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第3章 魔王を倒した
第75話 和解
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一方、同じ頃椿と紅葉は無事に依頼人との打ち合わせを終えると、事務所への帰路についていた。昼からはリツと合流して、今日の依頼の作戦会議が開かれる。
その前にこの時間帯になるとおなかがすいてくるのは、人間の本能なのだろう。
椿が運転する小型車フィートは事務所に向かっていた。
「さて、帰ったらお昼にしましょうか」
「お姉ちゃん頑張ったお弁当だよね。楽しみー」
妹の紅葉は、なぜかにやけながらルームミラーに顔を向けていた。
椿は思わず口元を尖らせた。
「な、何よ……私がんばったんだからね」
「だから昨日の夜、台所に電気がついてたんだ」
「そろそろ一人で作れるとこ証明しなきゃ、姉として、1人の女として失格じゃない」
「へえ……誰に食べさせるの?」
「そ、それは……」
椿の身体がなぜか熱くなる。彼女は脳に浮かぶあいつの顔を必死で振り払った。あいつのためじゃない、あいつのためじゃない!「
「も、もちろん、紅葉のため!」
「なんでそこ強調するのかなあ……」
首をかしげて不思議そうにする紅葉。椿は言葉に詰まってしまった。
「それは……どうでもいいじゃない! もう大人なんだから、自活できるようにしないと」
「そだねー。今は男の人も料理作る家庭的な人も多いから、気にしなくてもいいかもね」
「……」
とにもかくにも、椿が運転する小型車フィートは、探偵事務所があるアパートへと向かうのであった。
***
アパートの駐車場に車を停めると、椿と紅葉は車外に出た。
しかし、外のアスファルトを踏みしめた直後、椿はその場に立ちすくんだ。紅葉は見たくないものを見たのか、すぐさま車に乗り込んだ。
「……なんで、父さんがいるのよ」
椿はそいつを見ながら、ぼそりと言った。
そいつは姉妹の父、神原柳。姉妹二人にとって常に毒を持って接してくる最悪な親だった。
「何故かって? 仕事ぶりを見に来たのだ。親が子の仕事を見学するのは、悪いことか?」
「見学を許可した覚えはないんだけど」
椿は顔をしかめたまま、きっぱりと父親に言い放った。
「用がないなら、帰ってくれない?」
父親はふっと目を閉じて、まるで呆れるように笑った。
「なら、帰る義理はない。わしはお前たちに用があってきたのだ」
「探偵辞めろってこと? その要求には応じないわ。前々から何度も同じこと言わせないでよ」
椿が言い返すが、父親は表情一つ変えなかった。それどころか、余裕な笑みを浮かべている。
「その話ならここに来る必要はないであろう。電話で十分だ。逆にわしはお前たちには期待してるのだ」
「……」
椿は何も言わなかったが、これは相手の出方を伺うためだ。この男は頭が切れる。どんな手を使って、椿や紅葉を揺さぶってくるかわからない。
そして、柳の口からある言葉が放たれた。
「今回の事件、無事に解決に導いたそうであるな」
「……そうね。ほとんどはリツのおかげだけど」
「テレビで言っておったな……依頼人は殺されてしまったようだが、そこは重要ではない」
「何なの?」
椿の言葉を受けると、柳は椿の後ろの車にいる紅葉に目をやった。紅葉は反射的に顔をひっこめた。
「紅葉の姿を、元に戻してやってほしい」
父親の意外な言葉に椿は言葉をのどに詰まらせた。
「は?」
「紅葉を助けてやってくれと言っとるのだ」
「……」
椿は戸惑いを隠せなかったが、一呼吸置くと口を開けた。
こいつの心理を考えると絶対裏に何かを企んでいるに違いない。
「今から雪が降るのかしらね。夏も近いのに」
「おいおい、何を言っておるのだ」
「つい最近まで紅葉にあれだけひどいことをしておいて、何の風の吹き回しなのよ。こっちこそ、聞きたいわ」
父親はあきれて両手を上げた。
「わしが言っていることは本当だ。事件を解決した、その実績を評価して、お前たちに頼んでいるのだ。娘を救えるのは、お前たちだけだ」
「……」
俄かには信じることはできない。この男に椿達は散々な目に遭わされてきた。本気で紅葉のことを心配しているのか……。
だが、あいつの心理はともかく、椿たちが紅葉をもとの姿に戻すため、 “人生をやり直せる薬” の謎を追っていることに違いはない。
だから、受け入れる余地はある。しかし、釘を刺す必要もある。
「父さんの話、全然信用できないけど、考えてることはわかるわ。父さんのお願い、受け入れてあげる」
「さすが探偵をやるだけはある。金はとるのか?」
椿はむっとした。金をとるかって……、探偵に依頼したと考えているのだろうか。そんなのどうでもいい。
「いらないわよ。これは、私たちの問題でもあるから。でも、条件を付けます。紅葉が元の姿に戻るまで、私たちには近づかないこと。連絡も寄こさないこと。進捗は私が連絡を入れるから」
「……ほう。やはりそうか」
父親は目を閉じてため息をつく。
しかし、その表情はどこか安堵した様子であった。
「ここに金谷君がおればよかったのに。一言伝えたかった」
「今度はリツにケチをつける気?」
怪訝そうな椿の発言に、柳は首を横に振った。
「むしろ、お前たちや金谷君には、申し訳ないことをしたと思っておる。わしは、確かに神原家の家としての誇りに固執しておった。今も神社の存続や名家としての誇りは持っている。だが、足元を見ていなかったのも事実だ。その事実を、金谷君は気づかせてくれた」
リツから批判されても、柳は自分の考えを変えたわけではなかった。椿はあんな生意気な若者とつるんでいるのか、それとも椿が吹き込んだのか、といい気は持っていなかった。
しかし、事件から二週間後、神社に来客があった。それは、梔子財閥の会長であった喜之助氏だった。喜之助氏が自ら訪問することは非常に珍しく、柳は心底驚いたという。
喜之助氏から伝えられたのは、正式に、椿と隼人の婚約は解消してほしいという申し出であった。
事件の顛末も喜之助氏からきいた父親は、もしかしたら自分はリツが言うように、娘たちに自分の都合を押し付けていたのではないか、とこの一カ月、四六時中考えていたという。
椿に紅葉のことを依頼したのも、本当に娘を気遣ってからの思いからだと話していた。
「神社の事とか、家の事とか、今は拘っている状況ではないと思っている。同じ血を分けた家族の、一大事だと考えておる。改めて、謝らせてくれ。申し訳なかった」
頭を下げている父親。なぜか、父親が小さく見える。
紅葉ちゃんも状況がいつもと違うからか、車の外に出てきた。
椿は半信半疑でいたものの、その表情は徐々に緩くなっていった。
「そう……わかった。すぐには信じられないけど……話は分かるようね」
「いい、のか?」
「とりあえず和解ね。根本的な解決は難しいけど、いつまでもいがみ合っていても前に進めるわけじゃないから」
そういうと椿は父親におそらく、生まれて初めて父親に見せるであろう笑顔を見せた。
父親もそれに呼応するように笑った。
「礼を言うぞ、椿」
(「第3章 魔王を倒した」 END)
その前にこの時間帯になるとおなかがすいてくるのは、人間の本能なのだろう。
椿が運転する小型車フィートは事務所に向かっていた。
「さて、帰ったらお昼にしましょうか」
「お姉ちゃん頑張ったお弁当だよね。楽しみー」
妹の紅葉は、なぜかにやけながらルームミラーに顔を向けていた。
椿は思わず口元を尖らせた。
「な、何よ……私がんばったんだからね」
「だから昨日の夜、台所に電気がついてたんだ」
「そろそろ一人で作れるとこ証明しなきゃ、姉として、1人の女として失格じゃない」
「へえ……誰に食べさせるの?」
「そ、それは……」
椿の身体がなぜか熱くなる。彼女は脳に浮かぶあいつの顔を必死で振り払った。あいつのためじゃない、あいつのためじゃない!「
「も、もちろん、紅葉のため!」
「なんでそこ強調するのかなあ……」
首をかしげて不思議そうにする紅葉。椿は言葉に詰まってしまった。
「それは……どうでもいいじゃない! もう大人なんだから、自活できるようにしないと」
「そだねー。今は男の人も料理作る家庭的な人も多いから、気にしなくてもいいかもね」
「……」
とにもかくにも、椿が運転する小型車フィートは、探偵事務所があるアパートへと向かうのであった。
***
アパートの駐車場に車を停めると、椿と紅葉は車外に出た。
しかし、外のアスファルトを踏みしめた直後、椿はその場に立ちすくんだ。紅葉は見たくないものを見たのか、すぐさま車に乗り込んだ。
「……なんで、父さんがいるのよ」
椿はそいつを見ながら、ぼそりと言った。
そいつは姉妹の父、神原柳。姉妹二人にとって常に毒を持って接してくる最悪な親だった。
「何故かって? 仕事ぶりを見に来たのだ。親が子の仕事を見学するのは、悪いことか?」
「見学を許可した覚えはないんだけど」
椿は顔をしかめたまま、きっぱりと父親に言い放った。
「用がないなら、帰ってくれない?」
父親はふっと目を閉じて、まるで呆れるように笑った。
「なら、帰る義理はない。わしはお前たちに用があってきたのだ」
「探偵辞めろってこと? その要求には応じないわ。前々から何度も同じこと言わせないでよ」
椿が言い返すが、父親は表情一つ変えなかった。それどころか、余裕な笑みを浮かべている。
「その話ならここに来る必要はないであろう。電話で十分だ。逆にわしはお前たちには期待してるのだ」
「……」
椿は何も言わなかったが、これは相手の出方を伺うためだ。この男は頭が切れる。どんな手を使って、椿や紅葉を揺さぶってくるかわからない。
そして、柳の口からある言葉が放たれた。
「今回の事件、無事に解決に導いたそうであるな」
「……そうね。ほとんどはリツのおかげだけど」
「テレビで言っておったな……依頼人は殺されてしまったようだが、そこは重要ではない」
「何なの?」
椿の言葉を受けると、柳は椿の後ろの車にいる紅葉に目をやった。紅葉は反射的に顔をひっこめた。
「紅葉の姿を、元に戻してやってほしい」
父親の意外な言葉に椿は言葉をのどに詰まらせた。
「は?」
「紅葉を助けてやってくれと言っとるのだ」
「……」
椿は戸惑いを隠せなかったが、一呼吸置くと口を開けた。
こいつの心理を考えると絶対裏に何かを企んでいるに違いない。
「今から雪が降るのかしらね。夏も近いのに」
「おいおい、何を言っておるのだ」
「つい最近まで紅葉にあれだけひどいことをしておいて、何の風の吹き回しなのよ。こっちこそ、聞きたいわ」
父親はあきれて両手を上げた。
「わしが言っていることは本当だ。事件を解決した、その実績を評価して、お前たちに頼んでいるのだ。娘を救えるのは、お前たちだけだ」
「……」
俄かには信じることはできない。この男に椿達は散々な目に遭わされてきた。本気で紅葉のことを心配しているのか……。
だが、あいつの心理はともかく、椿たちが紅葉をもとの姿に戻すため、 “人生をやり直せる薬” の謎を追っていることに違いはない。
だから、受け入れる余地はある。しかし、釘を刺す必要もある。
「父さんの話、全然信用できないけど、考えてることはわかるわ。父さんのお願い、受け入れてあげる」
「さすが探偵をやるだけはある。金はとるのか?」
椿はむっとした。金をとるかって……、探偵に依頼したと考えているのだろうか。そんなのどうでもいい。
「いらないわよ。これは、私たちの問題でもあるから。でも、条件を付けます。紅葉が元の姿に戻るまで、私たちには近づかないこと。連絡も寄こさないこと。進捗は私が連絡を入れるから」
「……ほう。やはりそうか」
父親は目を閉じてため息をつく。
しかし、その表情はどこか安堵した様子であった。
「ここに金谷君がおればよかったのに。一言伝えたかった」
「今度はリツにケチをつける気?」
怪訝そうな椿の発言に、柳は首を横に振った。
「むしろ、お前たちや金谷君には、申し訳ないことをしたと思っておる。わしは、確かに神原家の家としての誇りに固執しておった。今も神社の存続や名家としての誇りは持っている。だが、足元を見ていなかったのも事実だ。その事実を、金谷君は気づかせてくれた」
リツから批判されても、柳は自分の考えを変えたわけではなかった。椿はあんな生意気な若者とつるんでいるのか、それとも椿が吹き込んだのか、といい気は持っていなかった。
しかし、事件から二週間後、神社に来客があった。それは、梔子財閥の会長であった喜之助氏だった。喜之助氏が自ら訪問することは非常に珍しく、柳は心底驚いたという。
喜之助氏から伝えられたのは、正式に、椿と隼人の婚約は解消してほしいという申し出であった。
事件の顛末も喜之助氏からきいた父親は、もしかしたら自分はリツが言うように、娘たちに自分の都合を押し付けていたのではないか、とこの一カ月、四六時中考えていたという。
椿に紅葉のことを依頼したのも、本当に娘を気遣ってからの思いからだと話していた。
「神社の事とか、家の事とか、今は拘っている状況ではないと思っている。同じ血を分けた家族の、一大事だと考えておる。改めて、謝らせてくれ。申し訳なかった」
頭を下げている父親。なぜか、父親が小さく見える。
紅葉ちゃんも状況がいつもと違うからか、車の外に出てきた。
椿は半信半疑でいたものの、その表情は徐々に緩くなっていった。
「そう……わかった。すぐには信じられないけど……話は分かるようね」
「いい、のか?」
「とりあえず和解ね。根本的な解決は難しいけど、いつまでもいがみ合っていても前に進めるわけじゃないから」
そういうと椿は父親におそらく、生まれて初めて父親に見せるであろう笑顔を見せた。
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