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本編
19.必要なこと
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私はヴィクターの家の馬車で送ってもらっている。
学園の卒業パーティーだったので、今日は侍女を連れていなかった私と、従者が御者も兼ねているヴィクター。
結果的に今は二人きりになってしまって……。
幼なじみで気安い間柄でも王子の婚約者だった私とヴィクターが、こうやって二人だけになることは何年も無かったせいで、どうにもこうにも居心地が悪い。
目の前に座るヴィクターと目を合わせるなんて、とてもではないが無理だった。
けれど彼からの視線は感じている。
「グレイシア」
「な、なに?」
「どうしてこっち見ないんだよ」
「どうしてって……」
「こうやって二人で話すの、久しぶりだろ? ちゃんと顔見て話したいんだけど」
そう言われると顔を逸らしている事もできなくて……。
私は思い切って彼を見た。
「やっとこっち向いたね」
すごく嬉しそうに笑ってる。
何がそんなに楽しいのだろう?
「あの……ありがとう」
「何が?」
「私だけだったら、きっと婚約破棄って言われて、大騒ぎになって、その場を収めることはできたかもしれないけど、それだけで何も変わらなかったと思うから」
「そんな事はないよ。きっとフールとルーザリアの陰謀めいた事は、俺が手伝わなかったとしてもグレイシアなら解決できたと思うよ」
「でも、婚約破棄まではできなかったでしょう?」
「それは……きっとグレイシアは『できない』じゃなくて『やらなかった』と思うよ」
後ろ向きに『どうせ私なんて』と思っていた所へそう言われ、私はびっくりして目を瞬いた。
できないとやらないは確かに違う。
そして今回の件は、その場では婚約破棄を受け入れ──むしろ歓迎さえしていたけれど、すべてが明らかになった時点で王妃殿下の要請を受け入れ、元鞘に納まるどころか最初から無かった事にした可能性が高いと想像できてしまったから。
「それなら、なおさら感謝するわ。本当にありがとう」
「そんなに素直になられると調子狂うな」
「ひどい。私はいつでも素直です」
「そうかな? 俺には素直じゃない時のほうが多かったような……」
「そんな事は……あるかも」
「やっぱり自覚はあるんだ?」
「それはその……これからは気を付けるわ」
「おぉ! 今日は前向きだな。俺は大歓迎だけど」
「もう。揶揄わないでちょうだい」
どうしてか恥ずかしくなってきた私は口を尖らせ横を向いて、一度冷静になろうと試みた。
だけどヴィクターはそんな事は御構いなしで、クスクス笑いながら私を見続けている。
見られていると思ったら、もうダメだった。
ドキドキが止まらなくて、私の体は一体どうなってしまったのかと不安になる。
これはもう、何か他の事で気を紛らわすしかない。
「それはそうと……王妃殿下との取引。あれで良かったの?」
「アレって?」
「だから『私とクラウン殿下の婚約解消』よ。ヴィクターはそれ以外要求しなかったじゃない」
こんなこと言って彼が気を悪くしないかと不安になるけど、後日改めて聞くなんてできないって分かるから、聞くなら今しかないと思った。
「まぁ、取り引きしたい事は探せばほかにもあっただろうけど……。そんなのは自分でやろうと思ったらできない事も無い。だけどグレイシアと殿下の婚約だけは別だ。あれは俺がどんなに頑張っても、王族側の承諾が必須だからね」
「だからって、何もヴィクターが私のためにそこまでする必要は無かったのに。申し訳なくて……」
私は何にもできなくて、ヴィクターの貴重な切り札を無駄に使わせてしまった罪悪感から手放しで喜べない自分がいた。
段々視線が落ちて膝小僧の辺りを睨み付ける。
「必要はあったさ。っていうか、もの凄く必要だったよ」
「え?」
その言葉と共にヴィクターは私の隣に移ってきた。
そして私の右手を救い上げる。
釣られて顔を上げると驚くほど近くに彼の顔があって、春の日差しのような温かい笑みを向けられた。
学園の卒業パーティーだったので、今日は侍女を連れていなかった私と、従者が御者も兼ねているヴィクター。
結果的に今は二人きりになってしまって……。
幼なじみで気安い間柄でも王子の婚約者だった私とヴィクターが、こうやって二人だけになることは何年も無かったせいで、どうにもこうにも居心地が悪い。
目の前に座るヴィクターと目を合わせるなんて、とてもではないが無理だった。
けれど彼からの視線は感じている。
「グレイシア」
「な、なに?」
「どうしてこっち見ないんだよ」
「どうしてって……」
「こうやって二人で話すの、久しぶりだろ? ちゃんと顔見て話したいんだけど」
そう言われると顔を逸らしている事もできなくて……。
私は思い切って彼を見た。
「やっとこっち向いたね」
すごく嬉しそうに笑ってる。
何がそんなに楽しいのだろう?
「あの……ありがとう」
「何が?」
「私だけだったら、きっと婚約破棄って言われて、大騒ぎになって、その場を収めることはできたかもしれないけど、それだけで何も変わらなかったと思うから」
「そんな事はないよ。きっとフールとルーザリアの陰謀めいた事は、俺が手伝わなかったとしてもグレイシアなら解決できたと思うよ」
「でも、婚約破棄まではできなかったでしょう?」
「それは……きっとグレイシアは『できない』じゃなくて『やらなかった』と思うよ」
後ろ向きに『どうせ私なんて』と思っていた所へそう言われ、私はびっくりして目を瞬いた。
できないとやらないは確かに違う。
そして今回の件は、その場では婚約破棄を受け入れ──むしろ歓迎さえしていたけれど、すべてが明らかになった時点で王妃殿下の要請を受け入れ、元鞘に納まるどころか最初から無かった事にした可能性が高いと想像できてしまったから。
「それなら、なおさら感謝するわ。本当にありがとう」
「そんなに素直になられると調子狂うな」
「ひどい。私はいつでも素直です」
「そうかな? 俺には素直じゃない時のほうが多かったような……」
「そんな事は……あるかも」
「やっぱり自覚はあるんだ?」
「それはその……これからは気を付けるわ」
「おぉ! 今日は前向きだな。俺は大歓迎だけど」
「もう。揶揄わないでちょうだい」
どうしてか恥ずかしくなってきた私は口を尖らせ横を向いて、一度冷静になろうと試みた。
だけどヴィクターはそんな事は御構いなしで、クスクス笑いながら私を見続けている。
見られていると思ったら、もうダメだった。
ドキドキが止まらなくて、私の体は一体どうなってしまったのかと不安になる。
これはもう、何か他の事で気を紛らわすしかない。
「それはそうと……王妃殿下との取引。あれで良かったの?」
「アレって?」
「だから『私とクラウン殿下の婚約解消』よ。ヴィクターはそれ以外要求しなかったじゃない」
こんなこと言って彼が気を悪くしないかと不安になるけど、後日改めて聞くなんてできないって分かるから、聞くなら今しかないと思った。
「まぁ、取り引きしたい事は探せばほかにもあっただろうけど……。そんなのは自分でやろうと思ったらできない事も無い。だけどグレイシアと殿下の婚約だけは別だ。あれは俺がどんなに頑張っても、王族側の承諾が必須だからね」
「だからって、何もヴィクターが私のためにそこまでする必要は無かったのに。申し訳なくて……」
私は何にもできなくて、ヴィクターの貴重な切り札を無駄に使わせてしまった罪悪感から手放しで喜べない自分がいた。
段々視線が落ちて膝小僧の辺りを睨み付ける。
「必要はあったさ。っていうか、もの凄く必要だったよ」
「え?」
その言葉と共にヴィクターは私の隣に移ってきた。
そして私の右手を救い上げる。
釣られて顔を上げると驚くほど近くに彼の顔があって、春の日差しのような温かい笑みを向けられた。
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