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第15話 特訓とは我慢とつっこみの連続である!!

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 黒川さんと別れた後、僕は瀧崎さんに言われたトレーニング場所に来た。
 ここは完全にスタジオの造りになっていて、これから深夜のクイズ番組でもやるかのような、簡易的なセットが組まれていた。
 司会者席が1つ、パネラー席が2つ用意されている。
 司会者席には、瀧崎 太郎丸と書かれたネームプレートが置かれていて、パネラー席には、僕の名前とスペシャルゲスト(ナイスバディ)と書かれたネームプレートが置かれていた。
 軽く上を見上げると、番組のタイトルなのか『瀧崎 太郎丸の養命酒で乾杯!』とコミカルな文字で、デカデカと書かれていた。
 僕は不安になりながら、とりあえず自分の名前が書かれた席に座り、ナイスバディな相棒バディが来るまで待っていた。
 待つ事数分、スタジオの照明が急に暗くなり、中央にある登場用の扉の所にスポットライトが当たる。

「レディース、エーン、レディース!」

 女ばっかりやんけ!

「今週もお待ちかねの、この時間がやってきました!『瀧崎 太郎丸の養命酒で乾杯!』司会は私、一ノ条様に7800円の借金をしている事で有名な、瀧崎 太郎丸がお送り致します!」

 その情報いらないです……
 っていうか、その微妙な金額は何に使ったのか気になる……

「では、本日のパネラー陣を紹介致します! まずはこの人、召し使い界の奴隷とも言われ、いじられる事に人生の全てを注いできた男! 柳町 新右衛門君!!」
「注いでないです!!」
「どうですか最近?」
「どうですかじゃないですよ! つっこみたい所が一杯あり過ぎて困ってるんですけど、何で瀧崎さん、喋り方まで変わってるんですか!」
「何の事ですか? これが普段の喋り方ですよ」
「そうなんですか!?(じゃ、さっきまでの喋り方が作ってたって事?) それにこれって、テレビ番組の収録じゃないんですか?」
「勿論そうですよ。毎週火曜日の深夜にテレビ埼玉でやっているのに、ナギマチさんは見てないんですか?」
「見てないですよ!!」
「では続きまして、スペシャルゲストを紹介します!」
「あっさりし過ぎ!! もう少し絡んでくれても良いと思いますよ!!」
「本日のゲストはこの方!! 腹の中より見た目を黒くしたい事で有名な、世界一万引きをしない女性!『浪花のブラックダイヤモンド』さんです!!」
「名前なのか肩書きなのか良く分からん!!」

 名前を呼ばれて登場したその人は、テッカテカに光った黒の全身タイツを身に纏い、昭和の銀行強盗が被るような目と口の所だけに穴が空いたモフモフしたマスクをしていた。
 ピチッとした全身タイツで、体のラインがしっかり分かるその人は、明らかに柊 京子先生その人だった。
 自慢出来る事ではないが、2年間舐めるように全身を見てきた僕には分かる! 間違いない! あれは何処からどう見ても京子先生だ!!

「ちなみに浪花さんは、一切喋りませんのでご注意下さい」

 浪花さんって呼ぶんかい!!
 それに喋らないんだったら、口元も隠した方が良いんじゃないの!?

「では浪花さんはパネラー席の方にお座り下さい」

 そう言われた浪花さんは(※中身はおそらく京子先生だけど、分かりにくくなるので、このくだりは浪花さんで統一します)スペシャルゲストと書かれた席に座ろうとしていたが、何故かその時に、座っている僕の席を後ろに引き、僕と僕のパネラー席の間に隙間を作り、その隙間をカニ歩きをするように無理矢理通りすぎながらスペシャルゲスト席についた。

 


 何故わざわざ僕の前を通る! と思ったが、彼女の胸が僕の顔に触れそうになるその密着感は嫌ではなかった。

「では皆さん揃いましたので、まずはお手元のグラスをお持ち下さい!」

 パネラー席を良く見ると、何の飲み物か分からない物が入っているグラスが置かれていた。
 何だか良く分からないが、僕はとりあえず言われた通りにグラスを持ってみた。

「これから始まる地獄の時間をエンジョイする為に、皆さんで景気をつけましょう!! では行きましょう!!『瀧崎 太郎丸の養命酒で乾杯!』」

 瀧崎さんも浪花さんも毎回恒例かのような感じで乾杯をし、2人とも一気にグラスを飲み干した。
 軽く匂いを嗅いでみたが、グラスの飲み物はどうやら養命酒のようだった。流れ的に飲まなくてはいけないと思いながら無理矢理飲んでみたが、度数が高かったせいか喉元を過ぎた辺りで体が焼けるように熱くなった。

「ナギマチさん。分かっていると思いますが、つっこみもトレーニングの一環なので、ボケだと感じた瞬間に、早く! 的確に! そしてしっかり声に出してつっこんで下さい!」

「は……はい。分かりました」

 なんか腑に落ちなかった……

「では宴もたけなわになりますが……」
「………」

 その瞬間、僕は瀧崎さんと浪花さんに物凄い形相で睨まれた!!

「ま……まだ、始まったばかりですよ!」

 冷や汗が止まらなかった。

 その鋭い眼光は「次は無いぞ!!」というプレッシャーがもの凄く、次にまともなつっこみをしなかったら殺されると感じるほどの威圧感を見せつけられ、バカな事をやっているようでも命懸けのトレーニングなんだと改めて思い知らさせられた。
 テレビだからぶち殺さないだけで、本当だったら『お腹を壊したゾウの肛門にお前の頭をつっこんで、ローラーのついた三角木馬に乗せながらサバンナを走り回すぞ!』と、浪花さんの顔には書かれていた。

「では早速ですが、最初のコーナーに参りましょう! 最初のコーナーは勿論これ!『しりとり~!!』」
「しりとりか~い!!!」

 僕は全身全霊を込めてつっこんだ。

「お茶の間の子供達に大人気のこのコーナー。勿論、ただのしりとりではございません!」
「瀧崎さん! これ深夜放送ですよね!? 子供達見てない! 見てない! いや、一周して起きてるかも知れないけど、十中八九寝てますよ!」
「寝る子は育つ!」
「いや、意味分かんないです! それに、ただのしりとりじゃないってどういう事ですか!?」

 僕は頑張って番組を盛り上げながら、上手く進行出来るように誘導した。

「そう! 今回のこのしりとりは『この世に存在しないもの』でしりとりをやってもらいます!
 そして勝った人には0.1ポイントが与えられるので、皆で頑張っていきましょう!!」
「刻むな! 刻むな! 分かりやすく1ポイントとか10ポイントにしましょうよ!」
「ちなみに今回の戦いはナギマチさんと浪花さんのタイマン勝負なので、何勝したかで勝敗が決まります。よって、Tポイントは全く関係ありません」
「Tポイントなの!? もらえるのTポイントなの!?」

 ガヤも客も居ないこのスタジオでは、僕がつっこみとリアクションで盛り上げないと、すぐに葬式のような空気になってしまう……
 その葬式が僕の葬式にならないように、死ぬ気で頑張らねば……

「では、ここで一旦CMです」
「行く~!? このタイミングでCM行く~!?」
「はい! ではCMが明けたので、改めて最初のコーナーを説明します」
「編集点!? 今のが編集点なの!? 何か、流れが巧み過ぎて良く分かんなかったんですけど!」
「最初のコーナーは勿論このコーナー!!『しりとり~!』」
「でしょうね!!」
「でもこれはただのしりとりじゃございません! 『この世に存在しないもの』でしりとりをやってもらいます!」
「そのくだり、もう一回やります!? ポイント制だとか、もらえるのがTポイントだとかは、はしょって良いと思うんですけど! っていうか、なかなかしりとり始まりませんけど、助走が長過ぎませんか!?」
【前フリと歯茎は長い方が良い】
「嫌ですよ、歯茎長いのは!! いや、歯茎長い人スミマセンでした……。っていうか、浪花さんはフリップで受け答えするんですね!」
【では、最初の文字は「ね」からね】
「そっから取った!? 何でそっから取った!? 言葉の万引き凄いな!! ま……まぁ良いですけど、ちょっと最初は要領が分からないんで、浪花さんから始めてもらって良いですか?」

 浪花さんは「全くしょうがない子ねぇ」と言わんばかりの顔で頷き、最初の言葉を考え始めた。

「それでは、浪花さんの寛大なお心遣いにあずかりまして、先行は浪花さんという事でしりとりを始めましょう! 最初の文字は「ね」です。浪花さん! 「ね」から始まる言葉で、この世に存在しないものをお願いします!」
【寝ない赤ちゃん】
「確かに無い! お目めパッチリ開けたまんまの赤ちゃんが居たら怖い! しかし考え過ぎたせいか「ん」が付いてしまったので、この勝負は浪花さんの負けです!」
「一人相撲!! 完全に一人相撲じゃないですか!!」

 浪花さんは「やってもうた~!」と言わんばかりのうな垂れ具合だった。どこまでが計算なのか分からないが、浪花さんは涙を流しながら悔しがっていた。

「では、次のコーナーに参りましょう!」
「もう終わり!? 僕、何もやってないんで、もうちょっとやりとりしましょうよ!」
【やりとりじゃなくて、しりとりよ】
「いや、そうなんですけど、しりとりのやりとりをしたいと言う事で……」
【私は、あげ足とりだったの?】
「そこは上手い事言わないで良いと思います……」

 わざわざフリップに書いてまで言う事ではない!!

「分かりました! ナギマチさんの言いがかりにより、もう一度やり直しましょう!」
「言いがかりじゃないです! どちらかというと僕が勝ったんで僕が歩み寄ったんですけど!!」
「では次は「ど」ですね」
「そこの語尾取る!? あんたら言葉の窃盗団か!」
「では仕切り直して、ナギマチさん! 「ど」から参りましょう!」

 ど…………ど…………ど…………全然思い浮かばない……
 多分、何でも良いんだろうけど、どこかで面白い事を言わなければいけないという強迫観念が凄くて、頭が真っ白になってしまう……

「残り時間は後10秒です」

 10秒!!
 ど……ど……ど……

「え~と……ど……ど……ど……」 
「残り3、2、1…………」
「ど……ど……ど……土曜日に仕事!!」

  …………辺りが静まりかえった……

 分かってはいる…………。土曜日に仕事をしている人など山ほど居る事は……
 しかし何も出て来なかった……
 この世に「ど」のつく言葉など1つも無いかのように、何にも思い浮かばなかったのです……

「なかなかしりとりになりませんね~。一応、これで1勝1敗になったので、このコーナーは急遽ですが、先に3勝した方の勝ちとします! よろしいですね!」
「分かりました!」

 断る理由は何もない! この番組で勝つとどうなるのか良く分からんが、僕はとにかく必死だ! 今、この瞬間を必死に生きるのだ!!

「では次はナギマチさんの続きで「と」から始めましょう! 浪花さん、この世に存在しないものを「と」からお願いします」
【途中で諦める安西先◯】
「確かにない! 安西◯生が「こんなん、ぜってー勝てねーよ」とか言ってたら、三◯君はロン毛で前歯折れたまんまですからね。ただ題材が古い! スラムダ◯クは名作ではありますが、今の子達は分からないんじゃないですかね~。まぁ、とりあえずセーフなので、続いてナギマチさん「い」からいきましょう!」

 よし! さっきよりは少し落ち着いてきたぞ!
 い……い……い………

「居留守を使うサンシャイ◯池崎!」
「確かに、あのテンションの芸風で居留守を使っていたら悲しいですけど、実際やっていると思うので、今回はアウト~!」

 しまった~! ちょっと面白いと思うラインで考えたら、微妙な所に行ってしまった~!!

「さぁここで、浪花さんにリーチがかかりました! 次に浪花さんが勝てば勝負が決まり、優勝賞金300万円を手にする事になります!」
「ちょっと待って! 今の流れで、そんな説明ありました!?」
「失礼しました。先ほど急遽変更がありまして、時間が押している為に今日の放送は、このしりとりのみとなってしまいました。それによって番組最後の優勝者に贈られる賞金を、この勝負の勝者に変更致しました!」
「まぁそれは良いとしても、深夜の番組で300万円なんて賞金出せるんですか!?」
「勿論、敗者からの贈呈になります」
「ちょっと! 聞いてないですよ!!」
「ダチョウ倶◯部ですか?」
「いや! こんな所でそんな小ボケ入れないですよ! そもそもそんな大金持ってないし!」
【またお金の話なの?】
「いや! これ大事な所でしょ!?」
「子供達もたくさん見ているんで、もうお金の話はやめましょう」
【そうよ。汚い顔でお金の話はやめましょうよ】
「汚いお金の話じゃないんですか!? もしそうだとしても、顔を汚いというのはやめて下さい! 流石の僕も心が折れる!!」
「では汚い顔のナギマチさんの最後の文字「き」から参りましょう!」
「さらっと汚い顔って言うな!!」
「浪花さん! 「き」から始まる言葉で、この世に存在しないものをお願いします!」
【綺麗な顔の柳町 新右衛門】
「心が複雑骨折するわ~!!」
「確かに無いです! どんなに整形しても、ナギマチさんの顔が綺麗になる事はありえません!! 受験してないのに合格するくらいありえません!!」
「どんな例えだよ!!」
「しかし、やっぱり最後に「ん」が付いてしまったので、ナギマチさんの勝ちです! これでお互い2勝になりましたので、次の勝者が賞金500万円を手にする事になります!」
「値上がりすんな!! ただの借金地獄になる!!」
「ナギマチさん。でも良く考えてみて下さい。もし次の勝負に勝てれば億万長者ですよ!」
「いや! 億万長者ではないでしょ! 確かに500万円はデカイけど………」
「ナギマチさん、どうしますか? このまま続けますか?」
【残りの10分は生放送だから、今なら放送禁止用語を言って、番組を打ち切りに出来るわよ】
「どんな番組ですか!? 残りの10分だけ生放送ってあまり聞いた事無いんですけど!?」
【どうでも良いけど、早く放送禁止用語を言いなさい】
「どうでも良いって事は無いでしょ!! 僕を一体どうしたいんですか!!」

 目の前にいるADが「残り放送時間9分」というカンペを出した。

 9分……
 500万円の借金をするか、億万長者……いや、500万円の賞金を貰えるか、かなりの賭けになるが迷っている時間は無い!

「続けましょう!! 次の勝負で決着をつけます!!」

 僕は命を懸けて、この場に挑んでいる! お金の事は確かにデカイが、今後、命のやりとりをする戦いを生き抜いて行かなければいけない事を考えると、こんな所で尻込みしている場合ではない! こういう場数を踏む事もメンタル的に強くなる為には必須だ! この戦いを乗り越えて僕はもっと強くなる! そして大事な人を守れる強さを手に入れるんだ!!

「では来週もこの時間にお会い致しましょう! さよなら~」
「長かった!? 僕の心理描写そんなに長かったですか!? 9分もかかってないと思うんですけど!?」
【楽しい時っていうのは 、時間が経つのが早いものよ】

 正直、そこまで楽しい時間ではなかったけどなぁ……

 急にカットアウトして終わった番組は、何の余韻も残さず、驚くほど早い撤収作業で1つ残らず片付けられた。
 僕と瀧崎さんと浪花さんはポツンとスタジオに取り残され、バミューダトライアングルが発動したのかと思うほど、周りは何も無くなって静まり返っていた。

 


 そしてこのタイミングで、浪花さんが衝撃発言をする。

【今日は5本撮りだから覚悟しておいてね】

 マ……マジか…………

「ちょっとトイレに行って来ます」

 8本撮りの『いろは◯千鳥』に比べれば大した事ではないと思いつつも、僕は心を落ち着かせる為に一旦トイレに逃げ込んだ。
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