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16.シャーラの別荘
「いいこと、アンリエッタ? これはれっきとした犯罪行為よ」
剣呑な顔つきのシャーラ様にそう言われ、私は何も言えずに俯いてしまった。その視線の先には普段袖で隠されている自分の腕。
肉が落ちて痩せ細ったそこに残された、いくつかの青黒い痣。軽く触れてみると鈍痛がした。
シャーラ様の下でお世話になることを決めると、私はすぐに店の奥に止めてあった馬車で郊外へ連れて行かれた。到着した頃には夜も深くなり、どこの酒場も閉店して静寂と闇が街を支配していた。
別荘は花の香りが漂う庭園を超えた先に聳え立っていた。シャーラ様を含めて数人ほどしか住んでいないとのことだけれど、勿体ないと思ってしまうほどの豪邸だった。
私のような女が、本当にこんなところでお世話になっていいのだろうか。そんな不安で動けなくなっている私を、シャーラ様が「寒いから、早く中に入るわよ」と引き摺っていく。
「おかえりなさいませ、シャーラ様」
玄関ではメイドが待っていた。主人を出迎えるために、こんな時間まで起きているなんて大変……と思っていると、
「こ、こちらの方はどなたです?」
私を見てぎょっとした表情でシャーラ様に尋ねた。
「こないだ辞めたエディットの代わりよ。拾って来ちゃった」
「代わりって……見るからに衰弱しているじゃないですか。こんな弱った人間を働かせようだなんて、無茶なことをさせてはいけません」
「何も明日からすぐとは言っていないでしょ」
メイドに注意されてシャーラ様が頬を膨らませる。
いけない、私のせいで……。
「あ、あのご心配には及びません。明日から早速働かせてください」
「ダメです。事情は分かりませんが、まずはお体を休めてください」
怒りの矛先が私に向けられてしまった。けれど私を心配してのことだから、怖いとは感じない。
「ミリル、その子を客室に連れて行って寝かせてあげて」
「はい。シャーラ様も今夜はもうお休みください。お酒をたくさんお飲みになったでしょう?」
「やだわ、一杯だけよ」
そう笑って答えると、シャーラ様は一人廊下を歩き始めた。
残された私は、ミリルさんというメイドに客室へと案内された。広々としていて、装飾は殆どなされていない素朴な室内。日頃からきちんと掃除と換気を行っているのか、清潔な空気の匂いがした。
「失礼ですが、お名前は?」
「アンリエッタです」
「ではアンリエッタ様、こちらの寝間着にお着替えください。ドレスのままでは寝つけないでしょうから」
「ありがとうございます……」
「いえ。では私は廊下に出ていますので、着替え終わったらお呼びください。ドレスは洗濯しますので」
まさに至れり尽くせりだ。ミリルさんが部屋から出たので、あまり待たせないように急いで着替える。肌触りがよくて、ふんわりと優しい香り……。それに袖が緩めにできていて、窮屈感がない。これなら安眠できそうと思っていると、
「え……!?」
ずっと着けていたはずのネックレスがなくなっていた。慌てて床を確認したり、脱いだドレスを調べてみたけれど見つからない。
どうしよう。どこかで落としてしまったのかも……!
パニックになってると、ドアがノックされて「どうなさいました?」とミリルさんに声をかけられた。ダメ、ペンダントを落としてしまったと言って困らせたくない。平静を装って「着替え終わりました」と言うと、ミリルさんが部屋に入って来た。
「ああ、よかった。ちょうどいいサイズですね」
「は、はい。それにとっても動きやすいで……ミリルさん?」
何かに気づいたらしいミリルさんが硬い表情を見せる。その視線の先は私の腕。
あ、袖がこういう作りになっているから……
「も、申し訳ありません、見苦しいものをお見せしてしまって……」
「その腕、シャーラ様はご覧になりましたか?」
私が首を横に振ると、ミリルさんは「少々お待ちください」と言って部屋から出て行ってしまった。そして数分後に戻ってきた。
シャーラ様を連れて。
「……アンリエッタ、あなたの腕を見せてちょうだい」
硬い声で言われたら断れない。私は恐る恐る袖を捲って、痣だらけの腕をシャーラ様とミリルさんに見せるしかなかった。
剣呑な顔つきのシャーラ様にそう言われ、私は何も言えずに俯いてしまった。その視線の先には普段袖で隠されている自分の腕。
肉が落ちて痩せ細ったそこに残された、いくつかの青黒い痣。軽く触れてみると鈍痛がした。
シャーラ様の下でお世話になることを決めると、私はすぐに店の奥に止めてあった馬車で郊外へ連れて行かれた。到着した頃には夜も深くなり、どこの酒場も閉店して静寂と闇が街を支配していた。
別荘は花の香りが漂う庭園を超えた先に聳え立っていた。シャーラ様を含めて数人ほどしか住んでいないとのことだけれど、勿体ないと思ってしまうほどの豪邸だった。
私のような女が、本当にこんなところでお世話になっていいのだろうか。そんな不安で動けなくなっている私を、シャーラ様が「寒いから、早く中に入るわよ」と引き摺っていく。
「おかえりなさいませ、シャーラ様」
玄関ではメイドが待っていた。主人を出迎えるために、こんな時間まで起きているなんて大変……と思っていると、
「こ、こちらの方はどなたです?」
私を見てぎょっとした表情でシャーラ様に尋ねた。
「こないだ辞めたエディットの代わりよ。拾って来ちゃった」
「代わりって……見るからに衰弱しているじゃないですか。こんな弱った人間を働かせようだなんて、無茶なことをさせてはいけません」
「何も明日からすぐとは言っていないでしょ」
メイドに注意されてシャーラ様が頬を膨らませる。
いけない、私のせいで……。
「あ、あのご心配には及びません。明日から早速働かせてください」
「ダメです。事情は分かりませんが、まずはお体を休めてください」
怒りの矛先が私に向けられてしまった。けれど私を心配してのことだから、怖いとは感じない。
「ミリル、その子を客室に連れて行って寝かせてあげて」
「はい。シャーラ様も今夜はもうお休みください。お酒をたくさんお飲みになったでしょう?」
「やだわ、一杯だけよ」
そう笑って答えると、シャーラ様は一人廊下を歩き始めた。
残された私は、ミリルさんというメイドに客室へと案内された。広々としていて、装飾は殆どなされていない素朴な室内。日頃からきちんと掃除と換気を行っているのか、清潔な空気の匂いがした。
「失礼ですが、お名前は?」
「アンリエッタです」
「ではアンリエッタ様、こちらの寝間着にお着替えください。ドレスのままでは寝つけないでしょうから」
「ありがとうございます……」
「いえ。では私は廊下に出ていますので、着替え終わったらお呼びください。ドレスは洗濯しますので」
まさに至れり尽くせりだ。ミリルさんが部屋から出たので、あまり待たせないように急いで着替える。肌触りがよくて、ふんわりと優しい香り……。それに袖が緩めにできていて、窮屈感がない。これなら安眠できそうと思っていると、
「え……!?」
ずっと着けていたはずのネックレスがなくなっていた。慌てて床を確認したり、脱いだドレスを調べてみたけれど見つからない。
どうしよう。どこかで落としてしまったのかも……!
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「ああ、よかった。ちょうどいいサイズですね」
「は、はい。それにとっても動きやすいで……ミリルさん?」
何かに気づいたらしいミリルさんが硬い表情を見せる。その視線の先は私の腕。
あ、袖がこういう作りになっているから……
「も、申し訳ありません、見苦しいものをお見せしてしまって……」
「その腕、シャーラ様はご覧になりましたか?」
私が首を横に振ると、ミリルさんは「少々お待ちください」と言って部屋から出て行ってしまった。そして数分後に戻ってきた。
シャーラ様を連れて。
「……アンリエッタ、あなたの腕を見せてちょうだい」
硬い声で言われたら断れない。私は恐る恐る袖を捲って、痣だらけの腕をシャーラ様とミリルさんに見せるしかなかった。
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