Hotひと息

遠藤まめ

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3章 湯けむりカフェと疲れ

【12話】デートじゃないから

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「行くか。サボりに」
「……うん」
うつむきながら美緒がそう答える。それもそのはずいくらサボると決断したとしても今まで真面目に取り組んできた美緒からしたらその行動による罪悪感というものは拓也以上なのだから。事前に琴乃に事情もとい作戦をつたえ協力してもらい、を実現させたのだ。そのため拓也は少し余裕をもっていた。
「あまり自分を責めるな。責任は全部俺が取る」
「う、うん…」
二人はあえて店から離れる遠回りをして外を出た。
そもそもこの旅館において部屋からの道は大きく3つに分かれている。エントランス左から広場に続く山道、中央の一般の部屋が続く特に公共のものはない河道、温泉や今回拓也たちの働いてる茶屋に続く海道。この3つはエントランスから伸びて突き当りで一つに交わる構造となっているのだ。
外へ向かう間、美緒はキョロキョロと周りを見ながら慎重に歩き見つかることを恐れているようだった。

そりゃ初めてサボるわけだし美緒の性格的にもしちゃいけないことをしてるって罪悪感も大きくなるよな…

そんなことを考えながら拓也が歩いていると
「ね、ねぇそれでどこ行くの…?」
身長の関係もあり上目遣いとなった美緒が控えめな声で眉をひそめながら聞いた。
「あ、あぁ…んー正直具体的には考えてなかったからなぁ…」
「…あんたそれでサボろうとか言ってたわけ?」
先ほどとは違い美緒はジトッとした目で拓也を見つめ呆れていた。
「とりあえずは旅館から離れるか!たしか近くにレジャースポットになってる川があったよな。そこにでも言って遊ぶか!」
「ふぅ~ん…」

「や、休み…だと…?」
「無計画なことばっかしてるから…」
釣りや川下りといった遊ぶ道具を貸し出す店には「定休日」と書かれた看板をかけた扉が二人を無慈悲にも立ち入れようとさせなかった。
「あ…あ!そういえばここ来る途中に見えた看板になんかの祭りがやってるって書いてあったぞ!そっち行ってみるか!」
「はぁ…あんまり無駄な動きはしたくないんだけど…」
「大丈夫だ!万が一やってなかったとしても近くに美味しそうなパフェのある店があったからそっちに行けばいいじゃん!」
「パ、パフェ……じゅるり…」
美緒はパフェの言葉でよだれを垂らしながら拓也に付いていった。

「「おお~!」」
旅館がある小さな山のふもとには歩行者天国のようになった街に様々な屋台があり神輿みこしを掛け声とともに持ち運ばれて賑わいを見せていた。
「すげぇ…」
「ねぇねぇこっちにチョコバナナある!あっちには焼きそばも!奥にはたい焼きだって」
「食べ物ばっかだな…」
「うるさい!早く来て!」
拓也の手を引き走りながら屋台へと走る美緒。人混みの中ぶつからないように気をつけながらついていく拓也。二人は仕事のことを忘れて祭りを、を楽しんでいた。
「おじさーん!チョコバナナぁ…」
「ふたつ。2つください」
拓也を見て詰まった美緒に目を向けず二人分の注文をした。
「あいよっ!2つで600円な!」
「あー、じゃあ1000円で」
「おうおう!可愛い彼女連れて太っ腹だなぁ!400円の釣りだっ。毎度ありぃ!」
笑顔で屋台の主人が言うと顔を赤くした二人が
「「か、彼女じゃないですっ!」」
息を揃えて反論した。これには店主も「お、おう…」と圧倒されてしまっていた。
「ほ、ほら!今度は焼きそば。いくよ!」
「わ、わかったって!とりあえず落ち着けよ!」
美緒は顔を赤くしたまま拓也の手を引き次の屋台へと走ろうとする。それに拓也は引っ張られつつもついていく。その光景を見た店主は「や、やっぱりカップルじゃねぇか…」と呟き何も知らない二人の恋を応援するのだった。

祭りの縁日から少し離れた噴水のベンチにて二人は休憩をしていた。
「はぁぁ…」
「ん~!たい焼き熱々でおいし~」
「ブラックホールみたいな胃袋してん…なぁ!?」
「うるさい!女子にそういうことは言うもんじゃありません~!」
拓也の発言を悟った美緒は蹴りを入れた。
「どこの屋台に行ってもおまけ貰うなんてことあんのか…?」
どの屋台へ行っても微笑みながらおまけをよこす。美緒は喜び拓也は食べきれるか不安になる。それを見た店の人はまたおまけしようとする。この悪循環に続き、屋台の人たちは美緒を「彼女さん」やら「妹ちゃん」と言い『友達』という考えは無いようだった。その度に突っかかるのも疲れてきた二人は途中から流されるままになっていったのだった。
「言っとくけど、これはであってデートじゃないから。勘違いしないでよね」
「はいはい。分かってますよ」
拓也がそう言うと数分ほど沈黙が続いた。屋台の近くで家族や子供の会話から鳥や風の音、噴水の水の音すらよく聞こえる。
「…にしても腹立つ!」
「はぁ!?」
突然声を上げた美緒に少し驚きながら拓也は発言の理由を聞く。
「だっておかしくない?あたしが『妹ちゃん』だって。普通は『お姉ちゃん』でしょ」
「?」
……何を言っているんだこの娘は。
想像と違った腹の立ち方に拓也は困惑しつつ口を開く。
「いやそもそも兄妹じゃないだろ…。第一、その身長で俺の姉は…フッ…」
「今鼻で笑ったろ!なんだよ?身長が何だよぉ!?」
美緒が顔を赤くし激昂する。拓也は嘲るような目を向けたままであった。
「……さて。そろそろ旅館近くに戻るか」
「え……う、うん。」
拓也の旅館という言葉に美緒はピクリと反応し動揺を隠しきれていない様子で答えた。
「んー…じゃあその前に近くの広場に行くか」
「うん」
その会話を終え二人は旅館に付属している広場へと向かった。

