蒼天の風 祈りの剣

月代零

文字の大きさ
42 / 74
第七章 見つめた先に

#5

しおりを挟む
「では行ってまいります、奥様」

 ソムニフェルムを始めとする薬草や、料理や香料に使う香草の入った袋を馬の鞍にくくりつけ、グラナトのブラント商会に向かう。グレイス邸に続く山道は、馬車は通れないので、馬に荷物をくくりつけて、人間がその手綱を引いて歩いていく。今回手綱を引くのは、ヨルンとアンジェリカだった。

「気を付けてね」

 グレイス夫人が山を下っていく二人を、小さく手を振って見送る。
 ヨルンとアンジェリカの二人が見えなくなると、

「では」
「……あなたも、気を付けてね」

 二人を追うべく後に続くエディリーンに、グレイス夫人は心配そうに声をかける。エディリーンは軽く一礼して、それに答えた。彼女は、今は頭に布を巻いて髪を隠している。

「無茶はするなよ」
「大丈夫。何かあったら式を飛ばすから」

 ジルは夫人の護衛と、万が一の時の連絡役として屋敷に残ることになっていた。

「やっぱり俺も行った方が……」

 アーネストが言うが、エディリーンはそれをはねつける。

「目立たないように、人数は少ない方がいい。それに、あんたはこそこそ動くのには慣れてないだろう。一人でい
い」

 そう言われては、付いて行くわけにもいかない。
 エディリーンは前を行く二人に気付かれないよう十分に距離を置いて、山を下る。
 やがて街に入り、人通りが増える。ヨルンとアンジェリカは時々何か話しながら歩いている。何を話しているかは聞こえないが、おそらくアンジェリカが言葉をかけ、ヨルンが言葉少なにそれに答えるという形だろう。二人とも、後をつけられているなどとは夢にも思っていないはずだ。
 そして、問題のブラント商会の前に着いた。ブラント商会の使用人らしき男たちと二言三言話し、荷を馬から下ろして建物の中に運び込んでいく。

 アンジェリカは女性ゆえ、力仕事は免除されたのか、荷物を馬の鞍から下ろす手伝いをするのみで、荷物はヨルンと使用人の男たちが運んでいく。
 あらかた運び終わったところで、建物の奥からヨルンと同じくらいの少年が出てきて、彼に親しげに声をかけている様子が見えた。身なりの良さからすると、あの少年がブラント家の息子、ダミアンだろうか。
 すると、ダミアンはヨルンを連れてどこかへ行くようだった。アンジェリカは二頭の馬の手綱を握って、彼らと別れる。ヨルンはどこか思い詰めたような顔をしているように見えた。
 アンジェリカは二人の背中を見送っていたが、建物の隅の柱に手綱を結ぶと、彼らの後を追っていった。ブラント商会は人の出入りが多く、馬が残されていても気に留めるものはいなさそうだった。
 エディリーンも慌てて彼女の後を追う。なんて大胆なことをする娘なんだと、胸中で舌打ちを漏らす。
 ヨルンとダミアンらしき少年は、建物の裏に回り、商会から離れて裏路地を歩いていく。アンジェリカがそれを追い、エディリーンが更にその後を尾行する形となった。

 だいぶ歩いて、街の外れまで来ただろうか。人気のない、寂れた場所に出た。早くアンジェリカを屋敷へ帰したいが、下手に声をかければヨルンたちにも気付かれてしまう。
 焦るエディリーンをよそに、ヨルンたちはレンガの崩れかけた空き家らしい民家に入っていった。
 アンジェリカは物陰からその閉じた扉を見つめ、尚も後を追おうか思案しているようだったが、これ以上は危険すぎる。
 そっと近づいて止めようとしたが、それより一瞬前に、横から屈強な男が現れて、後ろからアンジェリカの口を塞いだ。

 近くに潜んでいたらしい。アンジェリカたちに気を取られて気が付かなかったのは、エディリーンの落ち度だ。
 アンジェリカは悲鳴を上げる間もなく、すぐにぐったりと首を垂れて動かなくなった。口を塞いだ布に、薬でも染み込ませてあったようだ。
 彼女を助けなければ。いかに屈強だろうと、一人くらいならば敵ではない。
 エディリーンは剣を抜くと同時に飛び出す。しかし、後ろから羽交い絞めにされて、それは叶わなかった。同じように口に布を当てられ、呼吸すら苦しくなる。

(しまった……!)

 油断しすぎだ。己の不甲斐なさに盛大に悪態をつくが、もう遅い。
 甘ったるい匂いがして、急速に意識が薄れていく。剣が地面に落ちる乾いた音を微かに聞いて、後は何もわからなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...