蒼天の風 祈りの剣

月代零

文字の大きさ
11 / 74
第三章 影に踊る者たち

#1

しおりを挟む
 やがて、騎馬部隊はお互いの姿をはっきり捉えられる距離まで近づくと、進行を止めた。騎馬の兵士たちは、十数人。それぞれ武装していた。

「随分と仰々しいな。狙いはわたしたちか?」
「どうだろうな。……ここは様子を見よう」

 素早く耳打ちを交わすと、部隊の先頭にいた男が馬を下りた。口髭を生やした、白髪交じりで小太りの初老の男だった。

「ユリウス殿下の近衛騎士、アーネスト殿とお見受けいたす」

 アーネストがエディリーンを男の視線から隠すようにして、一歩前に出る。

「その通りだ、ルーサー卿。貴公は、このような場所でどうしたのだ?」

 男はねっとりとした笑みを浮かべる。

「いえ、昨晩、この近くで何か騒ぎがあったと、領民から通報がありましてな。調べに来てみれば、ユリウス殿下の片腕と名高い貴殿がおられるではないですか。しかもお怪我をされているご様子。我が城で手当てをいたしますので、ゆっくりお話をお聞かせ願えませぬかな? そちらのお嬢さんも一緒に」

 ルーサー卿は値踏みするような視線をエディリーンに向ける。

「我々がその騒ぎに関わっていると?」

 アーネストが視線を鋭くすると、ルーサー卿は滅相もない、と大仰に首を横に振る。

「しかし、アーネスト殿はリーリエ砦での戦に参加していると思っておりましたが。このような所で、どうされたのです?」
「緊急の用で、王都まで戻っていたのだ。砦へ急いでいる。通してもらえないか」

 涼しい顔で適当な言い訳を述べたが、それで引き下がる相手ではなかった。

「それならば尚更、我が城で休んで行かれてはいかがです? 見た所、お怪我もされている様子」
「それはありがたいが、我々は急いでいる。馬を貸してもらえないだろうか? それだけで構わない」
「それは出来かねますな。我が領内で起こったことは、領主として把握する義務がありますので。ともかく、話を聞かせていただかないと」

 話している間に、周りを兵士たちにぐるりと囲まれていた。逃げ道はない。
 エディリーンが剣の柄に手をかけるが、アーネストは手でそれを制した。

「承知した。だが、できるだけ手短に頼みたい」


 二人は武装した騎馬の兵士たちに囲まれながら移動した。時々道を通る商人や旅人たちも、物々しい一団を目にすると、慌てて跪いて道を譲る。

「……おい」

 エディリーンが小声で話しかけてくる。

「この先から、これ同じ魔力を感じる」

 言いながら、布に包んで背負った例の魔導書と、ユリウス王子の剣を指す。

「本当か?」
「ああ。それに、あの男、わたしを〝お嬢さん〞と言った。このナリで、わたしを一目で女と見抜くなんておかしい。現れたタイミングも良すぎる。絶対何かあるぞ」

 それはアーネストもわかっていた。しかし、強行突破して進むには都合が悪い。
 ほどなくして、ルーサー卿の居城が見えてきた。この城は、国境近くということもあり、いざという時のために砦としても使える、堅牢な造りになっていた。周囲は堀で囲まれ、跳ね橋を下ろさなければ出入りすることができない。
 さっさと話を終わらせて抜け出す算段をしたいところだったが、城に着くと二人は別々の部屋に案内されてしまった。
 城の小間使いに案内された先は、湯殿だった。ご丁寧に、替えの衣服まで用意してあった。

「湯浴みなどしている場合ではないのだ。ルーサー卿と話をさせてほしい」

 そう言ってみるも、

「まずは旅の汚れを落としてから出ないと、ご案内できかねます」

 小間使いもよく訓練されているようで、こちらの言葉に耳を貸す様子もない。
 仕方なく、アーネストは手早く身体を流し、用意してあった新しい衣服はありがたく頂戴することにした。一応、華美で動きにくいものではなく、実用的な簡素なものを出してくれた点は感謝することにした。武装解除もされず、荷物もそのまま持っていたが、油断しているのか、何か企んでいるのか。
 衣服を改めると、広間のような部屋に通された。中央には大きなテーブルや長椅子が置かれ、客間として使われているようだった。全体的に一見質素に見えるが、上品だが高価な調度品で整えられた部屋だった。要塞としての機能と、自分の住まいとしての機能を両立させた結果だろうか。

 テーブルの上には果物や焼き菓子、飲み物が置かれていた。しかし、毒でも入っていたら困るので、それらに手を付ける気にはなれない。
  立っていても仕方がないので、長椅子に腰かけた。
 少し遅れて、エディリーンも小間使いに案内され、部屋にやってきた。彼女も同じく湯浴みをさせられたようで、返り血や埃を落としてさっぱりし、衣服も着替えていた。
 エディリーンはアーネストの姿を認めると、仏頂面で向かい側に腰かけた。
 近くに来ると、ふわりと花のような、淡くさわやかな香りが立ち上った。

「これは、香油か?」
「……髪に塗られた」

 ものすごく不本意だと、顔中に書いてあるようだった。

「風呂なんて一人で入れるっていうのに、小間使いがいちいち手伝おうとするし、髪にも肌にも色々付けようとしてくるし……貴族ってのはいつもこんな風なのか?」

 女物の服まで着せられそうになったと、尚もぶつぶつと苦情を述べる。それは女性なのだから仕方ないのではと思うアーネストだが、エディリーンにとっては大変不服なことのようだった。

「そういうものは、嫌いか?」

 アーネストの身近にいる女性たちは、髪や肌を磨き、良い香りを付け、ドレスや宝石で身を飾ることに熱心だった。庶民の女性でも化粧などはするものだと思っていたが、この少女はそういったものには興味がないようだった。

「別に、匂い自体は嫌いじゃないが……」

 エディリーンはうなじが見えるくらい短くした髪の先を鼻先に持ってきて、すんすんと匂いを確かめる。

「こんな匂いを付けてたら、身を隠す必要があった時に困るだろう」

 仕事に支障が出る、と少女は迷惑そうに呟いた。アーネストは苦笑する。

「それより、のんびりしている場合じゃないだろう。これからどうするつもりだ」

 エディリーンも、テーブルの上のものには手を付けようとしなかった。警戒することは同じのようなので、助かる。

「あちらの出方次第だな。本当に話を聞くだけで開放してくれればいいが、そんなつもりはないだろうし……」

 言いながらなんとなくドアノブに手をかけてみる。しかし、がちゃりと音がするのみで、扉が開くことはなかった。

「……案の定だな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...