半妖の鬼

遠藤まめ

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第1章

5話 食卓と相撲

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「よし、まあ今日はこのへんで良しとしよう」

その祖父の一声で作業が終了する。周囲を見渡せば日が出る前だったはずの空がいつの間にか朱色に染まっている。空の変化と、泥だらけになった服装だけでどれほどの間作業していたのかがよく分かる。

「あーつかれたあ。お腹すいたよぅ」

莉奈が弱々しく嘆くと奏人も賛同するように笑う。奏人の行動は一日を通してあのカラスとの会話以降目立ったことはなく、莉奈としても見なかったことにすることに決定した。

「帰ったら飯だな。かな坊、お前も来るだろ?」

「え!?」

祖父の思わぬ提案に莉奈は素っ頓狂な声を上げて驚く。一方的とはいえ気まずい空気感で食卓を囲むというのは想像しただけでも気が乗らない。

「そんな、急にお邪魔しちゃ悪いよ」

「気にするな。一人くらい増えたところで変わらん!」

堂々と胸を張るように祖父が言うと遠慮がちな反応だった奏人の心も揺らいでいるのが見て取れる。「別におじいちゃんが作るわけじゃないのに」と心のなかでつっこむが声に出すこともなく、ただ奏人の答えを待つのみであった。

「おじいちゃん、奏人くんだってお家のご都合もあるんだろうし無理させちゃだめだよ」

「うーむ…。それもそうだな…せっかくなら相撲の中継でも見ながらと思ったんだがな…」

莉奈の指摘に祖父はしおらしくなり、弱々しい声で諦めようとする。肩を落とす様子に若干の申し訳無さはあったが、奏人の都合を無視して招待するのは莉奈の感情以前に良くないと発言を曲げる気は毛頭なかった。
しかし「相撲の中継」という言葉に耳をピクリと反応させ反芻する奏人の様子に流石の莉奈も次の展開が読めた。

「ま、まあ、家に関しては大丈夫だし…?せっかくだしお邪魔しようかなーなんて」

「本当か!そうとなれば急いで帰るぞー!」

相撲一つでここまで傾くとは。奏人の回答で祖父の気力は一気に回復し、早急に道具を軽トラックに積み込みはじめる。莉奈としては複雑だが祖父の明るい表情を見るに少し安堵する。様子はおかしいがこんな何もないところで共通の趣味を持つ若い友人ができたのだ。交友を絶とうことなど誰ができようか。

「まあ、孫の気持ちも考えてはほしいけどね」

莉奈のため息交じりの苦言は誰の耳に入ることもなくカラスの鳴き声にかき消されていくのだった。

─────────────

数時間後、片付けを終え夕焼け空も闇に染まり星と月の輝きが村を照らす夜中。祖父母宅の食卓には奏人がまじり四人での食事となっていた。

その後、帰宅し着替えを済ませた奏人が家に訪れ、相撲の中継を祖父と熱中して眺めながら夕飯を口にしていた。奏人の私服はこれが初めてだが、決しておしゃれとは言えない格好で高校生にしては少し古風な服の趣味をしていた。和服という訳では無いがまるで昔の人に現代の服を買ってもらっているかのような。今風とはかけ離れたファッションセンスであった。

「おっ!!そこで足をかけて…!」

「いっけぇ!!」

テレビの中では二人が応援しているであろう相撲取りが相手を縁にまで追いやっていた。その気迫は相撲の知識を全く持たない莉奈ですら圧倒されるものであった。相手も負けじとこらえ必死に食らいつき逆転の隙を狙う。お互いがお互いに引くことせずこの戦いに命をかけているかのような状況であった。

しばらくの攻防の末、二人の応援していた相撲取りが足の位置を変え投げ飛ばすように相手の廻しを引っ張ると、バランスを崩させ見事行司に軍配を上がらせたのだ。

「「おおおお!!!」」

二人の興奮は収まることなく無邪気にも大声を上げ喜ぶ。それと同時に同じような歓声がテレビの中の観客からも湧き上がりまるで勝利を称えているかのように感じさせた。

「やはりあいつはやってくれると信じていたんだ!」

「だねぇ!最後の上手投げはすごくよかった!」

「いやぁ、いい気分だ!」

大きな声で二人が感想を言い合い楽しそうに笑う。確かに今の試合に関しては莉奈の心をも揺さぶった。退屈だと思っていた競技だが両者の鬼気迫る覇気と勢いに胸が高鳴っていた。

興奮が収まることがなかったようで二人は白飯を頬張り野菜のコロッケを豪快に頬張った。その時の祖父の様子は若者のようでぎっくり腰を負っている身とは思えなかった。

「奏人くんと仲良くなってからずっとあんな感じなの。まるで若返ったみたいに元気になってねえ」

「ふぅん。まあ、楽しそうだし良いんじゃない?」

祖母が優しい笑みをこぼして言うと莉奈もまた柔らかい表情で二人を見つめていた。相撲が理由なのか奏人の若さに当てられたのか、その答えはわからないが祖父の輝く瞳がそのような疑問をどうでもよく感じさせた。

中継の熱狂とともに進んだ夕食はやがて全員の完食により終了していき片付けへと取り掛かることとなるのだった。

────────────

「奏人くんありがとうねぇ。洗い物までしてもらっちゃって」

「いやいや、美味しいご飯を頂いておきながら何もしないなんて失礼が過ぎるからね」

食後「洗い物くらいは」と奏人が自ら手伝いに乗り出したのだ。祖母とともに食器を洗う姿に少し家庭的な雰囲気を感じた。

「おつかれー。奏人くんって意外と家事に参加するタイプなんだね」

「大友さん。家事なんて大層なことはできないよ。俺のできるお礼がこれくらいしかなくてむしろ申し訳ないくらい」

「そんな謙遜なさって…。食器を手洗いしたことのない私はどうなっちゃうのさ」

からかうように莉奈が言うと謙遜気味の奏人は歪な笑みを見せる。

今の奏人の自称半妖でカラスと会話をする変な少年というイメージはまるで誰かの気を惹くための嘘のように感じるほど普通そのものであった。落ち着いて彼を見れば見るほど疑問は数を増していく。その疑問も今でこそ聞ける──

「ねえ、奏人くん」

「ん、何?」

「奏人くんはさ、なんで─」

「かな坊ー!面白いもんが出てきたぞ!!」

莉奈の質問は奥の部屋から聞こえる祖父の呼びかけにかき消されてしまう。どちらを優先すべきかわかりやすく困っている様子の奏人に惜しくはあるが祖父を優先させようと祖父の方向に顎を動かし行くよう促す。彼もまたそれを理解し片目を瞑って申し訳無さそうな表情を見せ立ち去る。

別にいつでも聞けることだろう。きっとすぐに分かることだろうと自分を無理やり納得させ携帯を開き頭の中をいっぱいにする疑問をかき消そうとする。

「……電波わっる」

遅い通信速度で表示される画質の悪い友人の投稿写真はほとんどが真っ黒であり視認できるものではなかった。
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