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6月
1.
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何が『そういうこと』とは確認しなかったが、連絡先を交換しても、慎一郎から千晶の元に毎日メールや電話がかかってくることもなく平穏だった。逆も然り。
もう最初からこうしておけばよかったと思う位に。
なんだかよくわからないな、と思いながら千晶は換毛期の猫をブラッシングしていた。長毛猫の毛を梳かしていると無心になれる、猫も気持ちよさそうに喉を鳴らす。
仕上げにわしゃわしゃと毛並みを愉しんでいたら、いきなり日吉くんのスイッチが入り、千晶の手首を羽交い絞めにしてガブリと噛んだ。いいぅーーたぁと叫ぶまもなく後脚で連続キック、余計なことを考えていたのが伝わったらしい。
結局、千晶に連絡がきたのは10日後、そして会ってただ夕飯を食べただけ。
「排気ってどうなってるんだろ、全然店内も油っぽくないし」
「そこなの」
目の前で揚げてくれる天ぷら屋さんは和食と言った千晶と、魚と言った慎一郎の折衷案。量は食べられない千晶は品数を減らしてもらった。
「おいしい、天ぷらの概念が変わるなー、サクサクでしつこくない」
「はもって初めて、うなぎは苦手だけどこれはすき」
「天丼はやっぱりタレね」
茶碗蒸しにデザートのシャーベットまで平らげた千晶に、慎一郎は少し目を細めただけだった。
お茶を飲みながらぽつぽつと慎一郎は自身が忙しい理由を簡単に説明した。4年前期で単位満了を目指し、大学以外にも友人の起業の手伝いや仲介をしているという。
「忙しくしてたんだね(連絡無いならなくてもよかったんだけど)」
「心配してくれた?」
「元気そうでよかったよ」
変に関心を持たれてもいないようで安心した、とまでは口にせず社交辞令的に微笑みを返す。
「ヒマを持て余したすねかじりなだけのボンボンだと思ってた?」
「うん、あっても不ろ…資産運用的なのだと思ってたよ。色々やってるんだ、器用だね」
「それもあるけど、今は自分の為ってより種を蒔いてる最中だよ、学生の身分のほうがやりやすいことも多いからね」
「先々まで考えてるんだね、学生のうちにできることかぁ」
「理系の大半はそれどころじゃないらしいから気負わず楽しみなよ」
「んー、とりあえず留年しないよう頑張るかな」
のほほんとマイペースに千晶は言ってみせたものの、思ったのと違うとぶー垂れてる受け身の自分がちょっと恥ずかしかった。
*
“4限休講になったので上野へ寄ります”
“どこ?合流する”
水曜、いつもより更に早く授業が終わった。予定はしていなかったけど大学まで来られると行き違いになるので千晶は連絡だけ入れてみた。彼は神出鬼没な気まぐれだから。
「――まさか動物園とは意外とおのぼりさん的だね、都内でしょ」
「都下(23区外)だよ。オレンジの電車に乗ってずーっと行った先だもん、休みの日に出掛けてくるのにはちょっとね」
「中央線沿いか、どのへんなの?福生?」
「立川のちょっと手前」
全てがあるわけではないけれど、日常生活に困らない程度にはなんでもある街。都心に近くもないけど遠くもない。042の市外局番は冗談だと思っていたらしい。
「確かに中途半端な距離かもね、いつでも行けると思うと行かないで後回しになる。俺もここに来たのはいつだったかな、幼…ん、小学1年で弟と来た、それ以来だ。弟は覚えてないだろうな四つ離れてるから2歳半の時だ」
「私も小学校の校外学習以来だよ、弟さん2歳半じゃ怖がったんじゃないの」
「キリンが見たいって来たのに実物の大きさに固まってた覚えがあるよ。子供の頃来た時は広く感じたけれど、こうやって廻ると狭いね」
その広くもない敷地を走るモノレールに乗って園内を見下ろす。
「これには乗りたがってさ、はしゃいで喜んでたよ」
「私も乗ってみたかったんだ」
「念願が叶ったね」
揶揄するように言うけれど、乗っているのは大人のほうが多い。子連れも大人のほうが楽しんでるように見える。慎一郎も心なしか声が弾んで聞こえる。歩くのに苦にならない距離を横着するのはちょっと贅沢な気分だ。
一巡りして動物園を出て隣の公園を歩く、穏やかな初夏。池の水辺が涼をさそう。日は伸びたのにボートはもう終了していた。
「ボートもう終わりなのかー、漕ぎたかったなー」
「そこは乗りたかったでしょ、漕ぐのは男」
「ただ乗ってるのもつまらないよ、揺れるし」
「じゃぁ二艘で競争する?」
「シンがスワンボートならね」
「あれに男一人とかどんな罰ゲームなの、ハンディあり過ぎだろ」
「普通の手漕ぎボートじゃダブルスコアで負ける気しかしないもん」
「ダブルで済めばいいほうなんじゃない?」
慎一郎は普段澄ました顔をしているくせに、少しいたずら好きでいじわるらしい。
もう最初からこうしておけばよかったと思う位に。
なんだかよくわからないな、と思いながら千晶は換毛期の猫をブラッシングしていた。長毛猫の毛を梳かしていると無心になれる、猫も気持ちよさそうに喉を鳴らす。
仕上げにわしゃわしゃと毛並みを愉しんでいたら、いきなり日吉くんのスイッチが入り、千晶の手首を羽交い絞めにしてガブリと噛んだ。いいぅーーたぁと叫ぶまもなく後脚で連続キック、余計なことを考えていたのが伝わったらしい。
結局、千晶に連絡がきたのは10日後、そして会ってただ夕飯を食べただけ。
「排気ってどうなってるんだろ、全然店内も油っぽくないし」
「そこなの」
目の前で揚げてくれる天ぷら屋さんは和食と言った千晶と、魚と言った慎一郎の折衷案。量は食べられない千晶は品数を減らしてもらった。
「おいしい、天ぷらの概念が変わるなー、サクサクでしつこくない」
「はもって初めて、うなぎは苦手だけどこれはすき」
「天丼はやっぱりタレね」
茶碗蒸しにデザートのシャーベットまで平らげた千晶に、慎一郎は少し目を細めただけだった。
お茶を飲みながらぽつぽつと慎一郎は自身が忙しい理由を簡単に説明した。4年前期で単位満了を目指し、大学以外にも友人の起業の手伝いや仲介をしているという。
「忙しくしてたんだね(連絡無いならなくてもよかったんだけど)」
「心配してくれた?」
「元気そうでよかったよ」
変に関心を持たれてもいないようで安心した、とまでは口にせず社交辞令的に微笑みを返す。
「ヒマを持て余したすねかじりなだけのボンボンだと思ってた?」
「うん、あっても不ろ…資産運用的なのだと思ってたよ。色々やってるんだ、器用だね」
「それもあるけど、今は自分の為ってより種を蒔いてる最中だよ、学生の身分のほうがやりやすいことも多いからね」
「先々まで考えてるんだね、学生のうちにできることかぁ」
「理系の大半はそれどころじゃないらしいから気負わず楽しみなよ」
「んー、とりあえず留年しないよう頑張るかな」
のほほんとマイペースに千晶は言ってみせたものの、思ったのと違うとぶー垂れてる受け身の自分がちょっと恥ずかしかった。
*
“4限休講になったので上野へ寄ります”
“どこ?合流する”
水曜、いつもより更に早く授業が終わった。予定はしていなかったけど大学まで来られると行き違いになるので千晶は連絡だけ入れてみた。彼は神出鬼没な気まぐれだから。
「――まさか動物園とは意外とおのぼりさん的だね、都内でしょ」
「都下(23区外)だよ。オレンジの電車に乗ってずーっと行った先だもん、休みの日に出掛けてくるのにはちょっとね」
「中央線沿いか、どのへんなの?福生?」
「立川のちょっと手前」
全てがあるわけではないけれど、日常生活に困らない程度にはなんでもある街。都心に近くもないけど遠くもない。042の市外局番は冗談だと思っていたらしい。
「確かに中途半端な距離かもね、いつでも行けると思うと行かないで後回しになる。俺もここに来たのはいつだったかな、幼…ん、小学1年で弟と来た、それ以来だ。弟は覚えてないだろうな四つ離れてるから2歳半の時だ」
「私も小学校の校外学習以来だよ、弟さん2歳半じゃ怖がったんじゃないの」
「キリンが見たいって来たのに実物の大きさに固まってた覚えがあるよ。子供の頃来た時は広く感じたけれど、こうやって廻ると狭いね」
その広くもない敷地を走るモノレールに乗って園内を見下ろす。
「これには乗りたがってさ、はしゃいで喜んでたよ」
「私も乗ってみたかったんだ」
「念願が叶ったね」
揶揄するように言うけれど、乗っているのは大人のほうが多い。子連れも大人のほうが楽しんでるように見える。慎一郎も心なしか声が弾んで聞こえる。歩くのに苦にならない距離を横着するのはちょっと贅沢な気分だ。
一巡りして動物園を出て隣の公園を歩く、穏やかな初夏。池の水辺が涼をさそう。日は伸びたのにボートはもう終了していた。
「ボートもう終わりなのかー、漕ぎたかったなー」
「そこは乗りたかったでしょ、漕ぐのは男」
「ただ乗ってるのもつまらないよ、揺れるし」
「じゃぁ二艘で競争する?」
「シンがスワンボートならね」
「あれに男一人とかどんな罰ゲームなの、ハンディあり過ぎだろ」
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