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第三章 影に踊る者たち
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ベルンハルト卿は、ここ数年のうちに宮廷魔術師に抜擢された、三十過ぎの男だった。宮廷魔術師は空席の時代も長く、いても大した力を持たない、お飾りの魔術師が在籍したこともあった。そのため、魔術師として確な実力を振るい、あっという間に政治への発言力も高めた彼の登場は鮮烈だった。
丁寧に梳った栗色の長髪に、榛色の瞳を持つ細面の顔。見た目は常に微笑を浮かべている優男だが、その笑顔の奥では何を考えているかわからないと、アーネストは思っている。
「どうして、貴殿がここに?」
アーネストは、ベルンハルト卿を探るように静かに見据える。ベルンハルト卿はその視線を涼しい顔で受け流し、ふっと薄く笑う。
「いえ、この辺りに使い魔を放って様子を探っていたのですが、ルーサー卿があなたを連れて行くのが見えまして。何か誤解があるようでしたので、こうしてお迎えに上がった次第ですよ」
ベルンハルト卿は、ルーサー卿を一瞥する。ルーサー卿はそれに怯えたように、びくりと肩を震わせた。
なるほど、ルーサー卿がアーネストとエディリーンを軟禁した部屋に現れなかったのは、ベルンハルト卿が来ていたかららしい。
「ルーサー卿には、わたしから話を付けておきました。その魔術書も、こちらに渡してもらいましょうか」
ベルンハルト卿は、魔術書を持った男ににっこりと笑いかける。しかし、口元は笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
魔術師の男は気圧されたように、差し出されたベルンハルト卿の手に、あっさりと魔術書を渡した。
状況の推移を見据えながら、アーネストの思考は目まぐるしく対策を考えていた。ルーサー卿の元から逃れられるのは助かった。しかし、ベルンハルト卿がこの場に現れたことは吉兆か、凶兆か。魔術書のもう一冊を手にできなかったことも、不覚だった。
ベルンハルト卿は満足そうに頷くと、今度はその視線をエディリーンに向ける。
「お初にお目にかかります。わたしはレーヴェの宮廷魔術師、クレイグ・ベルンハルトと申します。お会いできて光栄ですよ」
言って、優雅に礼をしてみせる。流れるような、美しい所作だった。
エディリーンはにこりともせず、それに答える。
「……魔術師ベアトリクスの弟子、エディリーンだ。貴公がわたしを連れてくるよう、エインズワース卿に依頼したと聞いたが? わたしに何の用だ」
「ええ。事を収めるために、あなたの力が必要なのです。どうかご助力願えませんか?」
二人はしばし表情を変えずに、互いを探るように視線を交わし合っていた。
やがて、先に目を逸らしたのはエディリーンだった。エディリーンはアーネストに視線を移し、
「で、一緒に行けばいいわけか?」
アーネストは一瞬の逡巡ののち、首を縦に振った。ベルンハルト卿が何を考えているのかは、正直わからない。しかし、あの魔術書がこちらの手にない以上、できることはなかった。
「来てくれて助かった、ベルンハルト卿。砦へ急ごう」
アーネスト、エディリーン、ベルンハルト卿の三人は、呆然とした様子のルーサー卿と魔術師の男を残し、部屋を出ようとする。
「勝手なことをされては困りますよ、ルーサー卿。後のことは、追って沙汰します」
去り際、ベルンハルト卿はルーサー卿にだけ聞こえるように、彼の耳元にそう囁いた。
「共も連れずに来たのか? ベルンハルト卿」
外に繋いでいた馬に跨ったベルンハルト卿は、変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべて答える。
「ええ。急いでいたものですから」
アーネストとエディリーンの分の馬も、ルーサー卿に用意させた。有無を言わさず差し出させた、というのが正しいかもしれない。
「馬には乗れますか、エディリーン嬢?」
ベルンハルト卿は、馬上からエディリーンに向けて手を差し出す。乗れないのなら相乗りを、ということのようだが、
「……問題ない」
エディリーンは不愉快そうに顔をしかめ、他の馬にひらりと跨った。アーネストは変わらず身分差を気にした態度を取らないエディリーンをはらはらしながら見ていたが、ベルンハルト卿はそんな彼女の様子を見て、面白そうに笑った。
「では、参りましょうか」
城の兵士たちに見送られる形で、三人はルーサー卿の城を後にした。
先導はベルンハルト卿、後にアーネストとエディリーンが続く形で、早駆けに馬を駆る。エディリーンの手綱捌きも見事なものだった。この速度なら、日が落ちるまでには砦に着くはずだ。
「戦況はどうなっている? 殿下の容体は?」
アーネストは前を行くベルンハルト卿の横に馬を付ける。
「今のところ、お命に別状はなさそうです。戦線はなんとか持っていますが、王子の指揮なしでは、やはり精彩を欠いていますね。このままでは、落ちるのも時間の問題といったところでしょうか」
彼の物言いはどことなく他人事で、緊張感が感じられなかった。そのことが、アーネストの心をざわつかせる。
南の国境に近付くと、森に覆われた土地が多くなる。木々を切り開いて造られた道を進んでいくと、やがて砦が見えてきた。
(どうか、ご無事で……)
主の無事と、戦場の戦友たちの無事を祈った。
丁寧に梳った栗色の長髪に、榛色の瞳を持つ細面の顔。見た目は常に微笑を浮かべている優男だが、その笑顔の奥では何を考えているかわからないと、アーネストは思っている。
「どうして、貴殿がここに?」
アーネストは、ベルンハルト卿を探るように静かに見据える。ベルンハルト卿はその視線を涼しい顔で受け流し、ふっと薄く笑う。
「いえ、この辺りに使い魔を放って様子を探っていたのですが、ルーサー卿があなたを連れて行くのが見えまして。何か誤解があるようでしたので、こうしてお迎えに上がった次第ですよ」
ベルンハルト卿は、ルーサー卿を一瞥する。ルーサー卿はそれに怯えたように、びくりと肩を震わせた。
なるほど、ルーサー卿がアーネストとエディリーンを軟禁した部屋に現れなかったのは、ベルンハルト卿が来ていたかららしい。
「ルーサー卿には、わたしから話を付けておきました。その魔術書も、こちらに渡してもらいましょうか」
ベルンハルト卿は、魔術書を持った男ににっこりと笑いかける。しかし、口元は笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
魔術師の男は気圧されたように、差し出されたベルンハルト卿の手に、あっさりと魔術書を渡した。
状況の推移を見据えながら、アーネストの思考は目まぐるしく対策を考えていた。ルーサー卿の元から逃れられるのは助かった。しかし、ベルンハルト卿がこの場に現れたことは吉兆か、凶兆か。魔術書のもう一冊を手にできなかったことも、不覚だった。
ベルンハルト卿は満足そうに頷くと、今度はその視線をエディリーンに向ける。
「お初にお目にかかります。わたしはレーヴェの宮廷魔術師、クレイグ・ベルンハルトと申します。お会いできて光栄ですよ」
言って、優雅に礼をしてみせる。流れるような、美しい所作だった。
エディリーンはにこりともせず、それに答える。
「……魔術師ベアトリクスの弟子、エディリーンだ。貴公がわたしを連れてくるよう、エインズワース卿に依頼したと聞いたが? わたしに何の用だ」
「ええ。事を収めるために、あなたの力が必要なのです。どうかご助力願えませんか?」
二人はしばし表情を変えずに、互いを探るように視線を交わし合っていた。
やがて、先に目を逸らしたのはエディリーンだった。エディリーンはアーネストに視線を移し、
「で、一緒に行けばいいわけか?」
アーネストは一瞬の逡巡ののち、首を縦に振った。ベルンハルト卿が何を考えているのかは、正直わからない。しかし、あの魔術書がこちらの手にない以上、できることはなかった。
「来てくれて助かった、ベルンハルト卿。砦へ急ごう」
アーネスト、エディリーン、ベルンハルト卿の三人は、呆然とした様子のルーサー卿と魔術師の男を残し、部屋を出ようとする。
「勝手なことをされては困りますよ、ルーサー卿。後のことは、追って沙汰します」
去り際、ベルンハルト卿はルーサー卿にだけ聞こえるように、彼の耳元にそう囁いた。
「共も連れずに来たのか? ベルンハルト卿」
外に繋いでいた馬に跨ったベルンハルト卿は、変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべて答える。
「ええ。急いでいたものですから」
アーネストとエディリーンの分の馬も、ルーサー卿に用意させた。有無を言わさず差し出させた、というのが正しいかもしれない。
「馬には乗れますか、エディリーン嬢?」
ベルンハルト卿は、馬上からエディリーンに向けて手を差し出す。乗れないのなら相乗りを、ということのようだが、
「……問題ない」
エディリーンは不愉快そうに顔をしかめ、他の馬にひらりと跨った。アーネストは変わらず身分差を気にした態度を取らないエディリーンをはらはらしながら見ていたが、ベルンハルト卿はそんな彼女の様子を見て、面白そうに笑った。
「では、参りましょうか」
城の兵士たちに見送られる形で、三人はルーサー卿の城を後にした。
先導はベルンハルト卿、後にアーネストとエディリーンが続く形で、早駆けに馬を駆る。エディリーンの手綱捌きも見事なものだった。この速度なら、日が落ちるまでには砦に着くはずだ。
「戦況はどうなっている? 殿下の容体は?」
アーネストは前を行くベルンハルト卿の横に馬を付ける。
「今のところ、お命に別状はなさそうです。戦線はなんとか持っていますが、王子の指揮なしでは、やはり精彩を欠いていますね。このままでは、落ちるのも時間の問題といったところでしょうか」
彼の物言いはどことなく他人事で、緊張感が感じられなかった。そのことが、アーネストの心をざわつかせる。
南の国境に近付くと、森に覆われた土地が多くなる。木々を切り開いて造られた道を進んでいくと、やがて砦が見えてきた。
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主の無事と、戦場の戦友たちの無事を祈った。
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