20 / 42
本編
20.解放
しおりを挟む
ランプの灯りしかない馬車の中は薄暗く、その心許ない明るさの中灰金髪と鷲目石のような銀の瞳が、幻想的な美しさで輝いている。
私の記憶に強く残っているヴィクターはまだ少年時代の姿で、青年と呼べる年齢に育った彼とこんなに近付いたのは初めてだった。
ほんの少し前までは従兄弟や兄弟とそれほど変わらない、対等な関係の友人だったのを……ここ数時間で身近な異性へと認識を改めたばかりだったのに……。
まだヴィクターとどんな距離感で接すれば良いか分からなかった私は戸惑い、その雄々しくも美しい獣のような瞳に射られて、胸が爆発しそうなくらい高鳴っていた。
「俺は殿下の婚約者の『グレイシア王太子妃候補』を自由にしたかったんだ」
「え?」
「ただのパール侯爵令嬢に……俺の幼なじみの『シア』に戻したかった」
クラウン殿下と婚約する前にヴィクターが呼んでいた愛称で呼ばれ、くすぐったい気持ちになる。
「私は自由じゃなかった?」
クラウン殿下の婚約者としては行動制限も緩く、割と自由に何でもさせてもらっていたと思っていたのだけど……?
どうしてそんな結論に至ったのかと首を傾げる。
「少なくともあれはシアが望んだ場所じゃなかった」
「王家に望まれたのだから、それは言っても意味がないわ」
「でも。その原因を作ったのが俺だってことが……自分で許せなかった」
「それは違うわ!」
その言葉に異常な反発をしてしまった。
思わず見上げた先で、真剣な彼の瞳とかち合って動揺する。
今この空気を乱したらいけない気がして──だから慎重に言葉を紡いだ。
「殿下の婚約者に指名された事はヴィクターと関係ないわ。少なくとも私は、ヴィクターのせいだなんて一度も思った事ないのよ?」
確かに、王太子妃になるのを夢見ていた令嬢はたくさんいた。
そして私が殿下の婚約者という立場を有り難がっていないなど、けしからん事だとお叱りを受けることもあった。
現にその事でライバル視されたり嫌がらせされたりも経験している。
しかし選ばれてしまった以上、自力で変えようが無いのも事実で……。
だからってそれを誰かのせいにはしたくない。
それをどう説明したら良いか悩んでいる私をヴィクターは何か勘違いしたみたいだ。
彼は沈痛な面持ちでおずおずと問いかけてきた。
「殿下と……あのまま結婚したかった?」
「そんなことない。今もホッとしてる。国王陛下からの声掛かりだなんて、絶対覆せないって思ってたから……」
即答したら、小さく安堵の息が聞こえた。
「余計なことしたのかと思った……」
「婚約解消できたのは嬉しいの。だけど、その可能性すら私は考えた事がなかった。それが情けなくて……」
ダメだと勝手に決め付けて諦めていたのは私だ。
自分の決まってしまった未来をそういうものだと無理に納得させて、全部の苦労を自分で背負い込もうとしてた。
それすら気が付いてなかった。
もっと前に、自分とパール侯爵家を最大限に活用して根回しを念入りにやっていたら……?
今頃とっくに婚約解消できたのではないかって、ヴィクターに罪悪感を持たせないで済んだかもしれないって、思ってしまった。
「手を貸してくれる人はいたのに、素直に『助けて』って言えなかったのは私だもの……」
私はゆるく首を振って『ヴィクターは悪くない』って伝えたつもりだけど、どこまで伝わるだろう?
握られた手は離されず、彼の親指が手の甲を撫でる。
「ずっと後悔していたんだ。あの時、俺が変な意地を張らなかったらって……」
私の記憶に強く残っているヴィクターはまだ少年時代の姿で、青年と呼べる年齢に育った彼とこんなに近付いたのは初めてだった。
ほんの少し前までは従兄弟や兄弟とそれほど変わらない、対等な関係の友人だったのを……ここ数時間で身近な異性へと認識を改めたばかりだったのに……。
まだヴィクターとどんな距離感で接すれば良いか分からなかった私は戸惑い、その雄々しくも美しい獣のような瞳に射られて、胸が爆発しそうなくらい高鳴っていた。
「俺は殿下の婚約者の『グレイシア王太子妃候補』を自由にしたかったんだ」
「え?」
「ただのパール侯爵令嬢に……俺の幼なじみの『シア』に戻したかった」
クラウン殿下と婚約する前にヴィクターが呼んでいた愛称で呼ばれ、くすぐったい気持ちになる。
「私は自由じゃなかった?」
クラウン殿下の婚約者としては行動制限も緩く、割と自由に何でもさせてもらっていたと思っていたのだけど……?
どうしてそんな結論に至ったのかと首を傾げる。
「少なくともあれはシアが望んだ場所じゃなかった」
「王家に望まれたのだから、それは言っても意味がないわ」
「でも。その原因を作ったのが俺だってことが……自分で許せなかった」
「それは違うわ!」
その言葉に異常な反発をしてしまった。
思わず見上げた先で、真剣な彼の瞳とかち合って動揺する。
今この空気を乱したらいけない気がして──だから慎重に言葉を紡いだ。
「殿下の婚約者に指名された事はヴィクターと関係ないわ。少なくとも私は、ヴィクターのせいだなんて一度も思った事ないのよ?」
確かに、王太子妃になるのを夢見ていた令嬢はたくさんいた。
そして私が殿下の婚約者という立場を有り難がっていないなど、けしからん事だとお叱りを受けることもあった。
現にその事でライバル視されたり嫌がらせされたりも経験している。
しかし選ばれてしまった以上、自力で変えようが無いのも事実で……。
だからってそれを誰かのせいにはしたくない。
それをどう説明したら良いか悩んでいる私をヴィクターは何か勘違いしたみたいだ。
彼は沈痛な面持ちでおずおずと問いかけてきた。
「殿下と……あのまま結婚したかった?」
「そんなことない。今もホッとしてる。国王陛下からの声掛かりだなんて、絶対覆せないって思ってたから……」
即答したら、小さく安堵の息が聞こえた。
「余計なことしたのかと思った……」
「婚約解消できたのは嬉しいの。だけど、その可能性すら私は考えた事がなかった。それが情けなくて……」
ダメだと勝手に決め付けて諦めていたのは私だ。
自分の決まってしまった未来をそういうものだと無理に納得させて、全部の苦労を自分で背負い込もうとしてた。
それすら気が付いてなかった。
もっと前に、自分とパール侯爵家を最大限に活用して根回しを念入りにやっていたら……?
今頃とっくに婚約解消できたのではないかって、ヴィクターに罪悪感を持たせないで済んだかもしれないって、思ってしまった。
「手を貸してくれる人はいたのに、素直に『助けて』って言えなかったのは私だもの……」
私はゆるく首を振って『ヴィクターは悪くない』って伝えたつもりだけど、どこまで伝わるだろう?
握られた手は離されず、彼の親指が手の甲を撫でる。
「ずっと後悔していたんだ。あの時、俺が変な意地を張らなかったらって……」
64
あなたにおすすめの小説
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~
キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。
その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。
絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。
今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。
それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!?
※カクヨムにも掲載中の作品です。
真実の愛とやらの結末を見せてほしい~婚約破棄された私は、愚か者たちの行く末を観察する~
キョウキョウ
恋愛
私は、イステリッジ家のエルミリア。ある日、貴族の集まる公の場で婚約を破棄された。
真実の愛とやらが存在すると言い出して、その相手は私ではないと告げる王太子。冗談なんかではなく、本気の目で。
他にも婚約を破棄する理由があると言い出して、王太子が愛している男爵令嬢をいじめたという罪を私に着せようとしてきた。そんなこと、していないのに。冤罪である。
聞くに堪えないような侮辱を受けた私は、それを理由に実家であるイステリッジ公爵家と一緒に王家を見限ることにしました。
その後、何の関係もなくなった王太子から私の元に沢山の手紙が送られてきました。しつこく、何度も。でも私は、愚かな王子と関わり合いになりたくありません。でも、興味はあります。真実の愛とやらは、どんなものなのか。
今後は遠く離れた別の国から、彼らの様子と行く末を眺めて楽しもうと思います。
そちらがどれだけ困ろうが、知ったことではありません。運命のお相手だという女性と存分に仲良くして、真実の愛の結末を、ぜひ私に見せてほしい。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開は、ほぼ変わりません。加筆修正して、新たに連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる