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第1章:第三迷宮【アネモイ】

追放されたけど、100階層に辿り着く

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「ここがダンジョンの底…100階層…」

 草木は生えず砂埃が舞う、見渡す限り続く荒野。灰色の燻んだ空に雲が流れ、ただ同じ時だけが経過していく。

「地下のはずなのに空がある…それにこのダンジョンってこんなに広くなかったような…」

「階層そのものが魔法に覆われ、空間を拡張しておる」

 壁画から降り始めて初めて言葉を口にしたラクス。僅かに口角が上がり、心なしか声も高い。

「不思議な空間ですね…生物の気配がしないのに、どこか安らぎを覚える」

 ————ゴゴゴッ

 地響きが荒野を揺らす。地が割れ、マグマが噴き出した。そして、巨大なマグマの噴火と共に何かが飛び上がった。

 飛び上がったそれは、天高く舞い上がり、『翼』を広げた。

「————フェニックス…」

 金色に輝く両翼に、鋭い眼。 全てを見通すようなその瞳は、僕ら人間よりも遥か恒久の時を生きてきた貫禄を感じさせる。

 神話の不死鳥。幾たびも死を乗り越え、次第に不死性を獲得したと言われる伝説の神鳥が僕らを見下ろしている。

『——————』

 これまでの神とは違い、何も発さないフェニックス。神鳥は悠然と僕らを見下ろしている。

「まさか、最後は不死鳥を倒すのですかっ!?いくらなんでも無理ですよ!」

 レーヴァが悲鳴をあげた。

「———ワート、お前ならあの神を倒せるはずじゃ」

「僕ならって…どうやってさ」

「あの鳥の体は、全て魔力でできておる。だから不死鳥なのだ。体が滅んでも核さえ残っていれば永遠に蘇ることができる」

 そこまで言うと、 ラクスは腰のダインを指差しニヤリと笑った。

『なーるほど。俺様であの神鳥様を吸収しちまおうって訳だな?』

 ダインの言葉にラクスは頷くと、何か魔法を発動した。

 その魔法によって、僕の体がふわりと浮き上がった。

「ラクス———これって!」

「飛行魔法じゃ。長くは展開できないが、あの鳥と戦うには十分じゃろう」

 飛行の指揮が僕に移譲されると、僕の思い通りに体が浮かび上がる。

「す、すごい!」

「まさか飛行魔法まで操れるとは…起源魔法、底が見えませんね…」

「これが使えるのは私くらいじゃ。他の起源魔法使いでは、こんなことできないぞ!」

 いつも通り胸を張るラクス。あの壁画から少し元気がなかったので安心した。

「私たちは地上から援護する!あの鳥をさっさと倒してこい!」

 力強く頷き、空へと舞い上がる。

「すごい…本当に飛んでる…。もうあんなにラクス達が小さくなった…」

『やっこさんもやる気みたいだぜ?さっさと構えろ相棒!』

 ダインを構え、神鳥フェニックスを見据える。

『称号【神を殺すモノ】が機能します』

 そのステータス音と共に、一気に視界が開ける。

————————————————————
名前:ワート・ストライド
種族:人族
職業:召喚士

HP:5000/2400 MP:5000/1000

攻撃力:3000/1500 防御力:8000/1500
速さ:10000/1000 器用さ:5000/1400
賢さ:200/200 運:10/10

スキル:召喚Lv.4 (不能)
【契約召喚】【幻想召喚】

召喚中:ダーインスレイブ・レーヴァテイン
装備品:ダーインスレイブ(魔力吸収)

称号:【神を殺すモノ】
————————————————————

  速さが尋常じゃないことになっている。さすが神鳥。これくらいのステータスになるのも納得だ。

 どうもHPとMPはイフリートの時と同様の数字のため、この数値が限界なのかもしれない。

 フェニックスが嘶く。神の声によって、地中のマグマが活性化し、所々から噴火が起こる。

 次の瞬間、神鳥がはためいた。急速に上昇すると、次の瞬間————空を埋め尽くすほどの魔法陣が展開される。

 ほぼ無限に近い魔法が一斉に発射された。

「ヤバイっ!!」

 不規則に動くことで、狙いから外れるよう飛び回る。

「ハァッ!」

 避けられない巨大な魔法をダインで両断し、速度上げる。向こうには戦略なんて存在しない。圧倒的な火力で僕を消し去るつもりだ。

『こりゃ長期戦は無理だ!あいつ、ほぼ無限に近い魔力持ってやがるぞ!』

「そんなものどうやって吸収するのさ!」

 ダインに文句をいいながら、なんとか魔法を躱していく。一瞬、地上に目を向けると、ラクスの展開する障壁によって、二人はなんとか持ち堪えている。

『二人の前にテメェの心配しやがれ!前、来てんぞ!』

 慌てて顔を上げる。

 巨大な魔力砲がフェニックスから放射された。

「ビームなんて————反則だよっ」

 焦り間一髪のところで魔力砲を回避。掠った髪の毛から焦げた匂いがする。

「————【幻想召喚】!」

 慌てて自身のステータスを書き換える。攻撃力を低下させ、速度、防御へと数字を振り直す。

「本当にあの鳥が不死鳥なら、どれだけ攻撃力を上げても意味ないっ」

あとはダインの仕事だよ!と相棒に仕事を投げた。

『この野郎、言いやがるぜ———あの鳥になんとかして近づけ!あとは俺様が成敗してやる!』

 了解と力強く返事し、飛行速度を上げる。

 ———この速度なら…っ。

 目の前で魔法同士がぶつかり合い、爆発が生じる。

「よしっ狙い通りだ!」

 フェニックスが操作できないほどの速度の飛行によって、ほぼ無作為に発射されることで、指向性を持って発射されていた魔法が互いに衝突していく。

 魔法同士の消滅によって、かなり動きが取りやすくなった。

「いくよ、ダインっ!」

『おうよ!』

 数十個の魔法が一気に衝突する。幾重にも及ぶ衝撃と爆発音が空間を包み込んだ。

 爆煙の中を縫うように高速で飛行する。視界は開けないが、研ぎ澄まされた感覚が魔法の場所とフェニックスの居場所を教えてくれる。

『——————』

 フェニックスは嗎と共に、両翼をはためかせた。爆煙は一瞬にして消え失せ、そしてフェニックスへの道が一瞬だけ現れた。

 ———いまだっ!

 魔法の雨が一瞬だけ止むその隙を、ダインを前方に突き出しフェニックスへと突貫する。

 接敵まで残り———0秒。

 フェニックスの展開する強力な魔障壁とダインが衝突する。ダインの特殊能力を用ってしても、破れない堅牢な壁。

「【幻想召喚】!!」

 再度、スキルを起動する。速度に割り振った数値を攻撃力へと割り直すことで、急激に攻撃力が上昇する。

 突然の攻撃の重さにフェニックスにも動揺が見られる。

 魔障壁に罅が入った。

「はぁぁあああ!!」

 全身全霊。魂をかけて障壁の向こうへと相棒を届かせる。

 次の瞬間————。障壁が砕け、そして———。

 黒剣が神鳥を貫いた。

「ダインっ!」

『おうよっ!!』

 ダインの特殊能力が発動する。【魔力吸収】の力によって、周囲に漂う全ての魔力が吸収されていく。

『——————』

 フェニックスはもちろん抵抗するが、そんなことお構いなくダインへと膨大な魔力が吸収される。
 
 巨大な魔力は渦を巻き止めどなく黒剣へと吸収され、黄金に輝く一つの魔石だけが残った。

 魔石を掴もうと手を伸ばすと、空を切った。

「あれ————」

 安心も束の間。唐突に地面に向かって落ちていく。

『お前さんの飛行魔法も吸収しちまった。悪りぃ』

「悪いじゃないよ!このままじゃ———」

 ダインが安心しろというと、誰かによって抱き留められた。

「あ、ありがとうラクス…」

「お前さんかけた飛行魔法が消えたと思って、慌てて来たら案の定じゃったな」

 地震に飛行魔法をかけたラクスに抱えられながら、無事に地面に到着する。

「ワートっ大丈夫ですか!体に怪我はないですか!」

 大丈夫だよと、レーヴァに返事を返す。所々火傷と擦り傷は多いけど、これまでの神との戦いに比べたは幾分か楽だった。

「相性がよかったの」

「そうだね。これでダインがいなかったらと思うと、背筋が凍るよ」

 事実、ダインの能力に助けられた。本当にこの相棒には助けられてばっかりだ。

「あ、そうだ…魔石…」

 地面に転がったフェニックスの金色の魔石を手に取り、眺めてみる。

「うーん、やっぱり普通の魔石と違うんだよなぁ」

 通常の魔物が落とす魔石は総じて赤色だ。しかし、神々が残していく魔石はどこか、落とし主を思わせるような色や雰囲気を感じる。

「————ん?」

 魔石を眺めていると、その向こうに何かがあることに気がついた。

「台座ですね…」

 同じ方向を見ていたレーヴァも、どうやら気になったようだ。

「先ほどまではなかったような気がしますが…」

 魔石をポケットに入れ、三人で台座へと近づく。

 荘厳な装飾が施された台座。以前訪れた神殿とどこか似た雰囲気を感じる。台座の上には四つの穴があり、それぞれ・青・黒・黄の光が灯っている。

「魔石と同じ色だ…」

 台座を眺めていると、突然台座から光が発せられた。その光は徐々に人の形を成し、そして———。

『よくぞ、ここまで辿り着きましたね。我らが勇敢な子よ』

 眩しいほどの金髪に、穏やかな微笑み。白のワンピースに身を包んだ綺麗な女性。そしてその背中には天使を思わせる純白の翼がある。

「て、天使…様?」

 僕の言葉に彼女は静かに頷く。

『えぇ——ワート。貴方のここまでの戦いは全て見ていました。よく頑張りましたね』

 全てを包み込んでしまいそうな神々しさを感じる。

「こ、これは何かの魔法でしょうか…?実態は遠くにあって、姿だけ空間に転写しているみたいですね」

 レーヴァの呟きに、また静かに頷く彼女。

『聖剣レーヴァテイン、貴女もよくぞここまでワートを支えてくれましたね』

 天使様の言葉に背筋が自然と伸びる。

『私の名前はガブリエル。ダンジョンを最後までクリアした貴方を天界へ導くために、使いとしてやってきました』

 空間に転写された彼女は、「さぁ」と言うと、台座を指し示した。

『あちらの台座に、貴方が持っている魔石を埋め込みなさい。そうすれば、天界への道が開かれますよ』

「は、はい!」

 まさか、僕が天界へ導かれるなんて想像もしなかった。

 何か他に考えるべきことがある気がするが、今は天使様の言うとおりに、魔石を台座に埋め込まなければならない。

 ポケットから四つの魔石を取り出し、台座に埋め込もうと手を伸ばす。

 その時————台座が木っ端微塵に爆発した。

「っ!?」

 慌てて振り向く。

「そこまでにしておけ———エセ天使」

 そう言うと、ラクスは不適な笑みを浮かべた。
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