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第3章 魔王を倒した
第64話 重大なミス
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俺のもとに椿や越川刑事もやってきた。
「シンクが溶けたって、どういうこと?」
椿がシンクをのぞき込んでいる。
俺はさっき梔子萌夫人の事件で、ここで凶器に使われた刃物が溶かされたと推測していた。そのシンクが、溶けて大きな穴をあけていたのだ。
「なんでこうなってるんだ? またここで、何かあったのか?」
思わず口に出した言葉が床に落ちた。
もし、萌さんへの犯行に使われた凶器の処分と同じことをしたのであれば、今回のは明らかな失敗だろう。前回のはその痕跡から、何かを敷いて、シンクが溶けるのを防いでいたとみられる。しかし、今回はそんなことをした痕跡がない……。
「……まさか、希硫酸で溶かしたのかしら」
越川刑事が顎に手を当てて考えている。
「希硫酸?」
椿が疑問の顔を越川刑事に向けた。
俺も同じくである。「きりゅうさん」ってなんだ? 化学の用語だろうけど、俺は文系。理系は全然だめで、猛勉強して得た知識はすでに頭から抜け去っていた。
越川刑事は人差し指を立てながら、わかりやすく説明してくれた。
「希硫酸は濃度が低い硫酸が入った水溶液です。鉄を溶かせるんですが、基本的にステンレスは溶かせないんですよ。でも、濃度を上げてしまうと、ステンレスのシンクが壊れてしまうことがあるそうです」
「へえ……。でも、硫酸ってことは、危険な物質なんですよね」
椿の質問に越川刑事は頷いた。
「ええ。金属も解かせる物質ですし、肌に触れてしまうとひどいと大火傷して、命にかかわることもありますから」
俺はこのやり取りをメモ帳に必死にメモしていた。
希硫酸……鉄を溶かす……ステンレスは溶かせない……。
メモを取りながらも、俺は頭を働かせて推理のパズルを組み立てていた。
たぶん凶器は希硫酸で解かせる刃物なんだろう。
あれ、なら、なんでこのシンクは穴が開いてるんだ? ステンレスは希硫酸に耐性があるというが、刑事さんの言うように濃度が高かったのだろうか。
まさか、殺害された桐原さんに使われた凶器を、またここで処分したのだろうか。だとしたら、これは重大なミスだ。いったいなんでこんなミスを……?
その後、越川刑事は鑑識さんにお願いしてこのシンクの周辺の血痕や、ステンレスが溶けた塊などの鑑定をお願いしていた。
後から堂宮刑事が話していたが、越川刑事は常盤署に入って二年目のまだ若い女性刑事で、多少おっちょこちょいなところはあるが、頭がよく、切れ者なのだという。
俺たち三人は厨房の前で、越川刑事と対面していた。
「神原さん、金谷さん、捜査へのご協力、ありがとうございました。鑑定には少し時間がかかりますので、しばらくあちらの控室でお待ちください。私はこのことを堂宮に伝えてきますので」
「わかりました。なるべくお力添えになるよう、ご協力いたします」
椿が頭を下げる。俺も、紅葉ちゃんも椿に倣ってお礼の意を込め、頭を下げた。
ちょうど厨房に堂宮刑事の部下の警官がやってきた。
「あ、探偵事務所の皆さん、現場の確認を終わったんですね。堂宮刑事が、桐原氏とのことでお話をお伺いしたいと」
「梔子家の皆さんの事情聴取が終わったんですか?」
椿の質問に、部下の警官は首を縦に振った。
「こちらです、どうぞ」
***
取り調べは誕生会で使われた別の控室が使われた。
堂宮刑事からの事情聴取はそこまで時間がかからなかった。俺たちは事件の直前、桐原さんから聞き取った内容と、その時の桐原さんの態度などを改めて説明した。
桐原さんは萌夫人が殺害される直前、綾乃さんと話をしていたことがわかっている。彼もいなくなった隼人を捜索していた。一方、桐原さんは表面上梔子一家を気に掛ける言動をしていたが、長男の隼人《はやと》には子供の姿になってしまったのは“自業自得”だと言っていた。
情報提供を行うと、現時点での俺たちの考えを椿が代表して、堂宮刑事に述べた。
「隼人さんをけなしていたことは気にかかりますが……正直それだけで殺されるほど憎まれていたようには思えないんですよね。私も、なんで桐原さんが殺害されたのか、皆目見当もつきません」
俺も同意見だった。
特に隼人は桐原さんを恩人のように感じていた。母親から叱責されるたびに、自室にこもってしまった隼人を慰めてくれたのだという。
堂宮刑事はふむ、と一つ頷くと口を開いた。
「情報提供ありがとう」
俺は静かに手を上げた。
警察への質問は捜査妨害にならないよう、慎重にしないといけないが、俺には聞きたいことがあった。
「刑事さん、ひとつ質問してもいいですか。今回の犯人は、外部犯が実行した、ということはないですか? 答えられる範囲でお願いします」
俺の質問に刑事さんは首を横に振った。
「いや、防犯カメラを解析したところ玄関や裏口などからの出入りはなかったし、その痕跡もなかったよ」
「容疑者はあくまでも、梔子家の人々というお考えなんですね」
堂宮刑事は一つ頷いた。
「職務上、こちらから君たちに捜査情報の詳細を話すわけにはいかないが……考えてみてほしいことがある。人間は複数の矛盾する感情や、思いを持っているのが普通だ。梔子家の子供たちは、みな母親にいい思いを持っていなかった。桐原さんは子供たちを気にかけていると言っていたが、そんな彼が殺害されたんだ」
「……桐原さんの表面上の態度に隠された素顔があるとお考えなんですか?」
俺の考えに堂宮刑事はそうだと答えた。
「梔子家からの事情聴取でも、そのような証言から推測すると、桐原さんもあの二人からの印象は特段よくないようだ」
二人、というのは大体予想がついた。
堂宮刑事は話を続けた。
「桐原さんがどんな感じで子供たちに接していたか、調べる必要があると思うんだ。それともう一つ」
刑事は人差し指を立てて、その続きを話した。
「長男の隼人が、ほとんど黙秘を貫いているんだ」
「シンクが溶けたって、どういうこと?」
椿がシンクをのぞき込んでいる。
俺はさっき梔子萌夫人の事件で、ここで凶器に使われた刃物が溶かされたと推測していた。そのシンクが、溶けて大きな穴をあけていたのだ。
「なんでこうなってるんだ? またここで、何かあったのか?」
思わず口に出した言葉が床に落ちた。
もし、萌さんへの犯行に使われた凶器の処分と同じことをしたのであれば、今回のは明らかな失敗だろう。前回のはその痕跡から、何かを敷いて、シンクが溶けるのを防いでいたとみられる。しかし、今回はそんなことをした痕跡がない……。
「……まさか、希硫酸で溶かしたのかしら」
越川刑事が顎に手を当てて考えている。
「希硫酸?」
椿が疑問の顔を越川刑事に向けた。
俺も同じくである。「きりゅうさん」ってなんだ? 化学の用語だろうけど、俺は文系。理系は全然だめで、猛勉強して得た知識はすでに頭から抜け去っていた。
越川刑事は人差し指を立てながら、わかりやすく説明してくれた。
「希硫酸は濃度が低い硫酸が入った水溶液です。鉄を溶かせるんですが、基本的にステンレスは溶かせないんですよ。でも、濃度を上げてしまうと、ステンレスのシンクが壊れてしまうことがあるそうです」
「へえ……。でも、硫酸ってことは、危険な物質なんですよね」
椿の質問に越川刑事は頷いた。
「ええ。金属も解かせる物質ですし、肌に触れてしまうとひどいと大火傷して、命にかかわることもありますから」
俺はこのやり取りをメモ帳に必死にメモしていた。
希硫酸……鉄を溶かす……ステンレスは溶かせない……。
メモを取りながらも、俺は頭を働かせて推理のパズルを組み立てていた。
たぶん凶器は希硫酸で解かせる刃物なんだろう。
あれ、なら、なんでこのシンクは穴が開いてるんだ? ステンレスは希硫酸に耐性があるというが、刑事さんの言うように濃度が高かったのだろうか。
まさか、殺害された桐原さんに使われた凶器を、またここで処分したのだろうか。だとしたら、これは重大なミスだ。いったいなんでこんなミスを……?
