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第六話 宮廷魔術師、焦る
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その日、シャルロッテは息を吹き返したように、紙に文字を叩き付けていた。
迸る熱い感情。やはりそこに生きる人の生の声は、一番創作意欲に刺激をくれる。
あの宮廷魔術師の態度や言葉遣いには毎度驚かされるが、周囲の人間に傅かれるばかりだった姫には新鮮なことだった。そして奇特なことに、姫にはそれを受け止める度量があったのだった。
「やっぱり、人生には驚きが必要ね。予想しうる出来事だけでは、心が先に死んでしまうわ」
そんなことを言いながら、姫は水を得た魚のように執筆に励んでいた。
姫が元気を取り戻したようなので、彼女の話し相手になってやってくれないかと密かにユリウスに頼まれていたエディリーンも、少し安堵していた。
そして数日後、シャルロッテが祖国から持ち込んだという新作の小説が、レーヴェの社交界に出回っていた。それは図らずも、小説の主人公の題材となった宮廷魔術師の目にも触れることになる。
「エディリーン。おかえりなさい」
「すぐに食事をお出ししますね」
日が暮れて、王宮での仕事を切り上げて屋敷に戻ったエディリーンは、鏡映しのような二つの顔に出迎えられる。エディリーンの侍女であり友人でもある、双子の姉妹だった。
宮廷魔術師に着任してから、エディリーンは城下の貴族街に屋敷を賜り、そこで暮らしていた。いらないと言ったのだが、立場上そういうわけにもいかず、しかたなくそこに移り住んだのだった。
大貴族の屋敷のような立派なものではなく、立場のある人間の住まいとしては質素すぎると言ってもいいくらいだが、それでもエディリーンは持て余していた。使用人もいらないと言ったのだが、さすがにこの広い屋敷を一人では維持できず、研究院時代の友人である彼女たちが、侍女としてついてきてくれることになったのだった。
「何を見ているんだ?」
二人ともエディリーンが帰った時、紙の束を見て、楽しそうに何やら囁き交わしていた。普通の家なら、使用人は玄関で主人の帰りを出迎えるものだが、エディリーンはそんな仰々しいことはしなくていいから、他に人の目がない時は友人として接してくれと二人に頼んでいた。
「シャルロッテ様の故郷で流行している、恋愛小説だそうですよ」
「侍女仲間から回ってきたのです。エディリーンも読みますか?」
「恋愛小説……?」
そういえば、姫がやってきてから、そのようなものが貴婦人たちの間に出回っていると聞いたことがある。
正直あまり興味はないが、一応見ておくかと、エディリーンはびっしりと文字が書いてある紙の束を受け取る。
二人が食事の支度を整える間、エディリーンはそれをぱらぱらと流し読みして、一通り読み終えた。だが、顔を上げて小説を侍女に返したエディリーンは、顔を奇妙に歪めていた。困ったような憤慨しているような、何とも形容しがたい顔だった。
「ごめん。急用を思い出した。ちょっと出てくる」
「今からですか? お食事は?」
「後でもらう」
そう言って、エディリーンは王宮に取って返した。
目指すは、まだ王子が詰めているであろう執務室だ。
この時点で、シャルロッテは気が緩んでいたのだろうか、故郷でなら絶対にやらなかっただろう間違いを二つ、犯していた。
一つは、情報統制の失敗。題材にした本人の目にまで、こうも早く小説が触れることは予想していなかった。あるいは、その場合に起こり得る危険を考えていなかった、もしくは軽視していた。
まあ、姫はエディリーンの人柄を、よく理解していなかった。それを考えれば、この結果もむべなるかなといったところではある。
そしてもう一つ。彼女が、この小説の作者・ユーフェミアの正体がシャルロッテであると、一発で見抜くことを予見できなかったことだ。
