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愛するつもりなぞないんでしょうから

26. 公爵家の若夫婦

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穏やかで爽やかな、王子様然とした紳士と称されてきた公爵家のご嫡男は、結婚後、男らしさや逞しさを醸し出すようになったと評判である。

先日開催された狩猟大会では、大物を仕留め、見事優勝。
その際の、「妻のおかげです」とのコメントは、記憶に新しいところである。

コメントを耳にした大多数は、「奥様の内助の功をお認めなのだ」と感じたそうだが、王都在住の主に高位貴族(隣国王太子の歓迎パーティーに出席していた少数の方々)は、「ああ、奥様から厳しいご指導があったのだな」と、正しく理解したそうな。


ラキルスは、辺境伯閣下からのアドバイスのとおり、折に触れてはディアナを狩りに連れ出していた。

ディアナは、魔獣を仕留める必要のない、緊張感の全く伴わない狩りを、『単なる娯楽』と認識した。「娯楽なんだから楽しくないとね!」とばかりに、もうお気楽にず~っとぺらぺらしゃべり倒していた。
ラキルスにしたら集中も何もできたもんじゃなかったが、そうして手元が狂うと、ディアナはそれすらも楽しそうにケラケラ笑いながら、どこをどう修正すべきかを的確にアドバイスするのだ。

「なんちゃら筋にあと何グラム分の負荷をかけるイメージで力をのせろ」とか、「鏃を、水平には何時何分何秒、垂直には何時何分何秒の方向に倒せ」とか、凡人にはどうしようもないアドバイスも多々あったらしいが、理解できる部分を取り入れてみるだけでも、格段にレベルアップした。

そうやって、腕だけでなく集中力も鍛えられたラキルスは、めきめきと狩猟の腕を上げることになったのだ。

とはいえ、ディアナの足元にも及んではいない。
なのに何故ラキルスが優勝できたのかといえば、ディアナが出場していないからに他ならない。
ディアナは、一度も出場したことなどないというのに、何故か殿堂入り扱いになっているのである。

それはまあ止むを得まい。ディアナは言うなれば本筋、プロ中のプロなのだ。

ほとんどの人間は視認することが出来ないほど遠くの砂粒みたいな獲物を見つけ出し、他の誰も狙うことなど出来ない位置から、一撃必殺、百発百中で射抜く腕前の持ち主である。

ディアナが出場することになった時点で、もう結果は確定。
下手したらディアナ一人で全ての獲物を狩り尽くしてしまい、他の誰にも獲物を狩らせない、なんてことも、やろうと思えばできてしまう技量がある。
大会が成り立たなくなる未来を感じ取った公爵夫妻により、裏から手が回されたんだとか。

公爵夫人の、「己の武器は出し惜しみせよ」とのアドバイスもあり、ディアナは、公の場で無駄に腕前を披露しないことにした。
ラキルスと狩りに出掛けても、人の目があれば流し射ち程度に留めるという徹底っぷり。
このへんは、公爵家の嫁として、義母の言葉をきちっと立てておいた。ちょっとばかし成長したディアナなんである。

その分、ちょいちょいラキルスと共に辺境に帰っては、ごりごり魔獣を討って腕を鈍らせないように努めているので、腕は保たれているはず、と、本人は語っている。

ちなみに、その間ラキルスは、辺境伯軍に放り込まれて心身ともに鍛えさせられているわけだが、最近は、ロボットみたいにカクカクした動きしかできない程の筋肉痛には、ならずに済むようになってきたとのこと。
いや、筋肉痛にならないという意味ではない。レベルマックスの筋肉痛には陥らずに済むようになった、というお話に過ぎず、しょせん都会人のラキルスが辺境に来て筋肉痛にならない日は、きっと訪れない。


そうそう、ディアナが持参した嫁入り道具のうち、弓だけはヘビロテされているが、テントやら網やらは、一度も使われることなくひっそりと物置に収められた。

魔獣の剥製については、王都の博物館に寄贈する案が浮上したのだが、警備員から「怖くて夜間のパトロールに回れなくなる」との決死の抵抗があり、頓挫している。
いい大人のクセに「夜中に動き出しそう」とか、しみったれた泣き言を言うので、「ただの剥製だから大丈夫」ってことを伝えたくて、ディアナの頭を剥製の口に突っ込んで見せたら、警備員さんにガチ泣きされた。食べられてるみたいに見えたらしい。

「こんなの、目が三つあるだけで、フツーに犬じゃん」と口から出かけたのだが、ラキルスも遠い目をしていた気がするので、口を噤んだ次第である。

ほら、空気読んでるでしょ?それなのにな。おかしいな?


社交界にはあまり顔を見せない公爵家の若夫婦だが、たまに顔を見せた時には、よく口にする言葉があるという。

公爵令息は、自らの妻を語るとき、決まって「私の妻は強いのに…」という枕詞から語り始め
新妻は、自らの夫を語るとき、決まって「わたしの旦那様は弱いけど…」と話し始めるという。

だが、その後に続く言葉は「妻は強いのに、こんなところは可愛げがある」とか、
「旦那様は弱いけど、こういうときは必ず助けてくれる」とか、慈しみ溢れる表情で語るものだから、聞かされている方には惚気にしか聞こえないんだとか。


政略での、しかも王命での、突然の結婚だった二人は、
こんな風に一歩ずつ、ちゃんと夫婦になっていっている。

性格も得手不得手も真逆に近く、共感性には欠けるかもしれないけれども、
お互いがお互いに持っていないものを補い合い、支え合い、二人なりの形を作って行っている。

こんな結婚だって、きっと『有り』だと言いきってしまおうと思う。

だって、きっかけが何であれ、
幸せになった者勝ちってもんでしょうから。


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