蒼天の風 祈りの剣

月代零

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第五章 再びの、邂逅

#7

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 夕食の前に、敷地全体を見せてもらうことにした。
 グレイス夫人自らの案内で、屋敷の裏側に向かう。そちらにも道が続いていて、そこを登っていくと、木々の合間を縫うように、薬草や香草が一面に植えられていた。春先で色とりどりの花が咲き乱れている様子は、畑と言うより花園と呼んだ方が相応しいかもしれない。
 しかし、美しく華やかな花たちは、決して見た目通りの性質を持つものばかりではない。どんな草花も、使い方次第で毒にも薬にもなるのだ。

 とりあえず、ソムニフェルムが植えられている場所に向かう。
 件の荒らされたという箇所は、今はきれいにされて、被害の様子は確認できなかった。白く可憐な花が、風に揺れているのみである。
 しかし、ソムニフェルムの植えられている一角は、他の草花とは離れており、ここだけを野生動物が荒らしたとは、やはり考えにくかった。
 そして、エディリーンはその一角を見て、あることに気付いた。
 そこに植えられている花は、先程見せてもらったソムニフェルムに似ているが、よく見るとそれより茎が長く、葉も形状が違う。

「グレイス夫人。これは……」
「ああ、わかってしまったかしら」

 エディリーンが顔を上げると、グレイス夫人は悪戯っぽく微笑む。

「……あそこ、何かありますね」

 更にエディリーンは、その花が植えられている向こうの一角に、魔術的な仕掛けが施してあることを見破る。

「やっぱり、さすがねえ。良い目をしているわ」

 光の屈折を調整して、そこにあるものを見えなくしている術のようだった。しかし、よく見ると歪みが認められるし、術自体にも綻びが見えた。

「息子が遺してくれた仕掛けよ。本物は隠しておけって」

 魔術には、術者が死ねば解除されるものと、そうでないものがある。この術は後者だったが、さすがに月日が経つ中で、術式に綻びができているように見受けられた。だが、死後もこれだけの精度で術を維持し続けるとは、相当に優れた魔術師だったのだろう。

「修復しておきましょうか」
「まあ、そんなことができるの?」

 エディリーンはそこに近付くと、そっと手をかざす。術を上書きするのではなく、組まれている術式を壊さないように、自身のマナをそっと加えて、力の流れを修復する。揺らぎはなくなり、そこに何かがあるのは、よほどのことでない限りわからないだろう。

「まあ、すごいのねえ。ありがとう」

 夫人は嬉しそうに笑った。


 広大な敷地は、一周するだけでもだいぶ重労働だった。軽く見て回っただけで、日が傾いてきている。しかし、夫人はここの主だけあって慣れているのか、多少休憩を挟みつつ、最後までしっかりした足取りで歩いていた。
 ジルが仕掛けたのであろう、狩り用の罠が随所に仕掛けられていた。エディリーンは念のため、敷地内に侵入者があれば感知できるよう、術を張り巡らせる。マナの糸で薬草園を囲むような術だった。外部の人間がこれに触れれば、術者にはそれを感じ取ることができる。

 歩きながら、夫人はあの花はとても甘い香りがするが、かじるととても苦いだとか、この草はかゆみ止めにいいだとか、これは肉料理に使うと良い香りがついて美味しくなるとか、色々なことを話してくれた。
 この手の話は、ベアトリクスに鍛えられたはずだが、まだまだ知らないことがたくさんあった。見たことのない品種もたくさんあり、ベアトリクスがいたらずっと入り浸って帰ってこないかもしれない、などと思う。
 夫人の声は、張りがある中に落ち着きをはらんでいて、耳に心地よかった。こちらに無理に返答を求めることもなく、それがあまり愛想のよくない自覚のあるエディリーンにはありがたかった。
 屋敷の裏側の案内が終わり、表側も改めて見せてもらおうと戻ってきた。そこへ、アンジェリカが駆け寄ってくる。

「お館様、ちょうどよかったです。お客様が……」

 アンジェリカの後ろから現れたのは、金髪の、立派な身なりの若い騎士風の男だった。

「あら、あなたは確か……」
「突然の訪問をお許しください、グレイス子爵夫人。人を探しているのですが、こちらに……」

 エディリーンは夫人に遅れて薬草の茂みから顔を出した。男はエディリーンの姿を認めた途端、その端正な顔にぱっと喜色を浮かべる。

「エディ! よかった、探していた……」

 そんな男とは反対に、エディリーンは顔を引きつらせる。
 素早く距離を詰めると、夫人とアンジェリカから見えないように、男のすねを爪先で鋭く蹴り飛ばした。再会の喜びを表現しようとしていた男は、不意を突かれ、小さく呻いてよろける。大声を上げなかったのは、さすがは訓練されているというところか。

「は・じ・め・ま・し・て」

 一音一音区切るように発音して、無理に口角を持ち上げたような笑みを男に向けた。
 アーネストは目を白黒させて、そんな彼女を見つめていた。
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