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8.苦情
「リリティーヌ奥様、あの平民の娘どうにかならないでしょうか……?」
深刻そうな顔で私に相談して来たのは、厨房担当のメイドだった。
どうしたのかと聞いてみれば、レナが厨房に無断で入って来るので困っているとのこと。
味見と称してつまみ食いしたり、私のために作ったお菓子を持ち去ったり……
「料理人たちも、もうカンカンですよ。奥様のお菓子を勝手に食べて、味付けに文句を言って来ますし」
「あ、あの女そんなことをしてるの?」
あまりの暴走ぶりに私が仰天していると、メイドはふかーい溜め息をついた。
「私たちもやめるように何度も注意したんです。そうしたら……」
「そうしたら?」
「旦那様に『レナを怖がらせるな』とお叱りを受けてしまいました……」
「……分かったわ。あの馬鹿娘を何とかするようにと、私がエリオットに掛け合ってみましょう」
私がそう言うと、メイドから「ありがとうございます……!」と泣きそうな声でお礼を言われた。
レナのことでずっと悩み続けていたのだろう。
彼女の姿を見て、私は心が痛むと同時に、あの馬鹿二人への怒りが沸き上がった。
許すまじ……!
憤怒のオーラを纏いながら、エリオットのいる執務室へ向かう。
ドアをノックしてから中に入ると、エリオットは「どうしたんだい、リリティーヌ?」と笑顔で私を出迎えた。
以前だったら、その微笑みに癒されただろう。だけど今は、見ているだけで腹が立ってくる。
私は彼の机をバンッと叩いて、口を開いた。
「エリオット、レナのことで話があるんだけど」
そしてメイドから聞かされたレナの悪行を、全て語った。
私怨もあるせいで、語気も荒くなる。
エリオットはそんな私の話に、うんうんと頷きながら耳を傾けて、
「リリティーヌ……君は心が狭いよ」
哀れむような表情で言った。
「使用人たちは平民のレナが屋敷で暮らしていることが、どうも気に入らないみたいでね。ちょっとしたことで、すぐに彼女を咎めるんだ」
「全然ちょっとしたことじゃないわ。私のお菓子まで勝手に食べてしまうのよ?」
「小さな子供の悪戯のようなものだよ。可愛いものじゃないか」
「子供がやるようなことを、大の大人がやってるから問題なの! あの子、レストランで働いているんでしょ? まさか、そこでも……」
私がそう言いかけると、エリオットはむっとした顔で反論した。
「そんなことを職場ですると思っているのかい?」
「だって、うちの屋敷でしてるじゃない」
「それはいいんだよ。だって、今はここが自宅のようなものだからね」
……駄目だこりゃ。
私はこめかみに手を添えながら、自分の限界を悟った。
無理よ。こんな平民の娘にあまあまな男を説得するなんて、私には土台無理な話だった……
それに一つ、嫌な予感がする。
「エリオット……あなた、まさかとは思うけど、レナとこっそりやり直そうとか考えていないわよね?」
「えっ、い、いや、そんなわけじゃないか。僕はもう君一筋なんだからさ」
「ふーん……」
「今の僕とレナは、単なる友人みたいなものだ。誤解されると、僕も悲しいな」
あからさまに目を泳がせているし、声も上擦っている。
なんて分かりやすいんだろう、この男……
ある意味感心していると、ノックもなしに執務室のドアが開いた。
その隙間から顔を覗かせているのは、たった今話題に上がっていた人物。
「エリオット様~。まだですか~?」
「ああ。そろそろ行こうか」
媚びた声のレナに、エリオットも笑顔で返す。
その様子を冷めた表情で眺めていると、エリオットは慌てた口調で私に説明した。
「レナが、もっと広いベッドが欲しいって言うからね。これから買いに行くんだ」
「そうなんですっ。エリオット様は、レナのお願いを何でも聞いてくれるんです!」
レナの言葉に、エリオットが照れ臭そうに笑う。
私はそんな夫に一つ質問してみることにした。
「ねえ、エリオット」
「何だい?」
「今日は何の日か覚えてる?」
「え? 何だったかなぁ……建国記念日は来月だし……」
正解は、私たちの婚約記念日です。
深刻そうな顔で私に相談して来たのは、厨房担当のメイドだった。
どうしたのかと聞いてみれば、レナが厨房に無断で入って来るので困っているとのこと。
味見と称してつまみ食いしたり、私のために作ったお菓子を持ち去ったり……
「料理人たちも、もうカンカンですよ。奥様のお菓子を勝手に食べて、味付けに文句を言って来ますし」
「あ、あの女そんなことをしてるの?」
あまりの暴走ぶりに私が仰天していると、メイドはふかーい溜め息をついた。
「私たちもやめるように何度も注意したんです。そうしたら……」
「そうしたら?」
「旦那様に『レナを怖がらせるな』とお叱りを受けてしまいました……」
「……分かったわ。あの馬鹿娘を何とかするようにと、私がエリオットに掛け合ってみましょう」
私がそう言うと、メイドから「ありがとうございます……!」と泣きそうな声でお礼を言われた。
レナのことでずっと悩み続けていたのだろう。
彼女の姿を見て、私は心が痛むと同時に、あの馬鹿二人への怒りが沸き上がった。
許すまじ……!
憤怒のオーラを纏いながら、エリオットのいる執務室へ向かう。
ドアをノックしてから中に入ると、エリオットは「どうしたんだい、リリティーヌ?」と笑顔で私を出迎えた。
以前だったら、その微笑みに癒されただろう。だけど今は、見ているだけで腹が立ってくる。
私は彼の机をバンッと叩いて、口を開いた。
「エリオット、レナのことで話があるんだけど」
そしてメイドから聞かされたレナの悪行を、全て語った。
私怨もあるせいで、語気も荒くなる。
エリオットはそんな私の話に、うんうんと頷きながら耳を傾けて、
「リリティーヌ……君は心が狭いよ」
哀れむような表情で言った。
「使用人たちは平民のレナが屋敷で暮らしていることが、どうも気に入らないみたいでね。ちょっとしたことで、すぐに彼女を咎めるんだ」
「全然ちょっとしたことじゃないわ。私のお菓子まで勝手に食べてしまうのよ?」
「小さな子供の悪戯のようなものだよ。可愛いものじゃないか」
「子供がやるようなことを、大の大人がやってるから問題なの! あの子、レストランで働いているんでしょ? まさか、そこでも……」
私がそう言いかけると、エリオットはむっとした顔で反論した。
「そんなことを職場ですると思っているのかい?」
「だって、うちの屋敷でしてるじゃない」
「それはいいんだよ。だって、今はここが自宅のようなものだからね」
……駄目だこりゃ。
私はこめかみに手を添えながら、自分の限界を悟った。
無理よ。こんな平民の娘にあまあまな男を説得するなんて、私には土台無理な話だった……
それに一つ、嫌な予感がする。
「エリオット……あなた、まさかとは思うけど、レナとこっそりやり直そうとか考えていないわよね?」
「えっ、い、いや、そんなわけじゃないか。僕はもう君一筋なんだからさ」
「ふーん……」
「今の僕とレナは、単なる友人みたいなものだ。誤解されると、僕も悲しいな」
あからさまに目を泳がせているし、声も上擦っている。
なんて分かりやすいんだろう、この男……
ある意味感心していると、ノックもなしに執務室のドアが開いた。
その隙間から顔を覗かせているのは、たった今話題に上がっていた人物。
「エリオット様~。まだですか~?」
「ああ。そろそろ行こうか」
媚びた声のレナに、エリオットも笑顔で返す。
その様子を冷めた表情で眺めていると、エリオットは慌てた口調で私に説明した。
「レナが、もっと広いベッドが欲しいって言うからね。これから買いに行くんだ」
「そうなんですっ。エリオット様は、レナのお願いを何でも聞いてくれるんです!」
レナの言葉に、エリオットが照れ臭そうに笑う。
私はそんな夫に一つ質問してみることにした。
「ねえ、エリオット」
「何だい?」
「今日は何の日か覚えてる?」
「え? 何だったかなぁ……建国記念日は来月だし……」
正解は、私たちの婚約記念日です。
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