止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

14話 暗闇の鬼ごっこ

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「…見つけた」

その一言は冬馬に二つの感情を生ませた。いや、もっと言えば空想が現実で起こってしまったという衝撃すら気にならなくなるほどの焦りが強く出ていた。鼓動が早まるのを全身で感じていた。

「早くしないと。逃げられる」

このままではまずい。
おそらくその人間が逃げる先は決まっている。それは内側から開けるのがほぼ無理であるのが理由だ。仮にそうだとすれば仲間がすでに外で待っている可能性が高い。そうなればその人間は完全に逃げ切ったことになってしまう。

「ちょっ…主様!?ここのマンホール塞いじゃっていいんスか?」

「うん。この人はおそらくどこかの出口を探してるんだと思う」

「急ぐ他ないか…案内は某がしよう」

「お願い!」

その会話を最後に全力で地下を走る。暗闇で何も見えない中歩院の鎧の音を頼りに付いていく。全員で全速力で走っても置いて行かれないということにとうとう心臓の力が体に慣れていっていると実感する。

「完全に使いこなすためにはもうちょっと強靭な体が欲しいところだけど…!」

そう自虐るが実際余裕がないため出来ることなら使者レベルの肉体と一時的でも交換したいものである。追いつくまでに体力と肉体が持っているかが鍵になる。ここで二人の足を引っ張るわけにも行かないため死ぬ気で走る。

「光が…!」

やがて走った先には開けっ放しになったマンホールに光が差し込んでいた。光に向かい走り、通り越し様に入り口を塞ぐ。
もう近い、間に合って欲しい。折角のチャンスを逃すわけには行かないといった感情が冬馬を奮い立たせる。体の限界など疾うに来ている。ただでさえ酸素が薄いところで走ってるのだ、無茶というより自殺に近い行為としか言いようがない。死にかけの体に鞭を打ち、血の味がするほどの喉の痛みを堪え走る。脂汗が頬をつたり、首筋が気持ち悪くなる。足の痛みなんて感覚もろとも消えていた。
そうして命をかけて走った先には─

「いたぁぁあ!」

声を殺して叫ぶ木之伸。暗闇に慣れた三人の目に映っているのは筋肉質なシルエットだった。
その人間はゆっくりと歩いていた。追われているなど気付いてもいないのだろう。

「逃走用のマンホールを見つけ次第捕まえよう」

仲間の位置を発見しつつ人間を捕らえる。後で準備を整えて奇襲でもすれば一網打尽といった寸法だ。逃走用のマンホールがあれば確実に我々の存在を知った上での偵察といったところだろうか。生み出したのも最近でそれまで目立ったこともしていないはずなのになぜ見つかったのか、万夏の手回しだとしても不明な点が多すぎる。今回の人間騒動、ちょっとしたハプニングというわけにも行かないのは発見された時からなんとなくわかっていたが。

「…!光が…」

暫く歩くと光が差し込んでいる場所に着いていた。その光に照らされるのはシルエットの通りの筋肉と少し長めの髪をした黒髪に赤が混ざった男であった。顔は見えないがこのがたいなら確かに使者相手に殴りかかることも恐れないであろうと納得がいく。
仲間の場所へとつながる入口は分かった。あとはこの人間を捕らえるだけである。

「行こう!」

その指示を聞いた途端、異常なまでのスピードで歩院は男への間合いを詰める。気付くこともままならず背後を見せたままの男。このまま行けば必ず捕らえられる。

「やったッス!」

堪えていた反動かいつもより大きな声で喜ぶ木之伸。しかしその歓喜もすぐに変わる。

「闇討ちとはいただけねぇな」

男が冷静に呟く。狭い地下用水路内で大柄な歩院が捕まえられないはずがない。そのはずが男は見事に避けて見せていた。

「あっぶねぇ…。神さんも俺に味方してくれたんかね。動いてんのか知らねぇけど」

「逃げた!?待てッス!」

木之伸の追撃すらも躱し冬馬たちと反対方向、来た道へ戻り全力で走っていた。木之伸とその後ろから歩院が先程とは比にならない速度で追いかける。冬馬も追いかけるがここまで休憩無しで疲れ切っていたため先程以上のスピードも出せず、遅れて追いかけることになっていた。

「申し訳ない。捕らえそこねてしまった」

「いや、いいんだよこれで」

しばらくして戻ってきた歩院たちが自分の失態を詫びるが冬馬はそれを咎めはしない。むしろこれは計画通りにも等しかった。

「こうやって逃げることも考えてたし。他のマンホールは閉じてある」

そう言うと三人の付近にあった閉じられたマンホールを紫黒色の塊が突き上げるようにぶつかり、こじ開ける。急に差し込む光に目を細めるが今はそんなことで止まっている場合ではない。今すぐにでも外へ出なくてはならないのだ。

「出よう。そして今すぐに向かおう」

「どこへッスか!?」

その回答する時間すらも惜しい今、マンホールを飛び出し男を追いかけんとする。
マンホールを出た先はマンションや家々が並んでおり当たり前ながら完全に知らない土地であった。

「でも…歩院!僕らを抱えてどれくらい飛べる?」

「オイラはいいッス!とにかく主様を抱えて飛べるだけ高く飛べッス!」

何かを察した木之伸はそう指示するとこくり頷いた後に冬馬を抱え、六階建てほどのマンションより少し高いくらいの高度を飛ぶ。
冬馬も降下してく中で“男がかならず来るであろう場所”を探す。

「今度はマンションの上から飛んで!」

「承知っ!」

歩院は飛び跳ねてマンションの上に飛び乗り、その勢いを殺すことなくもう一度飛ぶ。より高くなり、障害物も減った状態その場所を探すことはかなり楽になっていた。

「主様!なんか探してるんスか?」

「マンホールの穴だ!一つだけ意図的に開けてあるから!」

「かしこまりッス!」

下降しながら二人へ説明をする。三度目の大ジャンプが始まり、周囲を見渡すも視界がぶれてしまいうまく見つけることが出来ない。

「あったッス!!」

その一言を聞くなり歩院は冬馬を抱えたまま木之伸の向かう先へとついていく。そのスピードと急上昇、急降下に息が詰まるが耐えること以外なす術がない。なによりやっと見つけた人間を逃さないことで頭が一杯になっておりほとんどの感覚が麻痺していた。

「ついた!おそらくまだ来てないと思う」

そう言うと同時に周囲を紫黒色の柵を作り出し、一帯を囲う。逃さないためにも、抵抗されたときの対策としても必要であろう物だ。
しばらくするとマンホール内から足音が響く。来る─

「遅かったッスね」

「……っと…先回りですかい。そっちの誘導に引っ掛かったってわけね。俺も情けねぇ」

男がマンホールから出たときには三人で囲い込んでおり、男にとっての完全な“詰み”であった。

「逃げ切れるっていう浅はかな考え自体を改めるべきッスよ。人間」

広く、誰もいない戦いやすい空間。それが二人をのびのびとさせていた。自信満々に笑みを浮かべる木之伸と黙々と刀を抜く歩院。この二人に囲まれてもなお男は薄気味悪いにやけ面を見せていた。
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