72 / 79
第10章 嘘つき猫の一生
第71話 なんでもするって言ったよね?(前編)
しおりを挟む
仲間のピンチに駆けつけた黄金聖闘士のおかげで「エンドラ討伐」は完了した。
せっかくの「デビュー配信」が、とんだ展開になってしまった。
クリアしたはいいが血の気が引く思いの私――とは裏腹に、川崎ばにらとニーナ・ツクヨミの同接数は気づけば5万を超えていた。
どうやら、「黄金聖闘士」がTwitterでトレンドになり、聖闘士星矢ファンのみなさんが、覗きに来てくれたみたい。
コメ欄は、日本を問わず世界各国の聖闘士星矢ファンで溢れている。
アメリカ、フランス、中国、インドネシア、ブラジル、メキシコ。
やはり聖闘士星矢はグローバルコンテンツ。
車田正美先生ってすごいや――。
「オキツネ座の黄金聖闘士――生駒すず!!!!」
「あひる座の黄金聖闘士――羽曳野あひる!!!!」
『(インドネシア語)えっとえっと……黄金聖闘士――ニーナ・ツクヨミ!!!!』
最後になぜか全員で金装備になって記念撮影。
城の前で写真を撮ったコラボメンバー&りんずんは配信を終えた。
集合写真のスクリーンショットにコメントを寄せてTwitterに投稿する。
それから、私は倒れ込むように座卓に突っ伏した。
疲れた。
シンプルにもう限界。
指先の一本も動かせない。
クリア耐久と比べれば、配信時間はたいしたことはない。
配信内容も、すず先輩にキャリーしてもらい、ニーナちゃんがメインで動き、あひる先輩に言語面のサポートをしてもらった。
なのに、身体全体から生気が抜けたようだ。
これはちょっと、明日は配信できそうにないな――。
ふと視線にスマホの液晶画面が入る。
美月さんの配信を映していた画面は暗転している。
彼女の配信が終了したからだ。
時刻は午後10時過ぎ。
この時間なら、ぜんせん美月さんと宅呑みすることができたな――。
そう思った時、スマホの画面が明滅する。
LINEの着信メッセージ。もちろん、かけてきたのは他でもない。
「……も、もしもし、美月さんですか?」
『花楓! これから宅呑みするわよ! 3分で支度なさい!』
どこまで今日はパロディをすれば気が済むんだろう。
少し迷って「今日はそんな元気ないですよ」と返そうとして、「3分で支度なさい!」という言い方がひっかかった。
まさかそんなと思いつつ座卓の前から立ち上がる。
玄関の扉を開け、そっと夜闇に目をこらす。
赤く錆びた鉄筋製の外廊下――その向こうに見える「コーポ八郷」の入り口。
そこに青いスポーツバイクに跨がり、黒いライダースーツの女がいた。
「もしもし、美月さんですか? いま、どこにいらっしゃいます?」
『アンタの家の前。あと、2分30秒よ』
「……すぐに支度します! なので、あと5分ください!」
あわてて玄関の扉を閉め、外出の準備をはじめる。
外行きの服をタンスから引っ張り出し、手提げ鞄の中にお泊まりセットが揃っているか確認する。おつまみは――数日前、オフコラボした時のが冷蔵庫の中にある。
乾物メインだから賞味期限とか気にしなくてヨシ!
冷たいそれを手提げ鞄にぶち込んだ。
これで準備はオッケーか……と思ったその時、私は大事なことを思いだした。
「ダメです、美月さん。やっぱり私、今日は宅呑みにいけません」
『どうしたのよ? もしかして身体の調子が悪かった?』
「……忙しくて、銭湯に行く時間がなくって! 汗くさのくさです!」
『だーもう! 私の家でお風呂に入ればいいから! 着替えも一緒に持って早く降りてきなさい! いまさら、お風呂の貸し借りくらい気にする仲でもないでしょ!』
「すびばせん、みづきさん……!」
『なんでこんなことでガチ泣きしてんのよ!』
だって仕方ないじゃないですか――。
ここ最近、美月さんとすれ違っている気がして。
私と美月さんとで、百合営業への考え方が違う気がして。
もしかして私の一人相撲なんじゃないかって。
とても不安だったんですよ!
なのにこうして迎えに来てもらったら、嬉しくてどうにかなっちゃいますよ!
「今行きます! すぐ行きます! だから、待っててください!」
『もう待ってるわよ。まったく、余裕で収録終ったじゃない。これ、宅呑みの予定をキャンセルする必要あった?』
「ないです! ありません! 私がバカでした!」
『やめて。そんな風に謝られると、こっちが悪いことしてる気分だわ』
わんわん泣きながらパソコンの電源を落とす。
部屋の電気を消し、扉に鍵をかけ、鉄筋の階段を駆け下りると、猫たちが眠る裏庭を横切って美月さんのバイクに飛び乗った。
細い腰に手を回せば、ヘルメットを被った美月さんがこちらを振り返る。
シールドの中で優しく微笑んだ彼女は「舌噛むから、通話切りなさい」と、耳に当てたままの私のスマホに手をかけた。
「……そうだ。ちょっと寄り道してもいいかな?」
「寄り道、ですか?」
「うん。花楓にどうしても知ってもらいたいことがあるの。本当は――すぐに私が話すべきだったんだけれど。タイミングを逃しちゃって」
聞くのが少し怖かった。
もしかして「百合営業」の解消を言い出されるのではないか。
そんなことを思って、不安になる私に――。
「なんでもするって言ったよね?」
美月さんは先ほどの配信で、私が言った台詞を持ち出してきた。
◇ ◇ ◇ ◇
文京区護国寺の裏にある住宅街に、美月さんは私を連れて来た。
昔ながらの民家が建ち並ぶそこは、彼女のスポーツバイクで走ると迷惑になりそうな狭い道で、途中でバイクを降り、引きながら移動することになった。
「りんごについてだけど、アンタにちゃんと説明してなかったね」
「りんご先輩ですか?」
「うん。これから私と百合営業を続けるためにも、りんごのことを花楓によく知っておいて欲しいの。そう思っていたのに、今日までずっと逃げていたんだけどね」
「……それは、私も同じです」
私もりんご先輩のことから逃げていた。
美月さんの親友。
高校時代からの付き合い。
おそらく私よりも「百合営業」にふさわしい人。
そして――きっと美月さんが、私より大切にしている人。
私はそう勝手に思っていた。
本当のことを、知ろうとしなかった。
聞こうと思えば、彼女も、彼女をよく知る人物もいたのに。
「ここよ」
「一戸建ての家?」
そこは新築の家。
真新しい外壁に広い駐車場。
芝生が生い茂った庭に小綺麗な玄関。
東京のただ中にあるとは思えない家庭的な家だった。
午後11時。周囲の家が灯りを消す中、二階の一室からは煌々と光が漏れている。
紺色のカーテンが引かれた出窓を私が見上げていると、美月さんが駐車場にバイクを停めて、ライダースーツの胸ポケットからスマホを取り出した。
すぐにコール音が住宅街に木霊する。
それはなぜか二重に聞こえた。
「着いたよ。開けてくれる?」
短くそう言うと美月さんはスマホの通話を切る。
すぐに目の前の家から足音が聞こえてきた。扉の横の磨りガラスからオレンジ色の照明が漏れ、あわただしい足音共にガチャリと玄関の扉が開く。
そして、玄関から出て来たのは――。
「こんばんは! みーちゃん! デートぶりー!」
「こんばんは里香ちゃん。ごめんね、こんな遅くに?」
黒い髪をツインテールにしてパジャマ姿の女の子。
小学校の低学年という感じの彼女は、美月さんに抱きついて嬉しそうに笑う。
そして、私の方に視線を向けると、しぱしぱとその目を瞬かせた。
「もしかして『川崎ばにら』ちゃん?」
「……バニ⁉」
さらに見知らぬ少女は、なぜか私の正体を一発で言い当ててみせた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここでまさかの新キャラ登場。
ずんだの言った「デートぶり」とはどういうことなのか。
そもそもこの家は――津軽りんごの家ではなかったのか。
次回でその辺りはしっかり補完しますので、お待ちください。
ばにらもずんだもようやく落ち着いて、お互いに向き合うことができましたね。二人がまた、ちゃんと向き合ってやっていけるようになって欲しい――と思う方は、安心してください、そうなる予定です! ですが、それはそれとして評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m
せっかくの「デビュー配信」が、とんだ展開になってしまった。
クリアしたはいいが血の気が引く思いの私――とは裏腹に、川崎ばにらとニーナ・ツクヨミの同接数は気づけば5万を超えていた。
どうやら、「黄金聖闘士」がTwitterでトレンドになり、聖闘士星矢ファンのみなさんが、覗きに来てくれたみたい。
コメ欄は、日本を問わず世界各国の聖闘士星矢ファンで溢れている。
アメリカ、フランス、中国、インドネシア、ブラジル、メキシコ。
やはり聖闘士星矢はグローバルコンテンツ。
車田正美先生ってすごいや――。
「オキツネ座の黄金聖闘士――生駒すず!!!!」
「あひる座の黄金聖闘士――羽曳野あひる!!!!」
『(インドネシア語)えっとえっと……黄金聖闘士――ニーナ・ツクヨミ!!!!』
最後になぜか全員で金装備になって記念撮影。
城の前で写真を撮ったコラボメンバー&りんずんは配信を終えた。
集合写真のスクリーンショットにコメントを寄せてTwitterに投稿する。
それから、私は倒れ込むように座卓に突っ伏した。
疲れた。
シンプルにもう限界。
指先の一本も動かせない。
クリア耐久と比べれば、配信時間はたいしたことはない。
配信内容も、すず先輩にキャリーしてもらい、ニーナちゃんがメインで動き、あひる先輩に言語面のサポートをしてもらった。
なのに、身体全体から生気が抜けたようだ。
これはちょっと、明日は配信できそうにないな――。
ふと視線にスマホの液晶画面が入る。
美月さんの配信を映していた画面は暗転している。
彼女の配信が終了したからだ。
時刻は午後10時過ぎ。
この時間なら、ぜんせん美月さんと宅呑みすることができたな――。
そう思った時、スマホの画面が明滅する。
LINEの着信メッセージ。もちろん、かけてきたのは他でもない。
「……も、もしもし、美月さんですか?」
『花楓! これから宅呑みするわよ! 3分で支度なさい!』
どこまで今日はパロディをすれば気が済むんだろう。
少し迷って「今日はそんな元気ないですよ」と返そうとして、「3分で支度なさい!」という言い方がひっかかった。
まさかそんなと思いつつ座卓の前から立ち上がる。
玄関の扉を開け、そっと夜闇に目をこらす。
赤く錆びた鉄筋製の外廊下――その向こうに見える「コーポ八郷」の入り口。
そこに青いスポーツバイクに跨がり、黒いライダースーツの女がいた。
「もしもし、美月さんですか? いま、どこにいらっしゃいます?」
『アンタの家の前。あと、2分30秒よ』
「……すぐに支度します! なので、あと5分ください!」
あわてて玄関の扉を閉め、外出の準備をはじめる。
外行きの服をタンスから引っ張り出し、手提げ鞄の中にお泊まりセットが揃っているか確認する。おつまみは――数日前、オフコラボした時のが冷蔵庫の中にある。
乾物メインだから賞味期限とか気にしなくてヨシ!
冷たいそれを手提げ鞄にぶち込んだ。
これで準備はオッケーか……と思ったその時、私は大事なことを思いだした。
「ダメです、美月さん。やっぱり私、今日は宅呑みにいけません」
『どうしたのよ? もしかして身体の調子が悪かった?』
「……忙しくて、銭湯に行く時間がなくって! 汗くさのくさです!」
『だーもう! 私の家でお風呂に入ればいいから! 着替えも一緒に持って早く降りてきなさい! いまさら、お風呂の貸し借りくらい気にする仲でもないでしょ!』
「すびばせん、みづきさん……!」
『なんでこんなことでガチ泣きしてんのよ!』
だって仕方ないじゃないですか――。
ここ最近、美月さんとすれ違っている気がして。
私と美月さんとで、百合営業への考え方が違う気がして。
もしかして私の一人相撲なんじゃないかって。
とても不安だったんですよ!
なのにこうして迎えに来てもらったら、嬉しくてどうにかなっちゃいますよ!
「今行きます! すぐ行きます! だから、待っててください!」
『もう待ってるわよ。まったく、余裕で収録終ったじゃない。これ、宅呑みの予定をキャンセルする必要あった?』
「ないです! ありません! 私がバカでした!」
『やめて。そんな風に謝られると、こっちが悪いことしてる気分だわ』
わんわん泣きながらパソコンの電源を落とす。
部屋の電気を消し、扉に鍵をかけ、鉄筋の階段を駆け下りると、猫たちが眠る裏庭を横切って美月さんのバイクに飛び乗った。
細い腰に手を回せば、ヘルメットを被った美月さんがこちらを振り返る。
シールドの中で優しく微笑んだ彼女は「舌噛むから、通話切りなさい」と、耳に当てたままの私のスマホに手をかけた。
「……そうだ。ちょっと寄り道してもいいかな?」
「寄り道、ですか?」
「うん。花楓にどうしても知ってもらいたいことがあるの。本当は――すぐに私が話すべきだったんだけれど。タイミングを逃しちゃって」
聞くのが少し怖かった。
もしかして「百合営業」の解消を言い出されるのではないか。
そんなことを思って、不安になる私に――。
「なんでもするって言ったよね?」
美月さんは先ほどの配信で、私が言った台詞を持ち出してきた。
◇ ◇ ◇ ◇
文京区護国寺の裏にある住宅街に、美月さんは私を連れて来た。
昔ながらの民家が建ち並ぶそこは、彼女のスポーツバイクで走ると迷惑になりそうな狭い道で、途中でバイクを降り、引きながら移動することになった。
「りんごについてだけど、アンタにちゃんと説明してなかったね」
「りんご先輩ですか?」
「うん。これから私と百合営業を続けるためにも、りんごのことを花楓によく知っておいて欲しいの。そう思っていたのに、今日までずっと逃げていたんだけどね」
「……それは、私も同じです」
私もりんご先輩のことから逃げていた。
美月さんの親友。
高校時代からの付き合い。
おそらく私よりも「百合営業」にふさわしい人。
そして――きっと美月さんが、私より大切にしている人。
私はそう勝手に思っていた。
本当のことを、知ろうとしなかった。
聞こうと思えば、彼女も、彼女をよく知る人物もいたのに。
「ここよ」
「一戸建ての家?」
そこは新築の家。
真新しい外壁に広い駐車場。
芝生が生い茂った庭に小綺麗な玄関。
東京のただ中にあるとは思えない家庭的な家だった。
午後11時。周囲の家が灯りを消す中、二階の一室からは煌々と光が漏れている。
紺色のカーテンが引かれた出窓を私が見上げていると、美月さんが駐車場にバイクを停めて、ライダースーツの胸ポケットからスマホを取り出した。
すぐにコール音が住宅街に木霊する。
それはなぜか二重に聞こえた。
「着いたよ。開けてくれる?」
短くそう言うと美月さんはスマホの通話を切る。
すぐに目の前の家から足音が聞こえてきた。扉の横の磨りガラスからオレンジ色の照明が漏れ、あわただしい足音共にガチャリと玄関の扉が開く。
そして、玄関から出て来たのは――。
「こんばんは! みーちゃん! デートぶりー!」
「こんばんは里香ちゃん。ごめんね、こんな遅くに?」
黒い髪をツインテールにしてパジャマ姿の女の子。
小学校の低学年という感じの彼女は、美月さんに抱きついて嬉しそうに笑う。
そして、私の方に視線を向けると、しぱしぱとその目を瞬かせた。
「もしかして『川崎ばにら』ちゃん?」
「……バニ⁉」
さらに見知らぬ少女は、なぜか私の正体を一発で言い当ててみせた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここでまさかの新キャラ登場。
ずんだの言った「デートぶり」とはどういうことなのか。
そもそもこの家は――津軽りんごの家ではなかったのか。
次回でその辺りはしっかり補完しますので、お待ちください。
ばにらもずんだもようやく落ち着いて、お互いに向き合うことができましたね。二人がまた、ちゃんと向き合ってやっていけるようになって欲しい――と思う方は、安心してください、そうなる予定です! ですが、それはそれとして評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる