蒼天の風 祈りの剣

月代零

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第十章 迷える魂

#7

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「なに……!?」

 それを聞いたユリウスは目を剝く。

「ユリウス様が頑張りすぎているからとも言えます。支援をしなくてもレーヴェが帝国の侵攻を止められるのなら、もう同盟は必要ないだろうと。レーヴェへの戦費や物資の支援を打ち切り、自国の発展に注力すべきだという世論を作りたい勢力がいるようです。それに加えて、レーヴェは既に帝国と密約を結び、北方諸国を売り渡すつもりだとの噂も流れていて、各国は疑心暗鬼になっています」

 それを聞いて、ユリウスは青ざめた。
 対帝国のことばかりで、北側諸国の動きを察知するのが遅れたのは、こちらの不手際だ。あるいは、そんな噂を流したのは、第一王子派の仕業かもしれないが、疑っても仕方がない。今は対策を考えねば。
 ユリウスの逡巡をよそに、姫は更に驚くようなことを言う。

「ですから、さっさとユリウス様とわたくしの婚約を公表して、世間に同盟強化を知らしめましょう!」

 瞳をきらきらさせて、シャルロッテは身を乗り出す。

「ロッテ、それは俺が王位継承権を盤石なものにしてからと……! 今の状態では、そなたの身にも危険が及ぶやもしれんというのに」

 ユリウスは言い返すが、

「あら、わたくしを見くびっていただいては困ります。これでも王家に生まれた女、それも乱世に生まれた身、その程度の覚悟はできております。第一、そうおっしゃって何年経ちましたか?」

 シャルロッテ姫は急に眼を眇めて、ユリウスを見遣る。ほとんど睨んでいると言ってもいい。

「ユリウス様とギルベルト様が王位を争っているのは存じております。その理由が、帝国に対する姿勢の違いだということも」

 第一王子ギルベルトを中心とする一派は、帝国という大きな力に抗うことは無意味、なるべくいい条件で停戦に持ち込み、帝国の下に下るべきだと主張している。だが、それで利を得るのは一部の特権階級のみ。国民が辛酸を舐めることになるのは、これまでの事例を見ても火を見るより明らかだ。

 それに対し、ユリウスの派閥は、国民の生活や誇りを守るため、あくまで戦うべきだと主張している。宮廷内で優勢なのは前者、しかし国民の支持を得ているのはユリウスという状態だった。そんなふうに国内が割れている状態で同盟国の王女との婚約など発表すれば、姫の身に何が起こるかわからないという懸念があった。今まで婚約を発表しなかったのも、これが理由だ。
 だが、戦場でのユリウスの活躍に、帝国を退けることもあるいは可能なのではないかという希望が広がってきている面もあった。態度を保留してきた者たちも、ユリウスの支持を表明してきている。

「だからこそ、わたくしたちの婚約を公表する機会は、今をおいて他にないと思います。それに、アレクシス様の存在もあります。……ギルベルト様のお母上は、リュシオル王家から降嫁された方でしょう?」

 ギルベルト王子の生みの母である第一王妃は、リュシオルの前国王の妹君だった。つまり、アレクシスとは甥と叔母の関係ということになる。第一王妃は、祖国陥落の報を聞いた時、大変な衝撃を受けてしばらく寝込んでいた。

「ギルベルト様の派閥が、帝国の下に下ることを主張しているのは、第一王妃様の影響が大きいのでしょう。であれば、アレクシス様の存在が切り札になるはずです」

 ユリウスはじっと考え込んで、アレクシスに真っ直ぐ視線を注ぐ。シャルロッテの言いたいことはなんとなく察せられる。リュシオルが復興する希望があれば、第一王妃が帝国に擦り寄ろうとする理由はなくなるし、こちらが有利になるということだろう。
 だが、迂闊なことは言えない。それは彼から直接聞かなければならない。

「アレクシス殿」

 静かに名を呼ぶと、アレクシスは緊張した面持ちで顔を上げる。

「どうぞ、アレクとお呼びください。元は王族とはいえ、祖国を失った今は何者でもありませんから」
「では、アレク殿。貴殿の口から直接聞かせていただきたい。俺に、――このレーヴェに何を望むのか」

 その言葉にアレク王子は少し俯き、慎重に言葉を選ぶように言う。

「……正直に言って、わたしには自分が王族だという自覚は薄いのです。王宮での暮らしもあまり覚えていませんし、日々を生きていくことで精一杯でした。でも、わたしが生かされているのは、リュシオル王家の生き残りだから。だから、皆がわたしに何かを期待しているのなら、それに応えなければいけない。それに、かつての同志に刃を向けることは、したくないのです」

 レーヴェより南側にも、帝国に占領されるより以前は大小様々な国があった。それらの国々とは敵対することもあったが、友好的な関係にある国も多くあったのだ。そして、帝国は征服した国の民を徴兵し、それらの国々と戦わせているのだった。

「わたしたちは、密かに各地を巡り、仲間を集めてきました。そして、もう一度帝国がレーヴェに攻め込もうとしたら、その時は――帝国から離反し、各地で一斉に蜂起しようと計画しています。そして、必ずやユリウス様にお味方することを、お約束いたします」

 ユリウスは、眉一つ動かさずにじっとその話を聞いていた。やがて、重々しく口を開く。

「――そして、故国を取り戻すまで共に戦ってくれと、そういうことだな?」

 二人の王子の視線がぶつかる。アレク王子はまだまだ人生経験の足りない少年だが、数々の戦いを生き抜いてきたユリウスの視線を受け止める辺り、肝は据わっているようだった。

「残念だが、それが確実に実行されると信じることは、俺にはできない。仮にだ。本当に各地で反乱が起きたとして、帝国にどれほど打撃を与えることができると思う? 帝国は強大だ。多少の兵力ではあっという間に鎮圧されてしまうだろうし、もし戦えたとしても、多大な犠牲が出るだろう。俺は自国を守るので手一杯だ。悪いが、そのような提案には、口約束も、まして誓約書などを交わすこともできん」

 きっぱりと言われた少年は、目に見えて表情を曇らせた。

「そう……ですよね……」

 素直な少年のようだ。志は本物なのだろう。だが、如何せん確実性がなさすぎる。そんな危険な賭けに乗ることは、ユリウスにはできなかった。

「ユリウス様がそうおっしゃるだろうことはわかっておりました。ひとまず、アレク様との関係は、じっくり考えていただくとして。わたくしたちの婚約は、やはり早々に公表していただきたいものです。女心は秋の空ともいいますでしょう? わたくし、他の殿方からの求婚を了承してしまうかもしれません。それとも、ユリウス様はそれでも構わないとおっしゃるのですか?」

 シャルロッテは唇に人差し指を当てて、可愛らしく首を傾げてみせる。

「それは……っ、困る」

 ユリウスは狼狽して、視線を泳がせる。

「それなら、方針はひとまず決定ということで、よろしいですね?」

 姫は勝ち誇ったように微笑み、ユリウスは観念したように首を縦に振るのだった。
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