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第七章 見つめた先に
#5
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「では行ってまいります、奥様」
ソムニフェルムを始めとする薬草や、料理や香料に使う香草の入った袋を馬の鞍にくくりつけ、グラナトのブラント商会に向かう。グレイス邸に続く山道は、馬車は通れないので、馬に荷物をくくりつけて、人間がその手綱を引いて歩いていく。今回手綱を引くのは、ヨルンとアンジェリカだった。
「気を付けてね」
グレイス夫人が山を下っていく二人を、小さく手を振って見送る。
ヨルンとアンジェリカの二人が見えなくなると、
「では」
「……あなたも、気を付けてね」
二人を追うべく後に続くエディリーンに、グレイス夫人は心配そうに声をかける。エディリーンは軽く一礼して、それに答えた。彼女は、今は頭に布を巻いて髪を隠している。
「無茶はするなよ」
「大丈夫。何かあったら式を飛ばすから」
ジルは夫人の護衛と、万が一の時の連絡役として屋敷に残ることになっていた。
「やっぱり俺も行った方が……」
アーネストが言うが、エディリーンはそれをはねつける。
「目立たないように、人数は少ない方がいい。それに、あんたはこそこそ動くのには慣れてないだろう。一人でい
い」
そう言われては、付いて行くわけにもいかない。
エディリーンは前を行く二人に気付かれないよう十分に距離を置いて、山を下る。
やがて街に入り、人通りが増える。ヨルンとアンジェリカは時々何か話しながら歩いている。何を話しているかは聞こえないが、おそらくアンジェリカが言葉をかけ、ヨルンが言葉少なにそれに答えるという形だろう。二人とも、後をつけられているなどとは夢にも思っていないはずだ。
そして、問題のブラント商会の前に着いた。ブラント商会の使用人らしき男たちと二言三言話し、荷を馬から下ろして建物の中に運び込んでいく。
アンジェリカは女性ゆえ、力仕事は免除されたのか、荷物を馬の鞍から下ろす手伝いをするのみで、荷物はヨルンと使用人の男たちが運んでいく。
あらかた運び終わったところで、建物の奥からヨルンと同じくらいの少年が出てきて、彼に親しげに声をかけている様子が見えた。身なりの良さからすると、あの少年がブラント家の息子、ダミアンだろうか。
すると、ダミアンはヨルンを連れてどこかへ行くようだった。アンジェリカは二頭の馬の手綱を握って、彼らと別れる。ヨルンはどこか思い詰めたような顔をしているように見えた。
アンジェリカは二人の背中を見送っていたが、建物の隅の柱に手綱を結ぶと、彼らの後を追っていった。ブラント商会は人の出入りが多く、馬が残されていても気に留めるものはいなさそうだった。
エディリーンも慌てて彼女の後を追う。なんて大胆なことをする娘なんだと、胸中で舌打ちを漏らす。
ヨルンとダミアンらしき少年は、建物の裏に回り、商会から離れて裏路地を歩いていく。アンジェリカがそれを追い、エディリーンが更にその後を尾行する形となった。
だいぶ歩いて、街の外れまで来ただろうか。人気のない、寂れた場所に出た。早くアンジェリカを屋敷へ帰したいが、下手に声をかければヨルンたちにも気付かれてしまう。
焦るエディリーンをよそに、ヨルンたちはレンガの崩れかけた空き家らしい民家に入っていった。
アンジェリカは物陰からその閉じた扉を見つめ、尚も後を追おうか思案しているようだったが、これ以上は危険すぎる。
そっと近づいて止めようとしたが、それより一瞬前に、横から屈強な男が現れて、後ろからアンジェリカの口を塞いだ。
近くに潜んでいたらしい。アンジェリカたちに気を取られて気が付かなかったのは、エディリーンの落ち度だ。
アンジェリカは悲鳴を上げる間もなく、すぐにぐったりと首を垂れて動かなくなった。口を塞いだ布に、薬でも染み込ませてあったようだ。
彼女を助けなければ。いかに屈強だろうと、一人くらいならば敵ではない。
エディリーンは剣を抜くと同時に飛び出す。しかし、後ろから羽交い絞めにされて、それは叶わなかった。同じように口に布を当てられ、呼吸すら苦しくなる。
(しまった……!)
油断しすぎだ。己の不甲斐なさに盛大に悪態をつくが、もう遅い。
甘ったるい匂いがして、急速に意識が薄れていく。剣が地面に落ちる乾いた音を微かに聞いて、後は何もわからなくなった。
ソムニフェルムを始めとする薬草や、料理や香料に使う香草の入った袋を馬の鞍にくくりつけ、グラナトのブラント商会に向かう。グレイス邸に続く山道は、馬車は通れないので、馬に荷物をくくりつけて、人間がその手綱を引いて歩いていく。今回手綱を引くのは、ヨルンとアンジェリカだった。
「気を付けてね」
グレイス夫人が山を下っていく二人を、小さく手を振って見送る。
ヨルンとアンジェリカの二人が見えなくなると、
「では」
「……あなたも、気を付けてね」
二人を追うべく後に続くエディリーンに、グレイス夫人は心配そうに声をかける。エディリーンは軽く一礼して、それに答えた。彼女は、今は頭に布を巻いて髪を隠している。
「無茶はするなよ」
「大丈夫。何かあったら式を飛ばすから」
ジルは夫人の護衛と、万が一の時の連絡役として屋敷に残ることになっていた。
「やっぱり俺も行った方が……」
アーネストが言うが、エディリーンはそれをはねつける。
「目立たないように、人数は少ない方がいい。それに、あんたはこそこそ動くのには慣れてないだろう。一人でい
い」
そう言われては、付いて行くわけにもいかない。
エディリーンは前を行く二人に気付かれないよう十分に距離を置いて、山を下る。
やがて街に入り、人通りが増える。ヨルンとアンジェリカは時々何か話しながら歩いている。何を話しているかは聞こえないが、おそらくアンジェリカが言葉をかけ、ヨルンが言葉少なにそれに答えるという形だろう。二人とも、後をつけられているなどとは夢にも思っていないはずだ。
そして、問題のブラント商会の前に着いた。ブラント商会の使用人らしき男たちと二言三言話し、荷を馬から下ろして建物の中に運び込んでいく。
アンジェリカは女性ゆえ、力仕事は免除されたのか、荷物を馬の鞍から下ろす手伝いをするのみで、荷物はヨルンと使用人の男たちが運んでいく。
あらかた運び終わったところで、建物の奥からヨルンと同じくらいの少年が出てきて、彼に親しげに声をかけている様子が見えた。身なりの良さからすると、あの少年がブラント家の息子、ダミアンだろうか。
すると、ダミアンはヨルンを連れてどこかへ行くようだった。アンジェリカは二頭の馬の手綱を握って、彼らと別れる。ヨルンはどこか思い詰めたような顔をしているように見えた。
アンジェリカは二人の背中を見送っていたが、建物の隅の柱に手綱を結ぶと、彼らの後を追っていった。ブラント商会は人の出入りが多く、馬が残されていても気に留めるものはいなさそうだった。
エディリーンも慌てて彼女の後を追う。なんて大胆なことをする娘なんだと、胸中で舌打ちを漏らす。
ヨルンとダミアンらしき少年は、建物の裏に回り、商会から離れて裏路地を歩いていく。アンジェリカがそれを追い、エディリーンが更にその後を尾行する形となった。
だいぶ歩いて、街の外れまで来ただろうか。人気のない、寂れた場所に出た。早くアンジェリカを屋敷へ帰したいが、下手に声をかければヨルンたちにも気付かれてしまう。
焦るエディリーンをよそに、ヨルンたちはレンガの崩れかけた空き家らしい民家に入っていった。
アンジェリカは物陰からその閉じた扉を見つめ、尚も後を追おうか思案しているようだったが、これ以上は危険すぎる。
そっと近づいて止めようとしたが、それより一瞬前に、横から屈強な男が現れて、後ろからアンジェリカの口を塞いだ。
近くに潜んでいたらしい。アンジェリカたちに気を取られて気が付かなかったのは、エディリーンの落ち度だ。
アンジェリカは悲鳴を上げる間もなく、すぐにぐったりと首を垂れて動かなくなった。口を塞いだ布に、薬でも染み込ませてあったようだ。
彼女を助けなければ。いかに屈強だろうと、一人くらいならば敵ではない。
エディリーンは剣を抜くと同時に飛び出す。しかし、後ろから羽交い絞めにされて、それは叶わなかった。同じように口に布を当てられ、呼吸すら苦しくなる。
(しまった……!)
油断しすぎだ。己の不甲斐なさに盛大に悪態をつくが、もう遅い。
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