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第2章 ちょっと早すぎるかもよ「併走配信」!

第10話 罰ゲームは「相手の質問になんでも答えること」(前編)

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 レトロゲー併走配信は壮大に迷走した。

 ワープを使った最短ルートで、ずんだ先輩が果敢に一発クリアに挑む。
 一方で私は、あえて最短ルートを外れ「無限残機」を狙う。

 しかし――どちらもその作戦が裏目に出るとは、配信している私たちはもちろん、画面の向こうのリスナーたちも思わなかった。

「やだ! やだやだ! 死にたくない! でゅやぁあーーーーっ!」

 流石にやりこんでいるだけあってワープを着実に成功させるずんだ先輩。
 だが、一気に難易度の高いステージに移動したことで凡ミスを連発。
 絶叫と共にゲームオーバーを繰り返す。

「え、ちょっと? ここ違わなくね? ワールド5って出てるんだけれど?」

 無事に「無限残機」を私は成功させた。
 なのに、最終ステージへと向かうワープを痛恨の見逃し。
 そこから自力クリアをしなくてはいけなくなってしまった。

 コンスタントに最終ステージへワープするずんだ先輩。
 牛歩ながらも着実にステージを進めていく私。

 そこに加えて――。

「こちら『8-1』♪ お降りの方はボタンを押してくださぁ~い♪」

「はぁっ⁉ ずんだ先輩、もうワープ成功させたバニか⁉」

「おやおや~、ばにらちゃんはまだ『1-2』ですか~? これはもうずんだの勝ちで決まりのようですね~? ばにらちゃんはずっとクリボーと遊んでなさ~い!」

「こいつ、腹立つぅ……!」

 とか。

「ずんだせんぱぁーい? なんか『8-1』で死んだって聞きましたけど?」

「ぎぁーっ! 集中してる所に声かけてくんな! ○すぞ、ボケェッ!」

「すみませぇーん! ちなみに、ばにらは『3-1』で『無限残機』成功しましたんで! まぁ、まだ時間もあるし、ゆっくり追い上げようかな……と!」

「はぁ、『無限残機』使ったのかテメー!」

「なんでもありって言いましたやん」

「でゅぁーーっ! また死んだ!」

 とかとか。

「もしもし、ばにらっちょ? 今、何面におるん?」

「えーっと。やっぱり、ワープを使うのは卑怯かなと思いまして。今、『5-1』を攻略してます……」

「嘘吐け! 『4-2』のワープミスったんだろ! バカがよぉ!」

「しょーがないバニじゃん! まさか真ん中にワープあるとか知りませんって!」

「どうするー? もうこの先にワープないよぉー? 『無限残機』捨てて、やり直した方がよくなぁーい?」

「……ぐぐぐぐ」

「まぁ、ずんだはうまいから、『無限残機』なんてなくても、余裕のよっちゃんですけれどね! きゃははははははは!」

 とかとかとか。

「ばにら、頑張るな! こんな所で頑張ったらいかん!」

「いきなりなにバニ⁉」

「人生は長い! もっと頑張らなくちゃいけない所があるはずなんよ!」

「自分が『1-1』に戻ったからって、ちょっかいかけてくるのやめてバニ!」

「いい、ばにらちゃん。貴方のためを思って言ってるのよ」

「ぜってー違うバニ!」

「マリオやってたら辛い時はある。心が折れそうにもなる。けど、頑張っちゃダメ」

「なに言ってんだアンタ!」

「今マリオで頑張ることで、未来のばにらちゃんの頑張りがなくなる。そう思うと、ここで頑張るのはもったいないとずんだは思うんです」

「うるせーばになんだよ! 早く自分の配信に戻れよ!」

「分かった? じゃあね、ばにら! 辛くなったらいつでも言うんよ?」

「今が一番辛いわ――って、こんなことやってたらミスっちまったじゃねーか!」

「でゅははは! やーい、ばーかばーか!」

 とかとかとかとか。(これが一番ムカついた)

 折りにつけての罵り合い。
 激しいプロレス(空気を読んだ上での喧嘩腰の会話)が緊張感を煽る。

 どちらが勝つか分からない。
 たった1時間の併走レース&泥仕合なのに配信は大いに盛り上がった。

 同接数は先日の金盾配信に迫る勢い。
 Twitterにも「ずんばに突発併走コラボ」がトレンド入り。
 DStarsの他のメンバーも見守り実況をはじめるほどだった。

 そんな中、ついに併走終了を告げるタイマーの音が響く。
 白熱するバトルの結末は――。

「ばにらちゃ~ん? 今、何面にいるのぉ~?」

「……ずんだ先輩。ばにら『8-1』のゴールまで来てたんです」

「すごいねぇ! 『8-1』のゴール前まで来てたの!」

「……けど。なんか、空から急に甲羅を投げつけられて」

「知ってる。それ『ジュゲム』って奴の仕業だよ」

「アイツマジなんなんすか。ストーカーバニですじゃん」

「分かるよ。大変だよねぇ」

「……ところで、ずんだ先輩はいったい何面に、いらっしゃるんでしょうか?」

 スゥと息を吸い込んで後ろを振り返る。

 HDMIケーブルでパソコンに接続されたミニファミコン。
 曲面ディスプレイの右端に表示されているゲーム画面。
 中央上部には「WORLD 8-2」の文字。

「今ねぇ~、ずんだは『8-2』にいるよぉ~! 惜しかったねぇ、あとちょっとで追いつけてたのにぃ~! ごめんね、ごめんねぇ~!」

 顔を半分だけこちらに向けて私を見たずんだ先輩。

 その口の端がつり上がる。
 DStarsの「氷の女王」がはじめて破顔する。

 アバター越しに何度も見たはずの彼女の笑顔がなぜか私の胸を高鳴らせた。

(この人、こんな顔もできるんだ……)

 配信であれだけ魅力的な表情をリスナーに見せるVTuberなのだ。
 そりゃできて当たり前か。

「はーい! ということで負けたばにらちゃんには罰ゲーム!」

「……えっ? ちょっと、聞いてないバニよ!」

「言ってないからねぇ~! けど、なんかしないと面白くないでしょ~!」

「それは、そうバニですけど」

「そうバニ! そうバニ! 大人しく罰を受けるバニ!」

「……お、お手柔らかにお願いします」

 急に振られた罰ゲームという単語に私は再びカメラの方を向く。
 サイドテーブルのノートパソコンで、「どうしよっかなぁ」と和装の犬耳少女が肩を揺らして楽しげに微笑む。

 はっと目を見開いて彼女が口にしたのは――。

「それじゃあねぇ、ずんだの質問に一つ答えてもらおうかなぁ!」

 なんとも塩梅の難しい内容だった。
 けれど、断る権利は敗者にない。

 アバターをうなだれさせて「分かりました、どうぞバニ」と私は告げた。

「ずんだのこと、ぶっちゃけどう思ってるの?」

(どう思ってるって、そんなの……)

 どう答えるのが正解なのだろう。

 後輩として先輩を立てる回答をするべきか。
 それとも、VTuberとしてウケを狙った回答に走るべきか。

 やさしくも厳しく、柔らかくも鋭い、絶妙な質問。
 まさに罰ゲームにふさわしい。

 少し間を置いて私は答えた。

「ずんだ先輩のことはとっても尊敬しているバニ。DStarsの先輩としても、配信者としても、すごい人だなって思っているバニ。ばにらも、ずんだ先輩みたいな配信者になれたらなって、この仕事をはじめたバニよ」

「やだぁ! ばにらちゃんたらぁ~! かぁいいんだからぁ~!」

「あの、真面目に答えたので、そういうのやめてもらっていいですか?」

「そんな恥ずかしがらなくていいんよ! ほら、かわいいばにらちゃんには、ずんだがチッスしてあげる! んまんまんまんま! ちゅっちゅっ!」

「ちょっ、やめろ! 音が艶めかしいバニよ!」

「でゅははははは!」

 最後の最後まで突発併走コラボは笑顔で終わった。
 負けたにもかかわらず多くの祝福の言葉をおくられた私は、久しく味わったことのない達成感を胸に配信を終えた。

 金盾配信にも勝る充実感がこの配信にはあった。

 ずんだ先輩とコラボしてよかった。
 心の底から、そう思ったその時――。

「で、現実の私のことはどう思っているのかしら?」

 私の背中を冷たい声が貫いた。
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