11 / 79
第2章 ちょっと早すぎるかもよ「併走配信」!
第11話 罰ゲームは「相手の質問になんでも答えること」(後編)
しおりを挟む
配信部屋からダイニングキッチンへ移動する。
コンクリート打ちっぱなしの廊下の突き当たり。
殺風景な廊下と打って変わって、ダイニングキッチンの壁には白いクロスが貼られ、床はウォールナットのフローリングになっていた。
入って左手にはカウンターキッチン。
キッチンに置かれた家電は全て白色で統一されている。
唯一銀色のシルバーラックにはウイスキーなどのお酒が飾られていた。
右手には木製のダイニングテーブルと背もたれのない丸い椅子。
カウンターキッチン正面の壁面に、大きな液晶テレビが据えつけられている。
照明は灯っておらず、掃き出し窓からぼんやりとした日の光が差し込む。
苔むした庭に接しているそこからは、はす向かいに隣の部屋のベランダが見えた。黄昏れ色に染まるコンクリートの壁に少し寂しい気分になる。
「なに飲む?」
「あ、えっと!」
「遠慮しないの! 配信で喉渇いてるでしょ?」
「……じゃあ、オレンジジュースってあります?」
「100%なら」
「そ、それでお願いします!」
私が部屋を眺めている間に、ずんだ先輩は冷蔵庫の前に移動していた。
彼女の背丈と同じくらいの冷蔵庫。重たそうなその扉を引いて、ずんだ先輩がドリンクホルダーから瓶入りのオレンジジュースを手に取った。
ポンジュースでもトロピカーナでもない。
見たことのないメーカー。
一緒に炭酸水を取り出すと、ずんだ先輩は器用に一つの手でそれを掴む。空いた手でカウンターキッチンに並ぶグラスを取ると、彼女はこちらに戻って来た。
「そんな所に突っ立ってないで座ったら?」
扉の前で突っ立っている私をずんだ先輩が素通りする。
壁側の椅子に腰掛けた彼女はテーブルに飲み物とグラスを置くと、代わりにリモコンを手にして掃き出し窓へと向けた。
部屋に照明が灯り、掃き出し窓にカーテンが下りる。
配信部屋もすごかったけれどダイニングキッチンもすごい。
すっかり気を呑まれた私を、ずんだ先輩が不機嫌そうに見つめてくる。
急ぎ足で私はテーブルに向かうと、彼女の正面にある椅子に座った。
ずんだ先輩が私の前にグラスを置く。
アルミ製のキャップをねじ切って、瓶のオレンジジュースをそこに注ぐ。
その注ぎ口を眺めながら、彼女は物憂げに目を細めた。
「コーラって言いそうな顔してオレンジジュースだなんて。意外とかわいいじゃない。それとも、これも『川崎ばにら』のキャラづけの一環なのかしら?」
「あ、私、炭酸とか全然飲めなくて」
「……なるほど。オフだと完全に素なのね」
「あの、何かまずかったでしょうか?」
「いいえ。ただ、全世界の『川崎ばにら』のファンが、今のアンタの姿を見たらどう思うんだろうなって、考えちゃっただけ」
どう思うかなんて――。
「……どう、思うんですかね?」
考えたこともなかった。
注がれたオレンジジュースを受け取る。
短い社会人生活で学んだ「飲み会の作法」を急に思い出した私は、ずんだ先輩に炭酸水を注ごうとした。けれど、きっぱり私の返杯を断って、彼女はさっさと自分のグラスにそれを注いでしまった。
強炭酸のパチパチという音が部屋に響く。
「で、さっきの話だけれど。本当の所、どう思ってるの?」
「……どうって?」
「私のこと」
「……そう言われても」
これも考えたことはなかった。
いや、「青葉ずんだ」について考えたことはある。
けれどもそれは、配信画面で笑っているVTuberについてだ。
その先にいる「青葉ずんだ」の中の人について、私は――なにも知らない。
知ろうともしなかった。
ただ事務所のみんなが言うままに「氷の女王」と信じていた。
炭酸の泡立つグラスをずんだ先輩が眺めている。
同性でさえ息を呑むような美人。そんな女性が冷たい顔で瞳を曇らせ黙り込む。
けして、「青葉ずんだ」が配信で見せない表情だった。
両手でグラスを抱えるように持って私はオレンジジュースに口をつける。
果汁100%なのに甘くやさしい味がした。
「よく、分かりません」
「……そうよね」
「ただ、『良い人なのかも』って、今は思っています」
「どうして? 金盾配信を救ってくれたから? それとも、配信のためのパソコンを貸してくれたから?」
「……それもあります」
「それも?」
静かに「青葉ずんだ」が炭酸水の入ったグラスを唇に運ぶ。
けれど、彼女の瞳は私をずっと見ていた。
厚い遮光カーテンによって隠された掃き出し窓。
