抱きしめたい

新田 智美

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岩にせかるる

驚愕の目覚め

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 目を開けた。
 いつの間にか眠ってしまったみたい。
 明るい。
 朝かな。身体を起こさないと。
 なんだか、頭がとても重い。
 あれ?天井の色、こんなだったっけ?
 おかしい……
 何か、とてもおかしい……

 ここ、どこ??

 身体を起こそうとしたら、後ろに引っ張られるような気がして、慌てて頭に手をやる。
 肩の辺りで止まるはずの髪が、ずーっと……
 え?え?なにこれ。なに?
 めんどくさいからいつも結べるくらいには伸ばしてたけど、めんどくさいから肩より長く髪を伸ばしたことなんかない。
 ちょ?鏡!
 辺りを見渡すと、全く様子が変わっていた。
 眠っている間に何処かに連れてこられたのかしら。
 誰に?
 いや、誰に?!
 それより、髪!どうなってんの?!
 いや、待って。
 なんか、胸も大きくなってない?
 完全に起き上がろうとして手に何かを握っていることに気がついた。
 櫛と、巾着袋。
 何故か、とても大事なものに感じて、何かとても……
 私は、とりあえず巾着袋に櫛をおさめ、紐を手首にきつく結んだ。
 これだけは無くしちゃダメだ。

「あらー、姫さまー、お目覚めでございますかー」
 妙に間延びした声が、ロールカーテンみたいに垂らされた御簾の向こうから聞こえた。
 って、え?御簾?
 それより、そこのあなた!その喋り方は上司には可愛いって言われるけど給湯室の守り神、お局さまたちには、確実に嫌われますよ!
 口を開こうとしたら御簾の向こうの人物は年寄りのおばあさんみたいにゆっくりゆっくり立ち上がって、滑るように、ゆっくり何処かへ消えていった。
 何、なんなの?幽霊?
 いい加減泣きそうになる。
 状況を把握しようと必死で頭を回転させるけど、こんなの無理に決まってる。
 同僚の仲良しのなっちゃんがよく「むりむりむりむり」って連呼するけど、バカみたいだと思ってた。
 ごめん、なっちゃん、今、同じこと言った。

 何もかもあきらめて、状況が変わるまで待ってようか。
 下手に動いたらめんどくさいことになりそうだし。
 と、思ったところで、凄い勢いで御簾が開けられた。
「あなや、キヨマサどの。それはなりませぬ」
 さっきの声の主だ。
 叫んだようだが、相変わらず間が抜けてる。
 御簾を開けたのは彼女では無かった。
 高校の時の同級生に無理矢理押し付けられて読んだマンガの主人公そっくりの出で立ちの男。
 まあ、すごく解りやすく簡単に言うと、聖徳太子なコスプレ。
 なんの、冗談だこれ。
 彼は眉間にシワを寄せて、じっと私の顔を見つめていた。
 切れ長の目から、刺すような視線。
 取引先の近藤さんの目とおんなじ。
「おまえ……」
 私が黙ってると、いや、正確には言葉も出なかったんだが、彼は、間抜けな声の呑気そうな女性のほうを振り返った。
「女房どの。姫さまに入り込んでいました悪い気はもうほとんど抜けておりますが、残った気を追い出さねばなりません。申し訳ありませんが、右大臣さまのもとへ、姫さまお目覚めのことをお知らせ頂けませんか?」
「あいや、承りましてございます」
 深々と頭を下げ、女性は立ち上がって消えていった。
 もうお気づきだろう。
 もちろんその女性も、重そうな着物に包まれていた。
 私も薄々はお気づきだったけど、そんなことにわかに信じられる人いる?
 男性は無遠慮にどっかりと胡座をかいた。
「さて、説明してもらおうか」
 いやいやいや、説明して欲しいのはこっちなんですけどー。
「ここどこですか?」
 やっと声を絞り出したら、彼は細い目を物凄く見開いた。
「異国から来たのか?」
「いえ、日本ですけど。なんですか、これ、ドッキリですか、カメラどこ?」
「本当に自分がどこにいるかわからないのか?」
 ええ!わかりませんとも!
 私が何度もクビを縦に振ると、彼はほうっと短いため息をついて、黙り込んだ。
「お前が今いるのは、右大臣どのの娘御の身体の中だ。どこからどうしたのか、姫君がはしりどころを大量に服用してしまったのでな。オレが祈祷して魂を呼び戻したんだが……どうも、間違えてしまったようだ」
 えーっと。
 え、えーっと。
 すいません。
 全然わかりません。
「わからんか」
 彼は口の端を持ち上げて言った。
 楽しんでない?
 ドッキリでしょ!やっぱりドッキリなんでしょ?
「詳しくは教えてやれんが、何処かでお前の心と姫さまの心が入れ違ったのだな。お前がいつぞの時代のどこからやって来たのかは知らぬが、ここは、平安の世、日本の都で右大臣さまの娘御の屋敷だ」
 さっきの説明とあんまり変わりないんですけど。
 全然わかんないんですけどー。
 しかし、目の前の男は、どうやら少し得心したもよう。
 あなたが良くても、わたしは良くないの。
 まだドッキリの線は捨て切れてないし、まあ、今の所一番有力な線なのだか、ヘタに騒ぎ立てて後でテレビにでも出ちゃうとめんどくさいから、できるだけ冷静なフリをしてふるまっておこう。
「とにかく、全くもっておかしな状況であることはわかりました。戻りたいんですけど、どうしたらいいですかね?仕事も残したままですし、保留にしてる案件も何個かあるし、水道代払わないと止まっちゃうんですよ」
 彼はまた眉間にシワを寄せて腕を組み、うーんと唸った。
 あ、なんか考えてくれるのかな。
 それともドッキリでーすっていうタイミングを計っているのかな?
「言ってることはよくわからんが、ひとつ質問がある」
 神妙な顔で男は言った。
「はい、なんでしょう」
「お前、男子なのか?」
 おい、こら。
 失礼な。
 これでも、社内一のイケメンに告られるくらいの女子力は持ち合わせてたんだぞ。
「いえ、バリバリの女子ですが」
 彼は、本気でびっくりした顔をした。
「そのようなガサツな女子がおる国があるのか!」

 数秒後、彼は私の生まれて初めての全力の腹パンに悶え苦しんでいた。
 
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