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75.アントワネットにとって(前)
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アリスにとってこの世界は美しくほの暗い世界だった。
生まれながらにして高貴な存在であったアリスだったが、決して驕らないようにと家庭教師から常に言われていた。自らの権力や能力を過信し、溺れることは身の破滅を招き、全てを失ってしまうのだと。
幼かった頃のアリスはその忠言の意味がよく分からなかったが、「みんなにきらわれる」ということだけは感じ取ることができた。
なので毎日勉学に励み、他者を気遣うような言動を心掛けていた。
苦痛に感じることはなかった。
元々知識欲旺盛だったアリスにとって、新しい何かを知ることが出来る勉強は楽しい時間だった。
他人に優しく接すれば、向こうもアリスに優しくしてくれる。
魔法を使えるからと言って自慢することも、無暗に使うことしなかった。それらも家庭教師の教えによるものだ。
おかげで、父や兄から「いい子だ」といつも褒められていた。城の使用人や文官からも「幼いのに素晴らしい姫様だ」と言葉をかけられていた。
けれど皆がアリスを認めてくれるわけではなかった。
「どうして私に似なかったあなたが好かれるんでしょうね。不思議で仕方ないわ」
王妃である母親はアリスと顔を合わせる度に、顔を歪めながら嫌味を言ってくる。
「妹のくせに生意気な子。普通は姉の引き立て役に徹するものでしょう?」
第一王女である姉からも睨まれて、鋭利な言葉を浴びせられる。
どれだけ正しく生きようとしても、アリスを毛嫌いする人間はいる。しかもよりにもよって血の繋がった実の家族に。
嫌っている理由が『存在そのもの』だと言われてしまえば、どうしようもない。アリスは二人からの敵意を受け入れるしかなかった。
父が「つまらない嫉妬はやめろ」と母と姉を叱責しても効果がなく、いつしか会話をする機会すらなくなった。いや正確に言えば、父が二人を離宮へ追いやって物理的にアリスから遠ざけたのだ。それはやりすぎではとアリスは意見したものの、兄は苦い表情でこう返した。
「こうするしかないんだよ。……僕も二人に会いに行って話はしてみるけれどね」
母と姉が追放のような扱いを受け、アリスは平穏な日々を過ごせるようになった。
それに大切な人もできた。
「先程訓練場に猫の親子が迷い込んだんですよ。皆可愛くて……アリス姫にも見せてあげたかったなぁ」
「ジン様は猫がお好きなのですか?」
「はい。両親がまだ生きていた頃に飼っていたんですよ」
エレナック村出身の若い騎士で、騎士団長との模擬戦闘で勝利する程の腕前の持ち主だった。その上、雷属性の魔法を使えるとあって、将来を嘱望されていた。
けれどこうして話してみると素朴な青年で、彼が時折見せる素朴な笑顔がアリスは好きだった。
この先の人生を彼とともに歩めたらどんなに幸せだろう。
そんな想いに気づいたのか、国王はその騎士にアリスの伴侶にならないかと話を持ちかけた。その話を騎士本人から聞かされた時は、目眩を起こして倒れそうになったが彼が咄嗟に支えてくれた。
そしてそのまま強く抱き締められ、
「私は……いえ、俺はあなたとともに生きていきたいと思っています」
彼の熱を帯びた言葉に嬉しいはずなのに涙が零れた。
愛した人と結ばれる。それがどれだけ幸せなことなのか、その日アリスは生まれて初めて知った。
だが二人の未来は、血と憎悪によって踏みにじられることとなる。
生まれながらにして高貴な存在であったアリスだったが、決して驕らないようにと家庭教師から常に言われていた。自らの権力や能力を過信し、溺れることは身の破滅を招き、全てを失ってしまうのだと。
幼かった頃のアリスはその忠言の意味がよく分からなかったが、「みんなにきらわれる」ということだけは感じ取ることができた。
なので毎日勉学に励み、他者を気遣うような言動を心掛けていた。
苦痛に感じることはなかった。
元々知識欲旺盛だったアリスにとって、新しい何かを知ることが出来る勉強は楽しい時間だった。
他人に優しく接すれば、向こうもアリスに優しくしてくれる。
魔法を使えるからと言って自慢することも、無暗に使うことしなかった。それらも家庭教師の教えによるものだ。
おかげで、父や兄から「いい子だ」といつも褒められていた。城の使用人や文官からも「幼いのに素晴らしい姫様だ」と言葉をかけられていた。
けれど皆がアリスを認めてくれるわけではなかった。
「どうして私に似なかったあなたが好かれるんでしょうね。不思議で仕方ないわ」
王妃である母親はアリスと顔を合わせる度に、顔を歪めながら嫌味を言ってくる。
「妹のくせに生意気な子。普通は姉の引き立て役に徹するものでしょう?」
第一王女である姉からも睨まれて、鋭利な言葉を浴びせられる。
どれだけ正しく生きようとしても、アリスを毛嫌いする人間はいる。しかもよりにもよって血の繋がった実の家族に。
嫌っている理由が『存在そのもの』だと言われてしまえば、どうしようもない。アリスは二人からの敵意を受け入れるしかなかった。
父が「つまらない嫉妬はやめろ」と母と姉を叱責しても効果がなく、いつしか会話をする機会すらなくなった。いや正確に言えば、父が二人を離宮へ追いやって物理的にアリスから遠ざけたのだ。それはやりすぎではとアリスは意見したものの、兄は苦い表情でこう返した。
「こうするしかないんだよ。……僕も二人に会いに行って話はしてみるけれどね」
母と姉が追放のような扱いを受け、アリスは平穏な日々を過ごせるようになった。
それに大切な人もできた。
「先程訓練場に猫の親子が迷い込んだんですよ。皆可愛くて……アリス姫にも見せてあげたかったなぁ」
「ジン様は猫がお好きなのですか?」
「はい。両親がまだ生きていた頃に飼っていたんですよ」
エレナック村出身の若い騎士で、騎士団長との模擬戦闘で勝利する程の腕前の持ち主だった。その上、雷属性の魔法を使えるとあって、将来を嘱望されていた。
けれどこうして話してみると素朴な青年で、彼が時折見せる素朴な笑顔がアリスは好きだった。
この先の人生を彼とともに歩めたらどんなに幸せだろう。
そんな想いに気づいたのか、国王はその騎士にアリスの伴侶にならないかと話を持ちかけた。その話を騎士本人から聞かされた時は、目眩を起こして倒れそうになったが彼が咄嗟に支えてくれた。
そしてそのまま強く抱き締められ、
「私は……いえ、俺はあなたとともに生きていきたいと思っています」
彼の熱を帯びた言葉に嬉しいはずなのに涙が零れた。
愛した人と結ばれる。それがどれだけ幸せなことなのか、その日アリスは生まれて初めて知った。
だが二人の未来は、血と憎悪によって踏みにじられることとなる。
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