その前に陣取る私に彼女は鋭い眼差しを向ける。
けれども不思議と、もう「それ」を怖いとは感じない。
私はなんとかそれを言葉にしようとして――。
「今日のコラボが楽しかったから」
なんだか子供みたいなことを口走った。
なに言ってるんだろう。
全然根拠になってないよ。
けど、そう感じたんだから、仕方ないよね。
「今日のコラボではっきり分かりました。ずんだ先輩は怖くなんかないって。私と同じ、ゲーム配信が大好きなVTuberなんだって」
「……怖い、ね。本人を前に、そんなことよく言えるわね?」
「あ! そ、それは、言葉の綾という奴で!」
「私はアンタの危なっかしい所の方が怖いわ。なんの根回しもなしに凸待ち配信するわ。ちょっと社長に突かれたくらいでテンパって配信時間を忘れるわ」
「それは、ほんと、申しわけ、ございません……」
「それで、怖いと思っている先輩に言われるままに家に連れ込まれて。ねぇ、どうするつもりだったのよ、私がアンタのことを本当に嫌いだったら? 家の中に連れ込んで暴力を振るわれるとか、少しは考えなかったわけ?」
「……考えませんでした」
「ぽやぽやして。アンタのそういう所、見ててイライラするわ」
「……けど、本当は嫌いじゃないんですよね?」
こんな話をするってことは。
正面のずんだ先輩の顔がスッと真顔になる。
私に何か言い返そうとして、彼女は俯いて首を振った。
黒髪を揺らしながらずんだ先輩が瞼を閉じる。
「分かってるけれど、もう一つだけ聞かせてくれる?」
「なんでしょうか」
「今日、私が5階から下りてきた時、なんて言おうとしてたの?」
「それはもちろん――」
「「ずんだ先輩って『氷の女王』だから」」
私たちは声をハモらせて、昼間に私が言いかけた台詞を呟いた。
それからすぐ、なんだかとんでもない珍プレーでもやらかしたみたいに、バカみたいに笑った。
私も。
ずんだ先輩も。
瞼にたまった涙を拭うずんだ先輩。
その顔には併走配信中にも見せた笑みがあふれている。
そこに「氷の女王」の面影は少しもなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
勝負には時に勝敗よりも大事なものがある。勝負した相手と心から「百合」れるか――どうぞ評価をお願いいたします。m(__)m
コンクリート打ちっぱなしの廊下の突き当たり。
殺風景な廊下と打って変わって、ダイニングキッチンの壁には白いクロスが貼られ、床はウォールナットのフローリングになっていた。
入って左手にはカウンターキッチン。
キッチンに置かれた家電は全て白色で統一されている。
唯一銀色のシルバーラックにはウイスキーなどのお酒が飾られていた。
右手には木製のダイニングテーブルと背もたれのない丸い椅子。
カウンターキッチン正面の壁面に、大きな液晶テレビが据えつけられている。
照明は灯っておらず、掃き出し窓からぼんやりとした日の光が差し込む。
苔むした庭に接しているそこからは、はす向かいに隣の部屋のベランダが見えた。黄昏れ色に染まるコンクリートの壁に少し寂しい気分になる。
「なに飲む?」
「あ、えっと!」
「遠慮しないの! 配信で喉渇いてるでしょ?」
「……じゃあ、オレンジジュースってあります?」
「100%なら」
「そ、それでお願いします!」
私が部屋を眺めている間に、ずんだ先輩は冷蔵庫の前に移動していた。
彼女の背丈と同じくらいの冷蔵庫。重たそうなその扉を引いて、ずんだ先輩がドリンクホルダーから瓶入りのオレンジジュースを手に取った。
ポンジュースでもトロピカーナでもない。
見たことのないメーカー。
一緒に炭酸水を取り出すと、ずんだ先輩は器用に一つの手でそれを掴む。空いた手でカウンターキッチンに並ぶグラスを取ると、彼女はこちらに戻って来た。
「そんな所に突っ立ってないで座ったら?」
扉の前で突っ立っている私をずんだ先輩が素通りする。
壁側の椅子に腰掛けた彼女はテーブルに飲み物とグラスを置くと、代わりにリモコンを手にして掃き出し窓へと向けた。
部屋に照明が灯り、掃き出し窓にカーテンが下りる。
配信部屋もすごかったけれどダイニングキッチンもすごい。
すっかり気を呑まれた私を、ずんだ先輩が不機嫌そうに見つめてくる。
急ぎ足で私はテーブルに向かうと、彼女の正面にある椅子に座った。
ずんだ先輩が私の前にグラスを置く。
アルミ製のキャップをねじ切って、瓶のオレンジジュースをそこに注ぐ。
その注ぎ口を眺めながら、彼女は物憂げに目を細めた。
