蒼天の風 祈りの剣

月代零

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第三章 影に踊る者たち

#5

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 レーヴェの国土は、東側を険しいウィリディ山脈に囲まれる形で広がっている。西側には海が広がっており、この守るに易く、攻めるに難い地形が、戦力では圧倒的な差があるフェルス帝国から国を守るのに役立っていた。
山脈が途切れ、わずかに平原が広がる辺りに国境が設定され、そこにリーリエ砦は造られている。
 三人が砦に辿り着いた時、両軍は交戦状態だった。血と土の匂い、地響き、鬨の声、金属のぶつかり合う音が、風に乗って流れてくる。

「殿下……!」

 アーネストはユリウス王子の姿を探したが、砦で自室として使っている部屋にはいなかった。ここで臥せっていたはずなのに。

「あの方のことです、ご自分で指揮を執っておられるのではないでしょうか?」

 困ったお人だ、とベルンハルト卿は溜め息を吐く。その物言いに、何を悠長な、とアーネストは吐き捨て、砦の国境側へ走り出た。

「おい、どうするつもりだ!」

 エディリーンも、仕方なくアーネストの後を追う。

 戦場は、乱戦状態だった。アーネストが戦線を離れた時まで、砦のもう少し先に布陣していたはずのレーヴェ軍は、帝国軍に圧されて、砦の前まで押し戻されていた。
 ユリウス王子は、陣営の後方で指揮を執っていた。各部隊からの報告を聞きながら指示を出していたが、その険しい表情は、戦況が芳しくないことを物語っていた。
 自身の体調も思わしくない。しかし、それを表に出せば、兵士たちの不安に繋がる。ここで折れるわけにはいかなかった。そこへ、

「ユリウス殿下!」

 最も信を置く己の騎士が、帰還したようだ。

「遅かったじゃないか、アーネスト」

 戦況を報告する部隊長たちが道を空ける。息を切らせてやって来た男を認め、ユリウスはにやりと笑みを浮かべた。

「お加減は、よろしいのですか?!」
「責任者が、安全なところで胡坐をかいているわけにもいくまい?」

 気丈に振る舞っているが、その顔色は良くない。アーネストは顔を歪めた。

「おかしな顔をするな。周りの士気に関わるだろうが」
 銀髪の、自分と同年代の若い王子は、不敵に笑ってみせる。
 この人はいつもそうだ。自分の立場と役割を誰よりも理解し、求められるように振る舞うことを優先する。また、それができる強さを持つ人でもあった。そして、己の都合を押しやって、無理をしてしまう人でもあった。だから、自分が近くにいなくてはならないのに。役目があったとはいえ、一時でもこの人の側を離れたことが、悔やまれた。

「失礼。あなたが、ユリウス王子?」

 アーネストの陰から、フードを被った少年が現れた。

「お初にお目にかかります。わたしは魔術師ベアトリクスの弟子、エディリーン。召喚に応じて参上しました。早速だが、あなたのお身体を診させていただきたい」

 男かと思ったが、その名前からすると女らしい。ユリウスは少し目を丸くした。
 これまで誰に対しても粗野な言葉遣いをしていたエディリーンだが、さすがに王族相手には言葉を改めたようだ。ただし、敬意などは微塵も感じられないが。

 エディリーンはユリウスに手の届く距離まで近付く。周りにいた副官たちが、何をする、無礼者、と色めき立つが、アーネストがそれを制した。周囲の様子を気にした様子もなく、エディリーンは自分の目的を果たすのみ、といった態度だ。少女はユリウスの額に指先を伸ばし、少しの間目を閉じる。

「……こんな状態で、よく動いていますね」

 少女は呆れたように眉をひそめた。

「ともかく、処置を始めましょう。ここじゃやりにくい。砦の中へ」
「まあ待て。戦場を放っておくわけには――」

 この少女は何者なのだと周囲がざわつく中、話が進もうとしていたが、そこに伝令兵が必死の形相で駆け込んできた。

「報告! 第三部隊が破られました!」

 跪く間も惜しむ様子で、兵士が告げる。
 その場の全員に、緊張が走った。
 レーヴェ軍の前線を崩した帝国軍が、こちらへなだれ込もうとしている。

「全軍、退避! 砦の門を閉めろ!」

 ユリウスが号令を発した。副官たちが伝令に走ろうとしたとき、

「おや。大変なことになっているようですねえ」

 場違いな、やたらとのんびりした声がした。

「ベルンハルト卿……!」

 ついてこないと思っていたが、何をしていたのか。

「ちょうどいい機会です。この魔術書の力、試してみましょうか?」

 言って、軽く手を動かす。エディリーンが持っていた魔術書の包みが解かれ、書が宙を移動する。エディリーンがそれを取り返そうと動いたが、一瞬遅く、ベルンハルト卿の手にそれが渡った。

「よせ!」

 エディリーンが持っていた方の魔術書には、護符が貼られていた。

「――かい

 ベルンハルト卿が短く唱えると、護符だけ青白い炎に包まれ、燃え落ちた。
 次の瞬間、押さえられていた黒い魔力が、せきを切ったように溢れ出した。
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