24 / 74
第五章 再びの、邂逅
#1
しおりを挟む
この道を通るのは、これで二度目だ。記憶を頼りに、太陽の位置で方角を確かめながら進んでいく。足場の悪い獣道は馬では進めないが、徒歩でも特に問題はない。
あの時とは違い、命を狙われる心配もなく、快適な――整備されていない獣道を通ることを、命の危険がないだけで快適と言っていいのかはわからないが――旅だった。
やがて、視界を霧に遮られる。しかし、一歩足を進める毎に霧は晴れ、見覚えのある木造の小さな家が、目の前に現れた。
年季の入ったドアを軽くノックすると、間を置かずに中から返事があった。
「開いてるぞ。入るといい」
低めの女の声がして、言われた通り、鍵はかかっておらず、取っ手を回すと小さくきしんで、扉は開いた。
失礼します、と断りながら中に入る。
入ってすぐに土間があって、壁際にはかまどが設置されている。薬草の独特な匂いが鼻をついた。靴底を軽く土間の床にこすりつけて泥を落とし、板張りの室内に上がる。部屋の中はごちゃごちゃと家具やものが置かれ、実際よりも狭く感じられた。
「お久しぶりです、ベアトリクス殿。その後、いかがですか?」
淡い金色の髪に翆玉の瞳を持つ貴公子然とした男は、中にいた初老の女性に頭を下げる。
身分的にはこちらは貴族、相手は平民だが、そんなものに関係なく、アーネストは彼女に敬意を払っていた。
部屋の中央を占拠するように置かれたどっしりしたテーブルには、分厚い本や薬草、すり鉢や何かの液体が入った瓶などが雑多に置かれていた。
その前に座った初老の女性は、薬草をすり潰したり混ぜたりと、手元の作業を続けながら、アーネストにちらと視線をくれた。
「もう問題ない」
この通りだ、と軽く笑って、ベアトリクスは腕を回して見せる。
最初に会った時、彼女も自分も負傷していて、お世辞にも礼に適った出会いとは言えなかった。あの後、この人に見える機会はなかったし、ないだろうとも思っていたのだが、こうして回復したのを確認できてほっとした。
「突っ立ってないで、適当に座れ」
この家に応接間などという気の利いたものはないようだ。アーネストはテーブルにあまりものが乗っていないところを見つけ、傍らの椅子に腰かけさせてもらう。
ベアトリクスは手を止め、アーネストの前に置かれていた雑多なものたちを適当に横に寄せた。
そして、自分の座っていた椅子をアーネストの前に移動させると、
「あの娘なら逃げたぞ」
アーネストが用件を口にする前に、口火を切った。
「逃げた?」
思わず間抜けな声でオウム返しをしてしまったアーネストだった。
「ああ。お前さんが来るのが視えたんでな。〝また何か厄介ごとを持ってきたに違いない〞と言ってなあ」
「……そうですか……」
確かに厄介ごとには違いないが、何も逃げることはないだろうと肩を落とす。そんなアーネストを見て、ベアトリクスはけらけらとおかしそうに笑った。
「冗談だ」
「は……?」
目を丸くしたアーネストを見て、ベアトリクスは今度は盛大に吹き出した。
「お前さんも面白い奴だな。貴族連中なんぞ、固くて面白みのない奴らばかりだと思っていたが」
笑いを収めたベアトリクスは、アーネストに向き直る。
「それで、王子の近衛騎士がまたこんな辺鄙なところにやってくるとは、なんだ、急ぎの用か?」
アーネストはこの国の第二王子、ユリウスの近衛騎士。対してベアトリクスは名のある魔術師とはいえ、平民である。通常なら接点などあるはずのない二人だったが、先日の事件をきっかけに、彼女の弟子と共に顔見知りになっている。今回も、弟子の少女の方に用があったのだが。
「ええ。実は……」
虚を突かれたアーネストは気を取り直し、今回の来訪の目的を説明しようとする。その時、コツコツとガラスを叩くような音がした。窓の方を見やると、薄灰色の鳩が、その小さなくちばしで窓をつついていた。
ベアトリクスは大儀そうに立ち上がると、窓を開け、鳩を中に入れてやる。
鳩の足には、小さな紙片が結び付けられていた。
「それは……?」
噂をすれば影、というものかと一瞬期待したが、そうではないらしい。
