半妖の鬼

遠藤まめ

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第1章

7話 救いを乞う声は虚しく

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───走る。走る。走る。

なんでこんな事になってしまったのだろうか。いや、そんな理由などわかりきっている。どうしてあの時笑って参加してしまったのだろうか。
真っ暗な廊下を無我夢中に走る。靴が地面と擦れてキュッキュッと音を立てる。外を目指して震える足を無理やり動かし必死に走る。後ろを見ればなにもない真っ暗な廊下が広がる。緑色に光る非常口の明かりがより不気味に目立ち、恐怖心を煽る。誰も追いかけていないのに誰かが追いかけていて今すぐにでも腕を捕まれどこかに連れて行かれそうに感じる。

「助けて…誰か…リナぁ…!」

悲痛にもここにいない友人に助けを求めようと声を上げる。じんわりと目の前がぼやけ、涙が目尻に溜まる。後悔は先に立たないと嘲笑する自分の心の声に苛立ちよりも先に助けを求める。藁にも縋る思いとはこのことなのだろうか。携帯を開くと眩しい光が目を刺激する。無我夢中でメッセージを送ろうと指を必死に動かす。

『たすけて』

たった四文字を送るのが精一杯だった。まともに動かない指を動かし送った相手はたまたま連絡を最後にしていた友人であった。表示された時刻は深夜の二時半、こんな時間に起きているのか。いや、起きていてくれとひたすらに祈る。

「他の人にも……っ!警察…っ!!」

涙で不良好な視界で必死に電話を開く。走っていることもあるが、震える手がまともに番号を押させてくれない。このまま“なにか”に殺されるくらいなら、彼らの無念を晴らさなくてはと画面を睨みつける。ようやく打てた三文字、あとはかけるだけ───

「みつけた」

耳元にささやいてきた不気味な声はこの世の人のものとは思えず、恐怖心や怒り、嫉妬や悲しみなどとにかく負の感情を引き起こす不快な声であった。終わったと、これから死んでしまうのだと確信する。後ろから抱きつかれるかのように、纏わりついたそれを振り払う気力もなく逃げるという行動自体も諦めてしまう。“なにか”はその姿を嘲笑するかのごとく嗤う。嗤う。嗤う。

その笑い声は廊下、もとい建物中に響きわたり絶望以外に感じさせるものがなかった。

────────────

「おー、カナトじゃねえか。昼間っからどっか出てたんだって?眠くねえのかい」

「カジさん。言ったろ、耕太郎さんの手伝いだって」

莉奈との解散後、妖怪の街に戻ると提灯お化けの明かりに溢れ妖怪たちで活気づいていた。酒屋で日本酒を呑んでいたカジが顔を赤くして奏人に絡む。呂律こそはっきりしているがかなり飲んでいるようで空の徳利が大量に置かれていた。

「耕太郎か、様子はどうだったんだよ」

「意外と元気だったよ。本当にぎっくり腰なの?って感じ」

カジは以前から耕太郎の存在を知っている。奏人を助けた一件はカジやタジなど知り合いの間ではすぐに名が広まり、相撲好きという趣味もカジにはポイントが高かった。その他にも様々な理由はあるが、まとめるとカジにとって数少ない忌み嫌う対象ではない人間なのだ。

そっけないように気にするカジに微笑みながら耕太郎の話をする。カジは「元気」という単語を聞くと安堵したかのように表情を柔らかくし、酒を口に流す。

「元気なら良かった。カナトの礼もまだなのに死なれては困るからな」

「タジさん!縁起でもないこと言わないでよ」

二人の会話に割って入る声の方に体を向けると、タジがいたずらっぽく笑いながら相席をしに来ていた。奏人も冗談っぽく返し、会話を続ける。

「ってかタジさん、最近見張りのカラスが多いよ。今日の昼もやかましくて困ちゃった」

「その歳までほとんど人間に触れてこなかったんだ、以前の自己紹介のような失態があっては困る」

「知ってたんだ……」

「あれはしっかりと言い聞かせてやれなかった私にも責任はある。あまり気にするな」

自己紹介の一件を知っていることにタジであればおかしな話ではないと大きな反応をすることはなかった。というか以前から察しはついていた。あのあとタジから「人間に妖怪の話はもちろん、自分が半妖であることも住んでいるこの街のことも言ってはならない」と教えられ、自身の過ちに気付かされたのだから。

「しかしこれだけは覚えといてほしい。お前の行動は何千何万という妖怪たちに影響を及ぼしかねんのだ。私やカジなどもできる限りの協力はするつもりだがお前自身としても迂闊な行動は避けてほしい」

「……うん」

タジは厳粛な態度でそう言うと少量の酒を口に流し込む。人間と妖怪、交わることのない二つの種族の関係に亀裂を入れかねないのが奏人の存在だ。うっかりしていた、知らなかったでは済まないのだ。決意の気持ちも兼ねて改めて奏人の頬が強張る。

「おいおい、こんなところで説教なんかすんじゃねーよ。せっかくの酒が不味くなる」

「ああ、そうだな。悪かった」

重苦しい空気に耐えかねたのか不機嫌そうにカジが文句をいうと素直にタジが謝罪をし、この話を強制的に切り上げる。これ以上罪悪感を感じないようにするための気遣いなのか奏人にはわからなかったがその厚意を素直に受け取らなくては失礼な気がしてこの話を終えた。

「そういえばよ、最近フクを見かけることがねぇがなんか知ってんのか?」

「フク?知らないな。そういえば入学式以降一回も会ってない」

カジが振り始めた話題はフクのことであった。奏人自身も入学式以降は学校のことで忙しく、人間の世界と家の往復ばかりでほとんどの妖怪と話す機会も減っていっていた。喧嘩別れのような後味の悪い別れ方をしてしまったフクだがきっと拗ねているのだろうくらいにしか思っていなかった。どこかで会った折にはしっかりと和解しようと考える。

「家には?帰ってないの?」

「帰ってはいるっぽいんだがなかなか出てこねえんだ。これが引きこもりってやつかねぇ」

フクはもとより外に出てなにかをするという性格でもないためそれ自体に違和感はないが、流石にずっと引きこもっているとなると心配が勝つ。少し落ち着いた頃にフクの家にでも寄って安否を確認にでも行きたいところだ。

「さて、そろそろ行こうかな」

「もう帰んのか?」

「うん。でもその前に人間の街に行って怪異の見回りをしなきゃ」

「はぁ~勤勉なこった」

奏人は席を立ち、その場から去ろうとする。奏人としてもそろそろ眠くなってはいるものの、この日課だけは欠かすことはできない。奏人は「じゃあね」と手を振ると二人を背にして人間の世界へと走り出す。二人もまた手を挙げ見送り酒をゆっくりと呑み直し、会話を始める。

提灯の明かりと妖怪たちの声が少しずつ遠くなりやがて人間の世界へと近づいていく感覚がわかる。
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