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第三話 ヘンゼルとグレーテル
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珈琲と焼き菓子の店「ヘンゼルとグレーテル」は三階建ての一階にあり、二階と三階はそれぞれ悠斗と芽衣兄妹、響子の居住スペースになっている。ショックで倒れてしまった菜々美は、二階の芽衣の部屋のベッドに寝かされていた。
「大丈夫ですか?」
しばらくして、心配したバイトのヒナタと千夏が顔を出した。
「ごめんなさい。本当は悠斗さんや芽衣ちゃんの方がもっと心配なんでしょうに……しっかりしないといけないわたしが逆にお世話かけちゃって……」
顔色も戻ってきた菜々美はしきりと芽衣たちに謝った。
「菜々美さん、あとは大丈夫だから心配しないで。警察の方はお兄ちゃんが全部やってくれるからね。安心してもう少し休んでて」
側に座った芽衣が優しく言葉を掛けた。
菜々美も起き上がって、やっとみんな落ち着いてきたそんな時に、店のドアが開き入ってくる人物がいた。
「チャリン」
ドアの呼び鈴が鳴って、陣内が顔を出したのだ。
「あ、陣内さん。どうしたんですか?」
対応に降りてきたヒナタは少し嬉しそうに尋ねた。
「すまないな、四人に少し話を聞かせて欲しいんだ。大丈夫かな?」
陣内の真剣な態度に後から降りてきた芽衣が代表して答える。
「分かりました。菜々美さんと千夏を呼んできますので、お待ち下さい」
そう言って階段を上がっていった。
「事情聴取?」
「まあ、そんなところだ」
納得してヒナタは椅子を並べて、自分は一番端っこに座ってみんなが集まるのを待った。
しばらくして、警察に行った悠斗を除いた四人全員が揃う。陣内は落ち着いた声で話し始めた。
「昨日の皆さんの行動を詳しく教えて下さい。まずは芽衣さんから」
「わたしですか。昨日は朝起きてお店に降りた時にはもう響子さんは出かけていました。それから大学の講義があったので丸一日大学です。帰ってきたのは夕方六時をまわっていました」
「証明できる人物はいますか?」
「クラスの数名が一緒でしたから出来ると思います」
「ありがとうございました。次は、菜々美さんですが」
「あの、わたしたちも疑われているんでしょうか?」
不安そうな顔で菜々美は聞き返した。
「一応、捜査上必要な事でして、家族からもお聞きしています」
すまなそうに陣内は頭を下げた。
「わたしも、朝は響子さんには会っていません。昨日は一日がかりでお菓子の家の新作を作っていました。ほぼ一日、調理室にこもっていましたね」
「証明は……」
「顔は出さなかったけど、話はしましたよ。お昼ごはんどうするかとか。お茶入れようかとか。わたしが聞きましたから」
千夏が証言した。
「完成して運びだしたのが夜八時過ぎだったと思います。そう、その頃ヒナタちゃんがお店に来て手伝ってもらったんだね」
思い出したと言うように菜々美はヒナタを見た。
「はい、確かに夜の八時過ぎでした」
ヒナタもうなずいて確かだと証言する。
「ありがとうございました。後は被害者の部屋を見たいのですが」
「すいません、鍵は兄が持っているかも知れませんが、わたしたちは……」
「構いません、そちらは後日改めてお兄さんに立ち会ってもらいます」
陣内は礼儀正しく挨拶をして帰っていった。
隅に座っていたヒナタは、そんな陣内の態度に少し寂しさを感じてはいたが、かと言って彼の仕事の邪魔をすることだけはしたくなかった。
みんなで店に鍵をかけて二階の部屋に戻っていく、その中でヒナタは思い出したことがあったため一人店に残った。
そして、中央のお菓子の家に近づき下からのぞき込んだ。
「ん!」
よく見えずスマホのライトで照らす。
「何で?」
おかしい、そんなはずは無いはずだが。
ねんのためポケットにしまっていたモノをハンカチから取り出して……。
「どうして?」
混乱した頭でヒナタは陣内のスマホに連絡を入れた。数回の呼び出し音の後に、さっきまで顔を合わせていた陣内の声が聞こえる。
「どうした。ヒナタ」
「それが、どうしても分からなくて……」
ヒナタはこの違和感をとりあえず伝えたのだった。
☆ ☆ ☆
陣内と別れ、資料室に向かった石川は、資料室、サイバーセキュリティ室と渡り歩き、現在は盆栽を剪定している老人の話を聞いていた。
「古川くんはあの事件だけが悔やまれる。唯一の汚点だな、しかし、人間だれしも完全ではない。聖人君子にはなれないよ……」
盆栽の剪定の手を休めることもなく元教育委員の老人は話をする。
「もし、その事で命を狙われたとしたら」
「もう十年近くも前のことだぞ。許してやれんのか?」
老人は手を止めて石川に尋ねた。
「殺人犯の事情までは、こっちには分かりませんからね。ありがとうございました。大変参考になりました」
そう言って石川は老人の家を後にした。
石川は古川響子の経歴と過去の事件を照らし合わせて七年前の事件にようやくたどりついた。連続児童惨殺事件の犯人、松崎美里との接点があったのだ。
しかしそれは、六人の惨殺事件ではなく、その前の児童事故死との接点であった。
当時、美里が六年生の担任だった時の校長が古川響子であったのだ。
「サイバーの連中には後で菓子折りでも持っていくかな……」
顔の広い石川は、サイバーセキュリティの手も借り、当時の事情を知る教育委員会OBの住所まで教えてもらったようだ。
急ぎ陣内を呼び出す。
「陣内、急展開だ。被害者と松崎美里がつながった。最初の事件、まあ事故処理だが、その当時の校長が古川響子だ」
「え? あの死神ですか」
「ああ、あれを事故にもみ消したのが古川響子だ!」
「でも、じゃあ誰が殺したんですか?」
「被害者の名前は公表されてなかったな。白河蓮(しらかわれん)だ。何処かで聞いたことないか?」
「え? 白河、もしかして白河菜々美の!」
「そうだ、菜々美は蓮の姉だ!」
毅然とする陣内に畳み掛けるように石川が言う。
「とにかく何でも良いから菜々美を確保しろ! でないと次は……」
「了解です! 店に急行します」
サイレンを鳴らし陣内はもと来た道を急ぎ戻っていった。
「大丈夫ですか?」
しばらくして、心配したバイトのヒナタと千夏が顔を出した。
「ごめんなさい。本当は悠斗さんや芽衣ちゃんの方がもっと心配なんでしょうに……しっかりしないといけないわたしが逆にお世話かけちゃって……」
顔色も戻ってきた菜々美はしきりと芽衣たちに謝った。
「菜々美さん、あとは大丈夫だから心配しないで。警察の方はお兄ちゃんが全部やってくれるからね。安心してもう少し休んでて」
側に座った芽衣が優しく言葉を掛けた。
菜々美も起き上がって、やっとみんな落ち着いてきたそんな時に、店のドアが開き入ってくる人物がいた。
「チャリン」
ドアの呼び鈴が鳴って、陣内が顔を出したのだ。
「あ、陣内さん。どうしたんですか?」
対応に降りてきたヒナタは少し嬉しそうに尋ねた。
「すまないな、四人に少し話を聞かせて欲しいんだ。大丈夫かな?」
陣内の真剣な態度に後から降りてきた芽衣が代表して答える。
「分かりました。菜々美さんと千夏を呼んできますので、お待ち下さい」
そう言って階段を上がっていった。
「事情聴取?」
「まあ、そんなところだ」
納得してヒナタは椅子を並べて、自分は一番端っこに座ってみんなが集まるのを待った。
しばらくして、警察に行った悠斗を除いた四人全員が揃う。陣内は落ち着いた声で話し始めた。
「昨日の皆さんの行動を詳しく教えて下さい。まずは芽衣さんから」
「わたしですか。昨日は朝起きてお店に降りた時にはもう響子さんは出かけていました。それから大学の講義があったので丸一日大学です。帰ってきたのは夕方六時をまわっていました」
「証明できる人物はいますか?」
「クラスの数名が一緒でしたから出来ると思います」
「ありがとうございました。次は、菜々美さんですが」
「あの、わたしたちも疑われているんでしょうか?」
不安そうな顔で菜々美は聞き返した。
「一応、捜査上必要な事でして、家族からもお聞きしています」
すまなそうに陣内は頭を下げた。
「わたしも、朝は響子さんには会っていません。昨日は一日がかりでお菓子の家の新作を作っていました。ほぼ一日、調理室にこもっていましたね」
「証明は……」
「顔は出さなかったけど、話はしましたよ。お昼ごはんどうするかとか。お茶入れようかとか。わたしが聞きましたから」
千夏が証言した。
「完成して運びだしたのが夜八時過ぎだったと思います。そう、その頃ヒナタちゃんがお店に来て手伝ってもらったんだね」
思い出したと言うように菜々美はヒナタを見た。
「はい、確かに夜の八時過ぎでした」
ヒナタもうなずいて確かだと証言する。
「ありがとうございました。後は被害者の部屋を見たいのですが」
「すいません、鍵は兄が持っているかも知れませんが、わたしたちは……」
「構いません、そちらは後日改めてお兄さんに立ち会ってもらいます」
陣内は礼儀正しく挨拶をして帰っていった。
隅に座っていたヒナタは、そんな陣内の態度に少し寂しさを感じてはいたが、かと言って彼の仕事の邪魔をすることだけはしたくなかった。
みんなで店に鍵をかけて二階の部屋に戻っていく、その中でヒナタは思い出したことがあったため一人店に残った。
そして、中央のお菓子の家に近づき下からのぞき込んだ。
「ん!」
よく見えずスマホのライトで照らす。
「何で?」
おかしい、そんなはずは無いはずだが。
ねんのためポケットにしまっていたモノをハンカチから取り出して……。
「どうして?」
混乱した頭でヒナタは陣内のスマホに連絡を入れた。数回の呼び出し音の後に、さっきまで顔を合わせていた陣内の声が聞こえる。
「どうした。ヒナタ」
「それが、どうしても分からなくて……」
ヒナタはこの違和感をとりあえず伝えたのだった。
☆ ☆ ☆
陣内と別れ、資料室に向かった石川は、資料室、サイバーセキュリティ室と渡り歩き、現在は盆栽を剪定している老人の話を聞いていた。
「古川くんはあの事件だけが悔やまれる。唯一の汚点だな、しかし、人間だれしも完全ではない。聖人君子にはなれないよ……」
盆栽の剪定の手を休めることもなく元教育委員の老人は話をする。
「もし、その事で命を狙われたとしたら」
「もう十年近くも前のことだぞ。許してやれんのか?」
老人は手を止めて石川に尋ねた。
「殺人犯の事情までは、こっちには分かりませんからね。ありがとうございました。大変参考になりました」
そう言って石川は老人の家を後にした。
石川は古川響子の経歴と過去の事件を照らし合わせて七年前の事件にようやくたどりついた。連続児童惨殺事件の犯人、松崎美里との接点があったのだ。
しかしそれは、六人の惨殺事件ではなく、その前の児童事故死との接点であった。
当時、美里が六年生の担任だった時の校長が古川響子であったのだ。
「サイバーの連中には後で菓子折りでも持っていくかな……」
顔の広い石川は、サイバーセキュリティの手も借り、当時の事情を知る教育委員会OBの住所まで教えてもらったようだ。
急ぎ陣内を呼び出す。
「陣内、急展開だ。被害者と松崎美里がつながった。最初の事件、まあ事故処理だが、その当時の校長が古川響子だ」
「え? あの死神ですか」
「ああ、あれを事故にもみ消したのが古川響子だ!」
「でも、じゃあ誰が殺したんですか?」
「被害者の名前は公表されてなかったな。白河蓮(しらかわれん)だ。何処かで聞いたことないか?」
「え? 白河、もしかして白河菜々美の!」
「そうだ、菜々美は蓮の姉だ!」
毅然とする陣内に畳み掛けるように石川が言う。
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