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第八章 拠るべき場所
#6
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大股で屋敷の玄関を抜け、門の前まで来たが、足取りは段々と勢いを失くし、やがて止まってしまった。飛び出したものの、金子も私物も持たないままではどこにも行けない。使い慣れた武器もないのはさすがに心許なかった。
かと言って取りに戻るのも間抜けに思えて、戻ったところで再び出て行けるのかというと、それもできない気がした。
大きく息を吸って、吐き出す。それでも、心のもやもやは晴れなかった。
動くことができずに、じっと地面の一点を見つめていると、さわさわと草花が揺れるのに混じって、足音が近付いてくる。
「……エディ」
少しがさついた、けれど低く落ち着いた声がした。名前をくれて、何度も呼んでくれた声だ。
しかし、彼女は振り返らない。どんな顔をすればいいのかわからなかった。唇を固く引き結んで、拳を握る。でないと、ふと浮かんだ疑念が、溢れてしまいそうだった。
この人はもしかしたら、自分の存在がずっと負担だったのではないだろうかと。
幼かったあの日に手を差し伸べられて、それからいつでも、彼の背中が道標だった。もう親の背中を追いかける歳ではないけれど、その絆を信じて疑わなかった。それは間違いだったのかもしれないと、初めて思った。
――いや、本当は、心のどこかに、その言葉はずっとたゆたっていたのかもしれない。
所詮、自分たちは本当の親子ではないのだから。
「お前今、俺がお前を邪魔だから手放そうとしていると思っているだろう?」
図星を差されて、エディリーンはますます黙り込む。考えを読まれてしまうのは、長く共に過ごした年月の賜物か。
「もう親が必要な歳でもないだろうに、今更わざわざ縁を切る理由があるか。今までずっと一緒に過ごしてきて、そんなに信用されてなかったのかと思うと悲しいぞ、俺は」
「それは……」
芝居がかったような言い方をしながら肩をすくめ、ジルはエディリーンの横に並ぶ。
言われてみればもっともだ。いたたまれなくて、エディリーンは目を逸らす。
「俺はなあ、エディ。一つだけ後悔していることがあるんだ」
後悔。その言葉が、鋭くエディリーンの胸に突き刺さった。
ジルは流れる雲を見上げながら、言葉を続ける。
「お前に、普通の女として生きる道を、教えてやれなかったことだ」
その言葉に、エディリーンはばっと顔を上げる。髪が乱れて、風にはためいた。
「俺は剣しか知らないからな。お前が俺から離れようとしなかったから、剣を教えるしかなかったが、それがお前から、安全な場所で穏やかに暮らして、結婚して子どもを育てるっていう普通の幸せを奪ってしまったんじゃないかと……」
そのことにずっと負い目があった。だから、いい機会なのではないかと思った。
「そんなことない。わたしは――っ!」
感情が昂って、言葉を詰まらせる。
この人に命を救われて、危険もあったけれど一緒に旅をして歩いてきた。それを不幸だなどと思ったことはない。それに、魔術の才があっては、どのみちそんな「普通の幸せ」など望めない。それでも、全部自分で選んだことだ。たとえそれしか選べなかったとしても、納得して進んできた。わがままを言って迷惑をかけてきたのは自分のはずなのに。
「……ジルこそ、わたしのことわかってないよ……。わたしは、ジルに助けてもらって、どんなに感謝してるか……!」
生きていく術と力を与えてもらった。この人がいなかったら、自分は何も始まらなかったのだ。
目を伏せて、肩を震わせる。ジルはその頭をぽんぽんと撫でた。
「ま、勝手に気を回して、言ってもいないことを気にするのはやめようや。俺はお前を、本当の娘のように大切に思っている。だからこそだ。このままではお前を守れない。それはわかるだろう?」
エディリーンはこくりと首を縦に振る。
「この先は、あの人たちの力を借りなきゃならん。同時に、お前があの人たちの力になれることもあるだろう。お前がどんな生まれなのかは知らんが、例えこれから何があっても、俺はお前の幸せを祈っている」
エディリーンはくしゃりと顔を歪めて、ジルの胸に顔を埋めた。微かにくぐもった嗚咽がする。
「父さん……」
「おいおい、そんな顔をするなよ。なにも会えなくなるわけじゃないんだから」
ジルは苦笑しつつ、誰にも負けないくらい強くなったと思ったけれど、まだ子どもっぽいところもある娘の背中に腕を回した。
かと言って取りに戻るのも間抜けに思えて、戻ったところで再び出て行けるのかというと、それもできない気がした。
大きく息を吸って、吐き出す。それでも、心のもやもやは晴れなかった。
動くことができずに、じっと地面の一点を見つめていると、さわさわと草花が揺れるのに混じって、足音が近付いてくる。
「……エディ」
少しがさついた、けれど低く落ち着いた声がした。名前をくれて、何度も呼んでくれた声だ。
しかし、彼女は振り返らない。どんな顔をすればいいのかわからなかった。唇を固く引き結んで、拳を握る。でないと、ふと浮かんだ疑念が、溢れてしまいそうだった。
この人はもしかしたら、自分の存在がずっと負担だったのではないだろうかと。
幼かったあの日に手を差し伸べられて、それからいつでも、彼の背中が道標だった。もう親の背中を追いかける歳ではないけれど、その絆を信じて疑わなかった。それは間違いだったのかもしれないと、初めて思った。
――いや、本当は、心のどこかに、その言葉はずっとたゆたっていたのかもしれない。
所詮、自分たちは本当の親子ではないのだから。
「お前今、俺がお前を邪魔だから手放そうとしていると思っているだろう?」
図星を差されて、エディリーンはますます黙り込む。考えを読まれてしまうのは、長く共に過ごした年月の賜物か。
「もう親が必要な歳でもないだろうに、今更わざわざ縁を切る理由があるか。今までずっと一緒に過ごしてきて、そんなに信用されてなかったのかと思うと悲しいぞ、俺は」
「それは……」
芝居がかったような言い方をしながら肩をすくめ、ジルはエディリーンの横に並ぶ。
言われてみればもっともだ。いたたまれなくて、エディリーンは目を逸らす。
「俺はなあ、エディ。一つだけ後悔していることがあるんだ」
後悔。その言葉が、鋭くエディリーンの胸に突き刺さった。
ジルは流れる雲を見上げながら、言葉を続ける。
「お前に、普通の女として生きる道を、教えてやれなかったことだ」
その言葉に、エディリーンはばっと顔を上げる。髪が乱れて、風にはためいた。
「俺は剣しか知らないからな。お前が俺から離れようとしなかったから、剣を教えるしかなかったが、それがお前から、安全な場所で穏やかに暮らして、結婚して子どもを育てるっていう普通の幸せを奪ってしまったんじゃないかと……」
そのことにずっと負い目があった。だから、いい機会なのではないかと思った。
「そんなことない。わたしは――っ!」
感情が昂って、言葉を詰まらせる。
この人に命を救われて、危険もあったけれど一緒に旅をして歩いてきた。それを不幸だなどと思ったことはない。それに、魔術の才があっては、どのみちそんな「普通の幸せ」など望めない。それでも、全部自分で選んだことだ。たとえそれしか選べなかったとしても、納得して進んできた。わがままを言って迷惑をかけてきたのは自分のはずなのに。
「……ジルこそ、わたしのことわかってないよ……。わたしは、ジルに助けてもらって、どんなに感謝してるか……!」
生きていく術と力を与えてもらった。この人がいなかったら、自分は何も始まらなかったのだ。
目を伏せて、肩を震わせる。ジルはその頭をぽんぽんと撫でた。
「ま、勝手に気を回して、言ってもいないことを気にするのはやめようや。俺はお前を、本当の娘のように大切に思っている。だからこそだ。このままではお前を守れない。それはわかるだろう?」
エディリーンはこくりと首を縦に振る。
「この先は、あの人たちの力を借りなきゃならん。同時に、お前があの人たちの力になれることもあるだろう。お前がどんな生まれなのかは知らんが、例えこれから何があっても、俺はお前の幸せを祈っている」
エディリーンはくしゃりと顔を歪めて、ジルの胸に顔を埋めた。微かにくぐもった嗚咽がする。
「父さん……」
「おいおい、そんな顔をするなよ。なにも会えなくなるわけじゃないんだから」
ジルは苦笑しつつ、誰にも負けないくらい強くなったと思ったけれど、まだ子どもっぽいところもある娘の背中に腕を回した。
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