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第四話 ねむり姫
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真っ暗な世界でヒナタは目を覚ました。ぼんやりとした記憶を巻き戻す。確か、わたしは自分の部屋のベッドで寝ていたはずだ。それなのに……。
夜寝る時は必ず照明のスモールライトを点けて寝るのが習慣だった。だから目が覚めて真っ暗なのはどう考えてもおかしい。
ああ、これは夢なんだとやっと理解が追いついた。
だが、手足が動かせない、きっと縛られている夢なのだろう。口にも何かで塞がれている感覚があった。しばらく真っ暗な夢の世界で揺られていると、ピタリと振動が収まる。バタンという音と共に急に光を浴び、その眩しさにヒナタは目を細めた。強引に担ぎ出され車椅子に載せられる、その怖さで体が硬直した。
その時、チラリと男の顔が見えた。どこかで見た顔だった。そう、どこかで……。
ヒナタはぼやっとした頭で記憶の奥を探した。どこかで見た顔、そう、最近見たんだ、雪が降っていた……あの病院、地下室の……。
思い当たり、叫ぼうとした時にはもうすでにヒナタは冷たい水の中に落とされていた。手足は縛られて動けない。叫んでも口も塞がれていて声にならない。そのまま体は暗い水の中に引きずり込まれていく。目の前の明るい水面がどんどんと遠くになっていく……。
「はぁ」とヒナタは息を吸った、汗でびっしょりになっている。その背中の冷たさに思わず大きな悲鳴をあげた。
☆ ☆ ☆
陣内は連絡を受け、早朝にヒナタの家へ車を飛ばした。心配顔の父親が迎い入れた。
「顔を見せてやってください」
そう言われヒナタの部屋に案内されると。母に寄り添われたヒナタが、恥ずかしそうにベッドから起き上がった。
「大騒ぎになっちゃってごめんなさい……」
「ばか、謝ることじゃあないぞ」そう言って頭を優しくなでた。
「ただ、悪い夢を見ただけなんだよ……」
「でも、2回目なんだろう。それも、犯人が出て来た」
陣内の言葉に反論できず、ヒナタはただうつむいた。
「今日は、一応学校はお休みにしました。明日、また改めて保健室の先生と相談してみます」ヒナタのお母さんはそう言って部屋から出ていった。
陣内は優しくヒナタを包み込むように抱きしめた。
「怖かった……怖かったよ~」
ヒナタの泣きじゃくる声はしばらくのあいだ部屋から漏れていた。
翌日、ヒナタは午後からの保健室登校になった。親友の千夏も心配して付いて来てくれる。
保健師の中津川晶子先生は心配気にヒナタたちを迎い入れた。
「本当に驚いたわ、ヒナタちゃん大丈夫?」ヒナタの手を握って椅子に座らせる。
「ええ、ご迷惑をおかけしました……」そう言って、ヒナタは恥ずかしそうに頭を下げた。
また、帰りに寄るからと言って、千夏は教室に戻っていき、保健室は二人っきりになった。
そんな沈黙を嫌がるように、ヒナタは夢の内容を話し出す。その内容をメモしていた晶子先生はふと考えた。この二つの話の共通性や類似性などを……。
だが、頭を振って切り替える。わたしに求められていることは、この子の心を安らかにすること。安心して毎日を過ごせるように導いてあげることなんだと……。
ひと通り話し終わったヒナタに先生は紅茶とクッキーを出す。分析は専門家に任せようと晶子先生は考え、美味しいお菓子と紅茶でヒナタとの雑談に花を咲かせた。
☆ ☆ ☆
晶子先生は仕事帰りに、駅前のクリニックに向かった。そこは仕事帰りの会社員をターゲットにしているらしく、夕方から夜の時間帯に営業している。
受付に話すと、すぐに奥の休憩室に案内された。
「おっ、珍しいね。晶子ちゃんじゃん」
スマホゲームに夢中になっていた臨床心理士の吉野春奈が嬉しそうに言った。晶子の病院時代の友人でたまにここにも顔を出している。
「忙しくないんですか?」そう言って晶子は買ってきたケーキを開けた。
「そうだね、後は夜に一件予約が入ってるけど……ここは、開けとくことに意味があるみたいだからね」ゲームを続けながら言う。
晶子は勝手に戸棚からカップを出し、紅茶の用意を始めた。
「で、相談?」
「はい、生徒の事で……」
真面目な声で晶子が言うと、春奈はスマホをテーブルに置いて、電子カルテの画面を立ち上げた。
「フロイトやユングの時代から盛んに夢による分析はやられてはいるんだけど、現在に至っても確立された診断方法って言うものは出来ていないんだよね」晶子が話すヒナタの夢の内容を聞いた後に、春奈は紅茶をすすりながら言った。
「そもそもフロイトとユングですら夢に対する解釈が大きく違っているんだよ……まあ、この辺の話は置いといて、今度、病院の方に連れて来てごらん、そしたら脳波とか詳しく調べることは可能だから。酒井先生にも話しつけとくよ」そう言って、春奈は晶子の持参したケーキをどれにしようか真剣に迷ってから、選んだモンブランにフォークを入れた。
晶子は気休めでも良い、ヒナタの気持ちを少しでもやわらげられればと思っていた。
晶子が帰った後に電カルに打ち込んだデータを春奈は見返していた。その内容を見て自然と爪を噛んでいることに気付く、自分の悪い癖だ。治ったと思っていたのだが、なぜここで急に出てきたのか? その理由は本人だけにしかわからないことだった。
夜寝る時は必ず照明のスモールライトを点けて寝るのが習慣だった。だから目が覚めて真っ暗なのはどう考えてもおかしい。
ああ、これは夢なんだとやっと理解が追いついた。
だが、手足が動かせない、きっと縛られている夢なのだろう。口にも何かで塞がれている感覚があった。しばらく真っ暗な夢の世界で揺られていると、ピタリと振動が収まる。バタンという音と共に急に光を浴び、その眩しさにヒナタは目を細めた。強引に担ぎ出され車椅子に載せられる、その怖さで体が硬直した。
その時、チラリと男の顔が見えた。どこかで見た顔だった。そう、どこかで……。
ヒナタはぼやっとした頭で記憶の奥を探した。どこかで見た顔、そう、最近見たんだ、雪が降っていた……あの病院、地下室の……。
思い当たり、叫ぼうとした時にはもうすでにヒナタは冷たい水の中に落とされていた。手足は縛られて動けない。叫んでも口も塞がれていて声にならない。そのまま体は暗い水の中に引きずり込まれていく。目の前の明るい水面がどんどんと遠くになっていく……。
「はぁ」とヒナタは息を吸った、汗でびっしょりになっている。その背中の冷たさに思わず大きな悲鳴をあげた。
☆ ☆ ☆
陣内は連絡を受け、早朝にヒナタの家へ車を飛ばした。心配顔の父親が迎い入れた。
「顔を見せてやってください」
そう言われヒナタの部屋に案内されると。母に寄り添われたヒナタが、恥ずかしそうにベッドから起き上がった。
「大騒ぎになっちゃってごめんなさい……」
「ばか、謝ることじゃあないぞ」そう言って頭を優しくなでた。
「ただ、悪い夢を見ただけなんだよ……」
「でも、2回目なんだろう。それも、犯人が出て来た」
陣内の言葉に反論できず、ヒナタはただうつむいた。
「今日は、一応学校はお休みにしました。明日、また改めて保健室の先生と相談してみます」ヒナタのお母さんはそう言って部屋から出ていった。
陣内は優しくヒナタを包み込むように抱きしめた。
「怖かった……怖かったよ~」
ヒナタの泣きじゃくる声はしばらくのあいだ部屋から漏れていた。
翌日、ヒナタは午後からの保健室登校になった。親友の千夏も心配して付いて来てくれる。
保健師の中津川晶子先生は心配気にヒナタたちを迎い入れた。
「本当に驚いたわ、ヒナタちゃん大丈夫?」ヒナタの手を握って椅子に座らせる。
「ええ、ご迷惑をおかけしました……」そう言って、ヒナタは恥ずかしそうに頭を下げた。
また、帰りに寄るからと言って、千夏は教室に戻っていき、保健室は二人っきりになった。
そんな沈黙を嫌がるように、ヒナタは夢の内容を話し出す。その内容をメモしていた晶子先生はふと考えた。この二つの話の共通性や類似性などを……。
だが、頭を振って切り替える。わたしに求められていることは、この子の心を安らかにすること。安心して毎日を過ごせるように導いてあげることなんだと……。
ひと通り話し終わったヒナタに先生は紅茶とクッキーを出す。分析は専門家に任せようと晶子先生は考え、美味しいお菓子と紅茶でヒナタとの雑談に花を咲かせた。
☆ ☆ ☆
晶子先生は仕事帰りに、駅前のクリニックに向かった。そこは仕事帰りの会社員をターゲットにしているらしく、夕方から夜の時間帯に営業している。
受付に話すと、すぐに奥の休憩室に案内された。
「おっ、珍しいね。晶子ちゃんじゃん」
スマホゲームに夢中になっていた臨床心理士の吉野春奈が嬉しそうに言った。晶子の病院時代の友人でたまにここにも顔を出している。
「忙しくないんですか?」そう言って晶子は買ってきたケーキを開けた。
「そうだね、後は夜に一件予約が入ってるけど……ここは、開けとくことに意味があるみたいだからね」ゲームを続けながら言う。
晶子は勝手に戸棚からカップを出し、紅茶の用意を始めた。
「で、相談?」
「はい、生徒の事で……」
真面目な声で晶子が言うと、春奈はスマホをテーブルに置いて、電子カルテの画面を立ち上げた。
「フロイトやユングの時代から盛んに夢による分析はやられてはいるんだけど、現在に至っても確立された診断方法って言うものは出来ていないんだよね」晶子が話すヒナタの夢の内容を聞いた後に、春奈は紅茶をすすりながら言った。
「そもそもフロイトとユングですら夢に対する解釈が大きく違っているんだよ……まあ、この辺の話は置いといて、今度、病院の方に連れて来てごらん、そしたら脳波とか詳しく調べることは可能だから。酒井先生にも話しつけとくよ」そう言って、春奈は晶子の持参したケーキをどれにしようか真剣に迷ってから、選んだモンブランにフォークを入れた。
晶子は気休めでも良い、ヒナタの気持ちを少しでもやわらげられればと思っていた。
晶子が帰った後に電カルに打ち込んだデータを春奈は見返していた。その内容を見て自然と爪を噛んでいることに気付く、自分の悪い癖だ。治ったと思っていたのだが、なぜここで急に出てきたのか? その理由は本人だけにしかわからないことだった。
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