21 / 42
本編
21.ヴィックとシア
しおりを挟む
ヴィクターの言う、あの時……。
それはきっと、私たちが十才になる少し前の事。
フォックス公爵家嫡男のヴィクターと、パール侯爵家長女グレイシアの婚約話が持ち上がった。
二人は同じ歳の幼なじみ、仲も良さそうだし家格も合う。
上位貴族の女子は同格かそれ以上の家に嫁ぐのが理想なのに、政治やら派閥やらの関係で私が嫁げる家は限られていた。
親も早く婚約者を決めて安心したかったらしく、私たちの婚約はほぼ決定に近かったと思う。
そんなある日、私たちはケンカをした。
今では理由すらうろ覚えなほどの、ほんのちょっとした理由で。
でも子供同士のケンカが婚約に関係するなどありえない。
普通なら記憶の隅にも残らない出来事のはずだった。
それなのに……。
本当に運が悪かったとしか言いようがない。
あえて言うなら、その場所が王宮のバラ園だった事が災いしたのだろう。
ケンカして怒ったヴィクターは、私をその場に残し一緒に来ていた私の兄を追い掛けて行ってしまう。
残された私は悔しくて……泣きたくないのに勝手に零れ落ちる涙をどうする事もできず途方に暮れていた。
とにかく泣き止もう。
そう思いながらとぼとぼ歩いてやっと見つけたベンチは、バラ園で一番景色の良い場所にあった。
そしてその日、珍しい種類のバラが見頃と聞いて散歩にやって来た、王妃殿下とクラウン殿下に初めて出逢う。
まだ王宮のお茶会に出たこともなかった私だったが、ほんの小一時間の邂逅で王妃殿下に気に入られてしまった。
次の日には王宮から仰々しい招待状が届き、王妃殿下の特別なお茶会に出た直後、婚約の打診が来た。
こうして私とヴィクターの婚約話は白紙に戻されることとなる。
そのあと王家からの申し入れを何度も躱していた父だが、結局断りきれず王立学園入学直前に私とクラウン殿下との婚約が発表された。
* * * * *
そうだ。
あれ以来ずっと、私もヴィクターと呼んでいる。
それもヴィクターがクラウン殿下の側近候補だから辛うじて名前呼びができるだけで、本来ならフォックス様と呼ぶべきところなのだ。
思い返すと、最後にヴィクターを愛称で呼んだのは後日、あのケンカの仲直りをした時が最後だったかもしれない。
そうか。
私はまたヴィクターを愛称で呼べるようになったのね?
「……ヴィック」
私がそう呼んだら彼の手が止まった。
ゆっくりとお互いに目を合わせる。
「自由にしてくれてありがとう、ヴィック」
ほんの一瞬だけ泣き笑いのような顔を見せた彼。
「……また呼んでもらえる日を長いこと夢見てた……もう一回呼んで?」
「ヴィック、あなたが呼べるようにしてくれたのよ?」
何だかおかしくて笑ったら、目の前が真っ暗になって息が止まった。
シトラスの香りに包まれ、どうなったのか分からなくて混乱してたら、頭の上から声が聞こえる。
「やっと取り戻せた……」
それで『あぁ。私ヴィックに抱きしめられてるんだ』って理解が追い付いた。
それはきっと、私たちが十才になる少し前の事。
フォックス公爵家嫡男のヴィクターと、パール侯爵家長女グレイシアの婚約話が持ち上がった。
二人は同じ歳の幼なじみ、仲も良さそうだし家格も合う。
上位貴族の女子は同格かそれ以上の家に嫁ぐのが理想なのに、政治やら派閥やらの関係で私が嫁げる家は限られていた。
親も早く婚約者を決めて安心したかったらしく、私たちの婚約はほぼ決定に近かったと思う。
そんなある日、私たちはケンカをした。
今では理由すらうろ覚えなほどの、ほんのちょっとした理由で。
でも子供同士のケンカが婚約に関係するなどありえない。
普通なら記憶の隅にも残らない出来事のはずだった。
それなのに……。
本当に運が悪かったとしか言いようがない。
あえて言うなら、その場所が王宮のバラ園だった事が災いしたのだろう。
ケンカして怒ったヴィクターは、私をその場に残し一緒に来ていた私の兄を追い掛けて行ってしまう。
残された私は悔しくて……泣きたくないのに勝手に零れ落ちる涙をどうする事もできず途方に暮れていた。
とにかく泣き止もう。
そう思いながらとぼとぼ歩いてやっと見つけたベンチは、バラ園で一番景色の良い場所にあった。
そしてその日、珍しい種類のバラが見頃と聞いて散歩にやって来た、王妃殿下とクラウン殿下に初めて出逢う。
まだ王宮のお茶会に出たこともなかった私だったが、ほんの小一時間の邂逅で王妃殿下に気に入られてしまった。
次の日には王宮から仰々しい招待状が届き、王妃殿下の特別なお茶会に出た直後、婚約の打診が来た。
こうして私とヴィクターの婚約話は白紙に戻されることとなる。
そのあと王家からの申し入れを何度も躱していた父だが、結局断りきれず王立学園入学直前に私とクラウン殿下との婚約が発表された。
* * * * *
そうだ。
あれ以来ずっと、私もヴィクターと呼んでいる。
それもヴィクターがクラウン殿下の側近候補だから辛うじて名前呼びができるだけで、本来ならフォックス様と呼ぶべきところなのだ。
思い返すと、最後にヴィクターを愛称で呼んだのは後日、あのケンカの仲直りをした時が最後だったかもしれない。
そうか。
私はまたヴィクターを愛称で呼べるようになったのね?
「……ヴィック」
私がそう呼んだら彼の手が止まった。
ゆっくりとお互いに目を合わせる。
「自由にしてくれてありがとう、ヴィック」
ほんの一瞬だけ泣き笑いのような顔を見せた彼。
「……また呼んでもらえる日を長いこと夢見てた……もう一回呼んで?」
「ヴィック、あなたが呼べるようにしてくれたのよ?」
何だかおかしくて笑ったら、目の前が真っ暗になって息が止まった。
シトラスの香りに包まれ、どうなったのか分からなくて混乱してたら、頭の上から声が聞こえる。
「やっと取り戻せた……」
それで『あぁ。私ヴィックに抱きしめられてるんだ』って理解が追い付いた。
66
あなたにおすすめの小説
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~
キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。
その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。
絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。
今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。
それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!?
※カクヨムにも掲載中の作品です。
真実の愛とやらの結末を見せてほしい~婚約破棄された私は、愚か者たちの行く末を観察する~
キョウキョウ
恋愛
私は、イステリッジ家のエルミリア。ある日、貴族の集まる公の場で婚約を破棄された。
真実の愛とやらが存在すると言い出して、その相手は私ではないと告げる王太子。冗談なんかではなく、本気の目で。
他にも婚約を破棄する理由があると言い出して、王太子が愛している男爵令嬢をいじめたという罪を私に着せようとしてきた。そんなこと、していないのに。冤罪である。
聞くに堪えないような侮辱を受けた私は、それを理由に実家であるイステリッジ公爵家と一緒に王家を見限ることにしました。
その後、何の関係もなくなった王太子から私の元に沢山の手紙が送られてきました。しつこく、何度も。でも私は、愚かな王子と関わり合いになりたくありません。でも、興味はあります。真実の愛とやらは、どんなものなのか。
今後は遠く離れた別の国から、彼らの様子と行く末を眺めて楽しもうと思います。
そちらがどれだけ困ろうが、知ったことではありません。運命のお相手だという女性と存分に仲良くして、真実の愛の結末を、ぜひ私に見せてほしい。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開は、ほぼ変わりません。加筆修正して、新たに連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる