止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

21話 新たな目的地

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「さて皆さん!次の目的地が決まりましたよ!」

「次の目的地?」

いつもながらの夕暮れ、冬馬は亢進と進紫の二人を除いた十二使の前でそう堂々と発表すると道化師格好の少女、木之伸が聞き返す。

「すずと話したんだけどさ、僕たちはもっとこの世界を楽しむためにも少し遠い観光地にも足を運ぼうかなって」

「おお!良いッスね!どんな面白いところなんスか?」

「新たな目的地。それは僕らにとって因縁の地、東京タワーだ!」

「と、東京タワー?」

思わせぶりに体を動かし解説のようにその名をあげる。一同が反芻する。

「東京タワーっていう大きな塔みたいな建物のてっぺんで東京の眺めを堪能するんだ!」

「ほう…そのような建物が…」

珍しくも衣都遊が好反応なことに対し驚く。考え込む者もいれば目を輝かせて興味を見せるものもいた。

「その後か前かはわからないけど国会議事堂ってところにも行こうかなーって」

「こ、コッカイギジドー…!良いっスねそれ!オイラも行くのが楽しみっス」

「明日の朝…日の動きがないからわかりにくいけどそのタイミングになったら出発だ!」

「その前に、お二方にお供する人員を決めなくては。この拠点を捨て全員で行くことは不可能ですので、どうかご了承を」

「そっか…まあしょうがないよね。じゃあ行きたい人~?」

「冬馬様、よろしければ僕に行かせていただきたいです。なにかいい食材も見つかりそうだ」

「ジンが行くって言うなら~、わたしもいこうかなぁ」

冬馬の呼びかけに参加の意思を示したのは仁悟、氣琵の二人であった。

「オイラも!オイラも行きたいッス~!」

「それは無理な願いだな。その怪我は明日までには治るまい」

「え~!こんなの気合さえあれば一晩で…」

「木之伸、君の気持ちもわかるけど今は休むべきだ。ゆっくり疲れを取ってほしい」

「…主様が言うならしょうがないッス。ぐぬぬ…」

勢いよく参加を申し込む木之伸に衣都遊が静止する。それに同調するように冬馬も体調を整えるように言った。その回答に顔を青ざめさせるが仕方がない。先のキョウヤ戦にて一番ダメージが大きく、脱骨、骨折だらけの大怪我だったのだ。むしろたった一日でよく打撲程度までに回復したものだ。改めて時の使者の回復速度に舌を巻く。

「人員は決定したね。明日、校門前に集合だ。氣琵、寝坊しちゃダメだよ」

「はぁい。トウマは心配性だなあ」

けだるげな声音でいつもの雲の上で横になりながら少女は言う。その覇気の欠片もない声音に調子が狂う。

「それにしても冬馬様、急に観光だなんて人間のことは大丈夫なのですか?」

「ああ。すずに怪我がないよう全力で守るし周囲の警戒も怠るつもりはないよ。万が一敵対してくる人間を見つけたら丁寧に対応させてもらうよ」

「それにしても主様もなかなか気分屋ッスね~。突拍子もないと言うかなんというか…」

お前が言うなというツッコミを一同が心の内で叫び平常を装う表情に木之伸だけが気づかない様子。周囲が見えてるようで自身を客観視できないというなんとも残念なのが実に木之伸らしい。
実際冬馬もなかなかの気分屋であることは否定できない。なにせ前回の報告会では自身を鍛えると言っていたはずが一転して観光なんて言い出しては振り回される方からしてはいい迷惑だというもの。冬馬としてもそれを自覚こそしているもののやはりしたいと思ったことに対し後回しにしていてはせっかくの止まった世界がもったいないというもの。この世界を満喫すると極めた以上多少強引でも思い立ったことから順にしていこうというものなのだ。

「冬馬様、輝宝は連れて行かなくてもいいのですか?」

衣都遊はふと会話の流れを断ち問う。
輝宝の能力は唯一の回復係だ。仕組みははっきりわかってはいないものの冬馬や時の使者たちが扱う紫黒色の物質を見えないほど細く捻出し、傷と傷を結ぶのだとか。話によっては細胞まで作り上げてしまい回収さえしていれば取れた腕も速攻でつながるのだとか。力や戦闘に向いていないのと元々使者の自然回復力が高いため保健室でだらだらと過ごしているだけになってしまうのだが。

「うーん。大丈夫だと思うな。観光するだけだし、すずに怪我なんてさせないから」

その発言はすずにとって頼もしいものでもある。冬馬の目は確信と言っていいほど真っ直ぐ揺るぎのないものだった。

────────────

「───」

重苦しい。まるで呪いにかかっているようだった。その苦しさから目が覚める。いつからか首を絞められているような錯覚が冬馬を襲っていた。毎朝最悪のモーニングコールをされていると思えば多少は軽く感じるがそれでも気分の良いものではないのに変わりはない。
ふと時計を確認する。睡眠時間は三時間と相変わらずの浅い眠りに笑みすらこぼれる。

「寝た気になれればどれだけ良いか」

そう嫌味のようにつぶやきながらいつもの服に着替える。さすがに着回しすぎたかあまり心地の良い香りはしない。消臭剤でも抑えきれなくなってきている。

「いずれちゃんと洗濯と風呂の設備は整えたいものだな」

シャワー室があったおかげで冬馬の力を使い使用できるようになり汗を流すことこそできたが洗濯機がないため衣服の洗浄ができていない。すずの服に限り、世界が止まる前に買っていた服があったためなんとか清潔ではあるもののそれも長くない。自分はともかくすずが不便になることだけは避けたい。

「おはよ。今回も三時間しか眠れなかったや」

「おはようございます冬馬殿。もはやそれが普通なのではと錯覚してしまいそうだ」

「普通は七時~八時間睡眠は必須なんだけどね…」

「ふうむ…。やはり人間とは不便なものだ」

悪意のない本音を歩院がこぼす。もちろんそれが分かり同じく共感さえもしていた。悪魔の心臓を食べてから人間離れした耐久力を持ち今までの軟さが浮き彫りになると同時に人間の脆さをこれでもかと言うほど感じていた。

「朝ごはん…はまだいいかな。仁悟に伝えといてくれない?すずが起き次第食事にするよ。僕はそれまで図書室で調べ物をしてるから」

「承知した」

その刹那歩院ほどの巨体が嘘のような速度で移動し、気づけばそこには冬馬しか残っていない。そんなことにも驚かなくなっているあたりそうとうこの暮らしに慣れてしまったのだろうと実感するのだった。
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