「コーラって言いそうな顔してオレンジジュースだなんて。意外とかわいいじゃない。それとも、これも『川崎ばにら』のキャラづけの一環なのかしら?」
「あ、私、炭酸とか全然飲めなくて」
「……なるほど。オフだと完全に素なのね」
「あの、何かまずかったでしょうか?」
「いいえ。ただ、全世界の『川崎ばにら』のファンが、今のアンタの姿を見たらどう思うんだろうなって、考えちゃっただけ」
どう思うかなんて――。
「……どう、思うんですかね?」
考えたこともなかった。
注がれたオレンジジュースを受け取る。
短い社会人生活で学んだ「飲み会の作法」を急に思い出した私は、ずんだ先輩に炭酸水を注ごうとした。けれど、きっぱり私の返杯を断って、彼女はさっさと自分のグラスにそれを注いでしまった。
強炭酸のパチパチという音が部屋に響く。
「で、さっきの話だけれど。本当の所、どう思ってるの?」
「……どうって?」
「私のこと」
「……そう言われても」
これも考えたことはなかった。
いや、「青葉ずんだ」について考えたことはある。
けれどもそれは、配信画面で笑っているVTuberについてだ。
その先にいる「青葉ずんだ」の中の人について、私は――なにも知らない。
知ろうともしなかった。
ただ事務所のみんなが言うままに「氷の女王」と信じていた。
炭酸の泡立つグラスをずんだ先輩が眺めている。
同性でさえ息を呑むような美人。そんな女性が冷たい顔で瞳を曇らせ黙り込む。
けして、「青葉ずんだ」が配信で見せない表情だった。
両手でグラスを抱えるように持って私はオレンジジュースに口をつける。
果汁100%なのに甘くやさしい味がした。
「よく、分かりません」
「……そうよね」
「ただ、『良い人なのかも』って、今は思っています」
「どうして? 金盾配信を救ってくれたから? それとも、配信のためのパソコンを貸してくれたから?」
「……それもあります」
「それも?」
静かに「青葉ずんだ」が炭酸水の入ったグラスを唇に運ぶ。
けれど、彼女の瞳は私をずっと見ていた。
厚い遮光カーテンによって隠された掃き出し窓。
その前に陣取る私に彼女は鋭い眼差しを向ける。
けれども不思議と、もう「それ」を怖いとは感じない。
私はなんとかそれを言葉にしようとして――。
「今日のコラボが楽しかったから」
なんだか子供みたいなことを口走った。
なに言ってるんだろう。
全然根拠になってないよ。
けど、そう感じたんだから、仕方ないよね。
「今日のコラボではっきり分かりました。ずんだ先輩は怖くなんかないって。私と同じ、ゲーム配信が大好きなVTuberなんだって」
「……怖い、ね。本人を前に、そんなことよく言えるわね?」
「あ! そ、それは、言葉の綾という奴で!」
「私はアンタの危なっかしい所の方が怖いわ。なんの根回しもなしに凸待ち配信するわ。ちょっと社長に突かれたくらいでテンパって配信時間を忘れるわ」
「それは、ほんと、申しわけ、ございません……」
「それで、怖いと思っている先輩に言われるままに家に連れ込まれて。ねぇ、どうするつもりだったのよ、私がアンタのことを本当に嫌いだったら? 家の中に連れ込んで暴力を振るわれるとか、少しは考えなかったわけ?」
「……考えませんでした」
「ぽやぽやして。アンタのそういう所、見ててイライラするわ」
「……けど、本当は嫌いじゃないんですよね?」
こんな話をするってことは。
正面のずんだ先輩の顔がスッと真顔になる。
私に何か言い返そうとして、彼女は俯いて首を振った。
黒髪を揺らしながらずんだ先輩が瞼を閉じる。
「分かってるけれど、もう一つだけ聞かせてくれる?」
「なんでしょうか」
「今日、私が5階から下りてきた時、なんて言おうとしてたの?」
「それはもちろん――」
「「ずんだ先輩って『氷の女王』だから」」
私たちは声をハモらせて、昼間に私が言いかけた台詞を呟いた。
それからすぐ、なんだかとんでもない珍プレーでもやらかしたみたいに、バカみたいに笑った。
私も。
ずんだ先輩も。
瞼にたまった涙を拭うずんだ先輩。
その顔には併走配信中にも見せた笑みがあふれている。
そこに「氷の女王」の面影は少しもなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
勝負には時に勝敗よりも大事なものがある。勝負した相手と心から「百合」れるか――どうぞ評価をお願いいたします。m(__)m
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる