も出来るんだ。
少し前までは仲が良かった禿を見下ろしてそんなことを思う。
「ミーネ行こう。こっち。」
「え、あぁ……」
いつの間にか話は着いていたようで大きな手が俺の手を掴んでずんずんと進んでいく。
部屋以外はほとんど移動したことのない俺は知らない方向に進むことに好奇心と恐怖とが入り交じった感情を抱いた。
キョロキョロと周りを見渡しながら手を引かれる様をすれ違う禿達がぎょっとしたように見た後俺付きの禿を探して走っていく姿が見える。
本当に大丈夫なのか心配になってくる。
そして先程からちょっとずつ気温が下がっている気がする。
「ついた、ミーネ。ほら、あそこみてごらん」
「あそこ……え!?な、なに!?伯爵なんか!変なのが!え、え?!怖い!?」
俺がソレを見て半泣きになりながら伯爵にしがみつくと伯爵はきょとんとした後笑いながらもっとソレに近づいた。
「え、え?なにこれ!?やだやだ!!怖い?!」
「ミーネ大丈夫。怖くないよ。触ってごらん」
「さわっ……!?」
俺が顔面蒼白にして横に首を振ると伯爵はくくく、と喉で笑ったあと自分の手をソレに伸ばした。
だが伯爵の手に触れた途端ソレは姿を消してしまった。
「───!!!消えた!?え!?伯爵大丈夫なの!?」
「くくく、大丈夫だ。ミーネもやってごらん。」
「ぇ。……ほんとに?」
笑顔でコクリと頷く伯爵になんとか慈悲を請いたいがこの笑顔の時は何しても無駄だと知っている。
意を決して腕を伸ばすとひんやり冷たいソレは触れた途端消えてしまった。いや水になった。
バッと伯爵の方を見るとニコニコと笑っている。
「それは雪と言ってね天気のひとつだよ」
「ユキ…?え、天気…!?」
そこ言葉に驚いて上を見上げれば天井がないことにきづいた。
見世に入ってから初めて空を見た。そして夜の空はこんなにも暗いのだと初めて知った。空には様々な光が浮いていた。きっとあれがお星様。
もう一生空なんて見ないと、見れないと思ってた。
なのに空から降る珍妙な物体と合わせて観ることができた。なんて幸せなことだろう。
「ここらで雪が降るのは珍しいし見たことないだろうと思ってね。やっぱりだったか。」
「ユキ………」
手一杯に集めてみたくて手を差し出した。それは水となるだけだった。
「ユキはミーネの高い体温じゃ掴まれられないな」
「えー…」
「なら、今度雪が積もれば雪だるまを作ろうか」
「ユキダルマ?」
更に知らない言葉が出てきて首を傾げる。
「あぁ。何年かに一度はこっちだって積もるからね。そしたらまたここで作ろう。」
「うん!」
結局ユキダルマがなんなのか分からないが何年か後にも伯爵は俺の傍にいてくれることが分かり嬉しくなって抱きついた。
「ミーネ」
「なぁに?」
「あけましておめでとう」
「え、?」
それは遠い昔聞いたことのある台詞。未だになんのことか分かってない台詞。
「新しい年が始まったんだよ。またそこの禿にでも教えてもらいな。」
そう言って俺付きの禿に目を向ける。
「ヒルハ……明日の勉強時間に教えろ。」
「はっ」
「じゃあいい子なミーネにお年玉をあげる。」
「おとしだま……」
さっきのユキダルマの仲間だろうか。
「ここに定期的に日光を浴びに来れる許可をあげる。」
「日光……お日様?に当たれるの?」
「そうだよ。」
それは驚くべきことだった。思わず自分の耳を疑う。
二度とそんなことは出来ないと思っていた。それが願うことすら愚かであると知っていた。
なのにこの人は。
この人はいつも新たなことを教えてくれる。
太陽に当たる
文字にすればたったそれだけ。なのに何故か涙が溢れてきた。
「ここは寒い。もう中に入ろう。」
「伯爵……あけましておめでとう」
泣きながら伝えると伯爵はくしゃりと俺の髪を無造作に撫でた。
優しい手つきだった。
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