抱きしめたい

新田 智美

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岩にせかるる

まだ解決せず

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 マサツグさんと紀ノ川の姫は、私がこっちに来る前に出会った。
 月の灯がとても綺麗だったので、紀ノ川のほとりをお散歩してたんだって。
 そしたら、女の人が乗る車が停まってて、お供のものが居眠りしてたんで、声をかけた。
 こんな夜中にどうしたのですか?って聞いたら、あまりに月が綺麗なので、居ても立っても居られず、車に乗って蝦の声を追いかけてたら河原についちゃったので、ここから月を眺めてたんだって。
 それから毎日、河原に行ったら、毎日、その女性が居た。
 で、ある日御簾が開けられてて、マサツグさんはお顔をみたらしい。

「とても美しい人であったよ」

 遠い目でマサツグさんが言う。
 なんだか、ツッコミどころ満載だけど。

「なんで、その人が右大臣の姫さんのとこに首ぐるんぐるんになって現れるの?」

「おおかた、マサツグが愛しい人とかなんとか言って得意の歌のひとつでも読んだのだろう」

 キヨマサが短い溜息をついた。
 そうなの?
 マサツグさんってそうなの?
 いや、待って、私のこと愛しい人とか命にかえてもとか言ってなかった?
 うわ、マサツグさんって意外にタラシなんだ。
 女の敵だ。

「え?でもなんで、右大臣の姫さんが関係あるの?」

「マサツグが笙子に惚れているのは、都中が知ってるからな」

 それってつまり、ヤキモチ?
 しかも、相手、私じゃん。
 私が今まで必死になってその逆恨みから、自分の幸せ捨ててまで逃げて来たのに。
 なんだ、これ。
 自分の測り知らんところで、恨まれるってどういうことだよ。
 何?
 じゃあ、なんだ。
 マサツグさんのせいで、私、妖怪に襲われたんじゃないか!
 マサツグさんがタラシだから私に被害が及んだんじゃないか!

「笙子、気持ちはわかるが、落ち着け」

 静かにキヨマサが言ってくすくす笑った。
 気がついたら、マサツグさんの胸倉掴んでた。
 どうも、首ぐるんぐるんに会ってから、私の中の何か蓋みたいなものが取れたような感じだった。

「いや、待たれ、笙子どの。紀ノ川の姫に心を奪われたのは一時だ。オレが心より想いを寄せておるのは、笙子どのだけだ」

 いやいやいや、時代関係ないんだな。
 浮気男のテンプレだよ。
 待て!気の迷いだ!好きなのはお前だけだ!
 って、実在さえ怪しいテンプレだわ。

「そもそも、私とマサツグさんって全くそういう関係じゃないじゃん!」
「紀ノ川の姫ともお顔を合わせただけだ。まだ手も握っておらん。誓って」
「まだ?」
「いや、今のは言葉のアヤで」
「勘違いさせるようなこと言ったりしたんでしょ、どうせ」
「それは、美しい月の元で美しい方を見れば、美しいと言葉にするのは当然だろう」
「あー、知らん知らん聞かん聞かん」

「まあ、お前たち、落ち着け。その辺の童か」

 キヨマサが止めなかったら、もう少し不毛な言い争いは続いていたかもしれない。

「で、マサツグよ。紀ノ川の姫はどこぞの誰か見当はついているのか?」
「いや、全く」

 元気よく答えるマサツグさん。
 呆れたような溜息がキヨマサから漏れる。

「では、もう一度、笙子に怖い思いをさせることになるぞ。名前を知られているということは弱点も握られてるということだ」

 むむう……と、マサツグさんが情けない声で唸った。
 いやいや、名前言っちゃったのは、あんただけどな、キヨマサ。

「キヨマサさま、これがお庭に」

 トビムシだった。
 トビムシはキヨマサの前に何かを置いてすっと下がった。
 キヨマサがトビムシの持ってきたものを、手に取って見る。
 なんだか小さな袋だった。
 私の手首に結ばれたおばあちゃんの櫛の入った巾着をもっともっと小さくした感じ。

「匂い袋か」

 言った途端に、キヨマサの顔が明るくなった。
 キターーーって書く顔文字あるじゃん?
 あのまんまの感じ。

「でかしたトビムシ。これが、紀ノ川の姫の落し物なら幸運この上ないぞ。これには見覚えがある」
「見覚え?」
「大舎人助どのの娘御のものだ」

 よくわからんが、キヨマサの知り合いの娘さんだったようだ。


ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•


 その大舎人助とかいう人……これは名前じゃなくて役職らしい……の、娘さん、どうやら病に臥せっていらっしゃるようです。
 首ぐるんぐるんの正体がわかったので、私たちは、キヨマサの家に戻った。
 戻る時、キヨマサが何枚か部屋にお札を貼った。
 だから姫の部屋に出ることはもうないらしい。
 戻った翌日、キヨマサは、マサツグさんを連れて大舎人助とかいう人の所へ言って、事の次第を説明したんだって。
 そしたら、娘さん病に臥せっていらっしゃるそうな。

「なんの病気なの?」
「さあな。いくつか心あたりはあるが」
「あの紀ノ川の姫さまが。おいたわしい」
「ちょっと!マサツグさん!あなたの責任もないわけじゃないんだからね!」

 病に臥せっているのは、私のところに首ぐるんぐるんになって現れる前から。
 私たちが追い返したから病になったわけではないもよう。
 おかげで少し罪悪感が薄れた。
 しかし、マサツグさんって当事者意識ってあるのか?
 キヨマサは、ずーっと何やら書物を読み漁っている。
 私とマサツグさんは、そのとなりで、ジョンの淹れてくれたお茶を飲んでいた。
 病の姫のところへは、キヨマサ一人で行った。
 行って帰って来てから、ずっと、これ。
「厄介だな」
 その言葉を何度も言う。

「やはり、仕方ないか」

突然、書物を閉じて、キヨマサが決心したように顔を上げた。

「なにが仕方ないの?」
「これは、同業者が絡んでいる」
「陰陽師ってこと?」
「そうだな」

 どうも、ただの恋愛話のもつれじゃないもよう。
 じゃあ、私の責任もちょっとは薄れるよね。
 いや、もともととばっちりだけどさ。

「大舎人助どのにも、頼まれたしな。何より笙子の身の安全が第一だ」

 その割に、妖怪の前で名前叫んでましたけど、私の。

「めんどうだが、どうにかするか」
「おお。オレでできることがあればいくらでも手伝うぞ」

 いや、もう、ほとんどあんたのせいだから。
 ドヤ顔するなよ、マサツグさん。

「行くか」
「え?私もついてっていいの?」
「いや、むしろ、一人にしておくほうが怖い」
 
 確かに……

 
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