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覚悟することが正解ではない
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「やっぱりステータス出てこないの傷心魔術の後遺症かな……自己否定ね」
何度試しても、何度やってみてもステータスは目の前に現れてくれない。道具を使ってもダメ、見えない元の状態に戻ったといえ……やっぱり使えないと自分の訓練の指針を立てにくいから、なんとかしたいところなのだけれど……。
暗い森の中で火魔術の小さな火種を使って、あれやこれやと見られたくない修行をこなす。その中に傷心魔術も含まれて居たが、幼少期より格段に威力が下がっているし、その分ほぼ代償はない。いつの間にか実践では使い物になるとは到底言えない威力になっている傷心魔術に思わず、両手で頭を掻いて唸りを上げる。
(わかっちゃ居たけど……。どれだけ傷付こうが時間には勝てないってのは)
フラッシュバック、ストレス障害、実際にそれに悩まされていた自分はまだマシな部類で、時間でどうにかなるタイプだ。今はソレが皮肉にも恨めしく感じる。けれどコッチは生きる為に必要なのだこの心の傷も全て、癒える事で自分の切り札が一つ減るという問題は焦りを生じさせる。
(ダメだ、切り替えよう。そもそも傷を切り札にすること自体が間違いだった。手段にしよう……グラスも、私は一つに特化するよりも手広く手段を増やすほうがいい、そう言ってたし)
森の中で剣を振りながら考える。回復薬も魔力があれば毎日作って、魔法障壁を自動で作る予備の装備も、私の今着ている服も、魔力が許す限りの色々な効果を付けてみた、けれども足りない。具現化を遠隔で行うことも、素早く瞬時に行うこともできるようになった。それでも足りない……何が足りない?
(私は生きる為に何をすればいい。何をやればいい)
わざわざ暗闇で修行している意味が無いから、火魔術の火種を消してわざと暗闇の中で剣を振る。前も後ろも月が雲隠れすればわからぬほどの真っ暗闇の中で、ひたすらに剣を振り続ける。暗闇の中で魔物の足音が聞こえるし気配もするが、構わず振り続ける。
【アナタ スキル ハ ソレガ デキル ノ デス】
「……ッッ!!!」
傷、あった、今見つけた。
けれど、目を向けては認識してはいけない。自覚することはしてはいけない。私はソレに向き合う心はない。バクバクと音を立てて心臓が激しく脈打ち、剣を振る力の重心が心の乱れと共に大幅にブレ、振り下ろした際に刃の切っ先が地面を擦る。フラッシュバック、あのとき見た夢の恐怖がわかりやすく手を震わせる。ガタガタと刃が鳴り響いく、自身の歯もカチカチと地面に触れている刃と共に暗い森に音を鳴らす。
(こうなるから……誰にも見られなく無い)
何をすれば、何をやれば、その答えはわかっているのに取ってはいけない選択がずっと、影のように自分の思考にへばりついてゆく。神が居たら私は呪う、恨む、儚む。なんで私なんかにこんな力を渡した。なんで私なんかにこんな……こんな危ない力を渡した。
(けど、これが無ければグラスに会えなかった。助けられる人を助けられなかった)
感情と理論が堂々巡りする。その選択は絶対にしてはいけない……何があっても私は。わざと目を向けるのを止めて剣をまた振り続ける。心の乱れがそのまま現れているように重心がブレブレ、軌道もブレて誤って身を切ってしまいそうなほど危ない振り方になってしまっている。
ダメだこれは、そう悟って振るのを一旦やめてまた剣を下げる。生きる為の確実な手段が、必ず私を殺す。考えたくない、もっと別の手段を考えようと、静かな葉の囁きに心を落ち着けられながら考える。今の自分が考え得る全ての事をやった。道具も、武器も、道具も作った。手段も色々考えた……それで、アレ以外で私は何が足りない?
ーもし、殺す気で襲われたら、生きる為に殺せる? ー
「やっぱり、ベタだけどこれだよね……。物語で見るならば燃えて好きだけど、いざ自分! っとなると、なんでこんな厄介なんだろう」
日本の道徳では、まず話し合いなんて教えるだろうけれど、そんな悠長なことを言っている場合の世界じゃないんだ。覚悟はしていたけど、いざ人に殺す気で刃を向けるとなると。私が殺したらその人の家族は? 友人は? いろいろな思考が頭を邪魔してくる。自分の情けなさと心の弱さの悔しさをぶつけるアテは……やっぱり剣しかなくて、強く握りしめる。
どれくらい経ったのだろう、曇っていた空が晴れて綺麗な月が見える。位置からして相当時間が経っただろう。あの飲んべえ達も流石に寝てるだろう、そう思って今日は止めて帰ろうと家の位置に身体を向けると……。
「千鳥足でよくここまで来たねグラス。背負ってあげようか?」
「ええ、こんな遅い夜中まで家に帰らない子供を、酔いに犯された身体で迎えに行くのは大変でした。背負えるものなら背負って欲しいところです」
「酒臭いからヤダ」
酔いに犯された? そんだけ舌を回しといてよく言うわ。月明かりに照らされるその顔には酔いの赤みも、目の潤みもない、酒の香りが仄かに香る以外はまったくシラフと変わらないグラスが気配を殺してそこに居た。いつから見て居たのか? なんて聞きたくなるところだけど、見たら、最初にそのことに付いて聞いてくるはずなので聞いていないのだろう。心の中でほっとした。
「酒臭い」
ドロウ君はすでに寝ているようで家の中は暗かった。そのまま生活魔法でちゃっちゃと歯と汗を軽く処理をしてから寝ようとすると、同じく支度が終わったグラスが私の部屋に上がったかと思うと。よいしょと私を私のベットに引き釣りこんで自分もベットに入った。入ることはいいのだが……。
「酒臭い」
何度も言おう酒臭い。悪魔族の国の酒は確か美味しいけれど香りが強いと聞くが、確かに結構強い……居酒屋勤務したことがあるから、まあまあ酒の臭いは耐性あるが臭いもんは臭い。しつこく何度も潜り混んで来たグラスに言うと、根負けしたグラスがちゃっちゃと生活魔法で軽く消臭してくれた。酒の臭いが大分なくなったあたりから落ち着いて私も枕に頭を預けた。
「カリスティア」
「なに」
グラスが自ら私のベットに潜り混んでくるのは凄く珍しい。無いわけではないのだが、酒のおかげ? そんなのんきなことを考えて居たら。グラスが包むように抱きついてきた、夏場のおかげでグラスの身体はひんやりして冷たくて気持ちいい。そのまま目を瞑って寝ようとすると……ぽつりとグラスが言った。
「人の命を背負う必要はありません」
「そういう訳にはいかないでしょう」
珍しくその場で言わずにこの場で言うか。珍しいという気持ちとドキリと身体が強ばりじわりとした恐怖が混じり合う微妙な気持ち。それでもあのときみたいに動揺が少ないのは……やっぱりグラスの存在が私の中で大きいのだろう。そうして……こうして言う時はスッパリと言うグラスだから、一体どんなことがグラスの口からでるのやら……そんな事を考えて、心をざわめかせた。
「ええ、ですから……知ってください。戦いの場で殺す相手の事を思うこと、その甘さはただの侮辱です」
スッパリと私の悶々と恐怖していたことにメスを入れた。私の身体が固まる……あの場で言わなかったんじゃないっと頭の上から降り注ぐ声で思い知らされる。私を逃がさないで聞かせる為にこの場で言うんだと言うことが。固まって凍った私に容赦なく言葉が降り注ぐ。
「殺されて礼を言う者など居ません。妬み、恨み、呪われ、死に際からその親族に至るまで、死を望まれることもあるでしょう……。けれど、後悔して同情した所で殺した人間は帰っては来ません。
殺したのならば、恨まれようとも殺した事実を受け止め、一生その親族に、友人に、恨まれなさい。殺した者が殺された者に手向けるものなど、どれだけ欲してもありません。同情などもってのほかです」
聞きたくない。けれど、聞かねばならない。身体はわかりやすく逃げようと暴れるがそれをグラスの腕が取り押さえる。どれだけ経験しても平和な日本産まれ……。人の生き死にはこの世界では子供以下だというのが思い知らされる。そして……何だかんだ人を殺すことなく進めた幸運さも、思い知らされる。
「二度と元に戻らぬものは、償えなどしないのです」
生きる為という免罪符は通用しない。だって相手も同じことだから。私がもしグラスを殺されたとして、私みたいな心持ちの人間が殺したと悲痛な顔で、同情してくれたとしてどう思うだろう。
苦しい
そうなったら、私はお前のせいでと恨めなくなる。この苦しい行き場のない悲しみと憎しみが矛先を失って、無様に心に垂れ下がるだろう。同情するならばいっそのことその優しさで代わりに死んでくれと、心の中で泣き叫ぶだろう。それぞれの事情があることを嫌でもトドメとばかりに突きつけられて……。なんと残酷だろうか。
「できない……よ」
ボタボタと逃がさぬとばかりに拘束するグラスの腕の中で泣いて言った。言ってしまった。それこそ甘い選択だというのに、生き死にに関わるのならば否が応でも向き合わなければいけないのに。見ないようにしてたけど、やっとすこしずつ私なりの覚悟を決めようとしていたのに。グラスの言葉によって打ち砕かれた……いや。グラスは正しいことを言っただけ、私が勝手に砕けたのだ。
「できな、い……です。殺せ、殺せない。やだ、やりたくない。死にたくない、殺したくない、やだ、やだ、やだ!!!」
決壊したように、幼稚な言葉で泣き始めた。そんなことを言っても別に覚悟しないといけないのだから泣くだけ無駄。頭はそう思って居るのに心は嫌だと泣き叫ぶ、不釣り合いな解離が襲ってくる。覚悟しないといけないのに。
幼稚にやだやだと泣き叫び始める私をあやすように、力を緩めて落ち着けるように背中をさすりながら抱きしめてくれる。それでも、やだ、やだ、と泣き叫ぶ自分に腹が立つ。嫌なら自分が死ねばいいだろうと頭は良い、心は生きたいと言う。
「覚悟、しないと、いけないのに。ごめんな、さい」
過呼吸手前みたいですね。頭は冷静にこの状況を他人事のように言ってくる。落ち着け、落ち着いて覚悟を決めてくれっと。荒れる呼吸の中で言い聞かせていると、グラスが泣き叫ぶ私を優しい目で見て居た。一体グラスはどれだけ呆れているだろう、そう思って俯いて居たのに上を向いてしまった。悪いことをして泣きつく子供が母に許しを請うように、グラスの衣服を両手で握りしめて見てしまった。なのに、優しい目をしていて私は一瞬泣くことを忘れて見つめてしまった。
「覚悟しないでください」
「え?」
素っ頓狂な声が出た。覚悟しないでくださいっと言った瞬間にグラスの目に、カーテンの隙間の月明かりに当たる一粒の涙が流れたことに素っ頓狂な声を出してしまった。
「カリスティア、人の命を背負う必要はありません。覚悟などしなくていい、我慢などしなくていい、剣など持たなくていい、お願いですから……これ以上背負わないでください
身体が生きていても……心が死んでしまったらどうするのですかッッッ!!!」
グラスがボロボロとここまで決壊しながら泣くところを初めて見た。他でもない自分の為に、本当は剣など握って欲しくなかったこと、前線に居て欲しくなかったこと、戦って欲しくなったことを言ってくれた。氷帝と呼ばるようになった自分の力も完璧ではない。それを受け止めて……ずっと私の稽古をつけて居てくれたことを話してくれた。少しでも私の生存率を上げるための苦渋の決断として。
私は、自分のスキルが怖いこと、自分のステータスを怖くて見れないこと、改めて人を自分が生きる為に殺すという事が怖くて嫌なこと、それでも私は戦う術を知りたいことを。もう少しばかり……できるだけ頼るようにするということを話した。ここまで言わないと、無謀な未来への突撃を止めないことを謝罪すると「ほんとですよ」っと頭突きを貰った、痛い。
「私も……他人の為に生きてもいるって思っていいかな……」
「当たり前です。このまま私の為に生きてください」
あらかた腹の内を話したら、うとうと眠くなる。グラスも同じなようで、時々話しが途切れ途切れとなる。けれど私を撫でる手だけは休まることはなくて、私の方が我慢できずに目をつむる。
「おやすみ」
寝る前にそれだけは告げた。
・
・
「おーい朝飯……」
起こそうとドアを開けると、安らかに眠る二人が見えて、俺は静かに見なかったことにして扉を閉めた。
何度試しても、何度やってみてもステータスは目の前に現れてくれない。道具を使ってもダメ、見えない元の状態に戻ったといえ……やっぱり使えないと自分の訓練の指針を立てにくいから、なんとかしたいところなのだけれど……。
暗い森の中で火魔術の小さな火種を使って、あれやこれやと見られたくない修行をこなす。その中に傷心魔術も含まれて居たが、幼少期より格段に威力が下がっているし、その分ほぼ代償はない。いつの間にか実践では使い物になるとは到底言えない威力になっている傷心魔術に思わず、両手で頭を掻いて唸りを上げる。
(わかっちゃ居たけど……。どれだけ傷付こうが時間には勝てないってのは)
フラッシュバック、ストレス障害、実際にそれに悩まされていた自分はまだマシな部類で、時間でどうにかなるタイプだ。今はソレが皮肉にも恨めしく感じる。けれどコッチは生きる為に必要なのだこの心の傷も全て、癒える事で自分の切り札が一つ減るという問題は焦りを生じさせる。
(ダメだ、切り替えよう。そもそも傷を切り札にすること自体が間違いだった。手段にしよう……グラスも、私は一つに特化するよりも手広く手段を増やすほうがいい、そう言ってたし)
森の中で剣を振りながら考える。回復薬も魔力があれば毎日作って、魔法障壁を自動で作る予備の装備も、私の今着ている服も、魔力が許す限りの色々な効果を付けてみた、けれども足りない。具現化を遠隔で行うことも、素早く瞬時に行うこともできるようになった。それでも足りない……何が足りない?
(私は生きる為に何をすればいい。何をやればいい)
わざわざ暗闇で修行している意味が無いから、火魔術の火種を消してわざと暗闇の中で剣を振る。前も後ろも月が雲隠れすればわからぬほどの真っ暗闇の中で、ひたすらに剣を振り続ける。暗闇の中で魔物の足音が聞こえるし気配もするが、構わず振り続ける。
【アナタ スキル ハ ソレガ デキル ノ デス】
「……ッッ!!!」
傷、あった、今見つけた。
けれど、目を向けては認識してはいけない。自覚することはしてはいけない。私はソレに向き合う心はない。バクバクと音を立てて心臓が激しく脈打ち、剣を振る力の重心が心の乱れと共に大幅にブレ、振り下ろした際に刃の切っ先が地面を擦る。フラッシュバック、あのとき見た夢の恐怖がわかりやすく手を震わせる。ガタガタと刃が鳴り響いく、自身の歯もカチカチと地面に触れている刃と共に暗い森に音を鳴らす。
(こうなるから……誰にも見られなく無い)
何をすれば、何をやれば、その答えはわかっているのに取ってはいけない選択がずっと、影のように自分の思考にへばりついてゆく。神が居たら私は呪う、恨む、儚む。なんで私なんかにこんな力を渡した。なんで私なんかにこんな……こんな危ない力を渡した。
(けど、これが無ければグラスに会えなかった。助けられる人を助けられなかった)
感情と理論が堂々巡りする。その選択は絶対にしてはいけない……何があっても私は。わざと目を向けるのを止めて剣をまた振り続ける。心の乱れがそのまま現れているように重心がブレブレ、軌道もブレて誤って身を切ってしまいそうなほど危ない振り方になってしまっている。
ダメだこれは、そう悟って振るのを一旦やめてまた剣を下げる。生きる為の確実な手段が、必ず私を殺す。考えたくない、もっと別の手段を考えようと、静かな葉の囁きに心を落ち着けられながら考える。今の自分が考え得る全ての事をやった。道具も、武器も、道具も作った。手段も色々考えた……それで、アレ以外で私は何が足りない?
ーもし、殺す気で襲われたら、生きる為に殺せる? ー
「やっぱり、ベタだけどこれだよね……。物語で見るならば燃えて好きだけど、いざ自分! っとなると、なんでこんな厄介なんだろう」
日本の道徳では、まず話し合いなんて教えるだろうけれど、そんな悠長なことを言っている場合の世界じゃないんだ。覚悟はしていたけど、いざ人に殺す気で刃を向けるとなると。私が殺したらその人の家族は? 友人は? いろいろな思考が頭を邪魔してくる。自分の情けなさと心の弱さの悔しさをぶつけるアテは……やっぱり剣しかなくて、強く握りしめる。
どれくらい経ったのだろう、曇っていた空が晴れて綺麗な月が見える。位置からして相当時間が経っただろう。あの飲んべえ達も流石に寝てるだろう、そう思って今日は止めて帰ろうと家の位置に身体を向けると……。
「千鳥足でよくここまで来たねグラス。背負ってあげようか?」
「ええ、こんな遅い夜中まで家に帰らない子供を、酔いに犯された身体で迎えに行くのは大変でした。背負えるものなら背負って欲しいところです」
「酒臭いからヤダ」
酔いに犯された? そんだけ舌を回しといてよく言うわ。月明かりに照らされるその顔には酔いの赤みも、目の潤みもない、酒の香りが仄かに香る以外はまったくシラフと変わらないグラスが気配を殺してそこに居た。いつから見て居たのか? なんて聞きたくなるところだけど、見たら、最初にそのことに付いて聞いてくるはずなので聞いていないのだろう。心の中でほっとした。
「酒臭い」
ドロウ君はすでに寝ているようで家の中は暗かった。そのまま生活魔法でちゃっちゃと歯と汗を軽く処理をしてから寝ようとすると、同じく支度が終わったグラスが私の部屋に上がったかと思うと。よいしょと私を私のベットに引き釣りこんで自分もベットに入った。入ることはいいのだが……。
「酒臭い」
何度も言おう酒臭い。悪魔族の国の酒は確か美味しいけれど香りが強いと聞くが、確かに結構強い……居酒屋勤務したことがあるから、まあまあ酒の臭いは耐性あるが臭いもんは臭い。しつこく何度も潜り混んで来たグラスに言うと、根負けしたグラスがちゃっちゃと生活魔法で軽く消臭してくれた。酒の臭いが大分なくなったあたりから落ち着いて私も枕に頭を預けた。
「カリスティア」
「なに」
グラスが自ら私のベットに潜り混んでくるのは凄く珍しい。無いわけではないのだが、酒のおかげ? そんなのんきなことを考えて居たら。グラスが包むように抱きついてきた、夏場のおかげでグラスの身体はひんやりして冷たくて気持ちいい。そのまま目を瞑って寝ようとすると……ぽつりとグラスが言った。
「人の命を背負う必要はありません」
「そういう訳にはいかないでしょう」
珍しくその場で言わずにこの場で言うか。珍しいという気持ちとドキリと身体が強ばりじわりとした恐怖が混じり合う微妙な気持ち。それでもあのときみたいに動揺が少ないのは……やっぱりグラスの存在が私の中で大きいのだろう。そうして……こうして言う時はスッパリと言うグラスだから、一体どんなことがグラスの口からでるのやら……そんな事を考えて、心をざわめかせた。
「ええ、ですから……知ってください。戦いの場で殺す相手の事を思うこと、その甘さはただの侮辱です」
スッパリと私の悶々と恐怖していたことにメスを入れた。私の身体が固まる……あの場で言わなかったんじゃないっと頭の上から降り注ぐ声で思い知らされる。私を逃がさないで聞かせる為にこの場で言うんだと言うことが。固まって凍った私に容赦なく言葉が降り注ぐ。
「殺されて礼を言う者など居ません。妬み、恨み、呪われ、死に際からその親族に至るまで、死を望まれることもあるでしょう……。けれど、後悔して同情した所で殺した人間は帰っては来ません。
殺したのならば、恨まれようとも殺した事実を受け止め、一生その親族に、友人に、恨まれなさい。殺した者が殺された者に手向けるものなど、どれだけ欲してもありません。同情などもってのほかです」
聞きたくない。けれど、聞かねばならない。身体はわかりやすく逃げようと暴れるがそれをグラスの腕が取り押さえる。どれだけ経験しても平和な日本産まれ……。人の生き死にはこの世界では子供以下だというのが思い知らされる。そして……何だかんだ人を殺すことなく進めた幸運さも、思い知らされる。
「二度と元に戻らぬものは、償えなどしないのです」
生きる為という免罪符は通用しない。だって相手も同じことだから。私がもしグラスを殺されたとして、私みたいな心持ちの人間が殺したと悲痛な顔で、同情してくれたとしてどう思うだろう。
苦しい
そうなったら、私はお前のせいでと恨めなくなる。この苦しい行き場のない悲しみと憎しみが矛先を失って、無様に心に垂れ下がるだろう。同情するならばいっそのことその優しさで代わりに死んでくれと、心の中で泣き叫ぶだろう。それぞれの事情があることを嫌でもトドメとばかりに突きつけられて……。なんと残酷だろうか。
「できない……よ」
ボタボタと逃がさぬとばかりに拘束するグラスの腕の中で泣いて言った。言ってしまった。それこそ甘い選択だというのに、生き死にに関わるのならば否が応でも向き合わなければいけないのに。見ないようにしてたけど、やっとすこしずつ私なりの覚悟を決めようとしていたのに。グラスの言葉によって打ち砕かれた……いや。グラスは正しいことを言っただけ、私が勝手に砕けたのだ。
「できな、い……です。殺せ、殺せない。やだ、やりたくない。死にたくない、殺したくない、やだ、やだ、やだ!!!」
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幼稚にやだやだと泣き叫び始める私をあやすように、力を緩めて落ち着けるように背中をさすりながら抱きしめてくれる。それでも、やだ、やだ、と泣き叫ぶ自分に腹が立つ。嫌なら自分が死ねばいいだろうと頭は良い、心は生きたいと言う。
「覚悟、しないと、いけないのに。ごめんな、さい」
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「覚悟しないでください」
「え?」
素っ頓狂な声が出た。覚悟しないでくださいっと言った瞬間にグラスの目に、カーテンの隙間の月明かりに当たる一粒の涙が流れたことに素っ頓狂な声を出してしまった。
「カリスティア、人の命を背負う必要はありません。覚悟などしなくていい、我慢などしなくていい、剣など持たなくていい、お願いですから……これ以上背負わないでください
身体が生きていても……心が死んでしまったらどうするのですかッッッ!!!」
グラスがボロボロとここまで決壊しながら泣くところを初めて見た。他でもない自分の為に、本当は剣など握って欲しくなかったこと、前線に居て欲しくなかったこと、戦って欲しくなったことを言ってくれた。氷帝と呼ばるようになった自分の力も完璧ではない。それを受け止めて……ずっと私の稽古をつけて居てくれたことを話してくれた。少しでも私の生存率を上げるための苦渋の決断として。
私は、自分のスキルが怖いこと、自分のステータスを怖くて見れないこと、改めて人を自分が生きる為に殺すという事が怖くて嫌なこと、それでも私は戦う術を知りたいことを。もう少しばかり……できるだけ頼るようにするということを話した。ここまで言わないと、無謀な未来への突撃を止めないことを謝罪すると「ほんとですよ」っと頭突きを貰った、痛い。
「私も……他人の為に生きてもいるって思っていいかな……」
「当たり前です。このまま私の為に生きてください」
あらかた腹の内を話したら、うとうと眠くなる。グラスも同じなようで、時々話しが途切れ途切れとなる。けれど私を撫でる手だけは休まることはなくて、私の方が我慢できずに目をつむる。
「おやすみ」
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