26 / 34
第四話 こどもたちのよすが
#6
しおりを挟む
翌朝、キッチンを借りてありあわせのもので朝食を作って軽く食べた後、昴は光汰と別れた。
「じゃあな。今度はゆっくり飯でも食おうぜ」
「ああ。また」
後ろ髪を引かれる思いで、昴は電車に乗り込んだ。
早い時間なこともあってか、帰りの電車は空いていて、座ることができた。昨夜はきちんと眠れていたとは思うが、規則的な揺れが眠気を誘う。
うとうとしながらもなんとか乗り換えで寝過ごすことはなく、桜華堂の最寄り駅で電車を降りた。たった一日だが、やっと帰ってきた、と思った。
生まれてから十八年間暮らした街より、この街の空気の方が、もはや肌に馴染んだ。大きく息を吸って、近くのベンチに座り込む。
ふと、その昴の頭上に影が差した。
「あれ、昴さんだ。戻ってたんだ。おかえりなさい」
顔を上げると、晶が自転車を押しながら立っていた。半袖のブラウスにハーフパンツという涼しげなファッションだが、額には汗が滲んでいるのが見える。
「おかえり」はただの挨拶かもしれないけれど、ここにいてもいいと言ってもらえているようで、胸の奥がじわりと痛いような、切ないような気分になった。
感傷的になりすぎているかもしれない。目の奥がツンとしたのを振り払うように、昴は努めて明るい声を出した。
「あ……晶ちゃん。こんなところで、どうしたの?」
晶は自転車に業務用のブロック氷を積めるだけ積んでいた。少し行ったところにある業務スーパーのロゴが入った袋に、ビニールパックの氷をはち切れんばかりに詰めて、自転車の前籠だけでなく、ハンドルにも一つ引っかけている。水滴が地面に滴り、小さな染みを作った。
「ちょっと買い出し。製氷機の調子が悪いんだって」
なるほど、この夏場にそれは一大事だ。
しかし、自分が留守にしていたせいで晶を買い出し要員にしてしまったと思うと、少し申し訳ない気がした。
「そっか。ごめんね、受験勉強があるのに」
「別に昴さんが謝ることじゃないでしょ。それに気分転換になるし、あたしそんなに成績悪くないもん」
他意はないのだろうが、何気なく放たれた自慢とも取れる言葉に、昴は苦笑した。
「昴さんこそ、こんなところに座り込んでどうしたの? 具合悪い? 熱中症とか?」
晶は心配そうに覗き込んでくる。
「いや……大丈夫」
「そう? じゃあ、一緒に帰ろうよ」
あの場所に「帰る」という言葉を、晶は当たり前のように使った。来たばかりの頃は、戸惑って遠慮ばかりしているように見えたのに。
「うん。帰ろう。それ、持つよ」
「いいの? ありがと」
昴は腰を上げて、ハンドルにかかっていた袋を1つ引き受けた。袋の持ち手が、ずしりと手に食い込む。
「重くない? 大丈夫?」
「平気」
昴は笑って見せる。だいぶ重いが、そこは男として、年上としての意地である。
「これで自転車漕いだら、危ないでしょ?」
「そんなことしないよ。流石にバランス取れなくて怖いし。押していくつもりだったから、大丈夫だよ?」
袋を取り返そうとする晶に、もう一度「いいから」と笑って、昴はよたよたと歩き出す。晶も自転車を押しながら、横に並んだ。
桜華堂に集まっている人間は、たまたま何かの縁で偶然巡り合っただけだ。けれど、そこには家族や友人とも違う絆が、確かにあるのだった。晶との間にも、それが少しずつ築かれているといいなと思う。
絆とは、何だろう。
昴にとって、家族に感じるものは、絆ではなく、鎖だった。切っても切れない、ふとした瞬間に絡みつく、忌まわしいもの。
でも、生まれた家族から離れて、自分で好きな人たちとの間に絆を作っていくことはできる。
だから、昴は桜華堂に帰る。少なくとも、今は。
叶うことならばこの先も、桜華堂が自分の、皆の居場所でありますように。
泣きたくなるような気持ちで、そう祈った。
「じゃあな。今度はゆっくり飯でも食おうぜ」
「ああ。また」
後ろ髪を引かれる思いで、昴は電車に乗り込んだ。
早い時間なこともあってか、帰りの電車は空いていて、座ることができた。昨夜はきちんと眠れていたとは思うが、規則的な揺れが眠気を誘う。
うとうとしながらもなんとか乗り換えで寝過ごすことはなく、桜華堂の最寄り駅で電車を降りた。たった一日だが、やっと帰ってきた、と思った。
生まれてから十八年間暮らした街より、この街の空気の方が、もはや肌に馴染んだ。大きく息を吸って、近くのベンチに座り込む。
ふと、その昴の頭上に影が差した。
「あれ、昴さんだ。戻ってたんだ。おかえりなさい」
顔を上げると、晶が自転車を押しながら立っていた。半袖のブラウスにハーフパンツという涼しげなファッションだが、額には汗が滲んでいるのが見える。
「おかえり」はただの挨拶かもしれないけれど、ここにいてもいいと言ってもらえているようで、胸の奥がじわりと痛いような、切ないような気分になった。
感傷的になりすぎているかもしれない。目の奥がツンとしたのを振り払うように、昴は努めて明るい声を出した。
「あ……晶ちゃん。こんなところで、どうしたの?」
晶は自転車に業務用のブロック氷を積めるだけ積んでいた。少し行ったところにある業務スーパーのロゴが入った袋に、ビニールパックの氷をはち切れんばかりに詰めて、自転車の前籠だけでなく、ハンドルにも一つ引っかけている。水滴が地面に滴り、小さな染みを作った。
「ちょっと買い出し。製氷機の調子が悪いんだって」
なるほど、この夏場にそれは一大事だ。
しかし、自分が留守にしていたせいで晶を買い出し要員にしてしまったと思うと、少し申し訳ない気がした。
「そっか。ごめんね、受験勉強があるのに」
「別に昴さんが謝ることじゃないでしょ。それに気分転換になるし、あたしそんなに成績悪くないもん」
他意はないのだろうが、何気なく放たれた自慢とも取れる言葉に、昴は苦笑した。
「昴さんこそ、こんなところに座り込んでどうしたの? 具合悪い? 熱中症とか?」
晶は心配そうに覗き込んでくる。
「いや……大丈夫」
「そう? じゃあ、一緒に帰ろうよ」
あの場所に「帰る」という言葉を、晶は当たり前のように使った。来たばかりの頃は、戸惑って遠慮ばかりしているように見えたのに。
「うん。帰ろう。それ、持つよ」
「いいの? ありがと」
昴は腰を上げて、ハンドルにかかっていた袋を1つ引き受けた。袋の持ち手が、ずしりと手に食い込む。
「重くない? 大丈夫?」
「平気」
昴は笑って見せる。だいぶ重いが、そこは男として、年上としての意地である。
「これで自転車漕いだら、危ないでしょ?」
「そんなことしないよ。流石にバランス取れなくて怖いし。押していくつもりだったから、大丈夫だよ?」
袋を取り返そうとする晶に、もう一度「いいから」と笑って、昴はよたよたと歩き出す。晶も自転車を押しながら、横に並んだ。
桜華堂に集まっている人間は、たまたま何かの縁で偶然巡り合っただけだ。けれど、そこには家族や友人とも違う絆が、確かにあるのだった。晶との間にも、それが少しずつ築かれているといいなと思う。
絆とは、何だろう。
昴にとって、家族に感じるものは、絆ではなく、鎖だった。切っても切れない、ふとした瞬間に絡みつく、忌まわしいもの。
でも、生まれた家族から離れて、自分で好きな人たちとの間に絆を作っていくことはできる。
だから、昴は桜華堂に帰る。少なくとも、今は。
叶うことならばこの先も、桜華堂が自分の、皆の居場所でありますように。
泣きたくなるような気持ちで、そう祈った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる