抱きしめたい

新田 智美

文字の大きさ
9 / 16
岩にせかるる

妖、あらわる

しおりを挟む
「右大臣さまのところに、怪異?!」
 怪異って何?
 右大臣ってつまりあれでしょ?
 この身体のお父さん。
「そうだ」
 キヨマサはもの凄くめんどくさそうに頷いた。
「夜中に姫さまの寝所にバケモノが現れるらしいのだ」
 ものすごく神妙な顔で、マサツグさんが言う。
 バケモノって何ー。
 そんなのいるの?
 えー、怖い!
「じゃあ、行くの?」
「陰陽師だからな。マサツグも連れて行く。オレは無作法だからな」
 無作法っていうか、失礼というか不遜というか。
 バケモノも驚くでしょうよ。
「ふーん」
「お前も行くのだぞ」
「ふーん」
 って……
 え?
 いやいや、え?
「私?!」
「そうだ」
「なんで?え?なんで?!やだ、怖い。意味わかんない」
「お前の実家だぞ?」
 実家?
 あ、そうか、この身体のね。
 そうだよな。曲がりなりにもお父さんのピンチだもんな。
 娘が駆けつけないでどうするって話だよな。
 まあ、自分で天才とかなんでも知ってるとか言っちゃう陰陽師と、やたら熱苦しい武士がついてれば大丈夫か。
「それに、バケモノはお前を探しているようだしな」
 ん?
 ん????
「なんで?!」
「さあな。本人に訊くしかあるまい」
 バケモノに恨まれる覚えはございません。
 ん?いや、待てよ。
 恨まれてたのは、このお姫様か?
 いや、だとしたら、私、とばっちり!
「ねえ、キヨマサ。バケモノって潜伏期間ってどのくらいなの?」
「潜伏?ああ、潜んでいる期間か?場合によるな」
 いや、私のわけは断じてない。
 目立たず騒がず生きて来たのに、こんなところでバケモノに恨まれるとかないないない。
「笙子どの、安心しなさい。このマサツグが、命にかえても愛しい貴方をお守りすると誓うぞ」
 マサツグさんが、熱苦しくうんうん頷く。
 なんだろう……
 そこはかとなく……不安。
 この人、もしかしたら主人公ピンチフラグ立てさせたら日本一っていうアレじゃない?
「笙子さまを連れて行かぬ選択肢はないのですか?!」
 珍しく、ジョンが声を荒げる。
 ジョンの剣幕とは裏腹に、キヨマサは落ち着いてはたと手を打った。
「ああ、ジョン。お前もついてこい。ちょっと笙子流は入るがオレがいざという時に闘える力を上げておく。笙子を守るのはもとよりお前の役目だからな」
「言われずともついていきます」
 ジョンは背筋を伸ばした。
 そもそも、ジョンと私は、ここへ来てからお屋敷から出たことがほとんどない。
 ジョンが不安がるのも無理はない。
 それなのに、私のためについてきてくれるのねー。
 ジョン、なんていい子なのー。 
「いやいや、ジョンどののお手を煩わさずとも、このマサツグ、愛しい女子の一人や二人」
 マサツグさんが、ジョンに詰め寄る。
「マサツグさまは、キヨマサどのをお護り申し上げなければならないでしょう?」
 ジョンが鼻を鳴らして言った。
 不安だ……。


ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•


 遠くに河鹿蝦の声が聴こえる。
 小さな玉を転がすような、美しい高音。
 時々、辺りの澱んだ空気を浄化していた風が止まる。
 そのたびに、運ばれて来る河鹿蝦の声も小さくなった。
 身動ぐと、衣摺れの音が耳のすぐ傍で聴こえる気がする。
 静寂というのは、こういうことを言うのだろう。
 私は、最初に目覚めた場所に座っていた。
 私の他には誰もいない。
 ここに、三日前から妖怪が出るらしい。
 キヨマサの説明だと、たぶん妖怪。
 前の私なら笑い飛ばす。
 でも、実際に私がここにいるんだから、なんだって信じられる気がする。
 UFOとかUMAとか。
 
 真っ暗だ。

 知ってる?
 街灯も無ければ、車も走ってないし、電気がないっていう世界の夜って、ホントに暗いんだよ。
 目を開けてるのに瞑ってるみたい。
 肌に触る着物が自分の動きで動くのにさえ、びっくりする。
 ジッとしてるがこんなに苦痛なのは初めて。
 でも、動くのも怖い。
 誰も居ない。
 私一人。

 ふぅーっと、何かの息のような生暖かい空気が、私の頬を撫でた。
 気持ち悪さに震える。
 何?
 目を開けてるのに、何も見えない。
 どうしよう。
 怖い……

「動くな!笙子!」

 私が立ち上がろうとしたその瞬間、もうすっかり聞き慣れた声がした。
 私の肩を後ろから何かが飛び出した。

「気安く触らないでください。この方は、私のご主人さまですので」

 耳元で、ジョンの低い声がした。
 部屋がじんわりと明るくなった。
 目の前に恐ろしい顔があって、それを鷲掴みにする腕が、私の顔の横から伸びていた。
 顔はホントに私の目の前。
 ひっ……て、思わず声が出た。
 振り返ると、すごい怖い顔のジョンがいる。

「ジョン」

 呼びかけに答えるように、ジョンはこちらに目を向けると優しく笑った。
 ちょっとだけホッとした。
 ジョンは、それから、また目の前の怖い顔に、視線を向けて眉根を寄せる。
 顔から手が伸びてくる。
 顔は、ちょうど私の顔と同じくらいなんだけど、それの耳の後ろくらいからにょきにょきと手が伸びてきて、私に向かって掴みかかろうとした。
 その片方を、横から何かがスパッと切り落とした。

「先ほど、ジョンどのが、触るなと言ったばかりであろう!」

 刀を構えるマサツグさん。
 部屋をブルブル震わせるくらいの金切り声をあげて、顔はジョンの手から離れた。
 私は手を引っ張られて、よろけた。
 倒れ込んだのはキヨマサの腕の中。
 見上げると、今までで一番優しい瞳でキヨマサが見下ろしていた。

「怖い想いをさせてすまなかったな」

 思わず、私はキヨマサの襟をしっかり掴んだ。
 怖かったよーーー。
 いや、マジ、怖かったー。
 死ぬかと思ったー。
 何、アレ?何アレ?
 顔だよ?顔!
 耳んとこからなんか伸びてきたよ?
 顔だけでなんで浮かんでんの?意味わかんない。
 なんなの?
 怖いーー。
 言葉はいっぱい浮かんだけど声になったかどうかなんかわからない。
 キヨマサは、私の手首を掴んでゆっくりと、自分から引き剥がした。

「怖かったら目を瞑っていろ、もう少しかかる」

 私は這うようにして部屋の隅にうずくまった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...