主人公殺しの主人公

マルジン

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16.打ち切られた回想シーン

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 そしたら、思った以上に深い場所に辿り着いてしまった。真っ暗闇に無音の世界。
 席についていたはずなのに、立っている?窓が開いていて風が吹き込んでいたはずなのに、肌に当たる感覚はない。
 一歩踏み出してみると雲の上を歩いているようだった。底が抜けるけど、しっかりと着地できている。踏んでいるのは空気だろうか、足の裏にはなんの反発もなくて、何だか水中を歩いているみたいだ。

 ピコン。

 またか。何が目的であんな写真を取るんだろうか。脅すため?傷つけるため?その両方をして楽しむため?どんな心境で、どんな考えで行動しているのか教えてほしい。そして、コイツらはやっぱり化け物なんだと再確認したい。話しもムダで、俺とは違う生物なんだと教えてほしい。だからこんなに酷いことができるんだと、宣言してほしい。そうしたら俺は近づかないし、彼女も近づかなかっただろう。

 ピコン。

 ――通知切ったほうがいいな。あのチャットルームから抜けたら、いよいよ俺の居場所は無くなる。だから、通知を消すだけ、写真は後で消せばいいさ。見たくないものは、消すに限る。

 ピコン。

 スマホを取り出そうとしたら、あるべき所にポケットがない。不思議に思って太腿に手を這わせてみる。

 ない――。

 太腿がない。俺の手が何度も何度も空を切る。
 恐る恐る胸に手を当ててみる。
 やっぱりない。
 顔もお尻も、お腹も背中もない。
 なにもない。

 手か?

 手がおかしいのかもしれない。痺れて感覚が麻痺してるのかもしれない。
 柏手を打つように、両の手を重ねた。重ねた、はず。ゾッと背筋が凍って、冷水が指先に触れたように感じた。
 そう、確かに感じるのに、俺の体がない。

 ピコン。

 クソっ、何がどうなってるんだ。スマホの音は聞こえる。でもそれ以外は……聞こえない。
 自分の手が見えない、自分の手が動く風切り音も聞こえない、体に触れられない。
 あれ、俺、死んだのか?死んだら意識はなくなるよな。じゃあ生きてるのか。

 ピコン。

 この音、何かある。今起きてる現象と関係があるはずだ。

 ピコン。ロード中です、しばらくお待ちください。

 ロード中?ゲームみたいな言い草だな。待つよ、待つ以外にできる事もないし。

 ピコン。春日井 優紀をロードしました。スキル、ステータスはランダムに決定されます。それではようこそ、新しい世界へ。

 随分と爽やかなことを言われたけど、この暗闇が新しい世界なのか?

 ――眩しいっ!

 ドスンッ。

 急に体が重くなった。目の奥がジンジンする。ライトを眼球に押し当てられてるみたいだ。少しだけ目を開けると真っ白だった。さっきまでとは打って変わり、どこまでも白い荘厳な場所だった。

「ようやく揃いましたね」

 鈴のような声が鼓膜に直撃する。うるさい。何だか五感が鋭くなっている気がする。空気の流れが肌を伝わり、緊張で汗ばんだ匂いがする。わけがわからず不安で、口が乾いて舌が張り付いていた。

「ヒャッホーーー俺のスキル見てみ」
「いや見えねんだって」
「私のも見てよ」
「だから見えねえって!」

 アハハハと笑い声が聞こえる。クソ煩い。

「まだこの世界に馴染んでいない方もいらっしゃいますが、早速ご説明させていただきます。皆様はこの世界で勇者となられるべき方々。そしてどうか我らをお救いください」

 綺麗な声だ。少しだけ光に慣れてきたので目を開けてみる。
 水色のドレスと光り輝くティアラ。ヨーロッパの王族だろうか。とても美しい。

 ※※※

「終わりだっ!」
「えっ?いや全然途中なんだけど」
「長い!どうせいじめっ子がヒャッハーしてお前が涙でぐじゅぐじゅになって、急にヒロインが現れて、泥沼になって恨んでどーたらこーたらで、今に至るだろ?そんな回想飽きたって」
「――回想って、身の上話をしてただけだろ」
「はいはい、お前も設定守るタイプか。律儀だねー」
「ドレス姿の女性がこう言ったんだ……」
「止めい!なーにさらっと回想へ再突入しようとしてんの!」
「いやだから回想ってなに!?」