その後、越川刑事は鑑識さんにお願いしてこのシンクの周辺の血痕や、ステンレスが溶けた塊などの鑑定をお願いしていた。
後から堂宮刑事が話していたが、越川刑事は常盤署に入って二年目のまだ若い女性刑事で、多少おっちょこちょいなところはあるが、頭がよく、切れ者なのだという。
俺たち三人は厨房の前で、越川刑事と対面していた。
「神原さん、金谷さん、捜査へのご協力、ありがとうございました。鑑定には少し時間がかかりますので、しばらくあちらの控室でお待ちください。私はこのことを堂宮に伝えてきますので」
「わかりました。なるべくお力添えになるよう、ご協力いたします」
椿が頭を下げる。俺も、紅葉ちゃんも椿に倣ってお礼の意を込め、頭を下げた。
ちょうど厨房に堂宮刑事の部下の警官がやってきた。
「あ、探偵事務所の皆さん、現場の確認を終わったんですね。堂宮刑事が、桐原氏とのことでお話をお伺いしたいと」
「梔子家の皆さんの事情聴取が終わったんですか?」
椿の質問に、部下の警官は首を縦に振った。
「こちらです、どうぞ」
***
取り調べは誕生会で使われた別の控室が使われた。
堂宮刑事からの事情聴取はそこまで時間がかからなかった。俺たちは事件の直前、桐原さんから聞き取った内容と、その時の桐原さんの態度などを改めて説明した。
桐原さんは萌夫人が殺害される直前、綾乃さんと話をしていたことがわかっている。彼もいなくなった隼人を捜索していた。一方、桐原さんは表面上梔子一家を気に掛ける言動をしていたが、長男の隼人《はやと》には子供の姿になってしまったのは“自業自得”だと言っていた。
情報提供を行うと、現時点での俺たちの考えを椿が代表して、堂宮刑事に述べた。
「隼人さんをけなしていたことは気にかかりますが……正直それだけで殺されるほど憎まれていたようには思えないんですよね。私も、なんで桐原さんが殺害されたのか、皆目見当もつきません」
俺も同意見だった。
特に隼人は桐原さんを恩人のように感じていた。母親から叱責されるたびに、自室にこもってしまった隼人を慰めてくれたのだという。
堂宮刑事はふむ、と一つ頷くと口を開いた。
「情報提供ありがとう」
俺は静かに手を上げた。
警察への質問は捜査妨害にならないよう、慎重にしないといけないが、俺には聞きたいことがあった。
「刑事さん、ひとつ質問してもいいですか。今回の犯人は、外部犯が実行した、ということはないですか? 答えられる範囲でお願いします」
俺の質問に刑事さんは首を横に振った。
「いや、防犯カメラを解析したところ玄関や裏口などからの出入りはなかったし、その痕跡もなかったよ」
「容疑者はあくまでも、梔子家の人々というお考えなんですね」
堂宮刑事は一つ頷いた。
「職務上、こちらから君たちに捜査情報の詳細を話すわけにはいかないが……考えてみてほしいことがある。人間は複数の矛盾する感情や、思いを持っているのが普通だ。梔子家の子供たちは、みな母親にいい思いを持っていなかった。桐原さんは子供たちを気にかけていると言っていたが、そんな彼が殺害されたんだ」
「……桐原さんの表面上の態度に隠された素顔があるとお考えなんですか?」
俺の考えに堂宮刑事はそうだと答えた。
「梔子家からの事情聴取でも、そのような証言から推測すると、桐原さんもあの二人からの印象は特段よくないようだ」
二人、というのは大体予想がついた。
堂宮刑事は話を続けた。
「桐原さんがどんな感じで子供たちに接していたか、調べる必要があると思うんだ。それともう一つ」
刑事は人差し指を立てて、その続きを話した。
「長男の隼人が、ほとんど黙秘を貫いているんだ」
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