「めっちゃ静かだな」
「ね。しずか」
広場につくと子供連れの家族を始めとした様々な旅館の客であろう人々がいた。しかし祭りのときとは違い点々と聞こえるのみで騒がしいと言うには声量から違っていた。
「やっぱ旅館の近くとなると不安か?」
キョロキョロと周りを気にして、さっきよりも元気ではなくなった美緒に拓也は優しく問いかけた。
「う、うん。ちょっとこわい」
「正解」
「は?」
予想外の返しに美緒は素っ頓狂な声を出した。
「いやだから正解、その考えが正しいんだよ。一日丸々サボって吹っ切れました何も怖くないですなんてそんなこと思うほうがおかしいんだよ」
何を言っているんだこいつは
そんなことを言いたげな表情の美緒を見て拓也は少し満足感に包まれた。拓也は最初からサボることの楽しさなんてものを教える気はなかった。働きすぎが悪く伸びてしまい周りの心配すらも突っぱねる美緒を強制的にサボらせることにより休憩をさせ、働きすぎによるを取ることだった。
もちろん以前の自分の近くに居る人の疲れを取る現象(仮)を明白にしたい目的もあったが優先度が高いのは美緒の休養なのだ。
「でもさ。楽しかっただろ。頑張り屋の美緒じゃ出会えなかった経験だろ?」
美緒は黙ってうなずいた。
「何がそこまで美緒を動かすのかはわかんないけどさ、頑張り過ぎて周りに心配させるのは違うんじゃねぇの?そこまで行ったら過労よ。頑張り屋さんなんかじゃない」
黙って聞く美緒の目を見て続けた。
「だからさ、休むときは休めよ!もしそうじゃないないならまたこうしてからな!」
そう言うと拓也は優しい笑みを美緒に向けた。
「わかった。あたし今度からちゃんと…」
「あっ!!あれ自販機限定のジュースじゃね!?よく見えないけどあの奇抜な色は間違いない!ちょっと自販機行ってくる!」
突然テンションが高くなり拓也は奥の自販機へと走って言ってしまった。
「……ばか…」
その背中に小さく美緒は呟いた。
「こんなところでお熱いねぇ」
何者かの声が美緒に向け発せれ緊張が走る。冷や汗が美緒の背中を湿らせる。覚悟を決め振り返ると
「びっくりさせてごめんね。仲いいなーって思ったからつい声かけちゃった」
一人の見知らぬ女性が美緒を不敵な笑みを浮かべながら見つめていた。
「は、はぁ…」
「まぁそう警戒しなくてもいいよ。私はただお絵描きしてるだけだからね」
そういうとその女性はスケッチブックを開き鉛筆で広場の景色を描いていった。
「お仕事は?あのカフェで働いてんでしょ?」
「そ、それは…」
「あ、サボりだな?あの男の子に続いて君もとは…あのお店はサボり魔が多いのかね」
「え、えっと!」
「へへへ、冗談冗談。まぁ咎める気もないから落ち着きな」
「あいつのこと知ってるんですか?」
「あいつってのはあの男の子のことかな?前に一回話したことがあってね」
「へぇ…」
「まぁ。二人とも、サボるのはいいんだよ。」
風がざわりと木を揺らし女性が病院で美緒をサボらせようとしたときのような笑顔を向け続けた
「サボり重要…」
「そのぶん伸びる。高くとぶとき、人はしゃがむ…」
女性の言いたいことがまさにあの日の拓也と同じで美緒は思わず遮って続けていた。それに女性は目を丸くして驚いている様子だった。
「あの男の子から聞いたの?」
「は、はい。まさかお姉さんもあいつから…?」
「へへ。その言葉は私があの子に言ったんだよ」
心中で受け売りであったことに落胆する反面美緒の心に響いたあの言葉を出した人と話していることに別の緊張が走った。
「ま、だからといってサボりすぎていいわけじゃないからね。しっかりとその後にサボった分の功績を出さなきゃね。はい、モデル料」
女性は笑顔で言うと笑顔の美緒が描かれた画用紙を渡しまた別の場所へと移ってしまった。その画用紙には「ふぁいと」の字が書かれていた。
「おーごめんごめん。限定のやつじゃなかったわー。ん?何だそれ?」
「いーの!帰ろっか。旅館に」
美緒はキラキラとした目で拓也を見てそう言った。その目には先程までの恐怖心は疎か迷いは断ち切れ明日への覚悟と好奇心がオーラとなって包んでいた。
拓也は深く問い詰めることなくそれに従うのだった。

「おぉーい!!二人揃ってデートとは妬けちゃうねぇ…」
その後、琴乃から「サボっていいのはあくまで美緒であり拓也は含まれていない」と言われ、拓也だけ「サボってしまい申し訳ありません」という看板をぶら下げ寧々の説教+罰掃除をすることになったのはまた別の話である。
余談だが次の日にキッチンから「サボ」と語尾のついた声が聞こえることになっていたのだった。
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