 まったくつまらん。やっぱミンチにしようかなコイツ。回想がテンプレの天パーでプレプレだわ、マジで主人公じゃん。なんかうぜー。
 でもクラス単位で転生したってことは、それだけ主人公がいるってことだよな。いや、コイツが主人公だとしたらクラスメイトはただの噛ませ犬。主人公を主人公に格上げする養分でしかない。だとしたらどうなんだ?殺さずに放置する?
 ノンノンノンバーバルだな。
 イキったガキを無茶苦茶にできるとか、オカズに困らねえだろ。

 ――ああ、いいこと考えた。

「お前さ好きなやついる?」
「修学旅行の夜かっ!」
「マジで聞いてるんだけど」
「はあ、別にいないけど」
「嘘こけよー。いるんだろ?クラスにオナペ〇トの20人や30人ぐらい」
「女子全員でヌク勢いじゃん」
「えっそうなの?」
「いや違いますけど」
「あれだろ?そのイジメられて不登校になった子が好きなんだろ?」
「――――はっ?好きじゃねえし」

 はい来ました!ゴチです。興奮してきたーーー!最高だわ、いいシチュエーション思いついたよ!クラスまるごと転生うめぇぇぇ。

「よしっ、お前は生かしてやる。転成者狩り手伝うんだよな?」
「ああ、約束する。アイツらには恨みを返してやらないと気がすまない」
「よろしい、大変結構だ」

 さあてニンニンを活用する時が来たな。転生者を探し出してお楽しみタイムと行こうじゃないの。
 ああ、楽しみだあ。

 ※※※

「友梨佳」
「何?」
「あの話どう思う?」
「ああ」

 魔族領近くのトゥカナの街が魔物に蹂躙されたらしい。ついに魔王が動き出したようだ。
 魔王率いる軍団は、人間を喰らい、人間を苗床にし、人間を家畜のように扱うという。恐ろしい化け物たちだ。その中でも魔族という種族はとんでもなく強いらしい。かつて私達のように転生してきた勇者も、魔族に殺されたらしいから、その強さがわかる。
 毎日訓練して強くなっている実感はあるけれど、まだまだ足りない。どこまでも強くならなければ。

「そろそろ送り出されるわよね」
「そう思う?」
「そのために私達はいるんでしょ」
「だよなー。俺、勝てる自信ねえわ。トゥカナの領主、転生者らしいじゃん。それでも街がぶっ壊れたんだぜ?」
「一人じゃ勝てなくても皆がいるわ」
「確かに。守ってな、俺のこと」
「はあ?逆でしょ。そういうのは彼女がおねだりするもんじゃん」
「今どきそんなこと言う?ジェンダーなんとかだろ、それ」
「なんとかって、ちゃんと覚えてから言いなさいよ」
「へいへい」

 ガシャガシャと忙しない音が聞こえてきた。ここに来て数カ月、やっと慣れてきたけど動きにくくないのだろうか。

「勇者様!マリアーネ殿下がお呼びでございます」
「分かったわ。行きましょ幸大こうた
「オッケー」

 広々とした廊下を歩き、向かったのは謁見の間。この国の王は病床に伏せており、代わりに政治を行うのが一人娘のマリアーネ殿下。周囲を他国に囲まれ、そのうちの一つが魔族領となっている土地柄、軍事に力を入れている。
 そして私達が転生した。

「勇者ユリカ様、勇者コウタ様をお連れいたしました」
「ご苦労、下がってよろしい」
「ははっ」

 私達を先導してくれた騎士は頭を下げて、来た道を引き返していった。真っ白な部屋。ギリシャにありそうな神々の家のような趣だ。そして玉座に座る女性が、私達を転生させた張本人。

「揃ったわね。それにしても、随分と少なくなった」

 元々40名いたクラスだった。しかしアイツが消えてから、ポツポツと姿を消す人が増えた。死んだわけではない。逃げたのだ。皆で立ち向かえば勝てるはずの戦いから目を逸らし、保身に走った。まあいい。アイツら全員、元の世界に帰れないだけだから。
 私は必ず帰る。こんな世界で一生を終えるなんて絶対に嫌だから。

「トゥカナの件でお呼びに?」

 くっ、あの女、本当に腹が立つ。元の世界ではちょっといじめられたぐらいで学校に来なくなったくせに。いいスキルに恵まれたからって、図に乗りやがって。

「ええそうよ。やはり魔族が侵攻してきたようです。皆さんには奴らを根絶やしにしてほしいのです」
「そしたら、帰してくれるんですよね!」

 私は声を張り上げた。
 これで終わりにしてほしい。
 だって私達はこのために来たはずだから。次はあの国が来るまで、次はあの貴族を抑えるまで。こんな風に引き伸ばされないために、言質を求めた。

「お約束します。必ず返しますよ」

 フッ。この世界では持て囃されるスキルも元の世界に帰ればなんの役にも立たないものね。あの女の悔しそうな顔を見て、少し元気が出た。帰りたくないなら残ればいい。遅れた文明でチヤホヤされながら、くたばればいいのよ。

「では出立の準備を。2日後には戦いが始まるでしょう」

 必ず生き残る。

 ※※※

 ニンニン、ニンニン、ニンニン。
 転生者を見つけましたよっと。見つけたはいいけど、白地図に棒人間が立ってるだけだから、わけが分からんのよね。方角と大体の距離がわかるだけで、その場所が何なのかとか、そもそも他国なのか自国なのかもわからん。ていうか、俺はなんて国のなんて街に住んでるのかも分からん。
 分からんことばっかだ。風俗店の場所だけは把握してるのになぁ。不思議だ。

「ジジイ、あの辺って何がある?」
「ざっくりとしていてなんとも……」
「転生者が集団で、えーと25人ぐらいいるんだよ。なんか思い当たる場所ない?」
「ふむ、であれば王都ですかな」
「ファンタジ~。続けて」
「ユーラケー王国の首都ユーラクでございます。周辺を他国に囲まれておりますから、軍事には力を入れておりまして。特に転生者を囲っておりますな」
「ふーん。その情報どっから?」
「魔族には暗部がおります。その者達が情報を持ってきてくれますな」

 つーことは、転生者をニンニンして暗部から情報をゲットすれば、すぐ狩りに行けるわけだ。便利やのお。

「転生者がうようよいるから殺ってくるわ」
「では我らもお供させていただけますかな」
「おう。それとさ、殺さずに連れ帰るのって難しい?」
「全員は難しいでしょうな」
「だよなー。じゃあできるだけ連れて帰るようにしよう。俺の楽しみのためだ、いいなっ!」
「はっ!それで標様」
「なんじゃい」
「あの青頭はいかがするので?」
「アイツはねえ……最後の愉しみ的な?」
「ほう」
「ガキはどうすんのよ。アイツ、青頭の事好きっぽいじゃん?もはや家族的な感じだろ?」
「フレデリカの事ですか。ワシも憂慮しております……」

 なんじゃその顔はっ!怖っ、クソ怖えよ。クソジジイの思案顔ってこんな怖い?シワがシワを呼んで、もはやキンタマみたいになってるわ。
 ほんでババア!なんか言え!凛とすな。

「魔族には魔法が効きづらくて、精神操作系の魔法も効果がないかもしれませんな。どう思う婆さんや」
「無理でしょうな。仮に効果が出ても長くは持ちますまい。しからば消すべきかと」
「お前ら鬼か」
「ヒエッヒェツ、標様ほどでは」
「ブヒェッブヒェッ、標様には敵いませぬ」

 笑い方キモすぎだろ。いやーガキ殺しはどうかなあ。骨のあるやつをバッキリ折るのが俺の趣向なんだわ。あのガキ、軟体動物だろ。骨ないだろ。
 それに神様から使命を賜ったからな。魔族を救えっ!と。殺すのは無しだろう。だったらどうすべ。

「ああ、天才的発想来ました。転生者に青頭を殺させよう」
「それではお愉しみが無くなるのでは?」
「いや、アレをやるんだよ」
「アレとはなんでしょう」
「今日はちょっと、皆さんに殺し合いをしてもらいます、だよ。ダンカン馬鹿野郎!」
「ワシらが、でございますか?」

 まったく、これだから田舎もんは。
 バトルロワイ〇ルで見せたビートた〇しの名言だバカヤロー。
 クラスメイトの転生者に青頭を殺らせるんだよ。やはりそこは、好いた女がええよなあ。となるとセッティングが重要なわけだ。いかにして2人をくっつけるのか。んー、まさにキューピッド。ここは腕の見せ所だな。

「よしっ、アイツら殺っちまうぞ!おー」
「おー」
「おー」
「おー」
「ガウッ」

 ムチムチ腿子さん、アンタいたのね。
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