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第八章 拠るべき場所
#7
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アーネストとグレイス夫人は相当やきもきしていたようで、戻ってきた二人を見て、やや安堵したような顔をした。
二人の間にどんな話が交わされたのかはわからないし、知る権利もない。でも、アーネストは彼女の安全を守りたかった。互いの思想や信念の違いからぶつかることもあるだろうが、できることならば歩み寄っていきたいと願うのだった。
「……先程は、ご無礼をいたしました」
屋敷に戻ってきたエディリーンは、夫人に頭を下げる。
晴れやかな顔とはいかない。全て納得したわけではない。苦渋の決断ではあるが、今は飲み込む。一旦は受け入れて、戦おう。
「いいえ。わたしの方こそ、無理を言ってごめんなさいね」
首を横に振るグレイス夫人を、エディリーン一瞥し、次いでアーネストに挑むような視線を投げた。
「養女のお話、謹んでお受けします。……ですが、わたしはご覧の通り、礼儀作法も知りませんし、貴族のご令嬢なんて務まりません。わたしなどを養女に迎えて、家の名前に傷が付きませんか?」
目下の懸念事項はそれだったが、グレイス夫人は少しの間何か考える仕草をして、口を開く。
「少し彼女と二人で話をさせてもらえるかしら」
グレイス夫人はアーネストとジルに退出を願うと、椅子に腰かけてエディリーンにも座るよう促す。
向かい合った夫人は一つ息を吐くと、顔を上げてエディリーンの目を真っ直ぐ見つめる。エディリーンは外の気配を探ったが、男二人は立ち聞きなどはしていないようだ。
「これを言わないでいるのは不公平だと思うから、話しておくわ」
一体なんだと、エディリーンは眉を潜める。
「エディリーン。あなたにお願いがあるの。もしかしたら、わたしの杞憂に終わるかもしれない。だから、老いぼれの戯言と聞き流してくれても構わないのだけれど」
夫人は一旦言葉を切って、ためらうように目を伏せるが、再び顔を上げる。
「あなたに、息子の死の真相を探ってほしいの」
「……どういうことです?」
訝るエディリーンに、夫人はどこか遠くを見るようにしながら語る。
「もう二十年になるかしら……。聞いているかもしれないけれど、息子は宮廷魔術師だったの。うちと王宮を行ったり来たりして生活していたのだけど……ある日、遺体で帰って来たわ。野盗に襲われたという話だったけれど、息子は用心深かったし、わたしにはそうは思えなかった。
何かの思惑が働いたのではないかと思って、何度か王宮にも行ってみたわ。でも、ほとんど領地に籠っていたわたしが急に社交界に顔を出しても、探れる情報はなかった。そのうち夫も亡くなって……。でも、またグレイス家から宮廷魔術師が出るとなれば、当時の何かがまた動き出すかもしれない」
エディリーンは夫人の話を黙って聞いていた。
「王宮も決して安全ではないわ。あなたを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。これはあなたにうちの家名を使ってもらう利点ばかりあることではないのよ。
でも、死ぬ前に本当のことを知りたいの。だから、わたしと取り引きをしましょう。あなたを雇わせてちょうだい。報酬は言い値で構わないわ」
夫人は一息に話すと、エディリーンの瞳をじっと見つめる。静かながら、強い意志の宿る目だった。穏やかなだけの老婦人ではないらしい。
「……わかりました。そういうことなら引き受けます」
わずかな逡巡の後、エディリーンはそう答えた。
一方的に利点を提供されるのでは、エディリーンは完全には納得しない。夫人がそこまで気を回したのかは定かではないが、これで双方に対等な取り引きになる。退路を断たれたと言えるかもしれないが、ただ貴族の養子となる利点を享受するより、エディリーンにとっては気が楽になることではあった。
「ありがとう。でも、決して無理はしないでね。……それで、報酬はどうしましょうか?」
夫人はようやく表情を緩めたが、エディリーンは首を横に振る。
「これを対等な取り引きと言って下さるなら、わたしもお話しておきます。わたしが王宮に行く話は、ほとぼりが冷めるまでの期間限定の約束です。だから、婿を取ってこの家を継いだりはできません。それで構わないなら」
エディリーンが真顔で言うと、夫人はくすりと笑う。
「それは贅沢というものだわ。では、よろしくお願いするわね。くれぐれも、気を付けて」
この人が悪い人ではないのはわかる。貴族社会など、陰謀が渦巻く面倒なものだろうし、人の本心など計り知れない。けれど、その気遣いだけは本物だろう。それでいいと思った。
二人の間にどんな話が交わされたのかはわからないし、知る権利もない。でも、アーネストは彼女の安全を守りたかった。互いの思想や信念の違いからぶつかることもあるだろうが、できることならば歩み寄っていきたいと願うのだった。
「……先程は、ご無礼をいたしました」
屋敷に戻ってきたエディリーンは、夫人に頭を下げる。
晴れやかな顔とはいかない。全て納得したわけではない。苦渋の決断ではあるが、今は飲み込む。一旦は受け入れて、戦おう。
「いいえ。わたしの方こそ、無理を言ってごめんなさいね」
首を横に振るグレイス夫人を、エディリーン一瞥し、次いでアーネストに挑むような視線を投げた。
「養女のお話、謹んでお受けします。……ですが、わたしはご覧の通り、礼儀作法も知りませんし、貴族のご令嬢なんて務まりません。わたしなどを養女に迎えて、家の名前に傷が付きませんか?」
目下の懸念事項はそれだったが、グレイス夫人は少しの間何か考える仕草をして、口を開く。
「少し彼女と二人で話をさせてもらえるかしら」
グレイス夫人はアーネストとジルに退出を願うと、椅子に腰かけてエディリーンにも座るよう促す。
向かい合った夫人は一つ息を吐くと、顔を上げてエディリーンの目を真っ直ぐ見つめる。エディリーンは外の気配を探ったが、男二人は立ち聞きなどはしていないようだ。
「これを言わないでいるのは不公平だと思うから、話しておくわ」
一体なんだと、エディリーンは眉を潜める。
「エディリーン。あなたにお願いがあるの。もしかしたら、わたしの杞憂に終わるかもしれない。だから、老いぼれの戯言と聞き流してくれても構わないのだけれど」
夫人は一旦言葉を切って、ためらうように目を伏せるが、再び顔を上げる。
「あなたに、息子の死の真相を探ってほしいの」
「……どういうことです?」
訝るエディリーンに、夫人はどこか遠くを見るようにしながら語る。
「もう二十年になるかしら……。聞いているかもしれないけれど、息子は宮廷魔術師だったの。うちと王宮を行ったり来たりして生活していたのだけど……ある日、遺体で帰って来たわ。野盗に襲われたという話だったけれど、息子は用心深かったし、わたしにはそうは思えなかった。
何かの思惑が働いたのではないかと思って、何度か王宮にも行ってみたわ。でも、ほとんど領地に籠っていたわたしが急に社交界に顔を出しても、探れる情報はなかった。そのうち夫も亡くなって……。でも、またグレイス家から宮廷魔術師が出るとなれば、当時の何かがまた動き出すかもしれない」
エディリーンは夫人の話を黙って聞いていた。
「王宮も決して安全ではないわ。あなたを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。これはあなたにうちの家名を使ってもらう利点ばかりあることではないのよ。
でも、死ぬ前に本当のことを知りたいの。だから、わたしと取り引きをしましょう。あなたを雇わせてちょうだい。報酬は言い値で構わないわ」
夫人は一息に話すと、エディリーンの瞳をじっと見つめる。静かながら、強い意志の宿る目だった。穏やかなだけの老婦人ではないらしい。
「……わかりました。そういうことなら引き受けます」
わずかな逡巡の後、エディリーンはそう答えた。
一方的に利点を提供されるのでは、エディリーンは完全には納得しない。夫人がそこまで気を回したのかは定かではないが、これで双方に対等な取り引きになる。退路を断たれたと言えるかもしれないが、ただ貴族の養子となる利点を享受するより、エディリーンにとっては気が楽になることではあった。
「ありがとう。でも、決して無理はしないでね。……それで、報酬はどうしましょうか?」
夫人はようやく表情を緩めたが、エディリーンは首を横に振る。
「これを対等な取り引きと言って下さるなら、わたしもお話しておきます。わたしが王宮に行く話は、ほとぼりが冷めるまでの期間限定の約束です。だから、婿を取ってこの家を継いだりはできません。それで構わないなら」
エディリーンが真顔で言うと、夫人はくすりと笑う。
「それは贅沢というものだわ。では、よろしくお願いするわね。くれぐれも、気を付けて」
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