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第1章 ふたりの秘め事
第16話 彼女と<あの人>
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俺と樹里は和室に通された。六枚の畳の上に長方形の円卓。そして床の間の壁に誰が書いたかわからない、山水画の掛軸が飾られていた。
ここだと落ち着いて話はできるだろう。
俺と椿は、ちゃぶ台を挟んで樹里の母さんの反対側に並んで座った。
「失礼します」と一声かけると、さっそく本題が始まった。
「それで、何を聞きたいのかしら」
おばさんの言葉に俺たちは、失踪する直前……つまり三日前、姉の美幸さんの遺体が発見された日、もしくはその直前に娘の樹里に何か変わったところはなかったか尋ねた。
もちろん質問するのは椿で、メモを書き留めるのは俺だ。
「数日前から落ち着かない様子だったわ。誰かと長電話してたり、夜に外出したりね。最近だと、忘年会の前日も外に出かけていたみたいね」
「どこに行っていたかわかりませんか?」
「何も話してくれないのよ。美雪がいなくなる直前みたいに、そわそわして何か隠しているみたいだった」
美幸さんの遺体が発見される前日、おばさんが、風呂が張られたことを樹里に伝えに行こうとすると、二階から誰かと話している声がしたという。
樹里は話を一度中断すると、部屋から出てきて、電話中だから風呂はあとにすると話していたらしい。
椿が質問を続けた。
「誰からの電話か、わかりませんか?」
「ごめんなさい。相手はわからないわ。ただ、長電話はこの前だけじゃなくて、たびたびあったみたいなのよ」
少なくとも二か月ほど前から長電話をしていたらしい。先月の電話料金が異様に高く、おばさんは樹里に事情を尋ねたが、彼女は「どうでもいいでしょ」と言って教えてくれなかったらしい。
天井を見て、おばさんはつぶやいていた。
「まさか、あの子に彼氏ができたのかしらねえ……」
たぶん違うと思う。俺も同窓会の時に聞いてしまったが、樹里は特定の異性と交際はしていない。言っていないだけかもしれないが……。
ただ、忘年会のとき、室伏が話していたことが引っかかる。
室伏の発言が本当なら、忘年会の前日に樹里は古川に会いにいっていたことになる。
ここで、椿は思い切ったことを提案した。
「もしよろしければ、樹里の部屋を見せていただけませんか?」
「いいけど……どうして?」
そう。彼女が直前までいた彼女の部屋なら、まだ痕跡が残っているかもしれない。
***
二階には姉妹の部屋がある。しかし、姉である美幸さんの部屋は数年前から使われておらず、家族が定期的に掃除していた。埃もほとんどなく綺麗ではあるが、物寂しい様子だった。
そして、樹里の部屋。
ドアを開けて入ろうとすると、椿が先回りして通さんとばかりに両手、両足を広げて俺の目の前に立ちはだかる。
「ここから先は男性立ち入り禁止です。私が探してくるから、ここで待ってて」
「……なんでだよ」
椿の声が荒くなった。
「大人の女性の部屋だから! いい歳した大人なんだからわかるでしょ?」
「いや、わかるけど、俺も手伝うって」
「結構です! これは所長命令よ! 目ぼしいものがあれば持ってくるから、ここにいてよね」
「……」
そう話すと椿はドアを閉め、しかも鍵をかけた。
おいおい、やりすぎだろう……。俺は紳士だぜ? レディーにいかがわしいことなんてしないぞ。
しかも今は一刻も早く樹里の安否を確認しなければならない。一人より二人のほうが効率がいいと思うが……。
まあ、異性の部屋に興味がないことはない。椿と遊んでいた時も小学三年ごろまでは普通に部屋に入れてもらえたのに、学年が上がってから椿が恥じらいを見せ始め、一切の入室を許可されなくなった。
当時はなんでだろうと思い、椿に聞こうとしたが変態スケベ呼ばわりされまくったよな……。
というわけで、大人になった女性の部屋――男の俺にとっては気になる空間である。まあ、俺が童貞拗らせているだけで、仲良くなれば入れてもらえるのだろう。
いろいろ思い出に浸ること一時間。部屋のドアが開いた。
椿がいくつか本やノートを持って出てきた。
「何か見つかったか?」
「ええ。最近につけられたメモがあったわ」
椿が見せてくれたのは今年の年号が記載された手のひら二つ分ほどのサイズのスケジュール帳。
樹里が予定整管理や日記帳として使っているもののようで、その日のことが書き記されてあった。
完全な女子の個人情報。一瞬、こんなもの見てもいいのかと戸惑った。
椿は気になるページを見せてくれた。
「三ヶ月前のページなんだけどね……」
『20××年 8月27日(×)
お姉ちゃんがいなくなって今日で三ヶ月。あの人が教えてくれたのはすでにお姉ちゃんがこの世にいないかもしれないこと。ショックという言葉では言い表せないほどの絶望を味わった。場所はまだ教えられないというけど、いったいどこなの?』
あの人――いったい誰なのか。その後の日記も見ていると――
『20××年 11月16日(×))
今日、あの人とアパート近くのカフェで落ち合った。大事な話があるという。そして、彼はそれを教えてくれた。
彼はお姉ちゃんを慕っていた。お姉ちゃんのために全力を尽くしてくれた。だけど、なぜか今日まで彼女が眠っている場所を教えてくれなかった。
だけど、それには理由があった。うかつに教えたら、私の身も危なくなると。彼が後始末をするまでは教えないつもりだったらしい』
これは一週間前の日記だ。
「樹里、やっぱり神社に遺体があることを知ってたのね」
「うん……。でも、生野が言ってる<あの人>っていったい誰なんだろ……。そして、誰を後始末したいんだ?」
もっと調べる必要がある。状況を察したのか、椿はまた中に何かないか探してくると言った。
またしばらくして、椿が部屋から出てきた。
「あったよ、これ……」
椿は白い色紙に、金箔がまぶされた分厚い本を持ってきた。
「アルバム?」
「うん」
彼女が見せてくれた写真は、衝撃的なものであった。
あいつが……美幸さんと並んでいたのだ。二人は嬉しそうな表情。
まさか……。
ここだと落ち着いて話はできるだろう。
俺と椿は、ちゃぶ台を挟んで樹里の母さんの反対側に並んで座った。
「失礼します」と一声かけると、さっそく本題が始まった。
「それで、何を聞きたいのかしら」
おばさんの言葉に俺たちは、失踪する直前……つまり三日前、姉の美幸さんの遺体が発見された日、もしくはその直前に娘の樹里に何か変わったところはなかったか尋ねた。
もちろん質問するのは椿で、メモを書き留めるのは俺だ。
「数日前から落ち着かない様子だったわ。誰かと長電話してたり、夜に外出したりね。最近だと、忘年会の前日も外に出かけていたみたいね」
「どこに行っていたかわかりませんか?」
「何も話してくれないのよ。美雪がいなくなる直前みたいに、そわそわして何か隠しているみたいだった」
美幸さんの遺体が発見される前日、おばさんが、風呂が張られたことを樹里に伝えに行こうとすると、二階から誰かと話している声がしたという。
樹里は話を一度中断すると、部屋から出てきて、電話中だから風呂はあとにすると話していたらしい。
椿が質問を続けた。
「誰からの電話か、わかりませんか?」
「ごめんなさい。相手はわからないわ。ただ、長電話はこの前だけじゃなくて、たびたびあったみたいなのよ」
少なくとも二か月ほど前から長電話をしていたらしい。先月の電話料金が異様に高く、おばさんは樹里に事情を尋ねたが、彼女は「どうでもいいでしょ」と言って教えてくれなかったらしい。
天井を見て、おばさんはつぶやいていた。
「まさか、あの子に彼氏ができたのかしらねえ……」
たぶん違うと思う。俺も同窓会の時に聞いてしまったが、樹里は特定の異性と交際はしていない。言っていないだけかもしれないが……。
ただ、忘年会のとき、室伏が話していたことが引っかかる。
室伏の発言が本当なら、忘年会の前日に樹里は古川に会いにいっていたことになる。
ここで、椿は思い切ったことを提案した。
「もしよろしければ、樹里の部屋を見せていただけませんか?」
「いいけど……どうして?」
そう。彼女が直前までいた彼女の部屋なら、まだ痕跡が残っているかもしれない。
***
二階には姉妹の部屋がある。しかし、姉である美幸さんの部屋は数年前から使われておらず、家族が定期的に掃除していた。埃もほとんどなく綺麗ではあるが、物寂しい様子だった。
そして、樹里の部屋。
ドアを開けて入ろうとすると、椿が先回りして通さんとばかりに両手、両足を広げて俺の目の前に立ちはだかる。
「ここから先は男性立ち入り禁止です。私が探してくるから、ここで待ってて」
「……なんでだよ」
椿の声が荒くなった。
「大人の女性の部屋だから! いい歳した大人なんだからわかるでしょ?」
「いや、わかるけど、俺も手伝うって」
「結構です! これは所長命令よ! 目ぼしいものがあれば持ってくるから、ここにいてよね」
「……」
そう話すと椿はドアを閉め、しかも鍵をかけた。
おいおい、やりすぎだろう……。俺は紳士だぜ? レディーにいかがわしいことなんてしないぞ。
しかも今は一刻も早く樹里の安否を確認しなければならない。一人より二人のほうが効率がいいと思うが……。
まあ、異性の部屋に興味がないことはない。椿と遊んでいた時も小学三年ごろまでは普通に部屋に入れてもらえたのに、学年が上がってから椿が恥じらいを見せ始め、一切の入室を許可されなくなった。
当時はなんでだろうと思い、椿に聞こうとしたが変態スケベ呼ばわりされまくったよな……。
というわけで、大人になった女性の部屋――男の俺にとっては気になる空間である。まあ、俺が童貞拗らせているだけで、仲良くなれば入れてもらえるのだろう。
いろいろ思い出に浸ること一時間。部屋のドアが開いた。
椿がいくつか本やノートを持って出てきた。
「何か見つかったか?」
「ええ。最近につけられたメモがあったわ」
椿が見せてくれたのは今年の年号が記載された手のひら二つ分ほどのサイズのスケジュール帳。
樹里が予定整管理や日記帳として使っているもののようで、その日のことが書き記されてあった。
完全な女子の個人情報。一瞬、こんなもの見てもいいのかと戸惑った。
椿は気になるページを見せてくれた。
「三ヶ月前のページなんだけどね……」
『20××年 8月27日(×)
お姉ちゃんがいなくなって今日で三ヶ月。あの人が教えてくれたのはすでにお姉ちゃんがこの世にいないかもしれないこと。ショックという言葉では言い表せないほどの絶望を味わった。場所はまだ教えられないというけど、いったいどこなの?』
あの人――いったい誰なのか。その後の日記も見ていると――
『20××年 11月16日(×))
今日、あの人とアパート近くのカフェで落ち合った。大事な話があるという。そして、彼はそれを教えてくれた。
彼はお姉ちゃんを慕っていた。お姉ちゃんのために全力を尽くしてくれた。だけど、なぜか今日まで彼女が眠っている場所を教えてくれなかった。
だけど、それには理由があった。うかつに教えたら、私の身も危なくなると。彼が後始末をするまでは教えないつもりだったらしい』
これは一週間前の日記だ。
「樹里、やっぱり神社に遺体があることを知ってたのね」
「うん……。でも、生野が言ってる<あの人>っていったい誰なんだろ……。そして、誰を後始末したいんだ?」
もっと調べる必要がある。状況を察したのか、椿はまた中に何かないか探してくると言った。
またしばらくして、椿が部屋から出てきた。
「あったよ、これ……」
椿は白い色紙に、金箔がまぶされた分厚い本を持ってきた。
「アルバム?」
「うん」
彼女が見せてくれた写真は、衝撃的なものであった。
あいつが……美幸さんと並んでいたのだ。二人は嬉しそうな表情。
まさか……。
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