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第3章 魔王を倒した
第42話 父との対立
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萌夫人が去った後も、椿は意気消沈していた。さっきから言葉一つ出ておらず、目は虚ろに天井を眺めていた。
彼女の父親である神原柳さんの名前を聞いてから、ずっとこの様子だった。
「椿、大丈夫か?」
俺は台所の冷蔵庫から牛乳とココアパウダーが入った袋を取り出すと、マグカップに牛乳を注いで、更にパウダーを投入した。レンジでしばらく温めたのち、マグカップを椿が座るソファの前のテーブルに置く。
甘いカカオの香りが鼻腔をくすぐる。
椿も香りに気づいたのか、俯いていた口角を上げた。
「リツ……」
「これ飲んで落ち着けよ」
「……」
そういって彼女はぼんやりとココアを眺めた。
「……ありがと」
椿はマグカップを両手で持ち上げてココアを口にした。
少しでも、彼女の気分が落ち着くといいのだが。
一呼吸置くと、マグカップはテーブルの上に置かれる。
「椿、楽になったか?」
「うん……」
そして、せき止めていた何かが一気に溢れ出すように、椿は盛大なため息をついた。
「もうー……なんで父さんが来るのよ……こんな時に限ってえええ……」
そういって椿は両手を伸ばしてテーブルの上に寝そべった。
「婚約者のお母さんの誕生会だから……お父さんも呼んだんじゃないかしら……」
伸びきった椿を見て、紅葉ちゃんはなんとか言葉を探しているようだ。
「それくらいわかってるわよおお……。でも、なんでこんな都合よくあいつが……」
その時、椿は何かを思いついたかのごとく顔を上げた。
「そうよ、これは陰謀なんだわ。父さんが私を嵌めるために仕掛けた罠なのよ!!」
勝手に想像した結論に興奮したのかわからないが、椿は長い黒髪を両手で振り乱した。
俺は目玉が飛び出しそうになった。
は?
「おいおいおいおい、椿。それは言い過ぎだって」
俺はテーブルの上で髪を振り乱す椿の両手を押さえた。
椿は意外にもすんなり大人しくなった。
椿は俺を見上げながら口を開いた。
「うん……だけど父さんが来るとなるといつも考えてしまうわ。あいつ、どんな手段を取ってでも私を実家に閉じ込めようとしてたから」
「……柳さんだろ? 古風で厳格な人。俺の父さんもビビってたっけな……」
***
椿と紅葉ちゃんの父、神原柳さんは現在の神原家当主で、椿の実家がある神社――常盤神社の神主である。全国的に有名なこの神社は、常盤市の南側に位置しており、十ヘクタールもある広大な宮の森を抱え、荘厳な赤い鳥居の向こうに、社殿や拝殿が複数鎮座していた。毎年、正月や七五三、夏祭り、秋祭りのたびに市内や県内外から大勢の人でごった返していた。
当主である柳さんは古風で厳格な人――昭和のアニメにあったような家父長制のトップである家長そのもので、家と神社の存続を何よりも重んじる人だ。神原家では跡継ぎとなる男性がいなかったため、長女の椿には神原家の血筋を残す使命が課せられてしまった。
さらに、椿と紅葉ちゃんの母親が幼いころに亡くなってしまい、実質的に男手一つで二人の姉妹を育てることとなり、椿も紅葉ちゃんも厳しく育てられた。
俺も中学時代に家族と訪れた初詣で柳さんと会ったことがある。その時はまだ父さんも生きており、一緒に神社に来ていた。
俺は幼なじみの一人として、椿の家がある神社隣の家……いや、屋敷に挨拶に行った。その時、普段なら神社にいる柳さんと鉢合わせしてしまったのだ。
目の前には、ほうきを持った白髪交じりの、眼鏡をかけてはいるものの、身長は一八〇センチを超え、目つきが鋭い大柄の男性が立っていた。
あまりの風貌に俺はもちろん、警察官だった俺の父さんもビビって動けなくなっていた。
「お主が、椿の同級生じゃな」
いきなり掛けられた声に俺はドキッとして言葉を詰まらせてしまった。
威厳に満ちた風貌と視線が俺たちを捉えていた。
「は……はいっ……」
俺はその一言しか言えなかった。
続きを父さんが続けた。
「こ、これは、椿ちゃんの……お父様の……」
警部である父さんも柳さんの風格というか尊厳というか、オーラに圧倒されていた。数々の難事件と対峙してきた現役の警部でさえも柳さんに太刀打ちできないのだ。
***
そんな柳さんが梔子夫人の誕生会に呼ばれた――さらに、夫人は子供たちの調査を椿に依頼した。
柳さんは梔子夫人の夫である梔子家当主の梔子喜之助氏の友人であり、たまに梔子夫人同伴で会って食事会をすることもあったらしい。
「裏で繋がっていたら……なんか嫌だわ」
「さすがに考えすぎだって」
「もともと私は家に縛られるのが嫌なの。家のために人生を捧げろとか、いつの時代の考えよ。私は、困っている人のために仕事をしたい。リツのお父さんの令仁さんに憧れてたのよ?」
椿は幼いころから俺の家に遊びに来ていたが、父さんの武勇伝に必死になって聞き入っていた。まあ、その父さんですら柳さんにビビりまくっていたんだけどな。
「……俺の父さんにねえ」
俺は思い出して苦笑いした。
しかし椿はため息をついた。
「リツこそ、あなたのお父さん大好きだったじゃない。令仁さんが犯人を逮捕したらその都度私に自慢してたよね。あなたの目、とてもキラキラしてたわよ」
「そうだっけ?」
「そうそう。喋り出したら止まらなくなるくらい。普段口数少ないのに、人が変わったかと思ったわ」
そんなこともあったっけか……?
父さんの後ろ姿を見て育ったから、彼が俺の目標だったのは事実だ。
仕事の時の父さんはまさに男前な警官だ。
「でもうちは違う。神原家に生まれたら、常盤神社の存続と発展に尽くさないといけない。神社に跡継ぎの男の人がいないから父さんが必死なのはわかるけど、私にはやりたいことがある。それに」
そう言うと、椿は台所でマグカップや湯呑を洗っている紅葉ちゃんに目をやった。
「紅葉の人生を取り返したい。だから、諦めるわけにはいかないの」
椿の横顔はどこか決意を奥に秘めているような様子だった。
俺はそんな椿に見とれてしまっていた。
椿が言っている「人のためになる仕事がしたい」という気持ちの裏には、彼女の優しさと正義感があったのだ。
しばらく沈黙が流れていたが、スマホの振動音と着信音が静寂を断ち切った。
椿は事務机のスマホを手に取り、画面を見た。
一瞬顔をしかめるが、電話に出る。
「はい、もしもし」
しばらくして椿は声を上げた。
――は? 一緒に来いって?
彼女の父親である神原柳さんの名前を聞いてから、ずっとこの様子だった。
「椿、大丈夫か?」
俺は台所の冷蔵庫から牛乳とココアパウダーが入った袋を取り出すと、マグカップに牛乳を注いで、更にパウダーを投入した。レンジでしばらく温めたのち、マグカップを椿が座るソファの前のテーブルに置く。
甘いカカオの香りが鼻腔をくすぐる。
椿も香りに気づいたのか、俯いていた口角を上げた。
「リツ……」
「これ飲んで落ち着けよ」
「……」
そういって彼女はぼんやりとココアを眺めた。
「……ありがと」
椿はマグカップを両手で持ち上げてココアを口にした。
少しでも、彼女の気分が落ち着くといいのだが。
一呼吸置くと、マグカップはテーブルの上に置かれる。
「椿、楽になったか?」
「うん……」
そして、せき止めていた何かが一気に溢れ出すように、椿は盛大なため息をついた。
「もうー……なんで父さんが来るのよ……こんな時に限ってえええ……」
そういって椿は両手を伸ばしてテーブルの上に寝そべった。
「婚約者のお母さんの誕生会だから……お父さんも呼んだんじゃないかしら……」
伸びきった椿を見て、紅葉ちゃんはなんとか言葉を探しているようだ。
「それくらいわかってるわよおお……。でも、なんでこんな都合よくあいつが……」
その時、椿は何かを思いついたかのごとく顔を上げた。
「そうよ、これは陰謀なんだわ。父さんが私を嵌めるために仕掛けた罠なのよ!!」
勝手に想像した結論に興奮したのかわからないが、椿は長い黒髪を両手で振り乱した。
俺は目玉が飛び出しそうになった。
は?
「おいおいおいおい、椿。それは言い過ぎだって」
俺はテーブルの上で髪を振り乱す椿の両手を押さえた。
椿は意外にもすんなり大人しくなった。
椿は俺を見上げながら口を開いた。
「うん……だけど父さんが来るとなるといつも考えてしまうわ。あいつ、どんな手段を取ってでも私を実家に閉じ込めようとしてたから」
「……柳さんだろ? 古風で厳格な人。俺の父さんもビビってたっけな……」
***
椿と紅葉ちゃんの父、神原柳さんは現在の神原家当主で、椿の実家がある神社――常盤神社の神主である。全国的に有名なこの神社は、常盤市の南側に位置しており、十ヘクタールもある広大な宮の森を抱え、荘厳な赤い鳥居の向こうに、社殿や拝殿が複数鎮座していた。毎年、正月や七五三、夏祭り、秋祭りのたびに市内や県内外から大勢の人でごった返していた。
当主である柳さんは古風で厳格な人――昭和のアニメにあったような家父長制のトップである家長そのもので、家と神社の存続を何よりも重んじる人だ。神原家では跡継ぎとなる男性がいなかったため、長女の椿には神原家の血筋を残す使命が課せられてしまった。
さらに、椿と紅葉ちゃんの母親が幼いころに亡くなってしまい、実質的に男手一つで二人の姉妹を育てることとなり、椿も紅葉ちゃんも厳しく育てられた。
俺も中学時代に家族と訪れた初詣で柳さんと会ったことがある。その時はまだ父さんも生きており、一緒に神社に来ていた。
俺は幼なじみの一人として、椿の家がある神社隣の家……いや、屋敷に挨拶に行った。その時、普段なら神社にいる柳さんと鉢合わせしてしまったのだ。
目の前には、ほうきを持った白髪交じりの、眼鏡をかけてはいるものの、身長は一八〇センチを超え、目つきが鋭い大柄の男性が立っていた。
あまりの風貌に俺はもちろん、警察官だった俺の父さんもビビって動けなくなっていた。
「お主が、椿の同級生じゃな」
いきなり掛けられた声に俺はドキッとして言葉を詰まらせてしまった。
威厳に満ちた風貌と視線が俺たちを捉えていた。
「は……はいっ……」
俺はその一言しか言えなかった。
続きを父さんが続けた。
「こ、これは、椿ちゃんの……お父様の……」
警部である父さんも柳さんの風格というか尊厳というか、オーラに圧倒されていた。数々の難事件と対峙してきた現役の警部でさえも柳さんに太刀打ちできないのだ。
***
そんな柳さんが梔子夫人の誕生会に呼ばれた――さらに、夫人は子供たちの調査を椿に依頼した。
柳さんは梔子夫人の夫である梔子家当主の梔子喜之助氏の友人であり、たまに梔子夫人同伴で会って食事会をすることもあったらしい。
「裏で繋がっていたら……なんか嫌だわ」
「さすがに考えすぎだって」
「もともと私は家に縛られるのが嫌なの。家のために人生を捧げろとか、いつの時代の考えよ。私は、困っている人のために仕事をしたい。リツのお父さんの令仁さんに憧れてたのよ?」
椿は幼いころから俺の家に遊びに来ていたが、父さんの武勇伝に必死になって聞き入っていた。まあ、その父さんですら柳さんにビビりまくっていたんだけどな。
「……俺の父さんにねえ」
俺は思い出して苦笑いした。
しかし椿はため息をついた。
「リツこそ、あなたのお父さん大好きだったじゃない。令仁さんが犯人を逮捕したらその都度私に自慢してたよね。あなたの目、とてもキラキラしてたわよ」
「そうだっけ?」
「そうそう。喋り出したら止まらなくなるくらい。普段口数少ないのに、人が変わったかと思ったわ」
そんなこともあったっけか……?
父さんの後ろ姿を見て育ったから、彼が俺の目標だったのは事実だ。
仕事の時の父さんはまさに男前な警官だ。
「でもうちは違う。神原家に生まれたら、常盤神社の存続と発展に尽くさないといけない。神社に跡継ぎの男の人がいないから父さんが必死なのはわかるけど、私にはやりたいことがある。それに」
そう言うと、椿は台所でマグカップや湯呑を洗っている紅葉ちゃんに目をやった。
「紅葉の人生を取り返したい。だから、諦めるわけにはいかないの」
椿の横顔はどこか決意を奥に秘めているような様子だった。
俺はそんな椿に見とれてしまっていた。
椿が言っている「人のためになる仕事がしたい」という気持ちの裏には、彼女の優しさと正義感があったのだ。
しばらく沈黙が流れていたが、スマホの振動音と着信音が静寂を断ち切った。
椿は事務机のスマホを手に取り、画面を見た。
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