51 / 96
51.クラリスにとって(中)
しおりを挟む
クラリスへの風当たりは冷たかった。優しいのは伯爵だけで、伯爵夫人も使用人もクラリスを受け入れようとしなかった。
「夫が認めても、私は愛人の子であるあなたを認めないわよ」
「あら、こんな簡単なマナーも分からないんですか? これだから平民は」
「服作りが得意だったらしいですけれど、そんなのまったく必要ありませんしねぇ」
逃げたいと思った。ここは自分の居場所ではない。店に帰りたい。
一度考え出すと気持ちが押さえられなくなって、クラリスは屋敷から逃げ出した。
履きなれない靴を脱いで、裸足で走り続けて。
けれど辿り着いた先に、クラリスの両親が遺した店はなかった。
取り壊されている最中だったのだ。
愕然とするクラリスを馬車で追ってきた伯爵が横柄な口調で言う。
「いつか店に戻りたいと言い出すと思ってな。お前が帰る場所を潰させてもらった。これでお前は我が家以外どこにも行けないというわけだ!」
その姿は、かつて涙を流しながらクラリスに懇願する男とはかけ離れていた。
頭の中が真っ白になった。
自分がこんな男の泣き落としに騙されたせいで、大切な店が、クラリスの宝物が消えた。
ここで働いていた従業員も、きっと無理矢理追い出されてしまった。
自分のせいで。
「う……うわあぁぁぁぁぁっ!!」
衝動的に近くにあった工具を掴み、それで伯爵を殴った。止めようとした大工たちに対しても同じように。
たくさんの思い出が詰まった店を躊躇いなく破壊する彼らにも、怒りを覚えていたから。
クラリスは傷害罪で逮捕された。
本来なら牢屋で家畜以下の生活を強いられるはずだったが、酌量減軽が認められた。
伯爵が身籠った愛人を捨て、利己的な理由でその子を引き取ったかと思えば、生家を奪った事実が明るみに出たのだ。その結果、多くの貴族から非難された。
そしてナヴィア修道院に送られた。
最初は恐ろしい場所に思えた。
「穢れを落とす」と称してアデーレ院長に鞭打ちされたり、懲罰として物置小屋に押し込められることもあった。
ただ伯爵に店を潰されたと知った時の痛みに比べたら、何ともなかった。
それにいつまでも落ち込んでいたら、両親が悲しむ。
だからクラリスは、できるだけ明るい性格でいようと思った。
「夫が認めても、私は愛人の子であるあなたを認めないわよ」
「あら、こんな簡単なマナーも分からないんですか? これだから平民は」
「服作りが得意だったらしいですけれど、そんなのまったく必要ありませんしねぇ」
逃げたいと思った。ここは自分の居場所ではない。店に帰りたい。
一度考え出すと気持ちが押さえられなくなって、クラリスは屋敷から逃げ出した。
履きなれない靴を脱いで、裸足で走り続けて。
けれど辿り着いた先に、クラリスの両親が遺した店はなかった。
取り壊されている最中だったのだ。
愕然とするクラリスを馬車で追ってきた伯爵が横柄な口調で言う。
「いつか店に戻りたいと言い出すと思ってな。お前が帰る場所を潰させてもらった。これでお前は我が家以外どこにも行けないというわけだ!」
その姿は、かつて涙を流しながらクラリスに懇願する男とはかけ離れていた。
頭の中が真っ白になった。
自分がこんな男の泣き落としに騙されたせいで、大切な店が、クラリスの宝物が消えた。
ここで働いていた従業員も、きっと無理矢理追い出されてしまった。
自分のせいで。
「う……うわあぁぁぁぁぁっ!!」
衝動的に近くにあった工具を掴み、それで伯爵を殴った。止めようとした大工たちに対しても同じように。
たくさんの思い出が詰まった店を躊躇いなく破壊する彼らにも、怒りを覚えていたから。
クラリスは傷害罪で逮捕された。
本来なら牢屋で家畜以下の生活を強いられるはずだったが、酌量減軽が認められた。
伯爵が身籠った愛人を捨て、利己的な理由でその子を引き取ったかと思えば、生家を奪った事実が明るみに出たのだ。その結果、多くの貴族から非難された。
そしてナヴィア修道院に送られた。
最初は恐ろしい場所に思えた。
「穢れを落とす」と称してアデーレ院長に鞭打ちされたり、懲罰として物置小屋に押し込められることもあった。
ただ伯爵に店を潰されたと知った時の痛みに比べたら、何ともなかった。
それにいつまでも落ち込んでいたら、両親が悲しむ。
だからクラリスは、できるだけ明るい性格でいようと思った。
99
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる