茨の女王

降羽 優

文字の大きさ
上 下
4 / 5

第三章 最後の脚本

しおりを挟む
 葵の連れて来られた一階の大広間には、関係者が集められていた。監督の岩淵、女優の桐ヶ丘結衣、赤羽一花、中里美月、それに庭師の滝川、事務員の西原、あと知らない男が二人いる。
 葵が連れて来られた時点で滝川と西原は観念している様であった。

 剣は関係者が揃うと、おもむろに話し出した。
「さあ皆さん、お楽しみの謎解きの時間です! 」眼鏡を少し押し上げて楽しそうに言った。
「これは誰かを逮捕するようなものではありませんので、どうぞ気楽にお聞きください」そう言って集まった全員に席を勧めた。

「今回わたくしは、依頼主から二つの依頼を受けました」
 剣はそれぞれの椅子の周りを歩きながら話しを始めた。
「まあ、どちらも私にかかれば大した問題も無く解決するのですが…… 優先順位を付けなければいけませんので、緊急性を要する案件を先にと考えたのですが、結局一緒になってしまいました。ここは今回、大いに反省するところですね」
 葵の席の後ろで止まってから再び話し出す。
「葵さん、田端葵さん。貴方のお母さんは田端薫さん、当時の衣装スタッフですね。そしてお父さんは…… 」
 言いかけた剣の言葉を遮って、葵はハッキリした声で言った。
「そうです、父は神山耕三です! 」

 一番驚いていたのが岩淵、他はそれほどのリアクションを示さなかった。
「そ、それで俺に脅迫状を送り付けて来たのか! 」岩淵は椅子から半分立ち上がりかけてそう叫んだ。
「ちっ、殺し損ねたけどね! 」そう言って、葵は態度を急変させた。
「分かってたんだ。探偵さんたちは。と言う事は、依頼の一つって…… 」葵は剣を振り向いて答えを求めた。
「そうです。貴方の犯行を阻止する事です! 」

「そしてもう一つの依頼は、神山耕三を殺した犯人を特定する事です」
 そう言い放った、剣は今度は葵の正面に回ってこう聞いた。
「葵さん、お母様の薫さんから何か作品に関連するもので預かっているものは無いですか? 」
「! 」葵は驚きのあまりすぐには返事が出来なかった。
「あるけど…… でも、何故わかったの? 」
「他に居ないんですよ、それを持ち出す理由のある人が…… 別に無くても犯行の証明は可能ですけれど、ピースが足りない、完全なストーリーにはならないんです! 」
 依頼は犯人の特定であったが、剣は完全な形での解決をあくまで求めていたのであった。

 葵は鞄から大事そうに古い一冊の脚本を取り出して、剣に渡す。剣はそれを丁寧にめくって、最後のページを確認してうなずいた。

「これで最後のピースがはまりました! お話しましょう、この薔薇の洋館で起きた悲劇の真相を」剣はそう言って、近くにあった椅子に腰かけてゆっくりした口調で話し始めた。


「事件当夜、岩淵が神山の部屋を出てすぐに、田端薫さんは訪れました。交際をしていた彼を慰め勇気付けるために、そして告げたのでしょう妊娠したことを…… 」話しに熱が入った剣は椅子から立ち上がった。
「彼は驚きながらも喜んだのでしょう。そして閃いた。最高のラストシーンを…… 」
 両手を広げて大げさなポーズをとった剣に反論する声があがった。

「そこは違う! 探偵さん。田端薫はそんな女じゃあ無いわ」
 正面に堂々と座っていた女帝がハッキリと言い切った。
「あの人なら、たぶんこう言ったと思うわ」
 立ち上がった結衣は、薫の口調を真似て大きな良く響く声でこう言い放った。
「だらしない男ね。何時までぐずぐず考えているの。もっとシャキッとしなさい! 」葵は見た、そこに確かに記憶に残る母の姿を…… 。

「葵の目を見て! あの強い眼差し、薫さんそっくり! まるで、薫さんが返って来たみたいよ…… 」そう言って葵を見ながら少し寂し気に微笑んだ。

 当時を知る滝川や西原もそれを見て目頭を押さえている。
「ほんに、気の強い娘だった。でも、優柔不断な監督にはピッタリだったのかも知れんな…… 」
「葵ちゃんが、死んだお母さんそっくだったから、わたしたちは協力を言い出したのよ」滝川と西原にとっては、今でも薫は大切な仲間であり続けている様だった。

「ゴホン、では続きを話してよろしいでしょうか? 」
 目で、「良いわよ続けて」と言った女帝の許可を得て、剣は話を再開する。
「その、薫さんの叱咤激励で神山監督は脚本の一条に新しい脚本を作らせた。しかし、何を思ったか神山は、その脚本をその場で薫に渡してしまい、再度、一条に頼んで脚本をもう一部プリントさせたんです」剣は全員の顔を見回してから、更に話を続けた。

「何故、神山は脚本を薫さんに渡したのか? その答えは、この脚本の最後に書かれています」剣は全員に見える様にしながらそこに書かれた文章を読んだ。

「これを撮りおわったら、家族で一緒に暮らそう」

「三十分後に自殺をする人物が書き残すメッセージでは無いですね」

「一方、死体の横に散乱した『破られた脚本』ですが、こちらは保存状態が良かったので科捜研で詳しく調べてもらいました」

 剣の言葉を引き継いで、男が二人立ち上がり説明を始めた。
「王子北警察署の田中と内田だ! 科捜研での分析データがこれだ! 昔では採取できなかった指紋が、今ではこの通り検出された」

「で、誰の指紋が出ましたか? 」すぐに剣が聞く。
「一条と岩淵だ! 特にこの破いた部分の両横に親指のがしっかり」
「で、神山の指紋は? 」
「出なかった。神山は触っても居ない。破いたのは、そいつ岩淵だ」
 刑事は岩淵をそう言って指さした。岩淵はガックリと肩を落として震えていた。

「俺は脚本の事で口論になって、興奮して奴をベランダの方へ押し出してしまったんだ。まさか、そのまま落ちてしまうなんて…… 」岩淵は項垂れながら少しずつ話し出す。
「脚本の一条もたぶん、薄々は気付いてたんだろうが、みんなせっかくここまで作った映画をお蔵に入れたくは無かったんだ…… 俺はうしろめたさから、一条の意見に逆らえず。結局、脚本は神山が修正した内容で撮ったんだ」
 
 × × ×
○同年九月終戦直後、奥多摩の別荘(昼)
  終戦をここで迎えた二人は何にも手が付けられない状況。
  そこへ、春江、夏美が突然訪れる。

和枝「いらっしゃい、わざわざどうしたんです、こんな所まで? 」
春江「和枝さん! こんな所でくすぶって居ないで、サッサと出て来て下さい(強い口調で言い出す)」
夏美「わたしたちは軍と距離を置いていたので、これからの復興にはGHQに協力して事業を進めていきます」
春江「千秋も言ってあげて、もう一度、神宮司家を再興しようって! 」

  春江と夏美はこれからも強く生きていく、父の教えを守って。
  そして和枝と千秋は…… 。
 × × ×
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

柳井堂言霊綴り

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

猫のバブーシュカ~しましましっぽ彗星の夜に~

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

兄ちゃん、今度は何?

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

処理中です...