ベアトリクスは紙片を開いて中身を一読すると、眉根を寄せて厳しい顔をした。
あの時とは違い、命を狙われる心配もなく、快適な――整備されていない獣道を通ることを、命の危険がないだけで快適と言っていいのかはわからないが――旅だった。
やがて、視界を霧に遮られる。しかし、一歩足を進める毎に霧は晴れ、見覚えのある木造の小さな家が、目の前に現れた。
年季の入ったドアを軽くノックすると、間を置かずに中から返事があった。
「開いてるぞ。入るといい」
低めの女の声がして、言われた通り、鍵はかかっておらず、取っ手を回すと小さくきしんで、扉は開いた。
失礼します、と断りながら中に入る。
入ってすぐに土間があって、壁際にはかまどが設置されている。薬草の独特な匂いが鼻をついた。靴底を軽く土間の床にこすりつけて泥を落とし、板張りの室内に上がる。部屋の中はごちゃごちゃと家具やものが置かれ、実際よりも狭く感じられた。
「お久しぶりです、ベアトリクス殿。その後、いかがですか?」
淡い金色の髪に翆玉の瞳を持つ貴公子然とした男は、中にいた初老の女性に頭を下げる。
身分的にはこちらは貴族、相手は平民だが、そんなものに関係なく、アーネストは彼女に敬意を払っていた。
部屋の中央を占拠するように置かれたどっしりしたテーブルには、分厚い本や薬草、すり鉢や何かの液体が入った瓶などが雑多に置かれていた。
その前に座った初老の女性は、薬草をすり潰したり混ぜたりと、手元の作業を続けながら、アーネストにちらと視線をくれた。
「もう問題ない」
この通りだ、と軽く笑って、ベアトリクスは腕を回して見せる。
最初に会った時、彼女も自分も負傷していて、お世辞にも礼に適った出会いとは言えなかった。あの後、この人に見える機会はなかったし、ないだろうとも思っていたのだが、こうして回復したのを確認できてほっとした。
「突っ立ってないで、適当に座れ」
この家に応接間などという気の利いたものはないようだ。アーネストはテーブルにあまりものが乗っていないところを見つけ、傍らの椅子に腰かけさせてもらう。
ベアトリクスは手を止め、アーネストの前に置かれていた雑多なものたちを適当に横に寄せた。
そして、自分の座っていた椅子をアーネストの前に移動させると、
「あの娘なら逃げたぞ」
アーネストが用件を口にする前に、口火を切った。
「逃げた?」
思わず間抜けな声でオウム返しをしてしまったアーネストだった。
「ああ。お前さんが来るのが視えたんでな。〝また何か厄介ごとを持ってきたに違いない〞と言ってなあ」
「……そうですか……」
確かに厄介ごとには違いないが、何も逃げることはないだろうと肩を落とす。そんなアーネストを見て、ベアトリクスはけらけらとおかしそうに笑った。
「冗談だ」
「は……?」
目を丸くしたアーネストを見て、ベアトリクスは今度は盛大に吹き出した。
「お前さんも面白い奴だな。貴族連中なんぞ、固くて面白みのない奴らばかりだと思っていたが」
笑いを収めたベアトリクスは、アーネストに向き直る。
「それで、王子の近衛騎士がまたこんな辺鄙なところにやってくるとは、なんだ、急ぎの用か?」
アーネストはこの国の第二王子、ユリウスの近衛騎士。対してベアトリクスは名のある魔術師とはいえ、平民である。通常なら接点などあるはずのない二人だったが、先日の事件をきっかけに、彼女の弟子と共に顔見知りになっている。今回も、弟子の少女の方に用があったのだが。
「ええ。実は……」
虚を突かれたアーネストは気を取り直し、今回の来訪の目的を説明しようとする。その時、コツコツとガラスを叩くような音がした。窓の方を見やると、薄灰色の鳩が、その小さなくちばしで窓をつついていた。
ベアトリクスは大儀そうに立ち上がると、窓を開け、鳩を中に入れてやる。
鳩の足には、小さな紙片が結び付けられていた。
「それは……?」
噂をすれば影、というものかと一瞬期待したが、そうではないらしい。
ベアトリクスは紙片を開いて中身を一読すると、眉根を寄せて厳しい顔をした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる