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8.逃げる場所
店の奥は店長の居住スペースになっていて、エレナは「ちょっと待ってて」と店内に向かった。その数分後、ワインの香りを纏いながら戻って来た彼女の手には、湯気の立ち込めるマグカップがあった。
「はい、ホットワイン。今夜はやけに冷えるからね。うちの客もみーんな頼んでるんだよ」
「ありがとう……」
ふうふうと息を吹きかけながら飲んだホットワインに心も体も癒されていく。
半分ほど飲んだ辺りで、エレナが「何があったか聞いてもいい?」と聞いて来た。私は頷くと、今夜何があったのかをゆっくり語り始める。
お義母様とお義父様に辱められそうになったこと、嵐の神の封印が解けそうなこと、屋敷の窓を割って逃げ出したこと。
エレナはずっと無言で時々頷きながら熱心に聞き入っていたけれど、窓ガラスのくだりで笑い出した。
「ぷっ、あははは! アンリエッタにしてはやるじゃん!」
「笑いごとじゃないと思うけど……だってあんなに思い切りやっちゃったから、後片づけが大変そう」
「何でそんな心配してんの。あんた、変態親父に手出されかけたんだよ? しかも例の姑なんて睡眠薬を飲ませようとしたとか……ああもう、想像しただけで吐きそう」
エレナが苦々しい表情で溜め息をつく。
「それで……このあと、どうするかは決めてるの? 朝になったら屋敷に戻る?」
「……怒らないで聞いてくれる?」
「内容次第かなぁ」
そう答えたエレナに苦笑しながら、私は今思っていることを素直に言った。
「もうあそこには戻りたくない……」
少なくとも、セレスタンが帰って来るまでの間は。
セレスタンに対する想いが枯れたわけじゃない。けれど、あんな人たちを『立派な両親』として見ている彼への信頼は揺らぎかけていた。たとえ彼があの二人の裏の顔を知らないのだとしても。
薄情な女だと自覚はしている。セレスタンは今、とても大変な状況に置かれているのに……。
「よし、あんたがそう言ってくれて安心した」
なのにエレナは安堵の笑みを浮かべていた。
「こんなことになってもまだ義理の両親と旦那を庇って、やっぱり屋敷に戻るって言い出してたら友達の縁切るつもりだったよ」
「でもセレスタンが……」
「親が自分の嫁さん虐めてることにも気づけないような男に気を遣う必要がある? あんたがここまで痩せちゃった原因が親にもあるんじゃないかって、普通考えるもんでしょ」
「う、うん」
「親に触診を頼んだって話は分からない部分が多いけれど……本当だったらセレスタンの顔を一発ぶん殴ってやりたいわ」
本気で怒ってくれているエレナに、私は嬉しく思うと同時に申し訳ないと感じた。
昨日の夜、エレナの言う通りセレスタンに全てを打ち明けていたらこんな大事になっていなかったのかも……。
「どうせあんたのことだから、セレスタンに何も言えないんだろうなーとは思ってたよ。でもこれからは、そんなん
じゃいられないから心を強く持ちな」
「…………」
もしかしてエレナ、私よりも私のことをよく知っているかも。
「まずはどこに避難するかだね。あんたが良ければ、私の家でもいいけど」
「そんなのダメだよ。もしお義母様たちにバレたらエレナまで怒られちゃう。嵐の神の神官たちを敵に回すことになるんだよ?」
「そしたら、一緒にこの国から逃げて嵐の神を嫌っている国で住めばいいじゃん。案外楽しいかもよ」
エレナは笑って言うけれど、きっとそんな簡単なことじゃないはずだ。
私には両親も、帰る家も残されていない。だから私だけが暫くの間、この国からいなくなれば……。
「そこのお嬢さん。あなた花の神の神官でしょ?」
涼やかな声が背後から聞こえた。振り返ると、店内にいたあの銀髪の女性が微笑を浮かべて佇んでいた。
「ちょ、お客様!? ここは従業員以外立ち入り禁止で……」
「何かお困りのように見えたから、放っておけなくて。ねえ、お嬢さん。逃げる場所がないのなら、うちの別荘を貸してあげましょうか?」
女性は小首を傾げながら私にそう尋ねた。
「はい、ホットワイン。今夜はやけに冷えるからね。うちの客もみーんな頼んでるんだよ」
「ありがとう……」
ふうふうと息を吹きかけながら飲んだホットワインに心も体も癒されていく。
半分ほど飲んだ辺りで、エレナが「何があったか聞いてもいい?」と聞いて来た。私は頷くと、今夜何があったのかをゆっくり語り始める。
お義母様とお義父様に辱められそうになったこと、嵐の神の封印が解けそうなこと、屋敷の窓を割って逃げ出したこと。
エレナはずっと無言で時々頷きながら熱心に聞き入っていたけれど、窓ガラスのくだりで笑い出した。
「ぷっ、あははは! アンリエッタにしてはやるじゃん!」
「笑いごとじゃないと思うけど……だってあんなに思い切りやっちゃったから、後片づけが大変そう」
「何でそんな心配してんの。あんた、変態親父に手出されかけたんだよ? しかも例の姑なんて睡眠薬を飲ませようとしたとか……ああもう、想像しただけで吐きそう」
エレナが苦々しい表情で溜め息をつく。
「それで……このあと、どうするかは決めてるの? 朝になったら屋敷に戻る?」
「……怒らないで聞いてくれる?」
「内容次第かなぁ」
そう答えたエレナに苦笑しながら、私は今思っていることを素直に言った。
「もうあそこには戻りたくない……」
少なくとも、セレスタンが帰って来るまでの間は。
セレスタンに対する想いが枯れたわけじゃない。けれど、あんな人たちを『立派な両親』として見ている彼への信頼は揺らぎかけていた。たとえ彼があの二人の裏の顔を知らないのだとしても。
薄情な女だと自覚はしている。セレスタンは今、とても大変な状況に置かれているのに……。
「よし、あんたがそう言ってくれて安心した」
なのにエレナは安堵の笑みを浮かべていた。
「こんなことになってもまだ義理の両親と旦那を庇って、やっぱり屋敷に戻るって言い出してたら友達の縁切るつもりだったよ」
「でもセレスタンが……」
「親が自分の嫁さん虐めてることにも気づけないような男に気を遣う必要がある? あんたがここまで痩せちゃった原因が親にもあるんじゃないかって、普通考えるもんでしょ」
「う、うん」
「親に触診を頼んだって話は分からない部分が多いけれど……本当だったらセレスタンの顔を一発ぶん殴ってやりたいわ」
本気で怒ってくれているエレナに、私は嬉しく思うと同時に申し訳ないと感じた。
昨日の夜、エレナの言う通りセレスタンに全てを打ち明けていたらこんな大事になっていなかったのかも……。
「どうせあんたのことだから、セレスタンに何も言えないんだろうなーとは思ってたよ。でもこれからは、そんなん
じゃいられないから心を強く持ちな」
「…………」
もしかしてエレナ、私よりも私のことをよく知っているかも。
「まずはどこに避難するかだね。あんたが良ければ、私の家でもいいけど」
「そんなのダメだよ。もしお義母様たちにバレたらエレナまで怒られちゃう。嵐の神の神官たちを敵に回すことになるんだよ?」
「そしたら、一緒にこの国から逃げて嵐の神を嫌っている国で住めばいいじゃん。案外楽しいかもよ」
エレナは笑って言うけれど、きっとそんな簡単なことじゃないはずだ。
私には両親も、帰る家も残されていない。だから私だけが暫くの間、この国からいなくなれば……。
「そこのお嬢さん。あなた花の神の神官でしょ?」
涼やかな声が背後から聞こえた。振り返ると、店内にいたあの銀髪の女性が微笑を浮かべて佇んでいた。
「ちょ、お客様!? ここは従業員以外立ち入り禁止で……」
「何かお困りのように見えたから、放っておけなくて。ねえ、お嬢さん。逃げる場所がないのなら、うちの別荘を貸してあげましょうか?」
女性は小首を傾げながら私にそう尋ねた。
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