姫がこんな物語を書くのは由々しき事態である。下手をすれば自分の命が危ない。そう判断した宮廷魔術師は、急ぎ王子の元へ向かうのだった。
迸る熱い感情。やはりそこに生きる人の生の声は、一番創作意欲に刺激をくれる。
あの宮廷魔術師の態度や言葉遣いには毎度驚かされるが、周囲の人間に傅かれるばかりだった姫には新鮮なことだった。そして奇特なことに、姫にはそれを受け止める度量があったのだった。
「やっぱり、人生には驚きが必要ね。予想しうる出来事だけでは、心が先に死んでしまうわ」
そんなことを言いながら、姫は水を得た魚のように執筆に励んでいた。
姫が元気を取り戻したようなので、彼女の話し相手になってやってくれないかと密かにユリウスに頼まれていたエディリーンも、少し安堵していた。
そして数日後、シャルロッテが祖国から持ち込んだという新作の小説が、レーヴェの社交界に出回っていた。それは図らずも、小説の主人公の題材となった宮廷魔術師の目にも触れることになる。
「エディリーン。おかえりなさい」
「すぐに食事をお出ししますね」
日が暮れて、王宮での仕事を切り上げて屋敷に戻ったエディリーンは、鏡映しのような二つの顔に出迎えられる。エディリーンの侍女であり友人でもある、双子の姉妹だった。
宮廷魔術師に着任してから、エディリーンは城下の貴族街に屋敷を賜り、そこで暮らしていた。いらないと言ったのだが、立場上そういうわけにもいかず、しかたなくそこに移り住んだのだった。
大貴族の屋敷のような立派なものではなく、立場のある人間の住まいとしては質素すぎると言ってもいいくらいだが、それでもエディリーンは持て余していた。使用人もいらないと言ったのだが、さすがにこの広い屋敷を一人では維持できず、研究院時代の友人である彼女たちが、侍女としてついてきてくれることになったのだった。
「何を見ているんだ?」
二人ともエディリーンが帰った時、紙の束を見て、楽しそうに何やら囁き交わしていた。普通の家なら、使用人は玄関で主人の帰りを出迎えるものだが、エディリーンはそんな仰々しいことはしなくていいから、他に人の目がない時は友人として接してくれと二人に頼んでいた。
「シャルロッテ様の故郷で流行している、恋愛小説だそうですよ」
「侍女仲間から回ってきたのです。エディリーンも読みますか?」
「恋愛小説……?」
そういえば、姫がやってきてから、そのようなものが貴婦人たちの間に出回っていると聞いたことがある。
正直あまり興味はないが、一応見ておくかと、エディリーンはびっしりと文字が書いてある紙の束を受け取る。
二人が食事の支度を整える間、エディリーンはそれをぱらぱらと流し読みして、一通り読み終えた。だが、顔を上げて小説を侍女に返したエディリーンは、顔を奇妙に歪めていた。困ったような憤慨しているような、何とも形容しがたい顔だった。
「ごめん。急用を思い出した。ちょっと出てくる」
「今からですか? お食事は?」
「後でもらう」
そう言って、エディリーンは王宮に取って返した。
目指すは、まだ王子が詰めているであろう執務室だ。
この時点で、シャルロッテは気が緩んでいたのだろうか、故郷でなら絶対にやらなかっただろう間違いを二つ、犯していた。
一つは、情報統制の失敗。題材にした本人の目にまで、こうも早く小説が触れることは予想していなかった。あるいは、その場合に起こり得る危険を考えていなかった、もしくは軽視していた。
まあ、姫はエディリーンの人柄を、よく理解していなかった。それを考えれば、この結果もむべなるかなといったところではある。
そしてもう一つ。彼女が、この小説の作者・ユーフェミアの正体がシャルロッテであると、一発で見抜くことを予見できなかったことだ。
姫がこんな物語を書くのは由々しき事態である。下手をすれば自分の命が危ない。そう判断した宮廷魔術師は、急ぎ王子の元へ向かうのだった。
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