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第10章 嘘つき猫の一生

第71話 なんでもするって言ったよね?(前編)

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 仲間のピンチに駆けつけた黄金聖闘士のおかげで「エンドラ討伐」は完了した。

 せっかくの「デビュー配信」が、とんだ展開になってしまった。
 クリアしたはいいが血の気が引く思いの私――とは裏腹に、川崎ばにらとニーナ・ツクヨミの同接数は気づけば5万を超えていた。

 どうやら、「黄金聖闘士」がTwitterでトレンドになり、聖闘士星矢ファンのみなさんが、覗きに来てくれたみたい。
 コメ欄は、日本を問わず世界各国の聖闘士星矢ファンで溢れている。
 アメリカ、フランス、中国、インドネシア、ブラジル、メキシコ。

 やはり聖闘士星矢はグローバルコンテンツ。
 車田正美先生ってすごいや――。

「オキツネ座の黄金聖闘士――生駒すず!!!!」

「あひる座の黄金聖闘士――羽曳野あひる!!!!」

『(インドネシア語)えっとえっと……黄金聖闘士――ニーナ・ツクヨミ!!!!』

 最後になぜか全員で金装備になって記念撮影。
 城の前で写真を撮ったコラボメンバー&りんずんは配信を終えた。

 集合写真のスクリーンショットにコメントを寄せてTwitterに投稿する。
 それから、私は倒れ込むように座卓に突っ伏した。

 疲れた。
 シンプルにもう限界。
 指先の一本も動かせない。

 クリア耐久と比べれば、配信時間はたいしたことはない。
 配信内容も、すず先輩にキャリーしてもらい、ニーナちゃんがメインで動き、あひる先輩に言語面のサポートをしてもらった。
 なのに、身体全体から生気が抜けたようだ。

 これはちょっと、明日は配信できそうにないな――。

 ふと視線にスマホの液晶画面が入る。
 美月さんの配信を映していた画面は暗転している。
 彼女の配信が終了したからだ。

 時刻は午後10時過ぎ。
 この時間なら、ぜんせん美月さんと宅呑みすることができたな――。

 そう思った時、スマホの画面が明滅する。
 LINEの着信メッセージ。もちろん、かけてきたのは他でもない。

「……も、もしもし、美月さんですか?」

『花楓! これから宅呑みするわよ! 3分で支度なさい!』

 どこまで今日はパロディをすれば気が済むんだろう。
 少し迷って「今日はそんな元気ないですよ」と返そうとして、「3分で支度なさい!」という言い方がひっかかった。

 まさかそんなと思いつつ座卓の前から立ち上がる。
 玄関の扉を開け、そっと夜闇に目をこらす。
 赤く錆びた鉄筋製の外廊下――その向こうに見える「コーポ八郷」の入り口。

 そこに青いスポーツバイクに跨がり、黒いライダースーツの女がいた。

「もしもし、美月さんですか? いま、どこにいらっしゃいます?」

『アンタの家の前。あと、2分30秒よ』

「……すぐに支度します! なので、あと5分ください!」

 あわてて玄関の扉を閉め、外出の準備をはじめる。
 外行きの服をタンスから引っ張り出し、手提げ鞄の中にお泊まりセットが揃っているか確認する。おつまみは――数日前、オフコラボした時のが冷蔵庫の中にある。

 乾物メインだから賞味期限とか気にしなくてヨシ!

 冷たいそれを手提げ鞄にぶち込んだ。
 これで準備はオッケーか……と思ったその時、私は大事なことを思いだした。

「ダメです、美月さん。やっぱり私、今日は宅呑みにいけません」

『どうしたのよ? もしかして身体の調子が悪かった?』

「……忙しくて、銭湯に行く時間がなくって! 汗くさのくさです!」

『だーもう! 私の家でお風呂に入ればいいから! 着替えも一緒に持って早く降りてきなさい! いまさら、お風呂の貸し借りくらい気にする仲でもないでしょ!』

「すびばせん、みづきさん……!」

『なんでこんなことでガチ泣きしてんのよ!』

 だって仕方ないじゃないですか――。

 ここ最近、美月さんとすれ違っている気がして。
 私と美月さんとで、百合営業への考え方が違う気がして。
 もしかして私の一人相撲なんじゃないかって。

 とても不安だったんですよ!

 なのにこうして迎えに来てもらったら、嬉しくてどうにかなっちゃいますよ!

「今行きます! すぐ行きます! だから、待っててください!」

『もう待ってるわよ。まったく、余裕で収録終ったじゃない。これ、宅呑みの予定をキャンセルする必要あった?』

「ないです! ありません! 私がバカでした!」

『やめて。そんな風に謝られると、こっちが悪いことしてる気分だわ』

 わんわん泣きながらパソコンの電源を落とす。
 部屋の電気を消し、扉に鍵をかけ、鉄筋の階段を駆け下りると、猫たちが眠る裏庭を横切って美月さんのバイクに飛び乗った。

 細い腰に手を回せば、ヘルメットを被った美月さんがこちらを振り返る。
 シールドの中で優しく微笑んだ彼女は「舌噛むから、通話切りなさい」と、耳に当てたままの私のスマホに手をかけた。

「……そうだ。ちょっと寄り道してもいいかな?」

「寄り道、ですか?」

「うん。花楓にどうしても知ってもらいたいことがあるの。本当は――すぐに私が話すべきだったんだけれど。タイミングを逃しちゃって」

 聞くのが少し怖かった。
 もしかして「百合営業」の解消を言い出されるのではないか。
 そんなことを思って、不安になる私に――。

「なんでもするって言ったよね?」

 美月さんは先ほどの配信で、私が言った台詞を持ち出してきた。

◇ ◇ ◇ ◇

 文京区護国寺の裏にある住宅街に、美月さんは私を連れて来た。
 昔ながらの民家が建ち並ぶそこは、彼女のスポーツバイクで走ると迷惑になりそうな狭い道で、途中でバイクを降り、引きながら移動することになった。

「りんごについてだけど、アンタにちゃんと説明してなかったね」

「りんご先輩ですか?」

「うん。これから私と百合営業を続けるためにも、りんごのことを花楓によく知っておいて欲しいの。そう思っていたのに、今日までずっと逃げていたんだけどね」

「……それは、私も同じです」

 私もりんご先輩のことから逃げていた。

 美月さんの親友。
 高校時代からの付き合い。
 おそらく私よりも「百合営業」にふさわしい人。
 そして――きっと美月さんが、私より大切にしている人。

 私はそう勝手に思っていた。

 本当のことを、知ろうとしなかった。
 聞こうと思えば、彼女も、彼女をよく知る人物もいたのに。

「ここよ」

「一戸建ての家?」

 そこは新築の家。
 真新しい外壁に広い駐車場。
 芝生が生い茂った庭に小綺麗な玄関。
 東京のただ中にあるとは思えない家庭的な家だった。
 
 午後11時。周囲の家が灯りを消す中、二階の一室からは煌々と光が漏れている。
 紺色のカーテンが引かれた出窓を私が見上げていると、美月さんが駐車場にバイクを停めて、ライダースーツの胸ポケットからスマホを取り出した。

 すぐにコール音が住宅街に木霊する。
 それはなぜか二重に聞こえた。

「着いたよ。開けてくれる?」

 短くそう言うと美月さんはスマホの通話を切る。
 すぐに目の前の家から足音が聞こえてきた。扉の横の磨りガラスからオレンジ色の照明が漏れ、あわただしい足音共にガチャリと玄関の扉が開く。
 そして、玄関から出て来たのは――。

「こんばんは! みーちゃん! デートぶりー!」

「こんばんは里香ちゃん。ごめんね、こんな遅くに?」

 黒い髪をツインテールにしてパジャマ姿の女の子。
 小学校の低学年という感じの彼女は、美月さんに抱きついて嬉しそうに笑う。
 そして、私の方に視線を向けると、しぱしぱとその目を瞬かせた。

「もしかして『川崎ばにら』ちゃん?」

「……バニ⁉」

 さらに見知らぬ少女は、なぜか私の正体を一発で言い当ててみせた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ここでまさかの新キャラ登場。
 ずんだの言った「デートぶり」とはどういうことなのか。
 そもそもこの家は――津軽りんごの家ではなかったのか。

 次回でその辺りはしっかり補完しますので、お待ちください。

 ばにらもずんだもようやく落ち着いて、お互いに向き合うことができましたね。二人がまた、ちゃんと向き合ってやっていけるようになって欲しい――と思う方は、安心してください、そうなる予定です! ですが、それはそれとして評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m
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